第44話 貴子の過去

 俺は、だいぶ飲んだこともあり、酔いがまわり大胆になってきた。

 上司とはいえ、貴子の歳は2歳しか違わない。酒の力が、上下関係の壁を崩し始めていた。


 俺は、当然のような顔をして彼女の過去を聞き始めた。酔っていなければ、とても聞けないようなこともズケズと迫ってしまう。

 翌日の朝、目が覚めて反省するパターンだが、今の自分は、とにかく大胆で怖いもの知らずだった。

 酔いの勢いに任せ、美人でしかも優秀な貴子の過去を知りたくてウズウズしていたのだ。



「鈴木座長は、最初から京西大学を目指したんですか?」


 少し、呂律がまわらない。



「百地、シャキッとしな!」


 貴子も酔っているのか、少し乱暴な口調になった。



「はい、鈴木座長。 でも、俺のことを話したんだから、鈴木座長は質問に答える義務がありますよ!」


 俺は、酒の力を借りて、容赦なく迫った。



「私は、九州博多大学に特別給費生枠で入ったの。 お金がなかったけど、どうしても大学で学びたかったのね」



「そうか、苦労したんですね。 でも、九州博多大学って …。 九州にある国立大学だけど、それがどうして京西大学の准教授になれたんですか?」


 素朴な疑問が頭をよぎり、速攻で質問した。



「大学1年の時に書いた技術論文が認められて、アメリカのハーバーライト大学に招待された。 その後、奨学金と企業支援を受けて、ハーバーライト大学に編入したの。 本当に運が良かったわ。 この大学を卒業後、今の京西大学に准教授として招かれたの。 いわば、アウトロー。 つまり流れ者ね」


 俺は、一瞬思考が停止した。貴子の経歴が、あまりにも凄すぎて、少し酔いが覚めてしまった。



「どうしたの?」


 俺が黙っていると、心配して尋ねてきた。

 俺は、ハッとして貴子の顔を見た。可愛いすぎて、見惚れて再び固まった。



「百地、シャキッとなさい!」


 再び、貴子の喝が飛んだ。



「あっそうだ! 鈴木座長は、東京から九州に移り住んだというけど、高校が変わると勉強とか大変だったでしょ? 俺も苦労しましたよ」



「百地は、高校はどこに行ったの?」



「都立 横川高校に進学しました。 聞いたことあるでしょ? 公立では上位だから、試験に受かるのに苦労しました」


 俺は、自慢げに話した。



「まあ、そうね。 でも、難関校とまでは言えないわ。 但し、そこから東慶大学に入れたんだから努力したのね」


 貴子は、さりげなく俺を励ました。

 自慢したつもりが励まされ、俺は少しムッとした。



「京都の公立中学校で最上位の成績だったから、食らいつく自信はあったけど、入って見ると優秀な奴らばかりで、最初は苦労しました。 でも、2年の頃には、上位に位置してましたから!」


 俺は、ドヤ顔をした。無意識のうちに、貴子に対抗心を燃やしていたようだ。



「横川高校の場合、上位5番以内じゃないと、東慶大学は難しいでしょ」



「良く知ってますね。 塾にも通って、相当頑張りましたから …。 鈴木座長も同じでしょ?」



「私は、塾には通わなかった。 図書館で勉強する癖がついていたから、そこで勉強したわ」



「えっ、本当に塾に通ってないんですか? 九州博多大学も旧帝大系で難関ですよ。 しかも給費生なんて最上位でないと選ばれないでしょ」


 俺は、凄く驚いた。難関大学に進学する場合、塾に通うのは当たり前だと思っていたのだ。



「東京に住んでいた小学生の頃に、塾に通ったことがあるけど …。 でも、父が再婚してからは、義母に遠慮して行かなくなったの。 この頃から、図書館が塾の代わりになったわ。 まあ、人それぞれね」


 貴子は、当然のように話した。



「俺の場合、親に見放されてるといっても、相手の男は資産家だから、顧問弁護士に頼めば、お金を出してくれました。 でも、就職できなくて大学院に行きたいと言った時には、反対されましたが、顧問弁護士を通じて書面でお願いしたら、渋々と何とか出してもらいました。 でも、鈴木座長に比べれば恵まれてますよね」


 俺は、自分より苦労している貴子に対し、尊敬の眼差しを送った。



「でも、最近になって、仕送りを切ると脅されてる訳?」



「そう、今、顧問弁護士に脅されてます。 でも、俺のことより …。 鈴木座長は、高校はどこに行ったんですか?」


 話が逸れて俺の話になったため、慌てて軌道修正した。



「高校1年の途中から、九州の公立の進学校に編入したの。 博多南高校って知ってる?」



「すみません。 知りません」



「ごく普通の高校よ。 地方の高校だから、都内ほどレベルが高くなかったから、ゆったりと勉強できたの。 カリキュラム的に不足する分は、図書館で独学したの。 本が先生の代わりのようなものね」



「凄ゲ〜話ですね。 俺らと頭の作りが根本的に違うと思います。 そんじゃ、1年の途中までいた都内の高校はどこなんですか?」



「上等学園高校って知ってる?」



「えっ、鈴木座長は上等学園高校に通っていたんですか?」


 俺は、驚いた。もちろん日本屈指の超難関進学校だと知っていたが、それよりも、静香が憧れたという 三枝 元太 の名前を思い出していたのだ。しかも、彼は貴子と同級のはず。

 そういえば、貴子に俺のことを元ちゃんと間違えて呼ばれたのを思い出した。

 貴子は、三枝 元太の事を知っていると確信した。俺は、彼のことを聞かずにいられなくなっていた。

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