第55話 それぞれの思い

 沙耶香は、助けてもらった人に自宅まで送り届けてもらった。

 その後、田所に電話をしたが繋がらなかったため、彼のことが心配で眠れなかった。



 翌日、トヨトミ自動車に出社してから、田所のいる総務部を訪ねた。

 しかし、体調不良で休んでいるとのことであった。

 喧嘩してから険悪な状態が続いていたが、昨夜のデートで彼の優しさに触れ、雪解けのように怒りが消えていた。自分でも理解できない恋心のような感情が湧き上がっていた。



 田所のことを心配しつつも、仕事に追われ、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 そして、昼休みに入り彼に電話しようとしていたところ、突然、スマホが鳴った。


 着信画面を見て心が弾んだ。田所からであった。



「すまん、昼休みに」



「ううん。 昨夜、急にいなくなったから心配していたのよ。 電話しても出ないし。 それに、会社も休んでるし。 ねえ、怪我はだいじょうぶなの? もしかして、顔とかに傷があって出社できないの?」


 沙耶香は、周りに聞こえないよう小声で話した。



「ああ、だいじょうぶだ。 みっともないところを見せて面目なかった。 それより、君が無事に帰れたか心配していたんだ。 男に何かされなかったか?」



「あの後、通りすがりの人に助けられて、家まで送ってもらったわ。 無事よ」



「その男のことなんだ …。 何かされなかったか?」



「なんで? そんなはず無いでしょ。 悪漢をあっという間に倒して、私を救ってくれた人よ。 とても紳士的だった」



「何を言ってるんだ? そいつが危険な悪党なんだ!」



「違うわ。 名刺を貰ったけど、不動産関係の会社を経営している人よ」



「もう一度言う。 その男は危険だから関わってならない。 俺の言うことを信じてくれ」



「恩人に何てことを言うの。 知りもしないのに適当なことを言わないで!」


 沙耶香は、思わず声を荒げてしまった。

 周りの人が注目したため、電話しながら席を移動した。



「適当なことじゃないんだ。 実は、俺は …」


 田所は、言葉に詰まった。



「どうしたの?」



「俺は、そいつの知り合いなんだ。 武井 明と言って、中学時代の悪友だ。 顔に、深い傷があっただろ?」



「ええ、あったわ」



「俺達を襲った連中とグルなんだ。 美人を提供しろと言われて脅されてた。 それで君を …。 すまない」



「ちょっと。 それって?」



「ああ、沙耶香を差し出そうとした。 俺も最低な男なんだ。 でも、昨夜の君を見て気が変わった。 愛おしいと思ったんだ。 土壇場に来て、君を奪われないように頑張ったのが昨夜の結果だ。 奴は薬を使って、君をがんじがらめにするつもりだ」



「そんな …。 実は、週末に食事に誘われてるの」



「絶対に行っちゃダメだ。 それから、直ぐに実家に避難した方が良い。 俺は、警察に被害届けを出す。 俺自身もただじゃ済まないかも知れないが、武井を野放しにするよりはマシさ。 できたら、沙耶香にも一緒に来てほしいんだ」



「分かったわ。 警察に行くなら、午後から休みを取ろうと思うけど、どうかな?」



「そうしてくれ。 渋谷で落ち合おう」



 沙耶香は、改めて武井の行動を思い返して見ると、不自然に思えてきた。

 それと同時に、凄く怖くなった。


 また、自分を差し出そうとした田所のことも、信用できなくなった。

 別れた恋人である、百地 三瓶に相談したい衝動に駆られていた。

 


◇◇◇



 ところ変わり、ニューヨークの高級レストランでのこと。

 

 静香は、三枝 元太と夕食を共にし、満ち足りた時間を過ごしていた。


 

「静香さん、本当にひさしぶりだな。 君が全寮制の開北高校に進学を決めてから会ってなかったよな。 かれこれ8年ぶりになるかな?」



「そうよ。 元太さんとお姉様が付き合っていると思ってたから、意図的に逢うのを避けていたの。 でも、お父様から付き合って無いって聞いたから …。 だから、こうしているのよ」


 静香は、これまで多くの男性から言い寄られてきたが、自分から告白したことはなかった。だから、言った後に恥ずかしそうに顔を赤くした。



「何と答えていいか?」


 静香の告白とも取れる言葉に、元太は少し困ったような顔をした。



「何よそれ? お姉様とはどうなったの?」



「まあな」



「出た! どっちとも取れる曖昧な返事。 元太節を聞けて、凄く懐かしいわ」



「すまん。 口癖が直ってなくて。 香澄とは、ちょっと複雑な関係なんだ。 後で、ちゃんと説明するよ」


 元太は、バツが悪そうに頭を掻いた。



「分かったわ。 ところで元太さん。 オールバックと度付きサングラスをやめてイメチェンしたのね。 思った通りの超イケメンだわ。 それに美しい。 女性の私が見ても嫉妬するほどよ。 元太さんは、美人のお母様に似たのね」



「そうかな。 俺は、あの頃から何も変わっちゃないが。 変なことを言うなよ」


 元太の本来の容姿は、どちらかと言うと女性的であった。

 だから、アメリカでは男女問わず言い寄られていた。



「ところで、ボディガードのサムだが、いつも一緒なのか?」


 ボディガードのサムを遠ざけたが、こちらを見る目がウザったく感じていた。



「お父様が心配だからって、アメリカに上陸した日からいるの。 プライベートも何もあったもんじゃないわ」


 静香は、頬を膨らませた。


 エクボが消え、いつもとは違う表情を見せた静香を、元太は可愛いと思った。



「ねえ。 今日は、この後に予定はあるの? 私のアパートに来てほしいんだけど …。 ダメかな?」



「予定はないから良いけど、厳しいボディガードの許可がいるんじゃないのか? 俺といると、怒り狂うぞ」


 元太は、冗談ぽくニカッと笑った。



「サムには何も言わせない。 もし、変なことを言ったらクビよ!」



「お〜怖。 静香さんには逆らえないな」


 冗談を言った後にサムを見ると、挑戦的な表情を元太に向けていた。

 そんなサムを見て、静香は、精一杯の怖い顔をして睨みつけていた。

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