第53話 厄介払い

 ところ変わり、東京の夜のことである。

 田所は、武井に女を差し出せと言われ頭を抱えていた。


 心当たりの女性は5人いたが、これをきっかけに反社の武井との関係がバレると、自分の人生が終わってしまう。それだけは絶対に避けたかった。


 しかし、武井に差し出された女の運命を考えると哀れに思ってしまう。田所は、悪人になりきれない中途半端な存在だった。


 武井から、毎日矢のような催促が来ており1週間の期限を切られていた。

 無視した場合、勤務先のトヨトミ自動車に連絡が行くだろう。

 そうなれば、エリート人生は終わる。

 

 仮に、実家へ逃げ帰ったとしても、武井は執念深く追いかけてくるだろう。

 田所は追い詰められ、正常な判断ができなくなりつつあった。

 それほどまでに、武井に恐怖を感じていた。

 


 差し出す女性に順位をつけて考えてみた結果、自分に害をなす、金子 優香と望月 沙耶香の2人に絞った。

 

 武井の女になると、最初のうちは可愛がられるが、飽きられると悲惨な運命を辿ることになる。

 だから、性格の良い他の3人の女性を差し出すことに、良心が痛んだのだ。



 最終的に絞った2人について考えてみたが、優香を差し出した場合、面食いの武井に突き返されてしまう可能性が高い。

 そうすると、消去法で望月 沙耶香しか残らなかった。


(彼女には悪いが、泣いてもらう。 俺を音声データで脅すような性悪女だから、自業自得なんだ)


 田所は、心の中で自分を正当化する言葉を唱えた。



 それから、直ぐに沙耶香に電話してみた。出てくれないと思ったが、意外と、すんなりと繋がった。



「どうしたの、久しぶりじゃん。 会社では、私を見かけると隠れたりして、そんなに怖いの? 臆病な男ね!」


 沙耶香は、軽蔑するような口調で話した。田所は、それを聞いて腹が立ったが、何とか堪え優しい口調で返した。



「そんなことはないさ。 沙耶香のような美人を避けるなんてあり得ない …。 違うんだ! 君が、俺のことを避けていると思ったから、隠れたんだ」


 田所は、嘘を吐いた。

 本当は、音声データを公表されるかと思い、沙耶香を刺激しないようビクビクしていたのだ。



「相変わらず、口が達者な男ね」



「なあ、聞くけど …。 イケメンの百地とヨリを戻せたのか?」


 田所は、白々しく聞いた。



「そんな、訳ないでしょ。 あんたのせいで、見事にフラれたわ。 ねえ、責任を取ってよ!」


 沙耶香は、先ほどまでと違い、甘えるような声を出した。

 田所は、これを聞いてイケルと思った。



「この俺なんかと、また付き合ってくれるのか?」



「あんたが、反省してんなら考えなくもないけど …。 でも、一度失った信用は簡単には取り戻せないわ」


 沙耶香は、上から目線の口調で話した。

 田所にしてみれば、音声データで脅すような女性と付き合いたくなかったが、武井のことを考えると、おだててでも、その気にさせる必要があった。



「なあ。 今度の週末に、俺と会ってくれよ。 沙耶香が恋しいんだ。 君のことを愛してるんだ!」


 田所は、思ってもいないラブコールを叫んだ。

 すっかり、いつもの調子が戻っていた。こうなると、田所のペースである。



「会うだけなら良いけど …。 ただし、条件があるわ」



「何だよ、条件って? もちろん、君のためなら何でも聞くさ!」 



「そうね、何か美味しいものをご馳走して!」


 沙耶香の口調は、すっかり優しくなっている。



「じゃあ、今度の金曜の夜はどうだ? 久しぶりに、サンシャインのイタリアンコースを予約しておくよ。 俺たちの定番だぞ。 ここで食べた後、ホテルでロマンチックな夜を過ごしたよな」


 サンシャインは、田所と沙耶香の思い出のレストランだった。



「そうね、ステキね。 久しぶりに行こうか!」


 沙耶香の、楽しそうな雰囲気が伝わってくる。


 恐らく、田所と別れてから、三瓶とも復縁できず寂しい毎日を過ごしていたのだろう。

 しかし、田所に恋愛感情は一切なかった。自分が、音声で脅されてから、沙耶香は恐怖の存在でしかないのだ。




 電話を切った後、武井に沙耶香の写真をメールすると、直ぐに電話がかかってきた。



「田所、やればできるじゃねえか! 俺好みの清楚系美人だな。 良くやった!」



「ああ。 俺が付き合った中で、1番の美人さ。 武井だから、紹介するんだ」



「テメエ、バカか! 誰が紹介しろつった。 俺は、美人を差し出せって言ったんだ。 分かってんのか、テメエ!」



「悪かった。 でも …。 彼女は、一流の国立大学を出たエリートだ。 いきなり拉致なんかしたら、大事件になってしまう。 だから順序を経て進める必要があるんだ」 


 田所の話を聞いて、武井は考え込んだのか、少し黙った。

 そして、また話し始めた。



「今回も、ナイト作戦で行くことにする。 今度は、失敗は許されねえ! 田所と彼女が不良に絡まれて、おまえがボコボコにされているところに、俺が現れて彼女を救うんだ。 その時、おまえは、彼女が傷つくことを言え。 俺が、ナイトになって彼女を救う。 それから、酒をしこたま、女に飲ませておけよ」



「でも、武井の顔を見て怖がるんじゃないか?」



「俺は、元々誠実系の顔なんだよ。 交通事故かなんかで、傷があることにするさ。 夜は、刺青が見えねえように暗いところでイチャイチャする。 最後は、特注の薬で言うことを聞かせりゃ良い」


 武井は、恐ろしいことを平気で話した。田所も、さすがについて行けないと思った。



「今度の金曜の夜にデートする。 場所をGPSでメールするから、その時に決行してくれ。 これで、俺に関わらないと約束してくれよ。 それが条件だからな」



「ああ、分かった。 これで、全てチャラだ」 


 田所は、沙耶香のことを少し哀れに思ったが、仕方がないと自分に言い聞かせた。

 どうしようもない、自分勝手な男だった。

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