第52話 懐かしい人(静香主観)

 私は、ボディーガードのサムに連れられ、ニューヨーク郊外の、湖畔を背にした高級フレンチレストランの前にいた。

 このレストランはVIP専用で、入り口で身分証や持ち物チェックを求められる。

 このため、混んでいる時間帯ということもあり、入場客の長い列ができていた。



「シズ、行くぞ!」



「えっ、だって順番が?」


 私が不思議そうな顔をすると、ボディガードのサムは白い歯を見せて笑った。

 そして、私の手を引いてエスコートした。


 サムは、いつもと違いフォーマルな服装のため、見違えるようにカッコ良い。サムといる姿を、元太に見られやしないかと気になってしまった。



「実は、この店は、俺が所属している警備会社の社長がオーナーなのさ。 だから、顔パスなんだ!」


 サムが、私の腰にそっと手を当てると、恥ずかしくて思わず下を向いてしまった。

 彼は、女性の扱いに慣れているようだ。


 

 店に入ると、すれ違うたびにスタッフがサムに声をかけた。それに対し、彼は慣れた様子で、合図を送っていた。

 店の関係者は、サムと顔見知りのようだ。

 

 勝手知ったる台所のように、サムは店の奥に進み、湖畔が見える最上の席の前で止まった。



「ハイ、シズ! ここに座って。 この店で最上級の席なんだ。 凄く夜景が綺麗だろ」

 

 窓の外を見ると、湖畔に街の夜景が映り込み、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 また、それにマッチするように、店の豪華な内装と照明が相まって、最高にロマンチックな気分になった。



「そうね。 映画のワンシーンのように美しいわ」


 私は、思わずサムを見つめてしまった。



「相手が俺だったら良いのに …。 シズ、少し待っていて!」


 サムは、ニヤッと白い歯を見せて笑ったあと、どこかに行ってしまった。

 この笑顔を見ると、母性本能をくすぐられるのか、歳上の彼が可愛いと思えてしまう。



 私は、サムがいなくなると少し心細くなり、近くの女性スタッフに声をかけてしまった。



「すみません。 スタッフの方の案内を受けずに、この席に座ったけど良かったのかしら?」


 私は英語が得意だから、アメリカ人相手でも違和感なく会話ができた。



「心配いりませんよ。 サムはスタッフのようなものです。 他にご心配なことはありませんか? それとも、お飲み物でもお持ちいたしましょうか?」


 金髪の美しい女性スタッフは、優しい眼差しで私を見つめた。



「ありがとう。 待ち合わせの時間までこのまま待ちますので、お気遣いなく」



「マア、可愛らしい! あっ、失礼しました」


 私を見て、スタッフの女性が思わず声を発したのだが、それを聞いて少し照れてしまった。

 久しぶりに元太に逢うと思い、お洒落をしてきたのが良かったのだろう。



「シズ、お待たせ。 待ち合わせの時間まであと1時間もあるから、軽く俺とワインでもどうかな?」


 サムが、高級赤ワイン1本とグラス2個をテーブルの上に置くと、爽やかに笑った。



「そうね、食前酒程度なら良いけど …。 でも、さすがにボトル1本は多いわ」



「シズ! 安心しな。 余ったら俺が飲むんだから」



「でも、車の運転があるから飲めないでしょ」


 私は、クライアントとして、努めて冷静に話した。



「実は、今日の警護は2人なんだ。 待機の1人が運転するから心配ないのさ。 それに、俺にとってワイン1本なんて水のようなものさ」


 サムは、また白い歯を見せた。



「そこまで言うなら …。 分かったわ。 残った分は、責任を持って飲んでよ」


 人懐っこいサムの笑顔に負け、つい了承してしまった。



「シズ、乾杯!」



「サム、乾杯!」


 2人の小さな酒宴が始まった。

 


「ねえ、サム。 あなた、この店は顔パスなんでしょ。 直ぐに入場できるなら、こんなに早く来る必要なかったんじゃないの? 時間通りに来れば、大学の講義を途中退席しなくても良かったわ」


 私は、1時間も早く来たことに少し不満を抱いていた。



「そう怒るなよ …。 正直に言うと、ゲンタ サエグサが来る前に、君と飲んで、お喋りしたかったのさ」



「それは良くないわ。 クライアントとの飲食なんて、契約違反じゃないの?」



「そう、固いことを言うなよ。 警護対象者とのコミュニケーションも大切なんだ。 それに …。 静香が魅力的過ぎるから悪いのさ」


 サムは、悪戯っぽく笑ったが、さすがアメリカ人である。直球で自分の気持ちを表現する。私は、困ってしまった。



「しょうがないわね。 でも、待ち合わせ時間の15分前には、この席から離れてよ。 それと元太さんに会ったら、サムがボディーガードであることを説明してよ。 変な誤解をされたら嫌だから」


 私は、優しくハッキリと告げた。



「分かってるさ。 俺はどんなに君に恋焦がれても、ただのボディーガードでしかない。 でも、ゲンタ サエグサは、君の恋人じゃないんだろ! 何で、そんなに気にする必要があるんだ?」


 サムは、一瞬不満そうな顔をしたが、直ぐにいつもの優しい表情に戻った。



「お父様から聞いてないの?」


 もしかしてと思い、サムに聞いてみた。



「静香のボディーガード以外に、他に、何かあるのか?」


 サムは、不思議そうな顔をしている。



「正直に言うわ。 前にも言ったけど、私は元太さんに憧れているから、今日逢ったら、私から交際を申し込むつもりよ。 この目的で、アメリカに来たの。 あなたが、余計なことを言わないか心配なの」



「ハーバーライト大学に留学するためじゃないのか? アメリカで最難関の大学だぞ …」


 サムは、かなり驚いた顔をした。



「それは、ついでよ。 今日のことが、本命なの」


 私が正直に話すと、サムは、一瞬暗い顔をしたが、直ぐにいつもの明るい表情に戻った。


 そして、ジョークを交え私の気を引くかのように、矢継ぎ早に話し始めた。

 サムの話は面白く、つい聞き入ってしまった。


 飲まないつもりだったのに、サムの話につられて、グラス2杯も飲んでしまった。

 少し酔いがまわった、その時である。 


 背後から声がした。



「静香さん、久しぶり」


 振り返ると、背が高くスラットした、凄く優しい目をした美男子が立っていた。その男性は、女性が嫉妬するほどに美しかった。


 私は、その男性を見て、思わず声を失った。そして、相手の男性を一心に見つめてしまった。

 すると、感極まり涙がこぼれ落ち止まらなくなっていた。


 それは、待ち合わせ時間の20分も前のことであった。

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