第3話 別れと出逢い

「すまん。 三瓶に取ってショックな話だよな。 でも、田所が言いふらしてると知ったら、沙耶香も傷つくだろうさ」



「ああ」


 俺は、沙耶香に対し 憎しみと哀れみの感情が巻き起こり、返事に窮した。



「どうした、続けるぞ」



「ああ、すまん」



「正直、トヨトミ自動車の連中の話を聞いていて腹が立ったよ。 おまえがいながら、沙耶ちゃんは何やってるんだか! 変な奴に引っかかってどうかしてるよ。 だけど、実際に見た訳じゃ無いから、単なる噂かも知れない。 もし本当なら、おまえを裏切った 望月 沙耶香を、俺は許さない」


 剛の声が、大きくなった。



 沙耶香の不義理を、自分の事のように怒る剛の気持ちが嬉しかった。彼は俺に取って、かけがえのない友人だと心底思った。



「剛、ありがとう。 俺は、沙耶香と別れるしかないと思ってるが、でも、今の話が本当か確認したい」



「それだったら、水曜がNO残業デイだから、正面玄関を見張ると良い。 2人が出て来るところをおさえられるかも知れない。 でもな三瓶、黒だったらキッパリと別れろよ。 あんな女は捨てて、全てをリセットするんだ!」


 剛は、明るく言った。


 俺は、彼の励ましに胸が熱くなった。




 水曜になり、トヨトミ自動車本社ビルの正面玄関を見張った。


 1時間近くが経過し、夕方の6時を少し過ぎた頃、本社ビルの正面玄関から、多くの社員にまぎれ 若い男女が出てきた。仲睦まじくカップルのように見える。


 女性の方は沙耶香だった。やはり男がいた。分かっていたとはいえ、ショックが大きかった。


 俺は、直ぐに剛に電話してしまった。



「三瓶だ。 今、電話良いか?」



「ああ。 それで、彼女はどうだった?」


 剛は、俺からの連絡を待っていたようだ。



「沙耶は、もうダメだ。 男と2人で歩いている所に駆け寄って声をかけたら、俺を知らない奴だと言ってのけたよ。 その後は、無視して歩いて行ってしまった。 オマケに男に肩を抱き寄せられて、仲が良いところまで見せ付けられて、 …」


 俺は、言葉に詰まった。



「三瓶、だいじょうぶか?」



「すまん …。 何で、そこまで されるのか不思議だったよ。 沙耶は、別人のように見えたけど、あれが本性だったんだと思う。 自分の、見る目の無さを思うと情け無い」


 話しながら、涙が溢れ落ちた。



「そんな女、居なかった事にすれば良いさ。 大学生活には、俺や 他の仲間もいる。 気にするな。 おまえ達が別れた事や、沙耶香に全て非がある事を皆に伝える」



「ああ、スマン」


 剛の気持ちが、嬉しかった。



「今なら言うが、実は、沙耶香は女子の中で敬遠されてたんだぞ」


 剛の口調が荒くなった。



「そうなのか? でも、もうどうでも良い事だよ」



「まあ、そう言うな。 三瓶は、鈍感なところがあるから、良い機会だから教えるよ」


 剛は、優しく言った。



「教えるって、何を?」


 俺は、剛の言ってる意味が分からなかった。



「まず聞くが、大学のマドンナが、おまえに気があった事を知ってたか?」



「大学のマドンナって、法学部に在籍してた 菱友 静香さんの事か? ミス東慶に選ばれた時にテレビ局からスカウトされた娘だろ。 ありえない話だ。 それに、お似合いの彼氏がいたはずだ」



「やはり、おまえは鈍感だ。 静香は俺と高校が同じで、三瓶への気持ちを相談されてたんだ。 だが、おまえは、沙耶香とラブラブだったから、言えなかった。 それから 彼氏の話は、言い寄って来る男子学生を防ぐためのダミーだよ。 超イケメンの 唐沢 涼介は、実はゲイなんだ。 この話は 内緒だぞ」



「本当なのか?」


 俺は、思わず聞き返してしまった。



「沙耶香は、周りに三瓶と付き合ってる事を吹聴してたけど、特に、静香の前では露骨に自慢していた。 静香が言うには、学部が違い面識がなかったのに、わざわざ訪ねて来て話しかけられたそうだ。 今から考えると、おかしな行動だよな。 そんなところが、同性から嫌われる原因だったんだろう」



「知らなかった」


 俺は、心底驚いた。



「おまえは、自分で思ってる以上に女子に人気があったんだぜ。 自信をもちな! 静香も大学院に進んだから、誘ってやれよ。 今度、電話しておくからな」



「ああ。 ありがとう」

 

 俺は、剛の話を半信半疑で聞いていた。



「なあ、三瓶。 もしかすると、沙耶香が おまえと付き合った理由は、周囲に自慢したかっただけなのかも知れない。 大企業に就職できず商品価値が下がったから、違う男に乗りかえたんだろう。 だとしたら、救いようの無い女だ。 今度の相手はプレイボーイで有名な奴だから、いずれ捨てられるだろう。 その時に 沙耶香がどうなるか見ものだ! スマホの拒否設定をしておけよ」



「ああ、分かった。 剛、ありがとう」


 電話を切った。


 俺は、沙耶香からの連絡を拒否する設定をした。



 剛の話を聞いて、沙耶香と過ごした大学生活を振り返って見た。しかし、その頃の沙耶香は、優しくて素敵な女性だった。彼女に違う一面がある事を教えられたが、いまだに信じられない思いでいた。


 それに、菱友 静香が自分に好意があると言うが、彼女は美人すぎて どう見ても 俺とでは釣り合わない。やはり、自分に自信が持てなかった。




 剛に電話してから一週間が過ぎた。


 知らない番号から着信があったが、俺は登録した番号以外 出ないようにしてるから無視した。その後、何回か同じ番号から来たが、それでも無視していた。


 そんな、ある日の事である。昼休みに研究室にいると、1人の女性が訪ねて来た。



「あのう、百地さんをお願いしたいんですが?」


 周りの男子学生がざわついた。


 俺は何事かと思い、女性の方を見た。


 何と そこには、菱友 静香がいた。今まで遠くから見かけた事はあったが、近くで見る彼女はさらに美しかった。いや、普段と違いオシャレをしてるように見える。俺は、周りの男子学生と一緒になって、彼女に見入ってしまった。



静香は、恥ずかしそうに俺を見た。



「俺が、百地だけど」



「知ってるよ。 菱友 静香です。 佐々木君から聞いてると思うけど …」


 静香は、顔を赤らめた。



「はい …」


 俺は、緊張で声が裏返ってしまった。



「あのう、少し話したいんだけど良い?」



「じゃあ、学食に行こう」



「うん」


 静香は、優しく返事した。




「静香さ〜ん。 俺も誘ってください!」


 奥から、冷やかしの声が聞こえた。同じ大学院生の加藤だ。




「うるさいぞ!」


 俺は、振り向いて注意した。



「じゃあ、行こうか」


 

「はい」



 2人は、学食に向かった。

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