第2話 疑惑の恋人

「あわわ」


 俺は驚いて声が出ず、いきなり緊張しまくった。



「良かったね!」


 彼女は、満面の笑みだ。



「あのう …。 君はどうだった?」


 俺が不安げに聞くと、彼女は明るい声で答えた。



「私も、合格したわ。 ここが第一志望だったの。 凄く嬉しい!」


 彼女は、ニコッと笑った。


 俺は、その笑顔に思わず引き込まれてしまった。



「私、望月 沙耶香よ」


 彼女は、顔を紅潮させテンションが上がっていた。



「俺は、百地 三瓶 って言うんだ」



「フフ、同じ進学塾だから知ってるよ。 ねえ、お祝いに お昼を食べに行こうよ」


 予想外の展開に、合格の嬉しさとダブルパンチだった。



「分かった。 俺が奢るよ!」



「本当に?」


 沙耶香の美しい笑顔に、また 引き込まれてしまった。



 その後、俺は 沙耶香をファーストフードに誘った。



「奢ると言っても、こんな場所にしか連れて来られない。 合格の記念なのにすまない。 でも、将来出世したら、豪華ディナーに連れて行くよ」



「うん、期待して待ってるよ」


 沙耶香は、素敵な笑顔で微笑んだ。



「 •  •  •  」



「何、ぼーとしてるの?」



「ああ、ゴメン」


 俺は、沙耶香に見惚れていた。



「実はね」


 沙耶香は、赤い顔をしてモジモジしている。



「えっ、どうしたの?」


 俺は、沙耶香の態度を不思議に思い尋ねた。



「実は私、百地さんの事を素敵だと思ってたんだ。 迷惑かな?」



「迷惑なんて、そんな事はない! 絶対にない! 俺も、望月さんに憧れていたんだ!」



「嬉しい。 私たち両想いだったんだ!」


 沙耶香は、大きな声を上げた。俺は、周囲の目を気にして恥ずかしくなったが、沙耶香は平気だった。彼女の大胆な一面を見た気がした。



「ねえ。 百地さんの事を、三瓶と呼んで良い?」



「ああ、良いとも」



「私の事は、何て呼ぶの?」



「沙耶香では、どうかな?」



「う〜ん、微妙。 沙耶と言って!」



「うん、分かった」


 俺は、人懐っこい沙耶香に惹かれた。



 その後、俺と沙耶香は恋人同士になった。


 大学生活では、常に沙耶香が隣にいた。男子学生の中には、ナンパする不届きな輩もいたが、彼女はキッパリと断ってくれた。こんな俺にも、女子学生から告白される事もあったが、沙耶香がいる事をハッキリと伝えた。俺と沙耶香は、大学内で公認の恋人になっていた。



 沙耶香は都内出身で実家から通っていた。地方出身で、高校の時から ひとり暮らしの俺に対し、家族ぐるみで付き合ってくれた。


 俺は、大学を卒業して就職したら、彼女と結婚したいと思っていた。




 しかし、人生は いつも上手く行くとは限らない。その夢は見事に潰えてしまった。

 


 俺は、就職できなかったのだ。



 沙耶香が就職してから 彼女との仲も怪しくなってきた。最近では、電話にさえ出てくれない。




 俺は心配になり、思い切って彼女の実家を訪ねた。



「久しぶりです。 百地ですが、沙耶香さんはいますか?」



「あら。 三瓶君、入ってちょうだい」


 インターホンを鳴らすと、沙耶香の母が出て リビングに招かれた。



「仕事の都合とかで一人暮らしを始めたのよ。 もしかして、三瓶さんは知らなかったの?」


 沙耶香の母は、不思議そうに聞いてきた。



「一人暮らしを? 実は、沙耶香さんと連絡が取れないから話がしたくて来たんです。 彼女は、どこに住んでるんですか?」


 俺は、正直に話した。



「えっ、そうなの?」


 沙耶香の母は、驚いたように目を見開いた。



「はい」


 俺は、惨めになり思わず目を逸らした。



「ゴメンなさい。 沙耶香に確認しないと、住んでる場所を教えられないわ。 三瓶さんが来た事を伝えておくからね。 あの娘、自分勝手なところがあるから …」


 沙耶香の母は、申し訳無さそうに話した。



「ありがとうございました。 失礼します」


 俺は、深々と頭を下げ 沙耶香の実家を後にした。


 



 その夜、沙耶香から電話が来た。



「母から聞いたけど、家に来たんだって? そういうの、やめてよ!」


 沙耶香は、冷たく言い放った。



「沙耶と連絡が取れなかったから、話がしたくて行ったんだ。 君こそ、一人暮らししてると聞いたけど、どういう事なんだ?」



「連絡は、今、取れてるじゃん。 それに、一人暮らしは 仕事の都合よ。 お気楽な学生には 分からないわ」


 沙耶香は、少しキレ気味だ。



「そんな言い方って。 なあ、沙耶。 俺たちは …。 その〜、君はどうしたいんだ?」



「忙しくて、会う 暇はない!」



 プツ



 いきなり、電話を切られた。



 この後、直ぐに電話したが繋がらなかった。


 以後、連絡がつかず、また、沙耶香が住んでる場所も見つけられなかった。

 


 俺は、沙耶香と別れる決意をした。


 しかし、彼女との思い出が蘇るたびに悲しくなってしまう。学業に打ち込む事で、沙耶香の事を忘れる努力をしていた。




 それから、3ヶ月が過ぎた ある日の事である。


 友人の、剛から電話が来た。



「三瓶、久しぶりだな。 今、電話良いか?」



「ああ、良いぜ。 どうした?」


 俺は、懐かしい声を聞き 少し気が晴れた。



「おまえ、沙耶ちゃんとは、どうなってるんだ?」



「どうなってるって? 何で、 …」


 忘れようと努力してる彼女の名前を聞いて、動揺してしまった。



「気を悪くするなよ。 伝えようか悩んだけど、言った方が良いと思ってさ」



「 •  •  •  」


 俺は、声が出なかった。



「おい、聞いてるのか?」



「ああ …」


 自分を落ち着かせて、何とか言葉を絞り出した。



「実は、彼女の悪い噂を耳にしたんだ」



「 ・ ・ ・ 」



「おい、だいじょうぶか?」


 返事できない俺を、心配して聞いてきた。



「うん。 ああ。 だいじょうぶだ。 それで、噂って?」



「沙耶ちゃん、浮気してるかも知れない。 おまえ、心当たりあるか?」


 剛は、小さな声で言った。



「連絡が取れなくて、彼女とは逢ってないんだ」



「そうなのか」


 剛は、納得した様子だ。



「ところで …。 その〜」



「どうした?」



「相手の男は、分かるのか?」


 俺は、知る事が怖かったが、聞かずにいられなかった。



「トヨトミ自動車の人事部に所属する、田所 雅史って奴だ」



「何で、そこまで分かったんだ」



「俺の会社は、トヨトミ自動車に部品を納めてるんだが、そこの社員と飲む機会があるんだ。 その時に、本社勤務の技術系の新入社員の話が出たんだ。 その社員は優秀で綺麗な女性だと言ってたが、話の内容からして 沙耶ちゃんの事だとピンと来た。 それが、 …」



「どうしたんだ?」


 俺は、急かした。



「言いにくい話だが、新人研修担当の田所が、その娘をものにしたと自慢していたそうだ。 簡単に落ちたとか、何でも言う事を聞く軽い女だとか、言いふらしていた。 仲間内で話した事が外に漏れて広まったらしい。 とにかく女に手が早くて有名な男だそうだ」



「そんな …」


 俺は、軽い男になびく沙耶香の行動にショックを受けた。

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