第13話 食らいつく取材

 優香は、咄嗟に考えた。


「静香さんは、過去にミス東慶に選ばれたとお聞きしていますが、法学を目指す後輩学生に対し、素敵で優秀な先輩がいることを、ご紹介したいんです」



「私なんかで 良いんでしょうか?」



「静香さん以外にいないのです。 ぜひ、お願いします」



 静香は、しばらく考えこんだ。


「私で良ければ …。 分かりました。 取材は、本学の校内でお願いできますか?」



「承知しました。 それで、いつお伺いすればよろしいですか?」



「明日の、午後5時30分に学生相談支援課の前に来てください」



「分かりました」



 電話を切った。




「三瓶、今聞いた通りよ」



「了解した。 命がけで守るぜ!」



「えっ!」


 静香は、驚いたように俺を見た。



「どうか したのか?」


 なぜか、静香の顔が寂しげに見えた。



「ううん。 頼りにしてるからね!」


 静香は、何かを思い出したように涙を拭った。


 俺は、聞いてはいけない気がして、何も言わなかった。



◇◇◇



 翌日の夕方になった。俺は 約束の時間より 30分も早く、学生相談支援課の前に来て 見張っていた。


 15分前に、法学出版の取材班と思しき男女が現れた。



(あの男は、どこかで?)



 俺は、思い出した。トヨトミ自動車の前で沙耶香と2人で歩いていた男だった。



(確か、トヨトミ自動車の人事部に所属する、田所 雅史って奴だ。 なんで、ここにいるんだろう?)


 俺は、見つからないように物影にそっと隠れた。そして、今の状況を静香に電話した。



「三瓶だ。 今、学生相談支援課の前にいる。 法学出版のメンバーは男女2名来ている。 男の方は、沙耶香と付き合ってる奴で、トヨトミ自動車の人事部に所属する、田所 雅史だ。 なぜ、奴がいるんだろう? なんか、怪しい!」



「取材は 1人で受けるから、物陰で見ていて。 何かあった場合、手を振るから来てくれる?」


 静香が、提案した。



「分かった。 取材内容を記録したほうが良いと思うが可能か?」



「スマホで録音するわ」



「分かった」



 電話を切った。



 しばらくすると、静香が来た。約束した時間の 午後5時30分だった。3人は、学生相談コーナーにある椅子に腰掛けた。



「初めまして、法学出版の金子 優香です。 お時間をいただき感謝しています。 よろしくお願いします」


 2人は、名刺を交換した。



「菱友 静香です。 よろしくお願いします。 ところで、こちらの方は?」



「友人の田所です。 本人の希望で連れてきましたが、同席させてよろしいですか?」


 優香は、田所に目配せした。



「田所 雅史です。 トヨトミ自動車の人事部に所属しています。 金子から取材の話を聞いた時、弊社の法務部での求人の参考になると思い、無理を承知で来ました。 事前に連絡がなく申し訳ありません。 なんとか、同席をお認めいただけるとありがたいのですが?」


 田所は、名刺を差し出した。



「分かりました」


 静香も、名刺を渡した。




「それでは、いくつかお聞きします …」


 優香は、最もらしい質問をいくつかして、それに静香が答えた。30分程度 話して取材を終えたが、その間、雅史はひとことも喋らずにいた。


 しかし、優香の取材が終わると、待っていたかのように口火を切った。



「菱友さんは、凄く優秀な方とお見受けします。 実は、弊社の法務部で人材を募集しておりまして、ぜひとも来ていただきたいと思うのです。 実際に入るのは、大学院を修了してからで構わないので、内定だけでも出させていただきたいのですが?」


 雅史は、得意げな顔をした。



「失礼ですが、そのような権限がおありなのですか?」


 静香は、首をかしげた。



「もちろん、面接をしていただく必要はあります。 また、上司にも話を通す必要もあります。 しかし、私も任されている部分があるため、ほぼ可能であると言えます。 こんな私でも、弊社の中では、キャリアを積んでおり、それなりに信用もあります。 どうか、安心なさってください」


 田所は、話しながら、静香の美しい顔に見とれていた。そんな雅史を、優香はしらけた様子で見ていた。



「お言葉は ありがたいのですが、まだ将来の事を具体的に考えていません。 ですから、お気遣いは無用です」


 静香は、やんわりと断った。



「弊社は、日本有数の大企業です。 この不況下では、簡単に入れない優良企業です。 こうして知り合ったのも、菱友様とご縁があったからと存じます。 今日のところは引き下がりますが、また、お電話で勧誘させていただきたいと思います。 よろしくお願いします!」



「電話に出ないですよ」



「そんな、辛辣な事は言わないでください。 話だけでもお願いします」



「困ります」



「断っていただいて構いませんが、あと3回だけチャレンジさせてください」



「強引なんですね。 分かりました」


 静香は、どうせ断るのだと思い承知した。


 

 その後、取材が終わり2人は帰った。


 俺は、直ぐに静香のもとに駆けつけた。



「取材は、どうだった?」



「ありきたりの質問に答えただけ、特におかしい所はなかったわ」



「一緒にいた男はどうだった?」



「三瓶が言う通り、トヨトミ自動車の人事部に所属する田所さんて言う人だったわ。 私のことを、大学院を終了したらトヨトミ自動車の法務部で採用したいと言ってきた。 断ったんだけど、また連絡をさせてほしいってさ。 あの若さで、そんな権限があるのかしら? 怪しさ満載ね」


 静香は、苦笑いした。

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