第17話 憧れの人
静香は、時々何かを思い出したように辛い顔をする時があった。だから、彼女が何を言おうとしているのか察しがついた。しかし、それを聞くのが怖かった。
その後、しばらく沈黙が続いた。
「あのう …」
彼女が何か言おうとした。
「静香、どうした?」
俺は、覚悟を決めて尋ねた。だけど、静香から次の言葉がなかなか出てこない。
「君は、優しいから …。 俺は、静香と釣り合わないから …」
俺は、深呼吸をした。
「以前、君のお母さんから、静香が憧れた人がいたと聞いたけど、その事と関係があるんだろ」
俺が聞いた事に対し誠実に答えたいと思ったのか、彼女は話し出した。
「ごめんなさい。 三瓶は、悪くないの。 ただ、その人に、何となく雰囲気が似ていて、あなたに、それを求めてしまった。 私は、最低な人間なの」
絞り出すように話した様子から、彼女を励ましたくなった。怒っても良いはずなのに、そうはならない。俺は、お人好しなんだと思う。
「自分を責めちゃダメだ。 俺との事は、最初から無かったんだよ。 俺は、ぜんぜん気にしてないさ。 だから、自分を責めないで …」
「優しいのね、ありがとう」
「最後に教えてくれ。 君が好きになるなんて凄い男だと思う。 どんな人なんだ?」
「うん …」
「言いにくかったら、いいよ」
「彼は、私より2歳上で、お姉様と同い年なの。 顔は違うけど、背格好や雰囲気が三瓶に似てるわ。 凄く頭が良くて、強くて男らしい人よ。 中学3年の時、悪い連中に絡まれた私を助けてくれた。 中2の時に初めて逢って、一目で好きになったわ」
「静香と同じ高校なのか?」
「ううん。 最初、彼と同じ上等学園高校に行こうと思ったんだけど、お姉さまと彼が恋人関係だと言われて、それにショックを受けて、私は、全寮制の開北高校に逃げたの」
「その人と君の姉さんとの関係は、今でも続いてるんじゃないのか?」
「お父様は、2人は付き合ってないと言ったわ。 今度は諦めない。 私は元太さんと結ばれたいの」
「そうか、元太さんと言うのか」
「三瓶に酷い事を言ってる。 ごめんなさい」
「いや、話してくれてありがとう。 スッキリしたよ。 もう会う事がないかもしれないけど、君との事は楽しかった。 じゃあ、もう切るよ」
「本当に、ごめんなさい」
俺は、電話を切った。
母に裏切られ、沙耶香に裏切られ、今度は、静香に裏切られた。凄く、自分が惨めになったが、沙耶香の時のように不思議と涙は出なかった。
自分には、もう恋愛は要らないと思えた。
◇◇◇
翌日の朝になり、俺は大学に向かった。研究室に入ると、加藤が話しかけて来た。
「よお、百地。 いつもより遅えじゃねえか。 実験のレポートをまとめて来たか?」
加藤は、朝からテンションが高い。
「あっ、スマン」
静香との事があって、それどころでは無かった。
「菱友さんと仲良くやってるのか? 勉強どこじゃねえよな。 羨ましいぜ!」
加藤は、俺を からかうように言った。
「実は、彼女とは何でもないんだ」
俺は、思わず下を向いてしまった。
「そうなのか? でも、彼女の方から、おまえを訪ねて来たじゃねえか。 あんな凄え美人が …。 信じられなかったぜ」
加藤は、興奮気味に言った。
「そうだよな」
俺も、自分の事ながら、実は驚いていた。
「なんか、おまえを見ていると、高校時代の変わった奴を思い出すよ。 タイプはぜんぜん違うんだけど …。 背格好が似ているせいかな」
加藤は、何かを懐かしんでいるようだ。
「なんだよ、それ」
俺は、少し不快に感じたが、笑ってごまかした。
「そいつはな。 昔のツッパリじゃあるまいし、髪型がオールバックで度付きサングラスを掛けていたんだ。 信じられねえファッションセンスだったぜ。 まさに、見た目はヤンキーだったよ。 でも、百地はそこそこのイケメンで、ヤンキーじゃないよな」
加藤は、ニヤニヤして俺を見た。そして、直ぐに続けた。
「身長は 190センチ近くあり、スラっとしたモデル体型だった。 それから注目すべきは、頭が凄く良くて、超難関進学校の上等学園高校の中で、常に、学年1位だったんだ。 しかも、塾にも通わないで図書館で独学してたんだぜ。 ある意味、天才だったよ。 もうひとつ、変な特徴があった。 見た目がヤンキーだから女子から気味悪がられていたのに、何故か、美人と言われる連中に凄くモテた。 俺が憧れていた人ともつき合ったりしたんだぜ。 そこが、百地と違うか」
加藤は、大声で笑った。
「加藤は、上等学園高校の出身だったのか。 凄いな」
俺は、正直に思った。
「ああ。 百地の高校はどこなんだ?」
「俺は、都立 横川高校だよ」
「公立にしては難関じゃねえか。 俺は、高校までは順調だったが、この大学に入るのに、2年も浪人したんだぜ。 お前は現役で入ったんだろ?」
「ああ、奇跡的に現役で入れたよ。 ちょっと、話は戻るけど、加藤は俺より2歳上だったのか」
「そう言うことになる。 俺も今の話しを聞くまで知らなかったがな。 この大学は、国立の最難関だから、浪人して入る連中は多いぞ」
「そうだよな …」
俺は、加藤の話をうわの空で聞いていた。
それより、静香が憧れていた、元太と言う男の名前が気になっていた。
「ちょっと聞くけど、上等学園高校に、元太と言う名前の生徒はいたか?」
俺は、思わず加藤に聞いてしまった。
「えっ、百地。 おまえ …。 三枝 元太を知ってるのか?」
加藤は、驚いて俺を見た。
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