第41話 思惑

 中学3年の時に別れてから、母は俺に会おうとしなかった。父親の違う弟がいることを聞いて、ますます腹が立った。本音を言えば心の奥底で嫉妬していた。

 だけど …。 そんな自分が情け無いと思うが、どうにもならなかった。



「いつ妊娠したんや?」


 俺は、興味なさそうに、わざと投げやりな感じで言った。

 しかし、本音は違った。

 母と暮らしている時に妊娠している事に気づかなかったから、母がいつ俺を裏切ったのか知りたかったのだ。



「そんな事より …。 三瓶の弟なんだよ、会ってくれるんか?」



「いや、別に興味は無いが、言ってみただけや。 話しはそれだけか?」


 母の何かを隠そうとしている態度に腹が立った。

 だから席を立とうとした。



「待ってや、話しをちゃんとするから。 あんたの弟の才座は、8歳なんよ」


 母は、俺がこの場を離れないように必死のようだ。

 


「才座と言うんか。 8歳というと小学2年か?」



「そうや、可愛いさかりや」


 母は思い出したように笑った。

 しかし、俺はそれを見て気分が悪くなった。心の奥底で嫉妬していたのだ。



「という事は、俺と生活していた頃に妊娠しとったんやな。 全く分からんかったわ。 大したもんや」



「そんな事は言わんの。 あんたに心配かけたくなくて隠してたんよ」



「嘘をつけ! 俺が反発すると思うたから、言わんかったんやろ。 そんで、腹が大きうなる前に家を出たんや。 1人残された俺がどう思っておったか分かるか? 俺は …」


 当時の状況を思い出し言葉が詰まったが、意地でも涙は見せまいと堪えた。



「三瓶、ほんにすまんかった。 あん人の命令やったから仕方なかったんよ。 ごめんな」


 母は、下を見て謝った。



「俺より旦那が大事やったんやろ。 実の息子を捨てたんや」



「捨ててはおらん。 ちゃんと生活できて大学にも行けたやないか」



「やはり、それが本音か。 俺はそんな事は望んでおらんかった。 分かったから、もう行くわ。 もうあんたに会わんから安心して良いわ。 仕送りもいらんからな」


 俺は、もうダメだと思った。正直、母に会いたい気持ちがあったが、幻滅してしまった。もう考えたくもなかった。



「それでも、三瓶だけが頼りなんや。 お願いやから聞いてほしい」


 母は、テーブルに額をこすり付けた。それを見て、俺は憐れみを感じてしまった。

 自分の甘さが心底嫌になる。



「才座やったか、変わった名やな。 学校でイジメられるんと違うか?」


 俺は、昂る気持ちを抑え、静かな口調で話した。



「あの子は、生まれながらのサラブレッドや。 峰岸の跡取りなんや。 それに見合う名前や。 あの人が決めたんや」



「そうか、それは良かったの。 早く本題に入ってくれ。 俺は時間が無いんや」



「才座がな …。 学校へ行かんで困っとるんよ。 学校へ行けるようになるまで家庭教師をつけとるが、言う事を聞かんのや。 主人からは、私に学がないから才座がこうなったと責められてな。 辛いんや …。 そんで困ってしもうて …。 あるとき、才座に兄がいることを話したら興味を示して、会って見たいと言うんや。 三瓶に会えば、才座は変わるような気がする。 あの子を励ましてほしいんや」


 母は、縋るような目で俺を見た。



「俺は会わん。 絶対に会わん」


 俺は、キッパリと言い渡した。



「三瓶、この件はチャンスなんよ。 主人はあんたの事を身内にしないと言っておる。 実は、言いにくいんやけど …。 私の籍を入れる時に、三瓶に財産を渡さんように遺言書を書かされたんよ。 最終的には、主人の娘の千歌さんと、あんたの弟の才座に財産が行くようになっとるんや。 だけどな、三瓶が才座に好かれたら、主人があんたの事を見直すと思うんや。 あんたを家族に迎え入れてくれるかもしれん」


 母は、真剣な目で俺を見た。



「俺は、あんたらの家族にはならん。 意地でもならん!」



「分かったよ。 だけど才座に一度会ってくれへんか? あの子は、三瓶に興味があるんよ。 一度だけで良いから」


 勝手な言い分である。母にとって俺の意志など関係ないようだ。



「考えとくから、今日のところはもう行くわ」



「分かった。 また、連絡するけど、必ず電話に出るんよ」



「ああ」


 俺は、一言返事して、この場から逃げるように去った。

 そんな俺の姿を、母はずっと見つめていた。



◇◇◇



 母と別れてから、俺は京西大学に向かった。

 何かに没頭しないといられない状態だった。とにかく気を紛らわしたかったのだ。


 大学の総務部を訪ねると、休日にも関わらず先に出勤している人がいるという。

 教室の中に入ると、思わぬ人が出勤していた。


「あら、百地。 今日は休みだけど、どうしたの?」


 座長の鈴木貴子が、忙しそうに外国の論文を読んでいた。



「鈴木座長こそ、休みなのに」


 

「私は、いつものことだから。 それより、あなたは、せっかくの休みなんだから京都の街でも見物したら?」



「実は、俺。 京都で生まれて中学までここで育ったんです」



「えっ、確かホテル住まいよね。 なんで、ご実家に泊まらないの?」



「実家はないんです。 俺は天涯孤独なんです」


 俺が話すと、貴子は仕事の手を休め、美しい顔で俺を見据えた。



「そうか、いろいろあるんだね。 私も東京で生まれたけど家はないわ。 離婚した両親は東京と九州にいるけど、私には帰るべき家がないの。 どこか似たもの同士ね」


 貴子は、親しみを込めて俺を見た。そんな彼女の姿を見ていると、なぜか涙が込み上げて来て、思わず下を向いてしまった。

 

 そんな俺の様子を見て、貴子は気づかないフリをした。

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