第38話 母の訪問

 京都に来て、最初の土曜になった。今日は、待望の休みだ。

 毎日、密度の濃い忙しい日々を過ごしたせいか、昼まで寝過ごしてしまった。 


 俺は、贅沢にも、昼食を部屋に運ばせて食べている。

 毎日がハードではあるが、食事付きのホテル住まいなのは快適で嬉しい。

 スポンサーの大企業が費用を出してくれることに感謝だ。



 しばらく、ゆったりと過ごしていたが、突然のスマホの呼び出し音に、現実の世界に引き戻された。


 着信画面を見ると、継父の顧問弁護士の美濃部からだった。俺は、嫌な予感がした。



「先日、電話で話した内容を、お母様にお伝えしました。 その上で、お母様は、あなた様と話すことを希望されています。 三瓶様が、京都でホテル住まいなのを調べました。 実は、今、ホテルのロビーにお母様と居ます。 フロントに尋ね、三瓶様が部屋にいらっしゃる事も確認しております。 これからロビーに来ていただけますか?」


 美濃部は、業務的に淡々と話した。



「分かりました。 でも、昼食を食べているので、少し待ってもらう事になりますが、よろしいですか?」


 俺は、母が訪ねて来た事に動揺していた。約8年間も会話さえしていない母と何を話せば良いのか?

 激しい怒りを覚えたが、それを悟られないよう努めて冷静に話した。



「昼食を食べているのですか? それなら、1階にシャトルブランゼという喫茶店がありますが、そこでお待ちしております」


 美濃部は、淡々と話した後、電話を切った。



 俺は、昼食を食べた後、クローゼットの中からスーツを取り出した。正装をして、大人っぽく見せる必要があると考えた。

 中学の時に別れてから、まともに顔を見たこともない母を、見返してやりたい、大人になった自分を見せて、親が居なくても子は育つことを思い知らせてやりたいと思った。


 考えていると、なぜか身体が震えてきた。心が悲鳴をあげているのかも知れない。

 俺は、両手のひらで顔を何回か叩き、気持ちを落ち着かせた。

 

 

 エレベーターを降りて、ロビーに行き周りを見渡すと、シャトルブランゼという看板が目に入った。

 何度もロビーを通ったが、喫茶店がある事に気付かなかった。

 忙しくて、周りを見る余裕が無かったのだ。



 俺は、店の中に入った。



「いらっしゃいませ。 何名様ですか?」


 若い、女性店員に声をかけられた。


 京都という土地柄、観光客が多いせいか、店は混んでいた。



「人と待ち合わせをしています。 美濃部という名前ですが、聞いてますか?」



「それでしたら、承知しております。 ご案内いたします」


 女性店員に案内され、奥の方に向かった。


 コーナーのテーブルに目をやると、身なりの良い男女が座っていた。

 女性の方は、俺を一心に見ていた。


 母だった。


 美濃部弁護士とは、年に数回、顔を会わせているが、母とは中学以来だ。


 久しぶりに見る母は、昔のように美しいが、ケバい化粧をしてないせいか、感じが違っていた。心なしか、少しやつれた感じがした。

 それより、高級な宝飾品で着飾った姿は、俺の知ってる母ではなかった。別世界の人間に見えた。


 心の中で、母に逢いたい気持ちがあったが、あまりにも印象が違ったせいで、その気持ちが消え失せてしまった。

 俺は、言いようのない孤独感を味わっていた。



「お客様、こちらでございます。 ごゆっくりどうぞ」


 女性店員は、一礼して戻った。



 俺は、母と美濃部を見下ろすように立っていた。



「三瓶、背が高くなったね。 立派になって嬉しいわ。 そこに座りなさい」

 

 母は、中学生の時と同じように、いや、会えなかった空白の7年間が無かったかのように、当然のごとく話しかけて来た。



「あなたに言われなくても座るさ。 俺の事を覚えていたとは、凄く驚いたよ。 ところで、捨てた息子に何か用があるのか?」


 俺は、わざと突き放すように言った。



「三瓶さん。 そのような言い方は良くない。 お母様の気持ちを考えるべきだ。 あなたは、十分に大人なんだから分かるでしょう」


 美濃部は、いつになく声を荒げた。



「美濃部さん、これは親子の問題だから、口を挟まないでいただきたい! とはいえ、すでに縁は切れているから親子と言えないが …。 この前、電話で言われたが、自分は成人だから仕送りを止めると言うなら、直ぐに切ってもらって結構」


 俺も、声を荒げてしまった。



「三瓶様には、好きな学問を学ぶようにとの、旦那様たちの考えを伝えた。 それを、ご自分から放棄するなら仕方がないことです」


 美濃部は、淡々と話した。



「美濃部! 三瓶の仕送りを切ると言ったの?」


 母は、美濃部を睨んだ。



「はい。 旦那様は、これ以上の学資の援助に反対なさっています。 自分は、この件を一任されております」


 母に言われ、美濃部は少し狼狽えた。



「美濃部、席を外しなさい。 三瓶と2人で話します」


 母は、美濃部に厳しく言った。



「それで、よろしいんですか?」


 美濃部は、驚いたような顔をして母を見たが、直ぐに冷静になった。



「あの人に報告するなら、どうぞご勝手に。 この子に関しては、もうこれ以上は譲れません」


 母は、美濃部を睨みつけた。



「承知しました。 先に戻ります」


 美濃部は、一瞬悔しそうな顔をしたが、直ぐにいつもの表情に戻った。

 その後、一礼して席を立った。



「三瓶、悪かったわ。 今日、私が訪ねて来たのはね …。 ちゃんと説明するから、とにかく座ってちょうだい」


 母は、優しい眼差しで、懇願するように話しかけてきた。

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