(3)




パニックを起こしている様子の、金髪の男。




彼の名は、タカハシケイゴ。




タカハシライトの実の兄で、「イケヤン」のリーダー的存在として知られる人物だ。




普段から、ただモノじゃないオーラ全開の彼が、




こんなに慌てふためいているなんて……




想像もしなかった光景が、今、目の前にある。




彼と一緒にやって来た、他の三人の男たち――




銀色の髪のアラキ、




ピンク色の髪のカネシロ、




赤い髪のトラオ――も、かなり驚いている様子だ。




彼らも、やはり「イケヤン」のメンバーで、




つまりは、ここに、「イケヤン」が全員集結したということになる(!)。




アラキとカネシロとトラオは、タカハシケイゴに、





「さっさと薬を飲ませろ!」





と、怒鳴った。




彼らは彼らで、パニック状態のようだ。




タカハシケイゴは、





「分かってんだよ!」





と怒鳴り返して、弟のタカハシライトを抱え直した。





「…おい、ライト。頼むから、目を開けるんだ。頼む……」





兄のタカハシケイゴが声を掛けても、タカハシライトの目は開かない。




…でも、そりゃそうだ。




あれだけ苦しんで、意識を失った人が、




ただ声を掛けただけで起き上がるはずがない。




……もう、ダメだ。




心がずしんと重くなり、目にジワリと涙が滲む。




もっと何か出来たはずだったのに、救える命だったはずなのに、




とんでもないことをしてしまった。




―――しかし、その時。





「……ん」





ぼんやりした視界に、目を開けたタカハシライトの顔が映り込んだ。





「……あっ!」





あたしの声と、ほぼ同時に、





「ライト……!!」





兄のタカハシケイゴと他の三人の歓喜の声が上がった。




タカハシケイゴは、ポケットから何かを取り出した。





「ライト、ほら。薬だ。飲め」





……




驚きの目覚めから、数十分。




(結果、声を掛けただけで目を覚ました)タカハシライトは、




薬を飲んで、一旦、落ち着いた。




おかげで、あたしの心臓も少し落ち着いた。




てっきり、彼は死んだものかと思っていたので……本当に、怖くて仕方がなかった。




生まれて初めて、人殺しの気持ちが分かったような気分を味わった。




だから、目を覚ましてくれた時、本当に安心したし、感激した。




まるで、生まれて初めての自分の子を、腕に抱いた時のようだった(想像)!





――けれど、今、




「タカハシライト死んだ説」の時とは、別の恐怖が、あたしに襲い掛かっている。





「――いや、マジで誰?」





そう言って、あたしを指差しているのは、ピンク色の髪のカネシロ。




「イケヤン」の一人として、




また「大の女好き」や「ひどいチャラ男」として、かなり悪名高い人物である。




「付き合った女は星の数」という、バカげたウワサもあるほどだけど、




残念ながら、下の名前は忘れてしまった。





「俺、日ノ学の女子は全員、把握してるつもりだったんだけどさ。


君のことは知らねーな。てか、見たこともねーわ」





初対面で失礼なことをズケズケと言ってくる、日ノ出学園高校代表の女好き。




…ウワサ通りの嫌な男だ。




こんな奴は、無視するのが一番。




というわけで、何度聞かれても、クラスも名前も答えていない。




出来ることなら、こんな男から一刻も早く離れたいところだけど、




タカハシライトを死なせるかもしれなかったという後悔と負い目から、




なかなか逃げられずにいる。




今、あたしは、さきほどまでいた男子トイレから近い廊下にいる。




そう、「イケヤン」の皆さんと一緒に。




普通じゃ有り得ない状況なのは、重々承知だけど、




今は到底、それをツッコんでいられる段ではない。




なぜなら、




体を休めるために座っているタカハシライト以外、




全員が立って、あたしを見下ろしている状態だからだ。




いや、正式には、「見下している」。




特別科の、それも校内で知らない者はいない有名な集団から、




囲まれて、睨まれているなんて……カオスすぎる!




まさに、絶体絶命!!!




カネシロ以外は、何も言わず、ただ睨んでくるだけ……




怖すぎる(心臓バクバク・手足汗まみれ・脇もビショビショ)。




今にも泣き出しそうになりながら、なんとか耐えていると、





「――つーか、なんで男子トイレにいたんだよ?」





赤い髪のトラオが、口を開いた。




トラオというのが、




苗字なのか、それとも下の名前なのか、それは知らないけど、




この学校の中に彼を知らない人間はいない。




なんでも、このお方は、喧嘩をするのが趣味、いや生き甲斐で、




ウワサによると、「人を殺した」こともあるらしいのだ。




いくら裕福な家の息子だからって、それすら見逃されているなんて……世も末だ。




危うく、今日、あたしもなるところだったけど、




人を殺したなんて、立派な犯罪者じゃないか!!





「なにボーッとしてんだ。殺すぞ」





トラオが言った。




ひいぃぃぃぃぃ!!!!




原口夢果、ここで死す(チーン)。





「なんとか言えよ。口が利けねーのか?


あれか、実は男に生まれたかった的なヤツか。


だから男子トイレに忍び込んだんだな。ああ、なるほど」





勝手に納得する、日ノ出学園高校の「殺人者」。




確かに、あの状況では、いろいろ怪しまれるのも無理はないかもしれないけど、




これまで一度も、男子トイレに憧れを持った経験はない。断じて!




けれど、そんなこと、こんな状況で言えるわけもない。




とりあえず、あたしは頭を下げた。





「あの…本当に、申し訳ありませんでした」





”タカハシライトが、目の前で倒れ、苦しんでいたのに、



迅速な対応が出来ず、すみませんでした。



ただ、悪気はなくて、パニックだっただけなんです。”





…言いたいことは、たくさんあるのに、




「イケヤン」の皆さんを前にすると、全く言葉が出てこない。





「なんだ、話せるじゃねーかよ」





トラオの言葉だけが聞こえてきたけど、それ以外は、”無”。




しばらく、頭を下げたままの姿勢で止まっていると、





「……いいじゃん、もう」





と、誰かが言った。




驚くべき回復力を持つ、タカハシライトだ。




具合が悪そうに座っているけど、ニヤニヤと笑っている。




さすがは「イケヤン」の末っ子、日ノ出学園高校のスター的存在!





「そんなに気にしなくていいよ。


俺が勝手に倒れただけのことだし、むしろ迷惑かけて悪かったから。


だろ、お前ら」





タカハシライトの思わぬ言葉に、




(え、こんなにイイ子だったの?)と、驚き半分・怪しさ半分の気持ちでいると、





「――病み上がりは黙れ」





銀色の髪のアラキが、口を開いた。




…冷たい言い方。




同じ「イケヤン」の中でも、女好きのカネシロとは正反対で、




「無数の女を泣かせてきた」といわれるほどの女嫌い。




しかも、ぶっきらぼうで冷血な人間――そういわれるのが彼だ。




やはり校内に知らない人間はいないのだけど、あいにく、下の名前は存じ上げない。





「……お前」





アラキの鋭い視線が、あたしを貫いた。





「倒れている人間が目の前にいるのに、


よく救急も呼ばずに、ボーッとしていられたもんだな。


気が利かないにも程があるんじゃねーのか」




「そ、それは…――」




「ライトが、もしも死んでいたら、どうするつもりだった?」





アラキの表情と言葉は冷たく、言っていることが間違っていないだけに、




より一層、あたしの胸に深く突き刺さった。




……確かに、もしも、タカハシライトが、あのまま死んでしまっていたら?




また、恐怖が襲ってきた。





「……も、申し訳ありませんでした。本当に」





もう一度、心を込めて謝罪する。





「頭が真っ白になってしまって、適切な対応が出来なくて…


本当に、すみませんでした」





――すると。





「だから、もう謝らなくていいって!」





タカハシライトが声を上げた。





「俺が死んだらって…この通り、死んでねーだろうがよ!


それに、救急に関しては、俺が呼ばなくていいって言ったんだ!


それでケイゴに連絡してもらったんだよ!


その子は、何も悪くねーんだって!」





タカハシライトは、病み上がりとは思えないほどの大声で言った。





「ったく、これだから、イメージが悪い集団のままなんだよ!


よく考えろよ、お前ら!」





………シ―――ン。




辺りが一気に静まり、




遠くの教室から、微かに先生や生徒たちの声が聞こえる。




――そういえば、きっと、もう一時間の授業は受けないままだろう。




こんなこと初めてだ。




そんなことを頭の片隅で思いながら、周囲を見てみると―――




タカハシライトにお叱りを受け、どうやら混乱している様子の他の四名。




……え。




あたしは、どうすれば?




その時、





「病み上がったら、ボコボコにしてやる」





沈黙を破って、トラオが口を開いた。




……なんだか、険悪な雰囲気??




いい加減、早くここを去りたい。




さすがに耐えられず、体の向きを変えて、足を進めようとすると―――





「待て」





背後から、呼び止められた。




恐る恐る、振り返ると、




そこには、こちらを睨みつける、金髪の男―タカハシケイゴ―がいた。





「今日のことは、絶対に、誰にも言うな。


ライトのことは、ただの事故だ。だから黙ってろ。いいな」




「は…は、はい。分かりました」




「もしも、今、俺が言ったことを守らなかったら……


お前の命は、なくなると思え。分かったな」





……―――ひ、ひえぇぇぇぇぇっ!!!





「ケイゴ…!」





タカハシライトが、兄を怒鳴るも、もう時すでに遅し。




恐怖に耐えられなくなったあたしは、




この場を一刻も早く去ろうと、慌てて駆け出した。




―――ところが。




グニュッ。





「…って!!テメー、何しやがる!!!」





走り出した瞬間に、誰か(おそらくトラオ)の足を踏んでしまった!




けれど、恐怖で足が止まらず、





「す…すみませんでした――!!!」





猛ダッシュしながら、謝罪した。





「あーあ、命狙われることになるぞ~!」





そう言った、何者か(おそらくカネシロ)の声が聞こえた気がしたけど、




あたしは、そのまま走り続けた―――。





「ハァ、ハァ、ハァ」





自分の激しい呼吸の音だけが聞こえる。




永遠に続くのかと思われた地獄の時間を、ようやく抜け出すことが出来て、




まるで自由を手に入れた鳥かのように、走り続けている。




この数十分間で、あたしの頭は、きっとおかしくなってしまったんだろう。




どうせ、もう授業は受けていないんだから、




このまま休み時間になるまで走り続けていよう…なんてことを考えているのだから。




でも、走るのも、ほどほどにしなければ。




あたしは大の運動不足だし、




幼少期から、喘息も患っているのだから(ちょっとしたカミングアウト)。




もう、あの恐ろしい連中がいるところからも、ずいぶん離れただろうから、




一旦、ゆっくり歩こう。





「……」





さてさて、今日、起きた出来事を、出来る範囲で整理しましょうか。




……中谷王我の犯行の現場を証拠におさめようと、



二階のトイレに行ったのが、始まりだった。



中谷王我が残忍なイジメを行っていることは分かったけど、



それを証拠としておさめるミッションは遂行できず――



絶望していたところへ、



ちょうど「イケヤン」のタカハシライトが居合わせ、



彼が何らかの原因で倒れているところを発見してしまった。




…今、考えても、よく分からない。




やっぱり、今、整理するのは難しそうだ。




ところどころ覚えていない部分もありそうだし、




まだパニックから抜け出せていないのかもしれない。




ただ、漠然と体で覚えているのは、「イケヤン」の華やかさと迫力だ。




彼らは全員、高校生では考えられないほど、髪の色が鮮やかで、




全体的に高身長だし、顔立ちも整っている人物ばかりだから、




それだけでもう華やかさは十分だ。




けれど、やはり、それ以上に、




彼らには、上級の不良らしい、とてつもない迫力がある。




特に、リーダー的存在のタカハシケイゴ……彼の威圧感ときたら、半端じゃない。




さすがは「眼光だけで人を殺せる不良」、




「不良界の殺し屋」、「日ノ出学園高校きっての暗殺者」。




この他にも、たくさんの異名が与えられているけど、




これらの意味が、今日、初めて対面して、よーく分かった。




というわけで、




今日の収穫は、「『イケヤン』の恐ろしさを痛感できたこと」だ。




ちっとも良いことではないし、こんなはずではなかったけど、




そうやってポジティブに考えるしか方法はない。




今日は、とりあえず、頭を冷やそう。





授業終わりのチャイムが鳴ったのと同時に、三年八組の教室に戻った。





自分の席に着いて、また「アナの日記」を読み直そうとしていると、





「……は、原口さん?」





松木さくらが声を掛けてきた。





「…ん?」





顔を上げると、いつも以上に白い顔がそこにあった。





「…さっきの授業の時、いなかったよね?具合でも悪かったの?」




「え。あ…ま、まあね。でも、もう大丈夫!」





あたしが言うと、松木さくらは、さらに心配そうな顔になった。





「そうなの?保健室には、ちゃんと行った?


なんだか顔が真っ青だから、もう一時間は休んだ方がいいかもよ」





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