(3)
けれど、あたしの心の声など、想像も出来ない彼ら(イケヤン)。
高橋来登は、まだチョークを握っている。
もうクイズは終了したはずだろう。
それなのに、なぜ…
「――お前の名前」
高橋来登が、あたしに向かって言った。
「まだ、お前の名前が残ってる」
…そういうこと、ですか。
高橋来登って、こんなにKY(空気を読めない人)だったのか。
あたしも、他の「イケヤン」も、誰もが疲れている中で、
まだクイズを続けようとは…!
KYなのか、ワガママなのか…もしかすると、両方なのかもしれない。
「来登。お前、しつこい」
逆立った赤い髪すら、元気がなくなってきている。
「お前のおかげで、ハラグチユメカを殺す気力もなくなったわ。もう、俺は座る」
そうして、遠藤虎男は、高橋敬悟と新木純成が座っている近くに腰を下ろした。
この点だけは、高橋来登に感謝だ!!
彼が、KYワガママじゃなければ、
あたしは、今ごろ、ケダモノの餌食になっていただろう。
「恋をすると、いちいち面倒くさくなるんだよな~」
金城亜輝が、独り言のように呟いた。
…しっかり、聞こえていますが。
高橋来登にも、ちゃんと聞こえたらしい。
「亜輝!何なんだよ、さっきから。
俺が恋をしようと、しなかろうと、関係ねーだろ?」
少し不機嫌な様子の、高橋来登。
対して、金城亜輝は、ニヤリと笑みを浮かべた。
「え~、やっぱしてんの?てか、その自覚ある感じー??」
「してねーよ、恋なんか。お前じゃあるまいし!」
高橋来登は、ハッキリと答えた。
結局、していないのね。
まあ、あたしには、何の関係もないことだけど♪
「いいのかよ?そんなこと言って!」
金城亜輝は、大げさな調子で言った。
…ウザい。
「俺なら、イイ相談相手になってやれると思うんだけどなー。
お前がそんな感じなら、何もしてやんね☆」
一体、何の確信があって、言っているのやら。
「ま、それはともかく、お前は昨日から様子が変なんだから、
一昨日と昨日で、何か変わったことがなかったか、よーく振り返ってみることだな。
そしたら、何かに気が付くだろうよ」
意味深な様子で、そう告げると、
金城亜輝は、いきなり、あたしのすぐ目の前にやって来た。
何をするのかと思いきや、教壇の上に乗っているクラス名簿を指差してくる。
「俺の名前の由来について、教えてやろっか。
亜輝の[亜]は、”アジア”。亜輝の[輝]は、”輝く”を意味する。
よって、『アジア一輝く男』、これが由来なんだ」
……「アジア一輝く男」?
一体、どんな顔して、そんなことを言っているのだろう。
気になって、一瞬だけ、見てみると…
「プッ」
なんてこった!
思わず、吹きだしてしまった。
だって、金城亜輝が、いつになく真面目な顔をしていたから……。
「ハラグチユメカが笑った」
金城亜輝は、満足そうに言った。
「笑ったら、ちょっとはマシじゃん。ほら見ろよ、来登!」
…最悪だ、最悪だ。
視界に、高橋来登の顔が入り込んでくる。
なんとか、目を背けたまま、無視していると――
「えーっ、俺には見せてくんねーの?笑った顔」
高橋来登が、拗ねたように言った。
…ハァ?
何なの、その言い方??
もう、いい加減にしてほしい!
早く、全て終わらせて、家に帰りたい!!
追い詰められたあたしは、黒板にさっさと自分の名前を書いた。
「…これが、あたしの名前です」
そう言って、黒板に書いた文字を指す。
金城亜輝と高橋来登、その後ろにいる、高橋敬悟と新木純成と遠藤虎男も、
あたしが書いた文字に目を向けた。
「――原口夢果」
高橋来登は、口ずさむように言った。
そして―――
「せっかく当てようと思ってたのに!なんで問題にしてくれなかったんだよ!」
謎の不満を、ぶつけられた。
…いやいや、もう、いい加減にしてくれよ。
その思いを込めて、首を傾げると、
「…ま、いいか」
高橋来登はニコッと笑った。
「”夢を果たす”と書いて、夢果。おっけー、覚えとく」
「いや、むしろ忘れて」
「…えっ?」
本音を返してしまった瞬間、高橋来登がキョトンとした目で見てきた。
「…その」
あたしは言おうとした。
「もう、今日で…」
「ア―――ッ!もーう、疲れた――!」
しかし、見事、遠藤虎男の雄叫びが重なってしまった。
「のど乾いた、あご疲れた、頭痛てぇ!!敬悟か純成、俺を助けろー!」
何が起きたのか、どうやらボロボロらしい、遠藤虎男。
高橋敬悟と新木純成に助けを求めるが、
「デカい声ばっか出して、ギャーギャー騒いでるからだろ。狂犬病のお前が悪い」
新木純成からは、冷たくあしらわれ――
「お前なら大丈夫だ、虎男。
”炎の男”とも呼ばれる、喧嘩チャンピオンのお前が、
のどの渇きや、あごや頭の痛みなんかに負けるわけない」
高橋敬悟からは、意味不明な内容で励まされ――
「…お前ら、なんだかんだで、やっぱり冷たいよな」
失望した様子で、
「俺は意外と、神経が繊細だから、
慣れない他人と一緒にいたら、すぐ疲れるんだよ。
クソ、原口夢果め…」
ブツブツと恐ろしいことを呟いた。
「……」
遠藤虎男が、覚醒して、いきなり殴りかかったりしてこないうちに、
さっさと姿を消したいところだ。
そう思い、
この教室に入ってきてから、ずっと右肩に掛けていた自分のカバンを、
左肩に掛け直す。
高橋来登が、そんなあたしを見た。
「えっ、もう帰んの?まだ十五分くらいしか経ってねーよ」
いや、絶対、もっと経ったはずだ。
バカなことを言うんじゃないよ、高橋来登!
「…怒ってる?」
高橋来登が、初めて、あたしの気持ちを察してくれた。
目は合わせていないけど、少し不安そう…な様子が伝わってくる。
そして、他の四名の視線まで、なんとなく感じる…!
高橋敬悟や新木純成、遠藤虎男からは、殺気のようなものを感じるのだけど…
気のせいでしょうか?
あたしは、高橋来登の問いに対して、恐怖心から、首を横に振った。
「そ、そんなことないですよ」
「そう?良かった!」
安心したように笑う、高橋来登。
彼の切り替えの早さは、ともかく…この笑顔が、なんだか怖くなってきた。
「――なあ」
突然、高橋来登の手が、あたしの肩に触れた。
「――ギャッ!!!」
思わぬ行動に、つい獣のような声を出してしまった。
「…あ。ごめん」
ふと見ると、悲しげな表情を浮かべて、あたしを見下ろす、
明るい茶色の髪の、輝く瞳を持った少年。
「ビビらせるつもりはなかった…。マジ、ごめん」
さきほどまでの笑顔は、一体、どこへ…?
高橋来登は、曇った表情で、
「結局、ビビらせてばっかだ…。なんでだ?どうすればいい?
全然、上手くいかねーな…」
何やらブツブツと呟きだした。
――そして。
「原口夢果、教えてほしいんだけど。俺の、俺らの、どこが、そんなに怖い?」
何か、言いだした―――!
そんなこと聞かれて、本人たちを前に、本当のことを言えると思いますー?
高橋来登って、つくづく頭がおかしい!
「――お前の強引さが、嫌だったんじゃねぇのか」
その時、誰かが言った。
「んだと?」
高橋来登が、鋭い視線を向ける。
その先には――
黄金のような金髪を光らせ、もの凄い貫禄を漂わせる男…高橋敬悟がいた。
「活発で、積極的なのは、お前のいいところだ。
でも、我が強いところは、お前の欠点でもある」
高橋敬悟が、言葉を並べていく。
…え、お説教?
「お前は、彼女(原口夢果)を振り回しただけじゃなく、
兄弟のみんなのことも振り回してるんだ。
見ろ、この虎男のザマを」
高橋来登と同時に、遠藤虎男の方に目をやる。
すると…
見るも無残な死体…いや、疲れ切って、机の上に突っ伏している姿があった。
「大丈夫か、虎男!」
高橋来登が、少しギョッとして、声を掛ける。
「大丈夫、大丈夫」
と答えたのは、遠藤虎男本人ではなく、金城亜輝。
「実は、そんなに体力ねーくせに、ワーワー騒いで暴れ回るからだ。
そろそろ、自分の質に合った生き方を学べってんだ」
え、遠藤虎男って、体力ないんだ。
…意外。
「虎男が、他人アレルギーだってのは、お前もよく知ってるだろ。
コイツ(遠藤虎男)のためにも、彼女(原口夢果)のためにも、
さっさと話を切り上げるべきだ」
高橋敬悟が、再び厳しい調子で言った。
…他人アレルギーって、言いたいことは分かるけど、初めて聞いた。
でも、それなら、「イケヤン」のみんなで過ごすのも、辛くないのか?
高橋敬悟が言った、「兄弟のみんな」って言葉が、気になる。
「…ああ、ああ、分かってるよ」
高橋来登は、明らかにキレた顔で、こくこくと頷いた。
…また兄弟喧嘩??
殴り合いでもしなきゃいいのだけど……。
不安になっていると――
「原口夢果、とりあえず座りなよ」
金城亜輝が、空いているイスを引きながら言った。
「いつまで、そこに突っ立ってるつもり?」
確かに…ずっと立ちっぱなしだったので、足がガクガクだ。
でも、それこそ、ここで座ったら、余計に抜け出せなく(帰れなく)なりそうだ。
…とりあえず、時計に目をやる。
ちょうど、五時を過ぎたくらい…か。
意外と、それほど、時間自体は経っていないけど、
時が進むのが、とてつもなく遅く、長く感じる。
昨日、彼らといた時も、全く同じだった。
やっぱり、「イケヤン」と接するなんて、あたしには無理なのだ――。
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