(4)




「――座れって言ったろ?」





金城亜輝の声で、ハッとする。





「す、すみません…!」





思わず、謝罪の言葉を口にしながら、慌ててイスにドスンと腰を下ろした。





「別に、謝ることはねーけどさ。ただ、ゆっくりしようよって意味で」





勢いよくイスに座ったあたしを見て、金城亜輝は苦笑した。





「俺らのこと怖がってるって、ホントなんだ?


まあ、虎男とか敬悟とか純成なら、まだ理解できるけど。


俺のことも怖いの?」





あたしの目の前のイスに座った、金城亜輝。




正面から、あたしを見て、真っ直ぐに尋ねてきた。




…怖いというより、あなたのことは嫌いなんです。




とは、さすがに言えないので。





「ひ、人見知り――…」





言いかけた、その時だった。




ドン、ドン、ドン!!




いきなり、騒がしい物音が聞こえてきた。




あたしだけでなく、「イケヤン」の皆さんも、じっとドアの方を見る。




誰かが、ドアをこじ開けようとしている?




ま、まさか……




桐島麗華と岡本杏奈が、実は潜伏していて、襲撃しに来たとか?




そうだとしたら、誤解されて、あたし、絶対に殺される。




今日中に、「イケヤン」と絶縁すれば、それで良いのかと思っていたけど…




あの女たちのことだ。




「時間かかりすぎ!」とか言って、あたしを襲いに来たのかも…




あ―、油断していた!!




パニックを起こしていると、




ドアの向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。





「おい!!中に誰がいるんだ?岩倉だ、開けろ!おーい!!」





…え。




岩倉先生?




そうか。




去年から、岩倉先生は、特別科の担任を受け持っているのだった。




つまり、今は、この三年九組の担任なのだ。




よく授業中に、隣から暑苦しい声が聞こえてくるのは、そのせいである。




また、うちの教室が隣で、しかも、仲の良い林田先生のクラスということで、




しょっちゅう顔を出してきては、黒板に落書きをしていく…




正直いって、迷惑な人物でもある。





「お――い!誰かいるんだろ!?忘れ物を取りに来ただけなんだ!開けてくれ!!」





忘れ物?




…ああ。




岩倉先生が、担任だった頃――一年生の時の記憶が蘇ってきた。




そういえば、岩倉先生って、結構なドジなんだった。




一旦、教室を出て行っても、その後、すぐに戻ってくるのだ――忘れ物を取りに。




そんな感じなので、普通だったら、生徒たちにバカにされていると思うだろう。




しかし、そうでもない。




なぜなら―――





「…なんだ、岩倉かよ。ったく、つくづく、やかましい奴だ」





ドン、ドン!





「忘れ物ばっかしやがって…アイツ、ちゃんと目付いてんのか?」





ドン、ドン、ドン!





「あ、そろそろヤベーかもな。


岩倉の奴、ドアぶち割って、入って来るかもしんねー」





そう。




「イケヤン」の言葉だけでも分かるように、岩倉先生は…かなりの怪力なのだ。




前にも、何度か、教室のドアを壊したことがあって…




その力の強さによって、なんとか生徒たちからナメられずに済み、




しまいには、特別科の担任にまでなったのである。




ドン、ドン、ドン!!




このままでは、ドアが壊れてしまうかもしれない…。




一体、なぜ、「イケヤン」は、鍵を掛けたりなんかしたのだろう?




そして、早く開けに行ってほしいッ!!





「…敬悟、お前しかいねーよ」





金城亜輝が口を開いた。




…えっ、なぜ?




別に誰でもいいじゃないか。




ひょっとして、不良同士の擦りつけ合いか?




ドン、ドン、ドン、ドン!





「…何の騒ぎだ」





あまりの音に、疲れ切って寝ていたはずの、遠藤虎男までもが起き上がった。





「―――仕方ねぇな」





高橋敬悟が、重い腰を上げた。




けれど、それと同時に、あたしもイスから立ち上がった。





「あ、いいですよ。あたしが…」





早く開けてあげないと。




そう思い、高橋敬悟よりも先に、ドアの鍵に手を掛けた瞬間。





「――あっ、原口夢果!」





高橋来登の焦ったような声が聞こえ、




一瞬だけ、高橋敬悟の見開かれた目が見えた気がした。




次の瞬間、目の前の視界が一気に閉ざされ、




まるで車とぶつかったかのような衝撃が全身を走った。




…あれ?




目の前の光景が、ぐるぐると変わっていく。




あたし…今、宙に浮いている!?




――そう思った、次の瞬間。





「…ッ」




「…!?」





一体、何が起きた……!?





「…平気か?」




「…へっ?」





突然、背後から声を掛けられ、首だけ回して後ろを見てみると、




目の前に、高橋敬悟の顔があった。




……えっ。




今の状況を、確かめてみよう…――




あたしは、今、高橋敬悟に、後ろから抱きしめられている。




それを、高橋来登と、新木純成と金城亜輝と遠藤虎男、そして、岩倉先生が、




驚愕の表情を浮かべて眺めている。




…もはや、カオス状態だ!





「……テメー」





耳元で、とても低い、唸るような声が響いた。




あたしの両肩を包み込んでいる、力強い腕は、プルプルと震えていて。




…まさか、あたしに対して、キレている??




震え上がっていると――





「岩倉ッ!テメー、何しやがる!」





高橋敬悟は、教室のドアの前に立つ、岩倉先生に対して、怒鳴り声を上げた。





「テメーは、いつもいつも危なっかしいんだよ!


もっと落ち着いて教室に入って来いって、いつも言ってるだろうが!!


とうとう、女子生徒を一人、殺すとこだったな!!!」





高橋敬悟、もの凄い剣幕だ。




どうやら、あたしは、鍵を開けた瞬間、




教室に勢いよく入ってきた岩倉先生と、正面衝突し、




一旦、宙へと吹っ飛ばされたらしい。




おそらく、それを、高橋敬悟が受け止めてくれたのだ。




そういえば…




岩倉先生は、教室に入ってくる時、いつも誰かを弾き飛ばしていたっけ。




岩倉先生のクラスだったのは、二年以上も前のことなので、忘れていた。




「イケヤン」は、岩倉先生の威力を知っていたから、




誰も鍵を開けに行きたがらなかったのだ(今さら、理解)。





「…あ、ありが――」





高橋敬悟に、感謝の気持ちを伝えようとした時。





「ご、ごめんな――!お前ら――!」





突然、岩倉先生が突進してきた。




高橋敬悟の、キレイに撫でつけられた金髪を、ぐしゃぐしゃに撫で、




今度は、あたしの両肩を素早く掴む。





「ホントに、ごめんなー!!以後、ちゃんと気を付けるから、許してくれ!!


…て、お前は」





あたしの顔を見て、岩倉先生の目が丸くなる。




そして――





「原口!!」





今、ようやく、




自分のぶっ飛ばした女子生徒が、かつての教え子だと気が付いたようだ。





「久しぶりだな~!なんで、こんなところにいるんだ?」





そう言って、あたしと、




あたしの背後にいる高橋敬悟、その他の「イケヤン」メンバーに目を移していく。





「――えーっ、と。どういう状況なのか、イマイチ読めないな」





岩倉先生が、悩ましそうに呟く。





「それは、こっちのセリフだ。この野郎」





高橋敬悟が、すぐさま反応した。





「とにかく、もう今後、二度と、力任せに突っ込んできたりするなよ。


分かったか、岩倉!」





教師に対してとは思えないほど、威圧的な調子で言ったかと思えば、





「お前もだ、原口夢果。


俺が開けようとしたのに、勝手に飛び出すとは…不用心すぎる。


今後、気を付けるんだな」





あたしの肩をガシッと掴んで、威圧たっぷりに言ってきた。




ヒャアァァァァッ…!!





「も…申し訳ありませんでした!あ、あと…ありがとうございました!」





「イケヤン」と接した時間の中で、一番の大きな声で言うと、




高橋敬悟は、





「気にするな。…どこも、ケガはねーか?」





と、聞いてきた。




意外な反応…!





「ああ…えっと、大丈夫です!」





精いっぱい、大きな声で答えると、




高橋敬悟は、なんと、うっすら微笑みを浮かべた(感動!)。





「――単刀直入に聞く。原口、お前…敬悟と付き合ってるのか?」





…え?




今、何て??




パッと、岩倉先生の方を見てみると、本気で疑問に思っているような顔。




へっ??





「日ノ学において、数少ない真面目生徒の原口夢果。


全校で知らない者はいない、有名な不良生徒の高橋敬悟。


こういう組み合わせもあるんだな~、おめでとう!」




「は?」





あたしだけじゃない。




「イケヤン」の五人の声も、同時に重なった。




…あたしと、高橋敬悟が?




組み合わせ?




え?え??





「テメー…今度は、変な言いがかりを」





背後から、メラメラと怒りのオーラを感じる。




高橋敬悟、激おこだ。




けれど、岩倉先生は、気が付いていない。





「いや~、嬉しいなぁ!


敬悟がいつ彼女を作るのか、俺は心配していたんだ。


そしたら…相手が、俺と林田先生のイチ押しの原口だなんてな!」





ブンブン飛ばしまくる、岩倉先生。





「お前ら、聞け。


原口はな~、一年生の時、俺のクラスの中で一番の良い生徒だったんだ。


数学こそ苦手だけど、成績もいいし、素直で、ちっとも問題を起こしたりしない。


お前らみたいな問題児は、こういう女子と付き合うべきだ!」





あ――――、終わった。





「岩倉先生…違うんです。話を聞いてください」





それでも、あたしは懇願した。





「あたしは、誰とも付き合ってません。見れば分かるでしょう…?」




「ああ、見れば分かる!お前らは、お似合いだ!」





人の話、半分しか聞かないの!?





「原口、お前も聞いてろ。


敬悟だけじゃなく、ここにいる全員、


周囲に言われているほど、そう悪い奴らじゃない。


ただ素直じゃないだけでな!」





一体、何の話ですかね???




もうワケが分からない。





「まあ、お前ら、せいぜい仲良くしろよ!


もし別れたとしても、ずっと友達でいるんだ!」





何やら、きれいごとまで並べていらっしゃる。




――ダメだ、こりゃ。




そう思ったのは、あたしだけではないようで、




少しだけ様子を見てみると、




「イケヤン」の皆さんも、完全に戦意喪失といった雰囲気だ。




高橋敬悟も、今では、もう無言。




…すると。





「――敬悟、なに黙ってんだよ!本当のこと言えって!」





誰かと思えば――高橋来登が、また兄に大声を浴びせだした。





「お前は、原口夢果と付き合ってなんかねーだろ!なーに黙り込んでんだ!」





確かに、いくら岩倉先生の圧が凄くても、誤解は解いておかなくては。




――高橋来登、ナイス!




と思った、その時だった。





「――俺だ!原口夢果と、付き合ってるのはッ!」





高橋来登が、堂々とした様子で言った。




…は、い?





「あ?」





「イケヤン」の皆さんも、騒然。





「――ああ。そうなのか?」





岩倉先生は、そう言って、忘れ物らしきペンとノートを手に取り、





「原口、モテモテだな★」





それだけ言い残すと、あっさり教室を出て行った。





「あ…、待って!岩倉先生!」





あたしは絶望の声を上げた。




しかし、歩くのが早い岩倉先生に、追いつけるわけもなく…




あたしは、その場にへたり込んでしまった。




…一体、何が起きたの?




いろいろと混乱しすぎて、元々出来の悪い頭が、余計に回らない。





「―――原口夢果」





その時、高橋来登が、こちらに近づいてきた。




…ナイスなんて、取り消しだあぁぁぁ!




勢いよく立ち上がったあたしは、高橋来登の目の前に詰め寄った。





「なんで、ウソを言ったの…!」





自分でもコントロールが出来ず、大声を出してしまった。




あたし、ヒステリー。





「…そんなに、怒る?」





高橋来登が言葉を発した。




少し笑いながら。





「なに笑ってんの!?」





あたしはキレた。





「お遊びで、あんなこと言うなんて。アンタのどこが、学校のスターなわけ?」




「学校のスター?」





高橋来登が反応してきた。





「そんな風に、思ってくれてたんだ?


だったら、もうちょっと喜んでくれてもいいんじゃねーの?」





…は?



何を?





「喜ぶどころか…大迷惑!


今日、アンタが、うちの教室に来てから、大騒ぎだったんだから!」





そう、コイツ(高橋来登)が、うちのクラスに来たりしなければ…




何も問題はなかった。




なんとか、昨日のことも誤魔化せたのに…。





「昨日のこと謝るとか、何か頼みを聞くとか、


ありがたいけど、別に何もしてもらわなくていい。


今日はただ、こっちからも話があるの。ちゃんと聞いて…」




「ちょっと待て」





言い終える前に、遮られた。




正面に立つ高橋来登を、見上げると…





「そんなに、本気で怒らなくてもいいだろ。


別に、お遊びじゃねーから。


付き合ってるって言ったのは、お前の反応が気になったからだよ」





ほんのり赤くなった顔が、そこにあった。




反応が気になった…ですって?




何をバカなことを。





「あと、怒るなら、敬悟にも怒れよ。


アイツが本当のことを言わなかったから、俺も便乗したんだ」





そう言われ、高橋敬悟の方を振り向くと――





「頭が真っ白になっただけだ。元はといえば、岩倉のせい――」




「お前ら、小学生かよ」





急にツッコんできたのは、金城亜輝だ。




何を考えているのか、ニヤニヤと笑っている。





「原口夢果、いいのか~?


いくら年下だからって、来登は、一人前の不良だぜ。


ひでーことばっか言ってたら、何されるか分かんねーよ」





…やれるもんなら、やってみろ!




そう思って、身構えた瞬間。





「…いや、冗談だって。無防備な女子に手出すわけねーじゃん。


成績いいって言われてたけど、バカなんじゃない?」





ムカッ。




腹が立って、金城亜輝をガッツリ睨んでしまった。





「おっ」





金城亜輝がニヤリと笑った。





「岩倉のおかげで、覚醒したみてーだな。


あの遠慮がちな様子は、演技だったってこと?


それとも、俺らに対する恐怖心が和らいできた?」





どっちでもないわ。




ていうか、こんな奴の相手をしている段ではない。




早く、高橋来登に言わねば。




しかし。





「――女なんて、そんなもんだ」





いきなりの、新木純成。




いつも通りの冷たい顔つきで、どこか遠くを見つめている。





「来登、俺は言っただろ。女なんか、構うもんじゃねーって。


女はな、気分次第で男を捨てるような生き物なんだよ」





…何か、女性に対して、トラウマでも?




ここは、あまり触れない方が良い気がする。




でも。





「今の時代には、そぐわない考えですね」





これだけは言っておこう。




おかげで、新木純成の睨みに殺されそうだけども。




別に、今日で終わりなのだから、この人たちにどう思われようと何の関係もない。




さて、いい加減に言わなくては――





「岩倉の奴、独り舞台だったな」





…まったく、常に邪魔が入る。




今度は、遠藤虎男が、たわいもない会話を始めた。





「お前、一年の時、アイツのクラスだったのか?」




「…」




「オイ、お前だよ」





チラリと目をやると、遠藤虎男がこちらを指差していた。




…なぜ、あたし?





「…そうだけど」




「なら、岩倉が怪力だってこと知ってただろ。


それで自分から突っ込んでいったのか?だったら、バカすぎる」





ムカムカッ。




何よ、疲れ切って寝ていたくせに。





「ただ、忘れてただけ」





あたしが答えると。





「忘れてたー?なおのこと、バカだな」




「バカで、何か悪い?この学校にいる時点で、バカに決まってるでしょ」




「お前、看護科の生徒と保護者に土下座しろ。


アイツら、普通科と特別科のこと、クソでも見るような目で見るんだぞ」




「それは、分かるけど」




「納得すんのかよ」





その時、周囲から、「ブフッ」という音が聞こえた。




見てみると、金城亜輝と高橋来登が、笑いを堪えていた。





「虎男、お前、他人アレルギーは?


もし、我慢してるなら、今すぐ原口夢果を殴っていいぞ」





金城亜輝が言った。




遠藤虎男は、他人アレルギーの発作として、人に暴力を振るうというのだろうか。





「――いや」





遠藤虎男が、あたしをじっと見て言った。





「今は別に、なんとも思わねー。ただ腹がムカムカしてるだけだ」





…それは、十分、発作なのでは?




そう思ったけど。





「お―――、奇跡じゃん」





金城亜輝と共に、高橋来登が謎の拍手をする。





「いくら慣れたっつっても、まだ数時間だしな。


これは、奇跡としかいいようがない。


来登、お前、女の見る目あんのかもよ」





高橋来登が、不意にこちらを見た。





「当たり前だろ。俺のこと、助けてくれたヤツなんだから」





…へぇ?




決めゼリフみたいになっているけど、全然、そんなことないよ―――。





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