《特別エピソード》その頃、彼らは…
外は、もう真っ暗になっていた。
今日は、あっという間な一日だったな…
そんなことを考えながら、窓越しに夜空を眺める。
すると、暗がりの中でも判別がつくほど奇抜な奴らが、一斉にこちらを向いた。
「来登、何やってんだよ。早く帰らねーと、俺、途中で飢え死にする」
そう言って顔をしかめるのは、赤いヤツ―虎男だ。
コイツは基本的にいつも腹を空かせていて、今日に限っては特に疲れている。
その原因は…この俺だ。
白状するよ。
今日、俺は一人の女子生徒に絡んで、それにコイツらを付き合わせた。
ついさっきまで、俺らはあの女子生徒―原口夢果―と一緒だった。
慣れない他人といたら疲労感が蓄積するという虎男は、
そういうわけで、すげー疲れているのだ。
「ああ、悪かったよ。さっさと帰ろうぜ」
今日は散々聞き分けがないことを言ったから、そろそろ従順にならないとな。
いくらコイツらがなんだかんだ優しいとしても、”親しき中にも礼儀あり”。
あんまり調子に乗ってると、兄貴たちからボコられるかもしれない。
一般的に見ると、俺たちって不良らしいしさ!
なーんて思いながら、兄貴たち四人の方に駆け寄っていく。
…と、次の瞬間。
「ったく、このヤロー!
お前のせいで、こんな遅くまで学校なんかにいることになったじゃねーかよ!
どうしてくれんだよ?今日の晩飯、全て俺に譲れよな」
そう言って、虎男が俺の頭を拳でグリグリと押しつけてきた。
クソッ、不意打ちにやりやがったな。
「痛ってーな!やめろって!」
俺は大声で言った。
「小学生の頃みてーなことすんじゃねーよ!このアホ!」
すると、虎男はやっと俺の頭から手を離した。
軽く睨んでやると、ゲラゲラと笑いだす。
「小学生の頃?こんなことしてたか?」
「めちゃくちゃしてたと思う」
「そうだったっけな―?
まあ、別にいいだろ。お前、小学生の時とあんま変わんねーし」
「ハァ?今、何て言った」
…また始まったよ。
俺がすんげー嫌いなこと、「子ども扱い」だ。
「来登、乙」
俺の怒りを感じてか、横からピンクいヤツ―亜輝が言ってきた。
…シンプルにムカつく。
慣れてはいるつもりなんだけどな。
コイツらにムカついていた原口夢果の気持ちが、とてもよく分かる。
「今、お前らをブン殴りたいのを、一生懸命ガマンしてる」
俺が言ってやると、亜輝と虎男は顔を見合わせて笑った。
「偉い、偉い。大人になったな、来登」
「お前の成長に、俺らは感動してるぞ」
…何言ってんだ、コイツら。
ワケ分からなすぎて、怒る気がなくなってしまった。
なんだか上手く丸め込まれた気がして、ちょっとだけ不機嫌になっていると――
「おい、行くぞ。お前ら」
我がリーダーの敬悟が声を掛けてきた。
ゴールドに染められた髪が、キラキラと光っている。
「はいはい」
亜輝が笑って返事をした。
「行くぞ、ガキんちょコンビ」
「あぁ?ガキんちょ、だと!?」
「俺まで虎男と一緒にすんなよ!」
「オイ、そりゃどういうことだ」
「そのまんまのこと」
「ハッ…分かったよ。亜輝も来登も、今日が命日だ」
どうでもいいことで言い争う俺らを、
一歩間違えれば老けて見える、シルバーヘアの純成が振り返って見た。
初めは、誰もが知っている冷たい表情。
だけど、次の瞬間、俺らしか知らない”笑み”を浮かべた。
「なに笑ってんだよ」
その隣を歩く敬悟が、笑いを堪えている顔でツッコむ。
敬悟だけじゃない、俺ら全員、純成が笑ったら楽しくなるんだ。
純成は普段、外では冷たい”クールキャラ”を装っているからな…。
「ハァ…それにしても、今日は忙しい一日だったなぁ」
暗い校舎の中を歩いていきながら、亜輝が言った。
それを聞いて、俺は再び悪い気がした。
そこで…
「…あのさ、今日はごめんなちゃい!」
急だけど、謝ることにした。
「は?」
俺の発言に、兄貴たちは怪訝そうな顔を向けてきた。
…いやいや。みんなして、そんな顔すんなよ。
「んーと……
今日一日、俺の言う通りにしてもらったからさ。ありがとうってこと!」
改めてお礼を言うのって、けっこう照れくさいもんだな…。
そう思いながらも、俺は続ける。
「俺って、確かにワガママだよな。
だから、原口夢果は友達になってくれなかったんだ…
あー、マジで反省しよっ!」
これは、本音だ。
きっと、原口夢果は、俺の自分勝手なところが嫌だったんだろう。
友達になるのを断られた上に、もう今後二度と関わりたくないと言われた。
今まで、いろいろと悲しいことはあったけど、こんなにショックなことは久々だ。
だって、友達にもなってもらえないんだぜ?
明日から、関わるのもダメなんだぜ?
「虎男。今日の晩飯、マジで俺の分も食っていいよ」
「えっ」
「反省の印に、今夜は断食しようと思ってさ。イイ考えだろ?」
「いや、全然…」
何を考えているのか、深刻に眉を寄せる虎男。
なんだよ、いざ譲られたら食えないってか―?
虎男って、こういうヤツなんだよな…意外と気にする性格というか。
でもきっと、学校では、ただの野蛮人としか思われてない…。
「ちゃんと食わなきゃ死んじまうぞ、来登!
お前の晩飯を奪うなんて、そんな残酷なこと出来るか!!」
「いや、お前、自分が譲れって言ったんだろ?」
「あぁ!?ちょっとふざけただけに決まってんじゃねーか!!」
野蛮なイメージがついたのは、このうるささのせいだろう。
ったく……コイツとは、なかなか平穏に過ごせない。
「一夜食事を抜いただけじゃ死なねーよ、バカ」
うるさい虎男に指摘したのは、俺じゃない。
亜輝だ。
前から思ってたんだけど、亜輝はいつも虎男との戦場に自ら突入していく。
これまでの歴代彼女との破局の理由も大半が喧嘩だし、実はけっこう気が荒い。
「バカが人にバカって言うもんじゃねーよ。
お前は、来登が心配じゃねーのか?」
「俺は、そのうるさい口に蓋をしろって意味で言ったんだ。
心配じゃないように見えるか?だったら誤解だ」
亜輝の手が、俺の肩に乗せられた。
「来登、言おうと思ってたんだけどさ。
原口夢果に言われたことなんか、真に受けるなよ。
今まで、いろんな女を見てきたけど、アイツは特に意味不明だから」
亜輝が言った。
「別に、断食するかはお前の勝手だけど…
お前は悪くないと思うぜ。
今日は俺もけっこう楽しかったし、お前に謝られる理由は何もない」
亜輝は、たまにこうして真剣になる時がある。
笑い声を浴びせてやりたいとこだけど、今はなんか…笑えない。
「…サンキュ、亜輝」
俺が言うと、
「お前の良さが分からないなんて、あの女(原口夢果)は見る目がねーな!」
亜輝は大袈裟な調子で言った。
コイツのハイテンションは、気を使っているという証拠だ。
同情されたり、変に気を使われるのは嫌いだけど、まあ今は黙っておこう。
「一つだけ、意見がある」
急に、敬悟が口を開いた。
敬悟に対して、俺はいつも身構えてしまう…いつからこうなったんだっけ?
「来登、飯はちゃんと食え。食わなきゃ俺が許さない」
…身構えたりなんかして、損した。
きちんと食うことも、「お前の体のためだ」と言うんだろう。
いつもそうだ。
頼んでもねーのに、俺の心配ばっか……
「余計なお世話だって」
感謝するより先に、イラつきの方が出てしまう。
これも、いつものことだ。
「…お前、俺の言うことは全く聞き入れねぇよな」
溜め息交じりに、敬悟は言った。
「まあ、お前が何と言おうが、俺は変わらねぇからな。
お前が受け入れないなら、力尽くででも食わせてやる。心配もずっとしてやるよ」
なんて頑固なヤツなんだ。
これだから、余計にムカつくんだよ。
「…心配とか言いながら、
今日、原口夢果の前で説教したじゃねーかよ!
男なら、ああいうのが嫌だってことくらい分かんねーのか?」
「俺はただ周りの状態を見て、お前に注意しただけだ。
別に間違ってはねーだろ」
「間違ってねーとかの問題じゃなくて…!」
「お前ら、やめろ。あんな女のために言い争うな」
いつものように、俺たちの兄弟喧嘩に割って入ってきたのは純成だ。
……”あんな女”。
原口夢果のことだと分かってるけど、そうだと受け入れたくない気もする。
なんでだろうな…?
「あの女は、少なからずお前を傷つけた。
女だからとかは関係なく、俺はアイツを―原口夢果を許さねぇ」
純成の言葉に、俺たちは驚いた。
他人に対して感情的になるなんて、コイツにしては珍しいことだ。
それに……
「許さねぇって…。原口夢果のこと、恨んでんのか?」
俺が尋ねてみると。
「恨んでるっつーか…嫌いなんだよ、ああいう奴」
純成は言った。
「弱いのか強いのか、全然ハッキリしねーし…
ああいうのが、一番ムカつく。
確かに、昨日は俺らが一方的に責めたようなもんだったから悪かったが、
だからちゃんと謝っただろ。
なのに、”もう関わるな”だと?ふざけんなって話だ。
あんな意味が分からねぇ女、こっちから願い下げ…」
「純成、お前はちゃんと謝ってねーだろ?」
聞いてられなくて、つい途中で遮ってしまった。
確かに、原口夢果はちょっと変な女だけど…―こんな風に悪口を聞くのは嫌だ。
「…久しぶりだな、純成のマシンガン文句」
亜輝が苦笑いしながら言い、
「今のは言い過ぎだ、純成」
敬悟も隣から注意した。
俺らって、口は悪いけど、人の悪口は好きじゃねーんだ。
純成だって、本来はそのはずなんだけど……
「お前ら、謝ったりなんかして損したな」
今回は、何やらキレている。
別に、お前がキレるところ、無くね??
…って思うのは、俺だけなのかな。
「まあ、確かに、変わった女ってことは間違いないよなぁ。
俺らにビビってるかと思ったら、いきなりキレたり、関わるなって言ってきたり…
行動一つ一つが意味不明だし。
単純に、挙動不審なコミュ障ってわけでもなさそうだ」
亜輝が言ったのがきっかけで、ちょっとした「会議」が始まった。
「俺が急に押しかけたりしたから、フツーに迷惑だったんだよ。
実際、そう言ってたし」
俺が言うと、
「別に良くね、教室に行くぐらい。
お前みたいな人気者が来てくれたら、フツー手叩いて喜ぶだろ」
と、亜輝。
「いや。別に、俺、人気じゃねーし」
「いや、人気だろ。
まさかの自覚なしかよ…これだから、恋愛初心者は。
この中で、そういうことが分かるのは俺だけだな。なあ、君たち」
亜輝に話を振られ、敬悟も純成も虎男も面倒そうに頷いた。
正直、俺らにとって、人気かどうかなんてどうでもいい。
亜輝も、本心ではそう思っているはずだ。
「まあ、つまり、周囲の注目を浴びるようなことはしたくないってわけだな。
だから、俺らとは付き合いたくねーんだろ。俺らって、けっこう目立ってるから。
フムフム、なんとなく分かってきた」
「それ、ただの自惚れなんじゃねーの?」
一人で問題解決に向かう亜輝に、ツッコんでやる。
俺が思うに、原口夢果は俺らみたいな集団が嫌いなんだろう。
終始怖がっているみたいだったし、「不良だから」と線を引かれたのかもしれない。
「…友達なんかいらない、とか言っちゃってさ」
俺が呟くと、
「まあ、どんな理由にしろ、最後の態度はひどかったよな。
何なら、明日、俺が一言言ってやろうか?」
亜輝が言い、その横で虎男も頷いた。
「原口夢果なんか、捻り潰してやらぁ」
…おいおい。
俺は首を横に振った。
「明日から関わらないって、約束したんだよ。だから何もすんな」
すると、亜輝と虎男はポカンとした顔を向けてきた。
「真に受けるなって言ったろ?」
「そんな約束したのは、お前だけだ。俺らは関係ない」
…え、そういうことなの?
そうなのか!?原口夢果!!
「あのメガネのこと、気になるんだろ?
お前の好みは理解できねーけど、このまま終わっていいのか?」
「別に、俺は…」
確かに、昨日から、俺は原口夢果のことが気になっている。
だから、友達になりたかった。
でも、それを断られた今……約束を破るわけにはいかねーだろ。
「おい、お前ら。来登がいいって言うならいいんだよ。煽るんじゃねぇ」
純成が言った。
「あんな女、関わらねーのが一番だ」
「…純成」
俺は、堪えきれなくなった。
「原口夢果は、俺を助けてくれたんだ。
手を握って、いっぱい声を掛けてくれて……すげー励まされたんだよ。
俺は感謝してる。
だから、”あんな女”とか言うんじゃねぇ」
…ぼんやりとした意識の中。
なんとなく、原口夢果の声が聞こえていた。
『…頑張って!生きなくちゃダメだよ!』
そう言って、俺の手を包み込むように握ってくれていた。
その手は、柔らかくて、温かかった。
それで、俺はいくらか安心できたんだ…。
「俺も、原口夢果には感謝してる」
その時、敬悟が言った。
「今日、ちゃんと礼が言えて良かったよ。
来登、お前に賛同するわけじゃねぇが、俺もアイツは根は悪くねぇと思う」
…こんな時に、意見が合うとは。
嬉しいような、ムカつくような、微妙だ。
「二人で原口夢果を擁護するのもいいけどさ。で、どうするわけ?」
亜輝が呆れたような様子で言ってきた。
「このまま、絶交していいのか?
俺と虎男で良ければ、手伝ってやってもいいぜ。なあ、虎男クン!」
「ノリがキモいんだよ、お前は。ま、手伝うのは構わねーけどよ」
亜輝を睨みながら、虎男は言った。
「どうせ、アイツに確認したいこともあるんだ」
「確認?何を?」
「…実は、俺」
俺らみんな、虎男に注目する。
すると。
「俺、昔、原口夢果と会ったことあるかもしんねぇ」
「は?」
俺、敬悟、純成、亜輝の声がバカみたいに重なった。
虎男は、ボリボリと頭を掻く。
「なんか、よく分かんねーんだけど……
今日、喋ってて、そういう気がしたんだよな。俺も気持ち悪りぃんだけどさ」
「ああ、そりゃ気持ち悪りぃわ。しばらく黙っとけ」
「あぁ!?だって、なんか感じたんだよ!!!」
「はいはい。思わぬところに大きな縁ってか?
笑わせんなって。お前と原口夢果が会ったことあるわけねーだろ」
虎男の謎の発言は、一瞬で却下された。
俺は、虎男と亜輝に言った。
「やっぱり、お前らの助けはいらない。俺は約束を守る」
原口夢果と、もう話せないのは残念だ。
でも、交わした約束は守るのが筋ってもんだろ。
てなわけで、明日は、今日みたいなことはしない。
コイツら四人にも、そう言って聞かせた。
今日は、マジで楽しい一日だった……
きっと忘れないだろう。
そんなことを思いつつ、俺らはそれぞれのバイクに乗った。
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