4・危機と発覚
(1)
――進真が不登校になって、数週間。
毎日がぼんやりしているせいか、正確にどのくらい時間が経ったのか分からない。
今、あたしと家族は、危機的状況を迎えている。
相変わらず、進真は自分の部屋にこもりっぱなしで何も言わないし、
ママは元々感受性が強いということもあり、
息子の様子に引っ張られて、すっかり落ち込んでしまっているのだ。
そして、あたしも……
ママや進真に影響されて、健康的な精神状態とはいえない。
この家にいると、全ての人間が同じような気分に陥ってしまうのかも。
こうなると、唯一、単身赴任で県外に住んでいるパパしか頼れないけど、
残念ながら、うちのパパは、あたしたちの心の支えになれるような器じゃない。
元々、うちの両親の夫婦仲は冷え切っていて、
ママはパパが単身赴任になったのを喜んでさえいたのだ。
そして、今、息子のことで悩んでいるママは、
パパがちっとも家族に寄り添わないということで、
さらにパパのことが嫌になっている。
つまり、今のところ、我が家に「救い」は無いのだ。
人生、生きていれば、良いことが必ずあるというけど、
今のところ、あたしには一つもない。
学校では、ある問題児女のパシリにされ、
家では、弟の不登校問題と、母の軽いノイローゼ、そして、両親の不仲。
それに加え、高校三年生のあたしには、これから先の進路の問題もある。
つい忘れちゃいそうになるけどね。
生まれつき不器用なあたしには、一体、どれを一番に片付けるべきなのか、
よく分からないし、上手く整理することも出来ない。
いや、もしかすると、片付くよりも先に、
進真が精神病院送りになるか、パパとママが離婚するか、
このどちらかが決まるのかもしれない。
縁起でもないような話だけど、今のあたしにはそう思える。
この先には光なんかなくて、
ずっと、こうして、暗いトンネルの中にいるままなんじゃないか。
そういうことを、ときどき考えてしまう。
……最近は、特に。
今、振り返ってみると、
もう、あたしは、日ノ出学園高校に進むことを決めた時点で、
自分の人生に対しては、希望を持つことをやめてしまったんだと思う。
出来の悪い脳ミソを持って生まれ、勉強が苦手であるとはいえ、
夢を叶えたりするための努力を、あたしはしなかった。
だから、行き先は「最後の砦」しかなく、
今、こうして、「夢を持たない人間」になっている。
そう、あたしには夢がない。
毎日を無気力に生きて、
ただ漠然と、「人生とは」、「将来」について考えてきた。
アナ・パンクは、日記に書いている。
「無目的に、惰性で生きたくはない」と。
あたしは、まさに、アナが望まなかった生き方をしているのだ。
だから、自分の進路なんか、よく分からないし、
”どうにかなればいい”というくらいにしか思わない。
こんなあたしは、ただのクズでしかないのだと思う。
けれど、あたしなりに思ったり、考えたりしていることはある。
あたしが今、一番気になっているのは、弟の進真のことだ。
これ以上、黙って見守っているだけでは、ダメな気がする。
何か、弟のために、してあげられることはないのだろうか……。
*
あたしは、今、
三年生のフロアから少し離れた、一年生のフロアに来ている。
特進科、一年二組―――進真のクラスだ。
入学してきて間もない、一年生たちが行き交う廊下に、
ただ一人、古株(三年生)のあたしが佇んでいる。
きっと、謎の光景だろうけど、まあ大目に見てほしい。
今、あたしは、自分なりに考えがあって、ここに来ているのだ。
そう……
これは、進真の不登校の理由を探るための調査だッ!!
あれから、いろいろ考えて、
やっぱり、我が弟を助けるための策を探すのが最優先だろう、
という結論に至ったのだ。
世間一般での正解はともかく、あたしの中ではそう決まったのである。
とはいえ、進真のクラスの前に来たのはいいけど、
これから、一体、どうすれば…?
一年生のフロアをウロウロしながら、あたしは考えを巡らせた。
進真が不登校になった理由について、いろいろ予想は出来る。
あたしの勘では、イジメとか、そういうことなんじゃないかと思う。
どうして、そう思うのかというと、
中学生の頃、進真が不登校になった理由はイジメだったからだ。
そして、もう一つ。
実は、約二年前、日ノ出学園高校では、ある事件が発生したことがあった。
暴力動画がネット上で拡散して……というような内容だったのだけど、
その事件によって、日ノ出学園高校は、
よりイメージが悪くなったというだけでなく、世間からバッシングを受けた。
そのため、その中で、日ノ出学園高校に入学してきた生徒たち…
つまり、今の二年生と一年生は、
よほど行く当てがなかった、かなりの不良なのではないか――
と思われるわけである。
うちの両親は、考えた末に、
『事件から一年は空いたんだから、大丈夫なんじゃないか』
という希望を抱いて、進真を入学させたのだけど……
どうやら、それは間違いだったらしい。
日ノ学生というだけで、派手な生徒は多いのだけど、
それにしても、今の一年生や二年生には、不良っぽいのが多すぎる。
実際、あたしたち三年生の間でも、そのような会話はちょこちょこ。
二年生が不良だらけなので、その下の一年生までもが、不良率高めなのだ。
というわけで、
イジメがあることも少なくないのではないか……と、あたしは見ているのである。
まあ、これは、あくまで、あたしの勝手な予想。
進真の担任の先生だって、
『イジメらしきものは見当たりません』
と言っていたようだし。
ただ、少しでも手掛かりが見つからないかという思いを抱いて、
進真のクラスメートや、一年生たちの様子を見に来たのだ。
――もうすぐ、休み時間終了の時刻だ。
そろそろ教室に戻って、また調査を再開するとしようか……
と、思った瞬間。
一年二組の教室にいる一人の女子生徒と、バッチリ目が合った。
一旦、視線を外して……また見てみると。
その女子は、まだこっちを見ている。
……え、なに??
まさか、この辺をウロウロしているせいで、不審者と思われたとか?
出来るだけ挙動不審にならないように、自然を装って、
自分なりの笑顔を向けてみる。
すると、その女子は、引きつったような顔をして、教室の奥へと消えてしまった。
……怖がられた??
ただ、微笑みかけただけなんだけど。
悲しみを胸に、あたしは一旦、自分の教室へと戻っていった。
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