(2)
今日も、うちのクラスは、ワイワイガヤガヤ。
男女問わず、たくさんの生徒たちが寄せ集まって、
ファーストフードやジュースを口にしながら、
ペチャクチャペチャクチャと喋りまくっている。
騒がしいのに加え、ファーストフードの独特な臭いが鼻を突く。
そんな中、いつものように、ひっそりと自分の席に着くあたし。
「……フゥ」
イスに座るやいなや、こぼれてくる溜め息。
どうやら、日ノ学生たちにとっては、毎日が何らかのパーティーのようで…。
とてもついていけない。
まあ、もう、こういう息苦しい環境も今年が最後。
そう思って、辛抱せねば…!
というわけで、いつも常備している、一冊の本を取り出した。
そう、あたしが、この世で最も愛している人物…
アナ・パンクの書いた日記、「アナの日記」だ!!!(ジャジャーン)
本を読むこと自体が好きだけど、大抵、読んでいるのはコレ。
いつもお守りみたいに持ち歩いていて、
何かあれば手に取って読んでいるといった具合だ。
我ながら、本当に重症の「アナ・パンク依存症」だと思う。
それ故に、周囲との隔たりを感じて、人間不信になってしまったけど、
アナを好きになったことを後悔したことなんてない。
むしろ、本当に良かったと思っている!
きっと、アナという愛する者がなかったら、
あたしの人生は、もっと虚しいものだったに違いないから。
「ああ、アナ……大好きよ♡」
思わず愛の言葉を口に出してしまった、次の瞬間。
何者かの気配を感じて、あたしは顔を上げた。
すると、目の前に、一人の派手な女が立っていた。
染めているのか染めていないのか微妙な、ブラウンの巻き髪。
ほんのりピンクがかった頬の、雪のように白い顔。
大きな透き通った瞳に、プルプルの赤い唇。
襟元は胸の谷間が見えそうなくらいに開かれていて、
細い脚は短いスカートの下から太ももまで丸見え。
……出た。
学年の全女子が嫌っている、顔だけ女!
その名も、
「原口さん、ごめんね~!邪魔しちゃった?」
そう言って、ニコッと微笑む悪名高き女。
…先に言っておく。
この笑顔は、ただの作り笑顔。
この女は……。
「はい、これ。今日もよろしくね~」
何かが、あたしの机の上に置かれた。
見下ろすと、そこには、文字が箇条書きされた小さな紙切れ。
――「買い物リスト」だ。
「あ……ちょ、ちょっと待って」
清々しく立ち去ろうとする背中を、あたしは呼び止めた。
「なに?」
そう言って振り返った顔には、さきほどまでの微笑みなどなく。
大きな二重の目に反して鋭い視線が、あたしを突き刺した。
――けれど。
「…お、お金は?」
言うことは、言わなければ。
三年目にして、やっと学んだことだ。
「……」
――しばしの、沈黙。
「…あぁ」
ようやく口を開いたかと思えば、
「仕方ないっか…。まあ今回だけは、許してあげるけど」
ワケの分からないことを言いながら、財布を取り出し、
あたしの机に向かって小銭を乱暴に投げつけてきた!
机の上に叩きつけられ、弾いた小銭が、辺りに散らばっていく。
「――じゃあ、よろしくね」
それだけ言うと、呆然とするあたしに構わず、
またもや涼しい顔をして去っていった。
……え、彼女はサイコパス?
人に自分の物を買わせようとリストを渡し、お金は渡さないで、
それを指摘されたら、キレて投げつける。
そして、あの悪びれもしない様子…!
きっと、サイコパスに違いない。
三年目にして、確信に至った。
あたしと、あのサイコパス女は、実は一年生の時から同じクラス。
だから、あの女がどんな奴か、嫌なほど知っている。
顔こそ可愛いけど、
もの凄く我が強くて、凄い短気で、ひどい男好きで、
すぐに他人を利用したがる二重人格女……それが、彼女だ。
あたしはこれまで、幾度となく彼女に利用されてきた。
日直の仕事を代わりにやってほしいということから、
それをちょうだい、あれをちょうだい、
お金を貸してほしい、
今回のように、リストを渡されて買い物をしてくることまで。
一刻も早く、彼女から解放されたいと願ってきたのに、
一年生から三年生まで、最後の最後まで一緒だなんて!
あたしの人生は、本当にツイてない……。
絶望感に浸っているうちに、ホームルームの時間になった。
うちのクラスの担任・
担当科目は体育で、去年から、あたしは林田先生のクラスだ。
余談だけど、この日ノ出学園高校では、毎年たくさんの教師たちが辞めていく。
やはり不良生徒の多い学校でやっていくのは大変なのか、
それとも、元ヤクザが営む学校の体制についていけなくなってしまったのか。
どちらにしろ、この学校が良くない環境なのは確かだ。
私立なのにも関わらず、毎年たくさんの教師たちが辞めていくため、
その補充として、これまた、たくさんの教師たちが入ってくる。
最近では、人材があまりにも足りないのか、
大学を卒業したての若僧ばかりが入ってきている気がする。
若さは不良たちと接するためのパワーにはなるだろうけど、
当然、指導力には欠けるため、
ますます日ノ出学園高校の生徒たちはやりたい放題だ。
こういうのを、悪循環っていうんだね!
なーんて考えながら、
休み時間になれば、中谷美蝶に頼まれた買い物をしなくちゃいけないので、
気分が落ち込む、あたしだった。
……
ホームルームが終わり、休み時間になったので、
あたしは拾い集めた小銭を手に教室を出た。
ポケットの中には、きちんと「買い物リスト」が入っている。
【 ★アゲハの買い物リスト★
1・いちごミルク
2・レモンティー
3・ココア
4・紅茶 】
どんだけ飲む気なのかな。
まあ、買い物の内容は良しとして、ほんっと人使いの荒い女!!
どう育ったら、あんな性格になるんだろう?
よく友達でもない相手に、図々しく命令したり出来るよね!
あたしを何だと思ってるの?
あれですか、「召し使い」ですか!!
本当に信じられない。
三年分のストレスが、爆発しそうだ…。
あたしだって、そうあっさりと彼女の命令を承ってきたわけではない。
今回のように、
彼女がお金を出さなかったら、ちゃんと言うようにはしているし、
反抗の色を見せたことだってある。
それなのに、彼女は、誰かを利用しなければ気が済まない。
彼女のような人間にとっては、
あたしのような誰も味方のいない人間が、一番都合が良いのだ。
分かっていたつもりだったけど、改めてそう思うと、
なんだか自分が情けなくて、どうしようもなく悔しい。
たった一人の友達も、もちろん恋人もいない。
なのに、命令してくる人間だけはいる。
好きなものがあっても、それを理解してくれる人さえいない。
あたしは、なんて孤独な人間なんだろう。
進真が不登校になって、
「どうして、あたしに何も相談してくれなかったの?」
と思ったけど、そりゃそうだ。
あたしみたいな人間に相談しようなんて、誰も思わないはずだ。
当然のことなのに、それにも気が付けないなんて、
あたしはなんてバカなんだろう――。
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