3・冴えない学校生活

(1)




結局、何も答えが見つからないまま、時間だけが過ぎていった。




進真が不登校になってからも、あたしは普段通りに学校へ行っている。




もう嫌でも、今年が最後なのだ。




そして、仮にもしも、あたしまで不登校になったりしたら、




進真のことで心を痛めている両親を、さらに追い詰めるに違いない。




そのことが常に頭にあるので、




これまでも、そして今も、




あたしは何があっても、学校に行くことだけはしているのだ。




当たり前のことなので、自慢は出来ないけど、




友達もいない孤独なあたしにとっては、




学校に毎日行くことって、結構キツいことだ。




今まで何度、「学校に行きたくない」と思ってきたことか!




けれど、あたしが、たとえ嫌でも、




最初は考えもしなかった高校に通っている理由は、正直言って、




「高卒」という文字を自分の履歴書に刻むためである。




今さら、それを投げ出してなるものか!




という意地もあるわけだ。




そんなこんなで、




弟の不登校によって、余計にモチベーションが下がっているものの、




冴えない学校生活を過ごしている、あたし――原口夢果だ。





「――じゃあ、行ってきまーす」





通学カバンを肩に掛け、ローファーを履き、玄関に立つあたし。




これから、学校へ行くところだ。




ママが、いつものように見送りにきた。





「気を付けてね、夢ちゃん。誘拐とかされないようにね」



「絶対、大丈夫だよ。じゃあ、行ってきます」





言いながら、チラッと進真の部屋の方を見てみる。




…進真。




いつになったら、また学校へ行くようになってくれるんだろう。





「…夢ちゃん。大丈夫よ、心配しないで」





あたしの考えていることが分かったように、ママが言った。





「あの子も、きっと、いろいろ考えてるはずだから。


もう少し見守っていてあげたいの」





ママはそう言うと、あたしの頬を優しく撫でた。




……ママの気持ちは、よく分かる。




あたしは頷き、





「じゃあ、行ってくるね」





もう一度そう言うと、家を出た。




…ノロノロと遅いエレベーターを降り、そこから自転車小屋へ向かう。




あたしの自転車は、小さめで、シニア向けだから、とても乗りやすい。




いつも、これに乗って、登下校している。




あたしのお気に入りの自転車の隣には、ママの自転車と、




まだピカピカの進真の自転車が置いてある。




高校へ行くのに向けて、新しく買ったものだ。




この子も、きっと、乗ってもらえないことを悲しんでいるだろう。




そんなことを考えつつ、




あたしは自転車に乗って、家を後にした。




お気付きかもしれないけど、自転車で登下校しているということは、




あたしの家から日ノ出学園高校まで、意外とそんなに遠くないのだ。




実際、家からそれほど距離がないということも、あの高校を受験した理由である。




あたしは、見かけからも分かるように、完全なインドアタイプなので、




長時間かけて高校へ行く気には到底ならなかったというわけ。




今は、まだ春なので、自転車登校が気持ち良い時期だ。




夏になると、熱風を浴びながらペダルを漕ぐことになるし、




冬になれば、吹雪をかぶりながら、滑らないようにも気を付けないといけないので、




今が一番ちょうどいい時期だと思う。




…そんなこと言っていながら、




運動不足なあたしにとっては、自転車でどこかへ行くのも重労働。




しかも、行き先が、皆が警戒する日ノ出学園高校となれば尚更だ。




日ノ出学園高校には、ある恐ろしいウワサがある。




まず、校長をはじめ学校の関係者は皆、元ヤクザだということ。




一体どこからそんなウワサが立ったのか、よく分からないけど…。




日ノ出学園高校の校訓は、「強さ・忍耐・勇気」。




校長や教頭は、みんなヒョウ柄のシャツやネクタイを身に着けている。




これらのことから見て、ウワサは、ひょっとすると事実なのかもしれない。




それもあって、世間のほとんどの親たちは、




自分の子どもを日ノ出学園高校には入れたがらないのだろう。




そんな中、あたしのパパとママは、ここら辺が地元ではないということもあり、




日ノ出学園高校に関する悪いウワサを知らず、




自分の子どもに「行き先があって良かった」と安心さえして、




あたしや進真を入学させたのだ。




ああ、なんたる悲劇!




けれど、この他にも、日ノ出学園高校に関するウワサは絶えない。




かつて不良だらけの高校として有名だった時期、




何人もの生徒が、喧嘩による死や自殺を遂げたのだとか。




そのため、”日ノ出学園高校には幽霊が出る”という、




オカルト的なウワサまで存在する始末だ。




でも、安心してほしい。




あたしは今のところ、一度も校舎で幽霊を見たような経験はない。




とにかく、いろいろと悪名高い学校…それが、私立日ノ出学園高等学校なのだ。




さあ、とうとう――日ノ出学園高校の門(地獄の門)が見えてきた。




今から、冴えない学校生活の始まりだ……!!




心の中で悲鳴を上げながら、




周りにいる大勢の日ノ学生たちに混じって、校門を通り、中へと入っていった。




自転車を決められた場所に置き、カバンを肩に掛け、




校舎の中へ入ろうとした、その時。




ブ―――――ン、



ブ―――――ン、



ブ―――――ン、



ブ―――――ン、



ブ―――――ン……。




巨大なハエが飛んでいるような音が、耳に入ってきた。




その音と共に、騒がしかった周囲が一気に静まる。




軽く辺りを見回してみると、




周囲の日ノ学生たちが皆、同じ方向に目を向けているのが分かった。




この高校に入って三年目のあたしには、




これがどういう状況なのか、大体、想像はつく。




そして、日ノ学生たちの視線が向けられている方向を見てみると。




……やはり。




そこには、




金、銀、ピンク、赤、茶という、色鮮やかな頭をした人物たちが並んでいた。




日ノ学生たちの中に、彼らを知らない者はいない。




このあたしでも知っているのだから。




彼らは、「イケヤン」と呼ばれる、




日ノ出学園高校の代表ともいえる不良生徒たちだ。




ちなみに、「イケヤン」というのは、「イケメンなヤンキー」の略らしい。




そんなダサい名称、誰が考えたんだろう…と思うけど、




「イケヤン」というのが、彼らの通称だ。




さっき巨大なハエかと思った、あのうるさい音は、




彼らが登下校時に使っているバイクの音だ。




…え、バイクで登下校?高校生が?




と思われた方は、多いだろうと思う。




あたしも、もちろん最初は思った。




けれど、日ノ出学園高校において、それは疑問視するに足らないことらしい。




なんでも、「イケヤン」の皆さんは全員、とても裕福な家の出身らしく。




さきほど元ヤクザとウワサされているといった、学校の関係者たちを、




金で黙らせているようなのだ。




つまり、大金によって、




校則違反や法律違反を学校に黙認してもらっているということ。




だから、髪を派手に染めていても、バイクで登下校していても、




全て見逃されているというわけだ。




「金がありゃ、人生、どうにでもなる」。




その事実を目の当たりにしたような気分にならざるを得ない。




改めて思う、「イケヤン」って、なんて嫌味な集団なんだろう。




それだけじゃない、彼らは二次元的な集団でもあるのだ。




だって、今どき、あんな絵に描いたようなヤンキーはそう見ない。




バイクで登下校する時点で、彼らは何かを超越した存在だ。




もちろん褒めていない。




彼らのバイクの音は、何度聞いても、うるさいハエのようでしかないし、




あの奇抜な髪の色は、変な色をした昆虫のようでしかない。




あたしは、あの集団が嫌いだ。




というか、迷惑だと思う。




だって……――




「イケヤン」は、ヤンキーなのに、




それ以上に外見が良いとか、お金持ちだとかいう理由で、




恐れられている反面、憧れられてもいるのだ。




女子の中には熱烈なファンもいて、あわよくば玉の輿を狙っている者さえ存在する。




そういう女子たちの歓声や話し声が、うるさくて、うるさくて…。




この通り、嫌でも、「イケヤン」に関する基礎知識を植え付けられたのだ。




まったく……!




あたしの弟の進真は、真面目な良い子なのに、




何らかの理由で、ひとり苦しんでいる。




それなのに、あの「イケヤン」とやらは、ヤンキーのくせして、




お金持ちで、そのため優遇されて、




みんなに注目さえ浴びながら、優雅な学校生活を送っている。




人生は不平等だッ!!




ムカつきながら、あたしは校舎の中へと入っていった。




あたしのクラスは、三年八組。




三年生は全部で十一クラスあるのだけど、




一組が「超特進科」クラスで、二組と三組が「特進科」クラス、




四組から八組までが「普通科」クラスで、大体、成績順にクラスが決められている。




つまり、あたしは、普通科の中で一番成績の悪いクラスだ。




まあ、一年生の頃から、常に成績が一番悪いクラスにいたので、




こういうプライバシーに欠けるクラス制度にも、もう慣れっこだ。




それで、あと三つのクラスはどうなっているのかというと、




あたしたち八組のお隣…九組は「特別科」クラスで、




十組と十一組は、あたしたちのいる校舎とは別の校舎にある、




「看護科」クラスである。




言い忘れていたけど、日ノ出学園高校には、




看護科クラスに入るために入学してくる生徒もわりといる。




看護科を設けている学校は、意外とそんなにないとかで、




そういう意味では、看護科は、日ノ出学園高校の強みといえるだろう。




しかし、残念ながら、




看護科と、あたしたち普通科の生徒たちは不仲である。




看護科の生徒たちは、普通科をバカの集まりだと見下しており、




逆にあたしたち普通科からすれば、




看護科はプライドが高く偉そうな集団でしかないのだ。




まあ、こういうことは、あたしにとっては関係のないこと。




だって、あたしは、普通科のどこにも属していないんだから。




そうそう、「特別科」クラスの説明を忘れていた。




特別科は、他のどんな科と比べても、かなり特殊なところだ。




なぜなら、特別科にいる生徒たちは、




”手がつけられないと判断された上級の不良たち”だからだ。




例えば、さきほど登場した、「イケヤン」の皆さん。




彼らは全員、特別科だ。




詳しいことは、よく知らないけど、




一年生の時に、特別科行きか否かが決められるらしい。




なので、二年生から特別科が出てくるわけだけど、




今年、あたしのクラス――八組は、大きな不運に見舞われた。




何が不運なのかというと、それは教室の位置だ。




なんと、八組の教室は、九組(特別科)と隣り合わせなのだ…!




八組が動物園だとすれば、九組はジャングル(あまり変わらない?)。




まあ、高校生活最後の一年に、最悪だという話。




いくら同じ日ノ出学園高校の中だとしても、普通科と特別科とでは全然違う。




特別科には、「イケヤン」のような、要注意の不良しかいないのだから。




あの高飛車な看護科でさえ、特別科には何も言えないくらいだ。




まあ、こんな風に、




ただの私立高校の中にも、いろいろな派閥とかが存在するということ。




ちなみに、あたしの弟・進真は、




あたしよりも勉強が出来るので、「特進科」のクラスに入った。




弟が特進科というのは鼻が高いし、とにかく進真には学校に来てほしい!




そう願うばかりだ。





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