2・弟
弟
出来ることなら、今すぐ卒業したい!
地味で冴えない陰キャのあたしにとって、学校は窮屈な壁の中も同然だ。
特に、この悪名高き日ノ出学園高校は、
全体的に不良っぽい生徒が多く、いつもワイワイ騒がしい環境なのだから。
授業中に、クラスの何人もの生徒が、先生の許可なしに歩き回ったり。
休み時間とはいえ、お菓子やジュースでパーティーが始まったり。
そういう光景には、さすがに三年目なもので慣れたけど、
こんな環境に自分の弟もいるとなると、さすがに気が気でない。
そう……。
あたしには、二歳年下の
その弟は、今年からこの日ノ出学園高校に入学してきてしまったのだ。
この高校に入学して以来、良い思い出など一つもないあたしは、
もちろん弟の日ノ学生デビューに反対した。
けれど、中学時代に不登校だった時期のある弟は、
出席日数が足りず、思うように高校を決めることが出来ない状況だった。
つまり、姉弟揃って「行き先なし」!!
結果、姉のあたしと同じ高校に入学することになった弟。
弟の入学式の日、日ノ出学園高校の体育館には、
これからその地獄を見ることになる新入りたちが集められた。
弟の進真も正しく、その一人だった…。
進真が入学してきてから、数週間が経った。
この数週間、
友人付き合いなどで自分を心配する必要のないあたしは、我が弟の身を案じてきた。
何しろ、あたしの弟の進真は、超デリケートな気質なのだ。
それに思い詰めやすい性格でもある。
その証拠となるエピソードが、こちら。
母が甘やかして、好きなものを食べさせ過ぎたせいで、
小さい頃の弟は、ぽっちゃりした子どもだった。
姉のあたしから見れば、それはそれで可愛かったのだけど、
残酷な子どもたちが、弟の体型を酷くからかった。
それから、弟は、大好きだったお菓子を食べなくなってしまった。
袋を見ただけで、吐き気さえ覚えるようになったのだ。
おやつを食べなくなり、運動を意識的に行った結果、
弟は見違えるほど細くなり、可愛かったのからイケメンに変わった。
けれど、元々、精神的に弱いということもあり、
中学生の時、ついに不登校になってしまった。
それさえなければ、きっと、弟は違う道を進めたに違いない。
姉のあたしが言うのもなんだけど、進真は、心の優しい、とても良い子だ。
精神的に弱いということを除けば、あたしよりもずっと出来がいい。
可愛い弟が、楽しい学校生活を送っている姿を見なければ、
安心して卒業なんか出来ない!
そう思うのだけど、なんだか最近、進真はやたら疲れているように見える。
少し前までは、もう少し元気があったはずなんだけど…。
『まだイマイチ慣れてないだけ』
進真は、そう言って、ニコッと笑った。
それが、姉のあたしを安心させるための作り笑顔なんじゃないかと思うのは、
あたしの考え過ぎなんだろうか……。
とにかく、元気者や不良っぽいのが多いこの学校で、
繊細な弟が上手くやれるのか、不安で、心配でたまらないのだ。
『俺、強くなりたいんだ』
入学式の日、そう言っていた弟の姿が目に浮かんだ。
「――夢ちゃーん!起きなさーい!!」
突然、何かを突き破るようにして、大声が飛んできた。
このハスキーボイス……我が母―ママ―の声に違いない。
「は~~い…」
どうやら、嫌な夢を見ていたようだ。
ベッドの上で重い体を起こし、しばらく、ボ――ッとする。
朝は、いつもこんな感じだ。
ただでさえ、起きるのが苦手な上に、
これから学校へ行かなくちゃいけないのかと思うと……絶望的な気分になる。
まあ、こんな感じでも、なんとか高校生活三年目を迎えられた。
人生、なんとかなるんだね☆
そんなことを思いながら、フラフラとベッドを出た。
「進くーん!起きなさーい!!」
洗面所で顔を洗っていると、またもやママのハスキーボイス。
珍しく、あたしの方が、進真よりも先に起きたらしい。
あんまり起きないと、ママが怒っちゃうぞ~。
クシで無造作に髪をときながら、そう思っていると。
「進くん―?ちょっと、大丈夫?」
ママの心配そうな声が、進真の部屋の方から聞こえてきた。
ママってば、さっきまで台所にいたのに、瞬間移動でもしたのかしら?
「あら、大丈夫?熱はあるの?」
ママの声の向こうで、何となく進真の声も聞こえるけど、よく聞き取れない。
「…そうなの。
じゃあ、ママが学校に連絡しとくね。今日はゆっくりしてなさい」
…進真、具合でも悪いのかな?
洗面所から顔を覗かせた瞬間、ママがこちらに戻ってきた。
「あら、夢ちゃん!アンタ、起きてたの?瞬間移動でもしたんじゃない?」
あたしを見た瞬間、ママが驚いた様子で言った。
「いやいや、瞬間移動したのは、ママの方でしょ。
てか、あたし、『おはよう』って言ったよね?
それでママ、ちゃんと返事したじゃん」
あたしが言うと、ママは朝っぱらからポカンとした顔をした。
「えー?ウソ~、全然記憶ないんだけど」
「えー」は、こっちのセリフだ。
さっき、もろ挨拶したはずなのに。
「ハア…とうとうボケてきましたか」
「そうかも~……て、アァッ!!!」
いきなり、ママが叫び声を上げたので、思わず肩がビクッと揺れた。
「どうしたの、ママ」
驚かされたことに少しイラつきつつ、声を掛けると。
「あ――、魚が焦げちゃった。せっかくイイ感じだったのに!」
ママは不機嫌な様子で顔をしかめた。
まあ、ドジなママだったら、このくらいのことはしかねない。
ということにして、あたしの方は、違う話題を口にした。
「あらら。それで、進真はどうかしたの?」
「あー、なんか具合が悪いみたいでね。今日は、学校休ませることにしたのよ」
不機嫌な表情を残しつつ、ママは答えた。
「へぇー、風邪かな?」
「ん――、多分ね。
まあ、無理するのは良くないから。今日は一日休ませてみる」
それ以上、ママは何も言わなかった。
でも、あたしは、ちょっとした胸騒ぎのようなものを感じていた。
中学生の頃、不登校になった始まりの日も、こんな感じだったからだ。
――それから、数日後。
進真は、本当に不登校になった。
まだ数日ではあるけど、間違いない。
あたしの予感は、残念ながら当たったというわけだ。
けれど、なぜ学校へ行かないのか、その理由は分かっていない。
進真は、ほとんど自分の部屋から出てこないし、
学校でのことについて、何も言いたがらないからだ。
あたしもママも、気になりはするものの、
本人が言いたがらないのを、無理やり聞き出す気にはならない。
今、単身赴任していて、県外に住んでいる父―パパ―も同様だ。
進真が中学生の時と、全く同じ。
ひょっとすると、数年前から、
あたしたち家族は、何も変わっていないのかもしれない。
ママは、一応、進真の担任の先生と、進真の状況について話はしたらしい。
けれど、例えば、進真がイジメに遭っていたとか、
不登校の理由に繋がるような話は、一切出なかったようだ。
では、なぜ、進真は不登校になってしまったんだろう?
本人から聞き出すのが一番手っ取り早いとは分かっているけど、
それが出来るなら、最初から悩んだりしない。
進真は、すっかり食欲もなくなって、滅多に部屋から出てこなくなってしまった。
そんな状態の弟に、
「なぜ不登校になったのか」など、あたしには聞くことが出来ない。
あいにく、あたしたち家族の中に、心を鬼にできる人物はいないようだ。
では、これから、どうすれば良いのだろう?
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