(6)
木曜日、朝から電話が掛かってきた。
パパは台所にいたので、あたしが受話器を取った。
『…はい、もしもし?』
『歩だ。夢果か?』
『えっ、歩くん?』
驚いた。
電話の相手は、
歩くんは、パパの弟で、あたしと進真の叔父にあたる人物。
けれど、叔父といっても、パパとは年がけっこう離れているので、
あたしと進真にとっては親戚のお兄さんのような存在。
四十を手前にした今も独身で、昔からあたしたち家族とは深い仲なのだけど。
こうして電話を掛けてくるなんて、あまり無いことだった。
『どうしたの?』
『いや、ちょっと…歌ちゃんが寝込んでるって聞いてな。
ちょいと心配で、今に至る』
”歌ちゃん”とは、うちのママのことだ。
ママの名前は
『…ああ』
ボーッとして答えると、
『夢果、大丈夫か?進真もずっと引きこもってるらしいな』
電話の向こうから、心配そうに言われた。
『パパとは上手くいってるか?いろいろ…大丈夫かなーと思ってさ』
あたしは、ギュッと受話器を握りしめた。
上手くいってるわけないでしょ…。
ママが倒れてから、身も心もボロボロなのに。
唯一の癒しの場所―我が家―が変わってしまったのは、
あたしにとって大きな打撃だ。
今のあたしは、ただぼんやりと生きているだけの脱け殻に等しい…。
『なあ、夢果』
歩くんが言った。
『キツい時とか、気軽に相談してくれていいんだからな。
俺、独り身だから、すぐ動けるし…
お前らのこと、家族だと思ってるから』
『うん。分かってるよ』
『どうせ、ただの独身男と思ってるんだろ。
で、ママと進真の様子はどんな感じなんだ?かなり悪いのか?』
『二人とも良いとはいえない状態…病んでるから』
『…そうか。パパもああだから、ツラいよな』
『…まあね』
グッと喉が苦しくなって、一瞬、泣きそうになった。
けれど、我慢した。
まだ泣くほどのことじゃない。
それに、パパや歩くんの前で泣きたくない。
『バアは、お前ら家族の状況、知ってるのか?』
そう尋ねられ、バア(母方の祖母)の顔を思い浮かべた。
ジイが亡くなってから宗教にのめり込んでしまった、可哀想な祖母。
ママはきっと、心配をかけたくなくて、何も言っていないのだろう。
少しでもあたしたちの状況を知っていれば、必ず連絡してくるはずだから。
『……』
バアのことを思い出したら、また泣きそうになった。
黙り込むあたしの様子から、歩くんは理解したらしい。
『話せそうだったら、俺からバアに伝えとくよ。
…あ、でも、知ったら心配するだろうな。やっぱやめとこう』
『…好きにして』
『そんな言い方するなよ、夢ぽん』
『そんな呼び方するなよ、黒歴史だろ』
”夢ぽん”というのは、あたしが赤ちゃんの時のあだ名だ。
たぶん、赤ちゃんにしても太っていたから、”ぽん”が付いたんだろう。
歩くんは、あたしをバカにする時、よく”夢ぽん”と呼んでくるのだ。
さすがはパパの弟、性格が悪い。
ただ、歩くんはパパと違って、だいぶ人間味がある。
それなら断然、歩くんの方が良いよね。
小さい頃から、あたしも進真も、歩くんの方を慕ってきた。
『正月に会ったのが最後だよな?そろそろ俺に会いたいだろー』
『歩くんが、あたしたちに会いたいんでしょ』
『心配だし、近いうち来るわ。今ちょっと仕事が忙しくてな』
『そっか、頑張ってね』
『お前もな。残り少ない高校生活、楽しめよ』
『…はいはい。じゃあ、もう学校だから――パパに代わった方がいい?』
歩くんの返事より先に、
目の前に来たパパが、無言であたしから受話器を奪った。
…感じ悪、悪魔!!
心の中で怒鳴っていると、
『お前は心配しなくていい。こっちは大丈夫だ』
歩くんに対し、パパがぶっきらぼうに言い放った。
ハア?
全っ然、大丈夫じゃねーよ!
何をもって大丈夫とか言ってんだよ!
てか、無言で受話器奪うとか、アンタ人間!?
アンタと一対一でいるあたしは、本当、死にそうなんだよ!!
『…ああ……うん、またな。そういうことで』
少しして、パパは電話を切った。
受話器を元の場所に戻すと、いつものようにリビングを行ったり来たりする。
腕なんか組みながらテレビを見ていても、全く楽しそうじゃない。
笑いなど、この人には皆無だ。
一体何があったら、そんなに暗く、陰気臭くなるんだろう。
白髪混じりの黒い髪、落ちくぼんだ目、清潔感のない
パパの特徴全てが、あたしは大嫌いだ。
いつから、こんなに憎くなってしまったんだろう。
歩くんは、兄をどう思っているんだろうか…。
パパと歩くん兄弟は、学生の頃に母親を亡くした。
父親の方も、あたしが生まれてすぐに亡くなったので、
あたしと進真は父方の祖父母を知らずに育った。
そういえば、だいぶ前に聞いたことがある……
祖母が亡くなってからパパは、
年の離れた弟の世話や家事を懸命にこなすようになった。
だから、今でも料理が得意だし、家事をするのも困らないんだって。
若い頃に苦労したから、こんな風になったのか?
いや、でも…
ママが言うには、結婚した頃までのパパはもっと明るかったらしい。
ということは、ママとの結婚後――、何かがあったってこと?
『…何だ』
じっと見ていると、パパから気付かれた。
娘に向けているものとは思えないほど、冷ややかな視線。
パパはきっと、鉄か氷でできているんだろう。
あたしは耐え切れず、パパを見るのをやめた。
『別に、何でもない。…行ってきます』
学校に行くのは苦痛だけど、
パパとずっと一緒にいるよりはマシかもしれない。
そう思えるほど、パパとの時間は落ち着かなかった。
けれど、やはり、高校までの道のりは重苦しいものだった。
自転車を漕いでいきながら、絶望感に襲われた。
今日は何があるだろうかと、不安でいっぱいだった。
あたしはもう何日も、熟睡できていなかった。
身体のあちこちが
出来ることなら、ずっと寝転がっていたい…。
そんなことを思いながら、暑くなってきた空気の中を走り抜けていった。
――あたしは、この調子で、卒業の日までやっていけるだろうか?
自信は無かった。
でも、負けたくはないという思いがあった。
――あの魔女たちを、ぶっ潰してやる。
――進真の分まで、あたしが闘うんだ。
…というわけで。
『この魔女ども!』
あたしは、魔女たちに戦いを挑んだ。
『あたしの上靴を、こんな滅茶苦茶にして…!許さんからな!!』
まずは経緯を説明しよう。
学校に辿り着いて間もなく、あたしは自分の椅子に何かが置かれていると気付いた。
それは…、ボロッボロになってしまった上靴だった!
スプレーか何かで汚されている上、メチャメチャに切り裂かれており……
あたしを如何に恨んでいるかが表現されていた。
もちろん、ゾッとしたのは言うまでもない。
けれど、ここまで露骨にされるなら、
戦ってやるしかないじゃない(突然の問いかけ)?
『よく人の物をこんなに出来るよね!?異常者!!』
『ハッ、よく言うわ!
『最後まで言いがかりを続けるんだ?くだらない女!』
あたしと魔女たちは、教室内で堂々とやり合うようになった。
周囲の迷惑など考えてはいられなかったし、
かといって誰かが文句を言ってくるということもなかったので。
魔女一号に関しては、本当に馬鹿でちっぽけな女だ。
嫉妬深い気質だし、
改めて見ると、その二重の目には確かに違和感があった。
線の入り方がおかしいし、幅が広すぎて腫れぼったく見える。
きっと、泣いたら強調して見えるというだけだ。
あのサイコビッチが急な暴露をしなければ、
あたしも気付かぬまま卒業していたんだろうけど!
魔女二号に関しても、性格が悪く、愚かな女だ。
おそらく、あたしへのイジメの方法を考えているのは二号で、
その性質は松木さくらまでイジメようとするほどの残酷さ。
一号に比べると賢いのかもしれないけど、その分タチが悪い。
まあ、何にしろ、魔女たちはあたしの憎むべき敵である。
『あんたのせいで!あんたのせいで!』
ボロボロの上靴を取り上げられたあたしは、次の瞬間、
そのグチャグチャな塊でバシバシ身体中を叩かれた。
叩かれる度、怒りが増した。
どうして、あたしがこんな目に遭わないといけないの?
あたしはただ、あの不良集団と話をしただけなのに。
なぜ、それだけの理由で、
嫉妬され、イジメられなければならないんだろう。
――あたしは、穏やかな学校生活を送りたいと、それだけを願っていたのに…!!
『麗華から、何もかも奪いたいの!?』
あたしを叩きのめしながら、急に魔女一号が言いだした。
その意味が、あたしには分かった。
『麗華、お願いだからやめて…!』
松木さくらが、あたしをかばおうと声を上げるようになったから。
魔女一号の怒りは、沸点に達していたのだ。
『さくら!覚悟して言ってるんでしょうね!?』
そう言った魔女一号の顔は、なんと恐ろしかったことか。
松木さくらが身震いしていたのも無理はない。
『友達を悪者扱いして、このブス地味子をかばうなんて。
今さらそんなことして何になるのよ、さくらだって麗華たちと同犯なのに!』
魔女一号の口は止まらなかった。
顔を真っ赤にして、ほとんど
『ちょっと前まで、麗華と杏奈が何をしても黙ってたくせに!
急に何なのよ、あーイラつく!
そんなんだから、嫌われてイジメられてたんでしょ!
大体ね、原口さんを応援団に招き入れたのも、さくらじゃない!?
今さら裏切るなんて最低…、もう絶交よ!!』
…言っちゃいけないこと、言いまくり。
取り乱して喚きたてる魔女一号の姿は、非常にみっともなかった。
誰もがドン引き状態で、辺りはやや静かだった。
『……』
震えながら立っていた、松木さくら。
その目からツーッと涙が流れ落ちたのを、あたしは見た。
零れた涙の跡を消そうと、手で顔を拭っても…涙は次々と溢れてくる。
そのうち、隠そうとするように、両手で顔を覆ってしまった。
そんな松木さくらは、哀れで、惨めに見えた。
『あーあ、泣いちゃった』
バカにしたような声が響いた。
魔女二号だった。
『前から思ってたけど、泣けば解決すると思ってない?
悲劇のヒロインぶってさ、麗華の言ったことは正しいよ。
最初から友達になんかならなきゃ良かったんだろうね』
また追い打ちをかける!
確かに、泣けば良いと思っている女は存在する。
でも…これは違うよね?
友達と思っている相手に、
「だからイジメられたんだよ」とか「絶交だ」とか言われたら、
誰だって悲しいに決まってる。
絶対、魔女たちなんか、誰より大騒ぎするに違いないのに。
改めて、松木さくらは間違った相手と友達になってしまったんだと痛感した。
…その時だ。
『どうして?』
松木さくらが、震える声で言った。
『二人は…わたしを助けてくれたのに。
どうして、あの頃のわたしを知ってて、原口さんを苦しめるの?
…今の二人は、あの頃の二人とは別人みたいだよ』
『……は?』
魔女二号は、鼻で笑った。
『杏奈は、助けたくて助けたんじゃないし。
最初からあんたと友達になりたいなんて思ってもいない。
麗華だよ、助けたいなんてバカなこと言いだしたのは』
いつの間にか、立場が逆転したようだった。
二号に睨まれ、一号は気まずそうな表情を浮かべた。
『麗華。なんで、あんなにさくらを助けたがったの?』
『……』
魔女一号は黙ったまま、目線を床に落とした。
その姿はまるで、怯える子どものようだった。
『…そういえば、杏奈、麗華の昔の話は聞いたことないんだよね』
魔女二号が言った。
『もしかしてさ…、過去のことで何か隠したりしてるんじゃない?
何でも話すって誓ったでしょ、教えてよ、麗華』
魔女一号の目が、カッと見開かれた。
次の瞬間…
『教えることなんか無いわよ!』
そう言って、魔女二号の顔を平手打ちした。
バチンという音が聞こえ、魔女二号は驚いたように顔を上げた。
しかし、その時には、魔女一号は松木さくらの方へと移動していた。
『…あの頃の二人じゃない?』
松木さくらと向かい合った状態で、魔女一号は言った。
『そんなの、当たり前でしょ!
さくらが、麗華と杏奈といるより、原口さんといる方を選んだんだから。
恩を仇で返したのは、友達を傷つけたのは、そっちよ!』
『待って、麗華…』
『そんなに原口さんをかばいたいなら、好きにすればいいわ。
でも、その代わり、うんと痛めつけてやるから!』
松木さくらの言葉を待ちもせず、魔女一号は行動に出た。
松木さくらに、往復ビンタを浴びせたのだ。
『…!?』
声も出なかった。
何度も繰り返し叩かれた結果、松木さくらはその場に倒れ込んだ。
…なに、今の猛烈なビンタ。
衝撃を受けて突っ立っているあたしを、魔女二号が見た。
『助けてやらなくていいの?
原口さんをかばおうとしたせいで、こんなことになってるんだよ』
イラッとしたのと同時に…、体が動き出していた。
さすがに、往復ビンタという名の連続ビンタを目の当たりにして、
黙ってはいられない!
ところが…。
進みだした途端、足を引っ掛けられ、
『あっ…』
大胆に転んでしまった。
ドシーンという音の直後、ヒッヒッヒという笑い声が沸いた。
あたしを転ばせるよう仕向け、足を引っ掛けて実際に転ばせた魔女二号が、
こちらを見下ろしながら言った。
『何、今の音。ゾウでもこけたかと思った~』
これには、共感した人が多かったのか、教室中で笑いが起こった。
通常なら、つられて自分も笑いそうなものだけど、
とてもそんな気にはなれなかった。
クラスメート全員が、あたしを笑いものにしているようだった。
あたしの惨めな姿を、面白がっているように、嘲笑っているように見えた。
…きっと、進真も、こういう屈辱を何度も味わったんだろう。
恥じらいと、怒りと、悔しさと、無力感。
想像以上に、キツいな…と思った。
『……』
プライドと意地でさっさと立ち上がり、
松木さくらの方に手を差し伸べようとした時…。
『だから、自分の状況、分かってんの!?ほんと呑気ねぇ!』
再び、グチャグチャの塊(上靴)で、バシッと頭部を叩かれた。
一瞬、脳がぐらりと揺れた気がしたけど、そんなのどうでも良かった。
あたしは、素早く手を出し、魔女一号の頭を叩き返してやった!
ぎゃあ、と叫んだ魔女一号。
驚いたようにハッとした、周囲の生徒たち。
少しの罪悪感と大きな快感が、心の中で広がった。
『ハハハ、ハハ…』
これまで、人に暴力を振るったことなんて無かった。
腹が立っても、傷ついても、言い返すことすらしなかった。
そんなあたしが、初めて人をぶったのだった…!
『フフ、ウフフフフ…』
込み上げてくる笑いを、抑えられなかった。
このあたしが、人に暴力を振るうなんて!
想像でしか出来なかったことを、実際にする日がやって来るなんて!
変な興奮状態で、自分でもコントロール出来なかった。
不気味に笑うあたしを、魔女一号は”信じられない”というような表情で見た。
『気持ち悪いったらないわ…、なに笑ってんのよ!?』
魔女二号も加勢したように言った。
『どこまで不気味なの、あんた。ほんと引くわー』
あたしは言い返した。
『気持ち悪くて、不気味で、悪かったねー!
魔女一号、アンタを叩いたのは、今までの仕返しよ。
人を痛めつけたら、自分だって痛い目に遭うんだからね』
『な、何よ、偉そうに。…ていうか、魔女一号って何なのよ?』
『アンタのことに決まってるでしょ』
『…殺されたいのね?』
魔女一号の目は怒りに燃えていたけど、あたしはそれをスルーした。
その代わり、魔女一号が持っている塊を指差して言った。
『それ、返してもらえる?』
『は?』
『それ、あたしのだから。返してよ』
魔女一号は、呆気にとられた顔をした。
こんなボロボロの上靴を取り返そうとするなんて、考えられなかったのだろう。
それでも、あたしは、ここまで使ってきた上靴を取り戻したかった。
『先生に言うつもり?そんなことしたら許さないわよ』
『しないよ、そんなこと。…教師は信用できないから』
『ふーん…。じゃあ、』
魔女一号の口元に、笑みが浮かんだ。
次の瞬間、いきなり駆け出したと思うと、
窓の外に向かって上靴を投げやがった(!)。
…コイツ!!
ブチッときたあたしは、魔女一号に掴みかかった。
『この…!最低馬鹿女!!』
『きゃあ――ッ!!!』
魔女一号が、大袈裟に悲鳴を上げた。
そのせいで、通りかかったある教師が、こちらに駆けつけてきた。
『何してるの、やめなさい!』
すらりと細く、若々しい女性教師。
あたしと魔女一号の間に割って入ってくると、あたしの腕を強く掴んできた。
まさかと思い、その首に掛かった名札に注目した……
心臓が止まったかと思った。
『落ち着いて!何があったのか話しなさい』
名札に書かれていた名前は…、”清水”。
ゾクッとして、鳥肌が立った。
ア、アンタは……中谷王我と恋仲で、イジメの問題を悪化させたクズ女教師!!
なんでこんなところに…てか、人に注意している段じゃないでしょ!
咄嗟に、清水先生の手を振りほどいた。
触らないでよ、禁断の恋愛女!!!
『は、原口さんが…』
魔女一号が、半泣き(演技)で言いだした。
『一方的に、わたしに暴力を振るってくるんです。
叩いたり、掴みかかってきたり…もう怖くて』
ハアァァァァァァ!!??
ただでさえ驚いているのに、さらに魔女二号が言った。
『原口さん凶暴なので、どうにかしてください!』
…
嘘つきな魔女たちめ。
しかし、それ以上に、
清水先生が自分の目の前にいるという、この状況の方が許せなかった。
『……』
『黙っているってことは、本当なの?』
清水先生にそう言われても、あたしは黙っていた。
言いたいことがありすぎて、逆に何も言えなかったのだ。
出た、重要な時に限って口が動かない現象!
『ちょっと来なさい』
清水先生は、あたしを廊下に連れて行った。
…後ろから飛びかかってやろうか?
いやいや。
とりあえず、どんな女なのか、この目で確かめてやろう。
内心、あの極悪問題児(中谷王我)と恋仲である女教師がどんな人物なのか、
気になってはいたのだ。
自分から来てくれるなんて、むしろ好都合じゃないか!
謎のポジティブ精神でいると、清水先生が口を開いた。
『何があったか知らないけど…
一方的に暴力を振るうなんて、許されないことよ』
…ほうほう。
自分のしたことはさておき、マニュアル通りのことを言うのね。
さすがは清純な仮面を被ったクレイジー女。
『相手が嫌がっているのに、それでもやめないっていうのは、
イジメに繋がるでしょう。
教師のわたしとしては見逃せない、だから…
きちんとここで反省して、あの子たちにも謝るべきだと思う』
『……』
ん?
一体、どの口が言ってるのかね?
一瞬、これが夢だったらどんなにいいか、なんて考えてしまった。
それくらい、ショッキングだった。
この女教師……どういう気持ちで、こんなことを言ってるんだろう?
自分は、イジメを訴える生徒たちよりも、
イジメを行っている生徒の方を優先したっていうのに。
『…聞いてる?原口さん』
あたしは、きっと凄い表情をしていたに違いない。
清水先生が、心配そうに手を伸ばしてきた……
けど、それを思い切り振り払ってやった。
『…あたしはっ!』
胸がザワザワするのを堪えて、自分なりに言った。
『イジメなんか、絶対しません。
イジメられる辛さがどれほど大きいか…自分なりに分かっているからです。
あたしは決して、一方的に暴力を振るったりしてません!』
なぜ、あたしがイジメの容疑をかけられないといけないんだ。
あんな魔女たちの言葉をあっさり信じて、あたしを疑うなんて…
この教師、やはり酷いな。
あたしは、意図的に自分の足元を見た。
ほら、あたし、上靴を履いてないでしょ!
一方的に暴力を振るっているなんて、有り得ないってば!
そう訴えているつもりだった。
ところが、清水先生の返してきた言葉は、想定外なものだった。
『……もしかして、原口進真くんの、お姉さん?』
『……え?』
あたしの反応は、ほぼ”イェス”と答えたようなものだっただろう。
驚きと困惑で言葉を失ったあたしに、清水先生は言った。
『アハハ…苗字が同じ原口だから、勘で言っただけだったんだけど。
本当にそうだったんだね』
笑いながら言うその姿に…、恐怖と悪寒を覚えた。
あたしが進真の姉だと言い当てたのもビビったけれど、
何よりこんな状況で笑えるということが信じられなかった。
進真の件があって、ママが相談しに行ったことがあって、
それでもこの女が普通に教師をしているということが、すでに驚きだったのに。
さらに驚くことに、この女は何も全く反省などしていない様子だった。
ショックと絶望が、同時に襲いかかってきた…。
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