《特別エピソード》その頃、彼は考えていた(2)




萌娘は頷いた。





『さっき、麻里乃が職員室で、岩倉と林田が話してるのを聞いたらしいんよ。


原口夢果が、なぜか応援団員になったって』





俺は、一旦、虎男に話を振ることにした。





『思い出せ、虎男。


…原口夢果って、応援団とかするようなタイプに見えたか?』




『見えたわけねーだろ。絶対、引きこもりだ、あの女は』





萌娘は腕を組み、(盛りすぎの)目を少し細めた。





『やっぱり、おかしいと思うよね。


林田も、厄介な生徒に目付けられてるせいなんじゃないかって、


怪しんでたんやって』




『…厄介な生徒?』




『三の八には、何人かヤバい女がいるらしくてさ。


原口夢果チャンは、その女どもに目を付けられて…』




『ちょ、ちょ、ちょ、待てよ。なんでそういう話になんだ?


原口夢果が目付けられてるって、なぜに…』




『噂だよ、噂。アンタと敬悟との』





…あっ。




と思った瞬間、ビシッと目の前で指を立てられた。





『分かった?原口夢果チャンが、なぜ目を付けられてんのか』




『…嫉妬か』





答えたのは、俺じゃなく、虎男だった。




虎男が発した言葉を、頭の中で繰り返す。




嫉妬、嫉妬…。




つまり、原口夢果は、俺と敬悟との噂によって嫉妬され、




変な奴らに目を付けられてるってことか?




目を付けられてる、っていうのは……嫌がらせでも受けてるって意味か?




頭が混乱して、考えが整理できない。





『そう、嫉妬』





萌娘は、この後、最悪の情報を口にした。





『アタイ、どうしても気になって、三の八の教室を覗いてみたんよ。


そしたら……』





――原口夢果が、二人の女に責め立てられ、暴力を受けていた。




そう萌娘は言った。




原口夢果をイジメている、その女たちは、おそらく俺と敬悟のファンで……




一方的な嫉妬心から、イジメを行っているに違いない。




原口夢果は、ちょこちょこ反抗したりもしていたが、




基本的には二人からやられっぱなし。




周りの生徒たちは、彼女を庇おうとする気配も無かった…。





『……』





マジかよ?




不安と心配が、失望に変わった気分だ。




原口夢果が、イジメを受けているとは…。




しかも、その理由が、俺と敬悟との噂なんて。





『……俺のせいじゃん?』





確かに、敬悟が原口夢果を抱きしめた(※受け止めた)りしなければ、




岩倉が変な勘違いをすることはなかっただろう。




が、そもそも、あの状況を生み出したのは、この俺なんだ。




助けてもらったお礼が言いたい、兄貴たちとも仲直り(?)してほしい…。




そんな勝手な思いだけで、無理矢理、あの場を作った。




俺が悪りーじゃんかよぉぉぉ!!!





『おい、来登、大丈夫か』





虎男が、俺の頭を掴んで揺すってきた。





『虎男…俺、どうしよ』




『どうしようって、何が』




『原口夢果がイジメられてんだよ。…俺の勝手な行動のせいで』




『別にお前のせいじゃねーよ。悪いのは、お前のファンだろ』




『それって、イコール、俺のせいでもあんじゃね?』





だんだん、悲しくなってきた。




俺はただ、原口夢果と仲良くしたかっただけなのに……




本人からは友達になることも断られ、




しまいには俺の行動が原因でくだらないイジメまで起きている。




今、やっと分かった――




きっと、原口夢果は、最初からこうなることを予想していたんだろう。




だから、俺らとは、もう関わりたくなかったんだ。




それなのに、俺はどうした…?




人目を気にせず彼女を捜し回り、教室に押しかけた挙げ句、




放課後の計画までして。




それでいて、”原口夢果は元気そうだったか”って?




無神経過ぎんだろ、俺…。




あー、また後悔と自己嫌悪だ。




この状況、どうにか出来ねぇかな?




いや、無理だ…もう関わらないと約束したんだから。




約束まで破ったら、俺、本当の最低野郎じゃん。





『…しんどそうだな』





虎男が言ってきた。





『自分を責めることねーよ。お前より、俺らの方が…』




『…ん?何て?』




『いや、何でもねぇ…とにかく自分を追い詰めるのはやめろ。


お前、原口夢果のことになると、ネガティブになりすぎなんだよ。


ネガティブ因子か、アイツは』




『そんなこと言うなって。


イジメられてるなんて聞いたら、そりゃーネガティブにもなるわ。


俺、嫌われたくないって思ったくらい、アイツのことが…』




『何だよ。好きってか?』




『…ちげーよ。テメー、亜輝が乗り移ったんじゃねぇの』




『アイツと一緒にすんなや。


さすがの俺でも勘付くぐらい、お前は変っつーことだよ』




『だから、俺は…好きなんかじゃねーって。


ただ、今は、すげー申し訳ないっていうか、なんつーか…』





自分が何をどうしたいのか、よく分からない。




どうにかしようとしても、何も出来ないってことだけは分かってる。




…ヤバ、俺って、前向き元気キャラなのに。





『お前らしくねぇな、来登』





案の定、周りにいた奴らが口々に言ってきた。




…コイツら、ほぼ全部聞いてやがったな。





『お前って、けっこう我を通して突き進んでいくタイプだろ?


それが、なんでそんなに気弱になってんだよ』





勇慈は言う。





『男は、相手の女に悪く思われてでも、行動しなきゃいけねぇ時があるんだよ。


特に、その女がピンチに陥ってる場合はな』





その横から、俊平も言った。





『本当は、彼女のこと、助けたいと思ってるんだろ?


後で後悔するのは、一番嫌なんじゃないのか』





さらに、落ち込んでいたはずの龍太までもが。





『俺、お前のストレートなとこ、けっこう好きだけどなー。


真っ直ぐ向かっていけば、気持ち伝わんじゃね?』





俺の背中を押すようなことを言ってきた。




いつしか、二年八組全体が、俺を応援するモードに…。





『頑張れ、来登!』





特別科代表のアホコンビ―浦川龍太&村岡椿―が、二人揃って言いだした。





『突き進め、来登!めげるな、来登!!』





なんか、よく分かんねーけど……ちょっとジーンってきた。




とにかく、俺を応援してくれてんだよな。




イイ奴らだ。




だけど、かといって、まだどうするべきか分からなかった。




…そこへ。





『虎男もさ、黙ってないで応援してあげなよ』





陽菜が生意気に言った。





『兄貴たちが助言とかくれないと、わたしら年下組は自信なくすんだよ。


協力してあげてよ、来登に』





すると、虎男は。





『…しようとは、したんだよ』





呟くように答えた。




…虎男のくせに、声小さっ!




やっぱり、コイツ、原口夢果関係で何かを隠してるな。





『あの女は、かなり扱いづらいんだよ。


女慣れしてるであろう亜輝も手に負えないほどだ。


さらに、最悪なことに、純成があの女を嫌ってるという始末で…』




『大丈夫か、虎男。まあ、いろいろ兼ね合いがあるようだな』





ハア、と溜め息を吐きながら、机に突っ伏した虎男。




そんな虎男と俺に向かって、萌娘が言った。





『難しいからって、諦めんの?


アンタら、そういう男やったんや』





俺の心臓と同じタイミングで、虎男の肩もピクッと反応した。





『あの子…原口夢果チャンは、理不尽な嫉妬でイジメられてるんよ?


何があって迷ってるのか、よく分かんねーけど。


アタイだったら、絶対、助けに行くね。


…後悔だけはしたくないから』





後悔……確かに、絶対したくない。




虎男は、多分、いろいろあって――




俺は、これ以上嫌われるのが怖くて、約束を守ることにこだわるあまり、




原口夢果と関わるのを恐れている。




完全な、腰抜けだ。




そんな俺らを、萌娘たちは勇気づけてくれてるんだろう。





『…ざけんじゃねぇ』





怒りに燃えたような声が、すぐ目の前から聞こえてきた。




そして…





『お前らに言われなくったって、分かってるっつーの!!』





暴れるサルのように机を叩きながら、虎男が立ち上がった。




血走った目で俺を見下ろすと、ガッと乱暴に肩を掴んでくる。





『あんな自己中地味女のことで悩む、この時間がもったいねぇわ。


来登、ここまできたらよ、嫌われるの覚悟で動くのもアリじゃねぇか。


俺は、お前に協力すんぞ』




『…虎男』




『俺は別に、珍しく無理じゃない他人だったからって、


原口夢果にどう思われようが構わねぇからな。


ただ、個人的にイジメは許せねぇし、お前には協力したいと思う…だからだよ』





どうやら、萌娘たちの言葉で奮い立ったらしい。




虎男は、俺に協力することを約束してくれた。




いつも、コイツは、俺のために何かを頑張ろうとする。




まあ、それは、敬悟も純成も亜輝もだけど。




俺って、恵まれてんだろうな。





『……』





なんだか、急に熱が上がったみたいだ。




そうだ…




今は原口夢果にどう思われるかってことより、




彼女のためにどうするべきか、俺自身がどうしたいのかを考えるべきで。




――俺は、原口夢果を助けたい。




嫌われてでも、手を差し伸べたいと思う。




ああ、俺は、本当にどうしちまったんだろう……




嫌われたくないという思いがありながら、




それでも追いかけてみたい、なんて。




多分、どうかしてるんだ。




でも、手遅れにならないうちに、早く行動しなきゃな。




原口夢果は、今ごろ、悩み苦しんでいるだろうから。




どうやったら、迷惑を掛けることなく、近づけるだろう?





『…そうだ』





ひらめいた。





『俺、応援団に入るぜ!』





俺の発言に、みんな驚いたようだ。





『来登、本気ガチで言ってんのか?』





虎男に尋ねられ、俺は頷いた。





本気ガチ中の本気ガチ、もう決めた!』




『いざ決断早いな、おい』




『原口夢果は多分、嫌がらせで応援団に入らされたんだろ。


なら、俺も応援団に入って、まずは様子を見るんだ。マジ名案!』




『そうか?お前、最近、体調良くねーから、敬悟が反対するぞ』




『虎男、俺に協力するって言ったよな?』




『おう』




『一旦、俺が応援団に入ること、敬悟たちには内緒にしろよ。


どうせ面倒だからって、応援団にはなりたくねーんだろ』




『…また黙っとけってか?ホントめんどいな、お前ら兄弟』




『頼むよ、虎男!』





俺が両手を合わせると、虎男は溜め息を吐いた。




純成と亜輝と虎男には、俺と敬悟の関係でちょこちょこ世話を掛けていると思う。




申し訳ないと思うけど、それにしても敬悟は俺を心配し過ぎだ。




いちいち何か口出ししてくるから、正直面倒なんだよ。




だから、今回の計画のことも、アイツには黙っておきたいんだ。




全て決まってからバレれば、「なっちゃいました」で済むだろうから。





『…でもよ、来登』





虎男が、眉間にシワを寄せながら言った。





『敬悟は、いつもお前のことを考えてんだぞ――お前が大事な弟だからだ。


もし敬悟のいないとこで、お前に何かあったら…


俺はどうすりゃいいか分からねぇ。


だから、今回は、ちゃんとアイツらにも話さねぇか?』




『…俺が、弱いから。そう思うんだろ』




『ちげーよ。違うから、いじけるな』




『いじけてねーし』





無愛想に答えた瞬間、虎男の手が俺の肩に乗せられた。




…何だ?





『来登。実は、ここ数日、お前に黙ってたことがある』




『何だよ。正直に言えや、アホ』




『お前が学校休んだ日…、


敬悟と純成と亜輝と俺は、原口夢果と話したんだ』




『は』





――その後、虎男から全てを聞いた。




それを踏まえて、




俺は虎男の言う通り、計画を他の三人にも話すことにした。




敬悟が反対してきても、




こっちには「重要なことを内緒にされていた」という強みがあるからだ。





「お前ら、俺を差し置いて、原口夢果と話したんだってなぁ。


俺と仲直りさせたかったらしいけど、余計に溝が深まったんだってぇ?


余計なことしてくれたなぁ、これでまた動きづらくなっただろうが」





こんな感じで脅してやれば、アイツらも俺の言うことを聞く他ないだろう。




ハハハ、まあとりあえず怒りを抑えて、計画を進めていこう。




とにかく、俺は、原口夢果と同じ応援団員になる。




もちろん、色組も同じだ。




俺は二年だから無理だろうけど…、敬悟なら組長になることだって出来る。




敬悟が仕切れば、団員の中で原口夢果を特別扱いするのも可能。




悔しい気もするけど、この際、敬悟を巻き込んだ方が得策だ。




よっしゃ、これでいくぞ!




というわけで、ひとまず第一段階――




「応援団に入って、原口夢果の様子を観察する」という計画を実行に移す。




待ってろよ、原口夢果!




俺が、絶対、お前を助けるから。




どうか、そのままで、無事でいてくれ―――。





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