(2)




『ごめんね、手が滑っちゃって~!』





魔女一号、堂々とウソを言うな。




どうやったらそんな風に滑るんだよ。




危機的状況なのにも関わらずツッコんでいると、魔女二号(岡本杏奈)が言った。





『別に謝らなくていいでしょ、だって”ゴミ箱”じゃん』





…は?




”ゴミ箱”って、まさかあたしのこと?




どう見ても人間でしょうが、じゃなくて……




コイツら絶対、漫画を参考にしてるよね?




見たことのある行動ばっかで、ちょっと笑えてくるわ。




そう思いながら、愚かな魔女たちを無視し、




投げられたゴミとグシャグシャにしたメモ紙を(本当の)ゴミ箱に捨てた。




すると、後頭部に何かが当たった。




…またゴミだ。





『汚くて臭い、ゴミ箱!』





魔女二号が言ってきた。





『ずっとそこに立ってなよ!その方がしっくりくるから』





何がしっくりだ、ふざけるな。




怒りを抱きながらも黙っていると、今度は魔女一号に言われた。





『だから、無視するなって言ってんの!何様のつもりよ』





アンタらこそ、何様だよ!




人のことをゴミ箱だとかなんとか……いい加減にしろ!!




あまり希望は無いけど、今のうちに「やめて」と言った方が良さそうだ。




こんなことをされる筋合いはないし、あたしは決してイジメなど受け入れない!




というわけで、言うことにした。





『ねえ、こんなことして、何か楽しい?


靴箱に嫌がらせ仕掛けたり、人をゴミ箱扱いしたり…子どもっぽすぎるよ。


あのヤンキーたちのことで、あたしにムカついてるのは分かるけど……


こういうことするくらいなら、もう少し話し合ってみたりとか…』




『するわけないでしょ!てか、違うし!』




『え?』




『イケヤンは、ただのヤンキーなんかじゃない!


全てにおいて完璧な、華麗なる一団よ!』




『……』





何を言う気かと思えば…――この場に居もしない男たちの擁護かい。




…知らんがな。




想定外に話が逸れ、あたしはもう一度言ってみた。





『こんなこと、もうしないでくれる?


誤解してるみたいだけど、あたしは残り少ない高校生活を静かに過ごしたいんだ。


このまま、地味で冴えないメガネ女として、卒業の日を迎えたいの。


イケヤンの皆さんと関わってしまったことは、本当に反省してる…


これからも、ずっと反省し続ける。


だから、その…、もうやめてほしい』





あたしの訴えに対し、魔女たちはどんな反応をしたか。




それは、以下の通りだ。





『…言ったでしょ。話し合う気なんか無いって』





魔女一号が言った。





『あなたは、デブでブスで地味なメガネ女でありながら、


身分不相応にもイケヤンと長い時間を過ごし、しまいにはウソをついた。


この恨みは永遠よ。


あなたは、一生、この十字架を背負っていかなきゃ』





…そこまで?




あの男どもと数時間ほど一緒だったのが、一生の罪になると?




イケヤンとあたし、これでも同じ人間ですよ。




何なの、この不平等性は…!





『馬鹿馬鹿しいと言いたげな顔ね』





魔女一号はブリっ子声など忘れたらしく、とても低い声で呟いた。




こわ、二重人格…とか思っていると――





『自分が悪いくせに、よくもそんな偉そうなことが言えるわね。


本っ当にムカつくわ!』





魔女一号はヒステリーを起こしはじめた。





『静かな学校生活を送りたいんだったら、


イケヤンと関わらなきゃ良かったでしょ!


今さら反省してるなんて言っても、麗華と杏奈の気持ちは変わらないんだから!


あなたは、麗華たちのイケヤンに費やしてきた時間を、


グチャグチャに踏みにじったのよ!


その重みを分かってる!?』





分からないよ。




同じ高校に通う人間をそこまであがめるなんて、アンタら絶対おかしいって。




それに、その嫉妬心も異常でしかない。




あたしはもう、イケヤンとは無関係なのに!





『分かってないみたいだから、身をもって思い知らせてやらなきゃね』





魔女一号が言い、





『こうでもしないと分からないんでしょ!?』





そう言って、魔女二号が突然、あたしの頭を押さえつけてきた。




力が…つ、強い。




あたしの顔は、どんどんゴミ箱の方へ近づいていく。




まさか、ゴミを食べさせようと…!?




事態を悟って焦りながらも、必死に踏ん張り、大声で言った。





『ちょ…、やめて!!』





魔女たちは、また嫌な笑い声を出した。





『やめてって?みっともないわよ、原口さん』




『助けを求めても、誰も来てくれないよー?虚しいねぇ』





魔女二号は引き続き、あたしの頭を押さえつけた。




それに耐えながら、あたしは心の中で嘆いた。




…ああ、何もかもが打ち砕かれた。




のどかな学校生活を送ることも、イジメだけは受けないという過信も、全て。




これは嫌がらせじゃない、イジメだ。




進真を苦しみの底に陥れた、憎らしいイジメ。




あたしのクラスも、進真のクラスと同じようなものなんだろう。




目の前でイジメが起きていても、誰もが見て見ぬ振り。




進真が見た光景を、あたしも見せられているんだ…。





『ゴミ箱はゴミを集めるためにあるでしょ。


だから、ほら!ゴミを食べなよ!』





魔女二号が、少しの負い目も無い様子で叫んだ。




チラリと見ると、魔女一号の方は腕を組んで満足そうに笑っていた。




…コイツら、やっぱりイカレてる。




そう確信した時だった。





『桐島さん、岡本さん…!』





目の前に現れたのは、学級長の宇佐美真琴。




焦った表情を浮かべていて、その周りには彼女の友人たちが立っていた。




さすがは三年八組における”正統派”――




彼女たちは、あたしを助けようとしてくれているようだった。




魔女たちは、そんな彼女たちの方を睨むように見た。





『どうかした、宇佐美さん』




『どうかしたって…、自分たちのしてることが分かってる?


こんなこと、許されないよ』





宇佐美真琴にしては、強い口調だった。




一瞬、目の前の事態に立ち向かおうとした進真の姿と重なった。




…ヤバい、止めなきゃ。





『今すぐ、原口さんを放してあげて。じゃなきゃ…』




『先生か誰かに言うって?好きにすれば?』




『麗華のパパは一流の弁護士で、杏奈のパパは有名な歯科医なの。


もし、あなたが暴露して問題になったとしても、パパたちが黙っちゃいないわ。


それを覚悟でなら、好きなように言いなさいよ』





弁護士&歯科医!




仕事と割り切って罪人をもかばう無情な職と、みんな大嫌いであろう歯医者。




コイツら、そんな職を持つ父親の娘だったのか。




中谷姉弟にしてもそうだけど、




一見ちゃんとした仕事をしている親の子どもに限って頭が変に育つのかな??




親を盾にして切り抜けようとする嫌な子どもが、あたしの周りにはたくさんいる!!




ああ、嫌だ!!!





『そんなことで脅されても、わたしはイジメなんか許さない』





宇佐美真琴は言った。





『原口さんは話し合おうって言ってるのに、それを無視して暴力に出るなんて…


れっきとしたイジメだよ。


わたしたち、卒業に向けていろいろ準備もあるし、高校生活も残り少ないのに。


こんなことして、一体、何になると思う?』





すると、思わぬことに、魔女一号は首を傾げた。





『イジメ?』





何のことか分からない、とでも言い出しそうだった。





『麗華と杏奈は、真っ当なことをしてるだけよ。


原口さんは、約束を破った上に、ウソまでついたんだから。


そんな人間の話なんて聞く価値も無いでしょう…そう思わない?』




『何のことか詳しくは分からないけど…イジメてもいい理由なんて存在しないよ。


とにかく、原口さんを放してあげて!』





…あたしは一瞬、涙が出そうになった。




ほとんど話したこともないのに、こんな風にかばってくれる子がいたなんて…。




感動的だったけど、やはりもっと早く止めておくべきだった。




魔女一号が宇佐美真琴の方へ歩いていき、次の瞬間…突き飛ばしたからだ。





『…何するの?』





宇佐美真琴は驚いた顔で、魔女一号を見上げた。





『邪魔をしたら、痛い目に遭わせてやるってこと』





魔女一号は言った。





『原口さんをかばおうとしても、いいことなんか一つも無いわよ。


何の得もないし、友達ってわけでもないのに、まだかばう理由がある?


どうなの、宇佐美さん』




『わ、わたしは…』





宇佐美真琴が言いかけた時。





『やめようよ、真琴』





彼女の友人たちだった。




そりゃそうだろう…、あたしだってそうすると思う。




友達ならまだしも、ただのクラスメートを助けようなんて…




進真以外は誰も貫けないはずだ。





『…でも、』





宇佐美真琴と目が合った。




彼女は、とても辛そうな表情をしていた。




あたしは、ただ頷いてみせた。




進真のような被害者が、また出るといけないから……




もうあたしに関わらないでください、という意味で。





『……』





宇佐美真琴は立ち上がり、ゆっくりとこちらに背を向けた。




その後ろ姿は、いつになくへこんでいるように見えた。




そんな彼女を、友人たちが励ますように取り囲む。




そのうちの数人が、こちらを強い眼差しで見てきた。




魔女たちを睨んだのかな?




それとも…あたしを?




この時期に、こんな騒ぎを生むような真似をして…と思われたのかもしれない。




けれど、それどころじゃなかった。




あたしは、卒業までの時間を、イジメを受けながら過ごさねばならないのだ。




体育祭の応援団員にも、この魔女たちと一緒になってしまった。




…もうダメだ、終わった。




林田先生の登場で、魔女たちは席に戻り、なんとかゴミを食べずには済んだけど。




もちろん、これは序章にすぎなかった。




その日、休み時間中、机の上に突っ伏していると……




ガタガタともの凄い勢いで机を揺らされ、無理やり起こされた。




一瞬、地震でも起きたのかと思ったけど、やはり魔女たちの仕業だった。





『呑気に寝てんじゃないわよ!』





そう言われ、イスから落とされた。




ドスンと床に倒れたあたしは、次の瞬間、いろいろな物を投げつけられた。




それは全て、あたしの持ち物で…




机の引き出しに入れていた教科書やノート、ペンケースの中身をぶちまけられた。





『自分の物は自分で片付けてね~!原口さん!』





辺りに散らばった自分の物を見ながら思った……




へぇ、こんなことされるんだ!




漫画の定番みたいなことしかないと思っていたけど、わりと斬新なのもあるかも?




有り得ない思考回路でいると、目の前にある物が飛び込んできた。




それは…――『アナの日記』!!




魔女一号が、あたしの大事な”心の癒し”まで投げつけてきたのだ!!!!





『ちょっとぉぉぉ!!!』





そういえば、引き出しの中に入れていることもあった。




魔女たちからすれば、




『アナの日記』もただの本くらいにしか見えなかったのだろう。




しかし…!




こればかりは許せず、あたしはなりふり構わず怒鳴り散らした。





『あたしの大事なスペシャル・ブックに何てことすんの!!


その汚れた手で触った上に…、粗雑に投げつけてくるなんて!!!


アナ様に謝れ、この魔女ども!!!!』





激怒しすぎて、口が滑ってしまった。




魔女たちに、魔女って言っちゃった(テヘペロ)。




ここから、もはや何が何だか分からない、混沌こんとんとした口論が始まった。





『魔女ですって…!?


まさか、麗華と杏奈に隠れて、あだ名を付けてたの!!』




『だって…、本当のことでしょ!


笑い方も悪いし、魔女顔負けの性悪さじゃん!!』




『自分の状況を分かって言ってるの、原口さん。


あんたに味方はいない、むしろ敵ばっかなんだよ。


ていうか、性格が悪いのは自分でしょ!』




『あたしは、アンタたちみたいに人をイジメたりしない!


ちょっと話が違ったくらいでキレて、人をおとしめようとする。


二人で一人を執拗に責め込む。


…卑怯よ、アンタたち!!』




『なっ…逆ギレ?ありえない!』




『ありえないのは、そっちの方でしょうが!!』





自分でも驚くほど、あたしの口は止まらなかった。





『朝、あたしの靴箱に悪口仕掛けて、ゴミを食べさせようとするし…。


体育祭の応援団の件も、


あたしが絶対なれないタイプだって分かってて、一緒にさせたんでしょ。


全ては、あたしをイジメるために!!』




『何よ…、自分だけ犠牲者になったつもり?


応援団員になるって決めたのは、あなた自身でしょ!


麗華と杏奈だって、先生に無理やり決められたんだし…根に持たないでよね!』




『そうそう!


杏奈と麗華は、あんたに傷つけられたんだから…当然の報い!!』




『傷つけられた?


あの男たちと少し関わったってだけで、あたしに嫌がらせするくらいなら…


あの男たちに話しかけて、さっさとアプローチすればいいでしょ!』





余計なお世話だったかな。




でも、みんなも、そう思わない?




陰湿なイジメをしてる暇があるなら、さっさと告白しちまえよ、って。




だけど、あたしのこの意見は、魔女たちをさらに恐ろしくさせた。





『―うるさい!このデブスが!!』





そう叫ぶと、魔女一号があたしの頬をビンタしてきた。




…首、もげるかと思った。




ドラマのワンシーンのように、叩かれた頬を押さえていると。





『あの人たちのことを、そんな軽々しく言わないでッ!』





魔女一号が怒鳴ってきた。




あたしは愕然とした。




なぜなら…、魔女一号の目から謎の水滴が流れだしたからだ。





『さっさとアプローチしろなんて…よくもそんなことが言えるわねぇ!


あの人たちとは、ファンでも簡単に話せないのよ。


だって、あの人たち、特別科以外の女子には話しかけないんだもの。


それなのに、どうして、原口さんなんかに……』





次の瞬間、『わあぁぁぁん』と大きな泣き声。




魔女一号は、そのまま自分の席へと走っていってしまった。





『……?』





呆然とするあたしを、魔女二号が睨みつけてきた。





『あんたのせいよ、馬鹿』





その声は、今まで聞いた中で最も低かった。




こりゃあ、さらにあたしを恨んだだろうな…。




すると、案の定――





『イジメられたら、落ち込んで、しおらしくなるかと思ったけど…


逆効果だったみたいね。


もう何も言い返せないようにしてあげるから、楽しみにしてな』





そう言い捨て、魔女二号は去っていった。




その前髪の短さが、逆に怖い。




全然ポップに見えない…ていうか。




さきほどの状況では、本来、あたしの方が泣き出すべきだったのでは?




魔女一号……絶対、精神的にヤバいよ。




まあ、二号もだけど…。




どうやら、あたしは、魔女たちの怒りに油を注いでしまったらしい。




きっとイジメは悪化していく一方となるだろう……




そう思ったけど、火曜日はそれ以降、何もされなかった。




魔女一号は一日中、打ちひしがれた様子で、




魔女二号がそれを慰めているようだった。




…いや、あたしの方が泣きたいって。




ついに人生初のビンタまで受けて、けっこう痛かったんだから。




イケヤンが特別科以外の女子には話しかけないとか言ってたけど……




何それ、どうでもいい。




あの存在がなければ、ここまでの嫉妬を食らうことはなかったんだ。




ほんと、嫌な一団だよ、イケヤンって。




溜め息ばかり吐きながら、帰り道を走っていると――





『…ん?』





ふと、見たことのない建物が視界に入ってきた。




いつも通っている帰り道なので、




見かける建物は大体把握していたつもりだったんだけど…。




オレンジ系の色味で造られた、洋風のオシャレな建物。




お店かな?




こんなの、今まであったっけ?




もしケーキ屋さんとかだったら、今度ママと一緒に寄りたいなぁ……




なーんて思いながら、家に向かって再び自転車を走らせた。




家には、やはり重苦しい雰囲気が漂っていた。




ママは寝ていて、進真は部屋に閉じこもっていて、




パパは薄暗い部屋でゲームをしたりしている。




…原口家、陰気臭い。




そう思いながら、次の日…水曜日となった。




昨日の今日だし、さすがに靴箱には何もされていないだろう…




と思ったけど、されていた。




あたしの上靴がどこかにいってしまっていて、またメモ紙が入れられていた。




今度は何が書いてあるのかな?




そう思って、恐る恐る見てみると…。





[消え失せろ、クソ地味根暗メガネデブス!!]





おお、一気にまとめてきましたね。




傷つかないこともないけど、それよりあたしの上靴はどこへ…?




三年間、わりとキレイに使ってきた、あたしの上靴ちゃん!




どこへ行ってしまったの?





『あたしの上靴…』





ボソボソと呟きながら、仕方なく靴下で階段を上がっていった。




職員室に行けば、たぶん借りることも出来たけど…面倒くさかった。




この高校の靴下なんて、汚れてボロボロになりゃいいんだ。




少し開き直った気持ちで、教室に入ろうとしていると――





『原口夢果って、アンタ?』





突然、声を掛けられた。




振り返ってみると、そこには。





『…!?』





思わず、瞬きを盛んにしてしまった。




なぜなら、目の前に、金髪や茶髪の女ヤンキーたちが立っていたからだ。




この人たち…多分、知ってる。




恐らく、あのイケヤンと同じ特別科の、悪名高い女たちだ。




実は、この日ノ出学園高校には、




イケヤンとさほど変わらないぐらい人気のある集団がいて……




それが、イケヤンと同じ特別科に属する、イケヤン以外の生徒たちなのだけど。




イケヤンと同様、人気な分、悪評も多くあり…




陰でたくさん悪口が囁かれているのを、あたしも見聞きしてきた。




どうしても女子たちの間では、同じ女に対する悪口が多く……




今、目の前にいる、この女たちの悪評は特に知っていた。





『――”はい”か、”いいえ”』





今どき珍しい、黒ギャルみたいな女が、こちらに詰め寄ってきた。




まつ毛、バッサバサ!




目、何色!?




ていうか、髪も普通に金髪ですよね?




さすがはイケヤンの仲間…とか思っていると。





『さっさと答えな。メガネのお嬢ちゃん』





黒ギャルが、もの凄い威圧で言ってきた。




その瞬間、あたしはこのギャルの名前を思い出した。




フジワラモエコ!




さすがに、このインパクトだと名前も忘れないわ。




確か、留年していて、二年生の学年だった気が…――





『聞こえてる?』





フジワラモエコが眉間にしわを寄せた。





『無視してるなら…タコ殴りやねぇ』





ハッ!!




そう、フジワラモエコには見た目以外にも有名な理由があった。




それは…ただのギャルではなく、もの凄く「強い女」だから。




多分、見た目がギャルなだけで、中身はゴリゴリの女ヤンキーなんだと思う。




過去にはレディース(暴走族)のリーダーだったという噂があり、




五十人の男を一人で片付けたという伝説まで存在する。




もはや、イケヤンより実力者なのでは?





『何を考えてんのかな…?』





フジワラモエコが言った。





『今、アタイのこと、何回無視した?


こんなにボーッとしてる子、初めてやわ。上靴すら履いてないしね』





あ…と、自分の足元を見た。




なんて情けない足、貧しい子みたい。





『これは聞こえたんやね』





フジワラモエコが言い、




その周りにいる仲間たちがゲラゲラ笑いだした。





『モエ、手に負えてないじゃん!情けなー!』




『マジそれなー!』





ここはギャルの溜まり場か何か?




てか、ギャルと女ヤンキーの違いがあまり分からないのだが。




フジワラモエコ以外にも、金髪茶髪の女や、




胸の谷間を見せた女がガチャガチャやっている。




…もう、教室に入ってもよろしいでしょうか?




そう思って、くるりと背を向けようとした時。





『待ちな。アンタが原口夢果なんやね?』





フジワラモエコに肩を掴まれ、身動きがとれなくなった。




さすがは「メスゴリラ」といわれるヤンキー女…、もの凄いパワーだ。





『原口夢果チャン、ちょっと話があるんよ。時間くれる?』





話って何…!!




やっぱり、イケヤンとのことですかね?




今までの流れからしても、そうに違いない。




この人たちの場合、仲間に手出すんじゃねーよ的な?




あたし、これから脅迫されるのかな…。





『まーさーか、断ろうなんて思っちゃいないよねぇ?』





胸元を大胆に開けた、明るい茶髪のはしたない女が、




あたしの真後ろにある壁に腕を掛けながら言った。




…え、これって、ほぼ壁ドンじゃない?




つまり、逃げ場がないってこと!





『ちょっと話したら、すーぐ帰らせてやるから。ね?』





この女もギャルっぽいけど、




フジワラモエコに比べると化粧っ気が無くて、だいぶナチュラルだ。




というか、顔立ちは美人だけど、




見た目に気を使っている様子がなく、どことなくガサ…男勝りな印象。




この女の名前も、すぐ思い出せそうだけど…。





『ノゾミ、やめなって。怖がってんじゃん』





ショートヘアの巨乳な女が、ヒントをくれた。




ああ…、このガサツな女は。




「おとこおんな」と日々ディスられている、ヤマグチノゾミだ!




確か、イケヤンの五人と話した時、三年九組の教室で名簿に名前があった。




「おとこおんな」とは、彼女の男勝りな性格を揶揄やゆしたもので――




男の前でも簡単に裸になるとか、同じ女に対しても暴力的だとか…




かなり良くない噂が流されている始末。




まあ、イケヤンや、それに関わる人間には”あるある”なんだけどね。





『だって、マリノ』





ヤマグチノゾミが、後ろを見ながら言った。





『あんたが一番気にしてて、うちらみんなここにいるんじゃん。


今さら優しさ出そうったって無駄だよ、とにかくこの子を捕まえて話聞かないと!』





あたしを捕まえるって言った?




…と、その前に――マリノだって?




マリノといえば、スズキマリノしか思い浮かばなかった。




こちらも、三年九組で名簿に名前を見かけた人物だけど。




大の男好き・超の付く垂らし・異性関係にだらしない女……




そういわれるのが彼女だ。




中谷美蝶と杉崎永未、そしてスズキマリノが、




日ノ出学園高校におけるトップスリーのビッチ。




この何ともセクシーなショートヘアの女が、スズキマリノなのか……




初めて間近で見て、その魅力的な姿についつい見入ってしまった。




さっぱりと短く豊かな黒髪、細い体型とギャップのある大きな胸、




目の下あたりにある小さなホクロ…。




ヤンキーには見えないけど、




男関係の不真面目さがヤンキーを超えているらしいので、特別科在籍なのだろう。




そんなことを考えていると、スズキマリノと目が合った。




ヤ、ヤバい…嫌な女が近づいてくる。




身構えていると――





『ごめんね、ホントにちょっとだけだから話聞かせてくれる?』





思わぬ優しい口調で、スズキマリノは言った。





『あたしらのこと、ちょっと怖いよね?


ただでさえ女ヤンキー集団っぽいのに、急に話しかけたりしたから。


ひとまず、自己紹介していくね!』





そうして、あたしは、特別科の女たちと知り合うことになってしまった。





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