(4)




『私などは、生徒たちの学生生活に直接関わってはいなくてですね…。


やはり学級の問題の責任は、その担任にあるんじゃないかと思うわけです。


どうですか、田代を解雇する形にすれば、この件を許してくださいませんかね』




『はい…?』




『そうすれば、進真くんもまた学校に来てくれるようになるんじゃないかと。


田代も、自身の関わる問題が起きた際には、責任を取ると言っていますので。


そういう方向でいかがでしょうか』





ママは呆れて、しばらく何も言えなかった。




まさか、田代をクビにすることで問題をおさめようとするとは。




たった一人の人間に、この問題の責任を押し付けるとは。




とても学校の校長が言うこととは思えなかった。




それに、初めはイジメ自体を否定していたくせに、




そういう形で解決させようとするということは……




やはりイジメがあるということを教師たちも分かっていたのだ。




否定するスタイルが、次は揉み消すという方向へ……




汚い、とママは吐き気と怒りを覚えた。




田代をクビにしたところで、進真の問題は何も解決しない!




そう反発しようとしたところで、田代が勢いよく立ち上がった。





『校長!私は確かに、問題の責任は自分で取ると言いましたが…


今回の件と自分は無関係です。


私を解雇にするなど…、どうか考え直していただきたい!』





田代の言い分に対し、校長は穏やかに返した。





『そうは言っても、君は、この苦しむ母親を無視できるのか?


それに、担任である以上、無関係なはずはないだろう。


どうしても否定するならば、一年二組の生徒たちに聞き込みでもしてみるかい?


そうすれば、イジメの存在の有無も、君が本当に無関係なのかも分かるだろう』




『そ、それは…』





言葉に詰まった田代は、どう見ても負い目があるようだった。




ママは、イラッときたのと同時に、田代を気の毒にも思った。




”コイツ(田代)に責任があるということは否定できないけども、




校長たちからの扱いはあんまりなんじゃないのか”。




怒りと良心の狭間で苦しんでいると、田代が半ばパニック状態で言った。





『しかし…、こんなのあんまりじゃないですか!


私はこれまで、この学校のために尽くしてきたというのに!


校長や教頭と同じく、私だって理事長のために努めてきたんですよ!!』





校長と教頭は互いに目を合わせ、馬鹿にしたように笑った。





『感情的になりすぎではないですか、田代先生』





教頭が指摘し、





『理事長のために努めてきた?』





校長が冷たい声で言い放った。





『日ノ出学園が運営する学校に勤めている以上、


その理事長に敬意を払って努めるということは当然だ。


私と教頭をはじめ何人かは、長年そうやって生きてきたんだよ。


君ごときが、我々と自分を一緒にするんじゃない』





田代は顔を真っ赤にし、俯いた。




ママはよく分からなかったものの、




日ノ出学園の理事長とやらと校長たちが昔からの付き合いで、




かなり絆が強そうだということを感じた。




校長と教頭の見た目(ヒョウ柄のシャツに黒スーツ)的に、




ヤクザ関連のどうのこうのだろうか。




そんな予想もしたけれど、そういうことはそれほど重要じゃなかった。




学校内部の汚さを思い知った上、教師同士の揉め事まで見せられて…




ママは疲れていた。




けれども、まだ残っている力を出して言った。





『あの、すみませんが、


田代先生がこの学校を出て行かれても問題は解決しません。


わたしはそういうことを言っているわけではなくて……


まずはイジメがあったことを認めて、対策を一緒に考えていただきたいんです。


一年生の中で酷いイジメが起きていること、本当は先生方もご存知なんでしょう?


どうか、関係ないなんて言わずに…お願いです』





本当は、教師たちの様子から、もう諦めの境地だった。




けれど、諦めたくはなかった。




進真はイジメを防ぎたかったというだけで、




本当は今も元気に学校へ行っているはずだったのに。




”母親のあたしが簡単に諦めてどうするの”、とママは自分に言い聞かせた。





『……』





教師たちは無言だった。




田代は引きつったような表情を浮かべ、学年主任は困り果てた様子で、




教頭は校長の顔色をうかがうように見て。




校長は教頭の方をチラリと見てから、納得したように頷いた。




そして、言った。





『原口さん。私たちは私たちなりに、あなたの話を聞き入れているんですよ。


ですが、さきほども言ったように、


私は生徒たちの学校生活に直接関わってはいません。


教頭も同様で、学年主任も進真くんのクラスのことはよく知らないのです。


だから、進真くんのクラス…一年二組の担任である田代以外は、


イジメがあったとも無かったとも言い切れない。


私の考えでは、担任という立場でありながら、


不登校になっている生徒の母親の話を聞き入れず、


イジメは無い、自分は無関係だと主張を続ける彼の態度に不信感があります。


ですから、何かしらの形で責任を取らせようと思ったわけですが…』





校長は続けた。





『それを否定される、あなたの望みが理解できない。


私たちなりに、あなたの話を聞いて、対策を考えたはずです。


あなたは、一体、私たちをどうしたいのですか。


息子さんが不登校になってしまい、この学校を恨みたい気持ちもあるでしょうが…』




『恨む気持ちなんて…!そんなものはありません!』




『本当ですかな?この学校を潰しでもしたいのではないですか』




『いいえ、そんなことありません。


もう、こうなったら言いますが…、中谷王我の保護者と話をさせてください。


先生方に分かっていただけないんでしたら、


イジメに関わった生徒たちの保護者と、親同士で話し合うしかありません』




『それは出来かねます』




『どうしてですか!』





苦しい言い合いの末、ママが尋ねると。




校長に代わって、教頭が答えた。





『校長も言った通り、私たちはこれ以上、問題を広げたくありません。


中谷王我という生徒の父親は警察署のお偉方で、


そんな方の息子がイジメを行ったとでも広がれば騒ぎになるでしょう。


騒動を起こしても、何一つ得はありませんよ。


私たちはこの学校を、理事長を守らねばならないのです』




『…あの、さっきから疑問なんですが。


学校を守るだとか、理事長のためだとか言って、


生徒のことはどうでもいいんですか?』




『そうは言っていません』




『そうとしか聞こえません!』




『とにかく…、こちらの考えに変わりはございません。


中谷王我という生徒の保護者と接触するのは諦めてください。


私たちの出来る対応は、田代を退職させることのみであります』




『そんな…』





ママは必死に考え、一つの疑問を口にした。





『田代先生がこの学校を去るとしても、何も解決しない……


なら、息子の件はどうすれば良いというんですか?』





しばらく、教師たちは何も言わなかった。




けれど、だいぶ経って…





『進真くんが、このまま学校に来ないのでしたら…――


退学という話も出てくるのではないかと』





学年主任が少し気まずそうに答えた。




校長と教頭は頷き、田代は安心したように息をついた。




ママは、自分の中で何かがプツンと切れた気がした。




ついに、”この人たちとは話し合えない”と見切りをつけたのだ。





『…そうですか。厄介者は出ていけという意味ですね』





ママの目から涙が溢れるのを見て、校長は言った。





『すみませんね、原口さん。


私たちには、この学校と学園を守る義務があるのですよ。


進真くんが、また学校に来てくれる日を心から待っています』





そうして、話し合いは終わった。




ママは気が付いた……




自分が粘って相談しなければ、この学校はあっさり自分を帰しただろう、と。




日ノ出学園高校側には最初から、話し合う気など無かったのだ。




自分はなんて無駄なことをしたのだろう…。




ママは、絶望の涙を流しながら、大雨の中を帰ってきた――。





「…本当に馬鹿みたいよね、二度も話し合いに失敗するなんて」





ママは言った。





「このままだと、進くんには退学以外の道がない…。


ママは母親として最悪なことをしたわ」





そんな……。




ママは絶望しきった様子で、そのまま眠ってしまった。




あたしは、しばらくボーッと考えた。




結局、今日の話し合いでは、




イジメの主犯が中谷王我であるということも認められなかったんだ。




日ノ出学園高校は、ママの言い分や希望を無視して、進真を見捨てた。




進真は、本当に退学することになるかもしれない…




いや、なるだろう。




あの高校は、あたしの弟の人生を何だと思っているんだろう?




行き場のない生徒たちの家庭からたくさん金を取っているから、




たった一人の生徒がいなくなるくらい痛くもかゆくもないのかな。




学校内での問題が明らかにされるくらいなら、生徒を切り捨てればいい…




そういうことだよね。




あたし、そんな高校に今まで通ってきたんだ。




改めて無理…、あんな人でなし高校なんか辞めてやりたい。




進真が退学するっていうなら、あたしだって辞めたいよ。




そりゃあ、あと少しで卒業だけど……




意外と長いし、これから地獄のような日々が待っているんだと思う。




月曜日から、どんな目に遭うのか…。




進真はどうなってしまうのか…。




ママが倒れてしまって、あたしたち家族はどうすればいいのか…。




目の前が真っ暗で、何の救いもない。




あたしはママが寝ている部屋のドアを閉め、




暗いリビングに突っ立っているパパの方を見た。




雨は酷くなる一方で、ザーッという冷ややかな音だけが辺りに響いている。





「……」





あたしはパパに何も言うことなく、自分の部屋へ戻った。




…ママが倒れたのは、パパのせいでもあると思うから。




パパがもう少し協力的だったら、ママはこうはなっていなかっただろう。




あたしも、こんな態度を取らなくて良かったはずなのに。




ああ、もう!!




いつも使っている日記帳を取り出し、怒りと絶望を込めて書いた。





{今日、予定通りにママは話し合いのため日ノ出学園高校へ行きました。


しかし、イジメの存在自体を否定された上、


中谷王我が主犯ということも認められませんでした。


そして、最終的には進真が退学するという方向になったそうです。


日ノ出学園高校は、改めて酷い学校だと実感しました……


生徒ひとりの人生なんて、どうでもいいんでしょう。


ママはショックと疲労で寝込んでしまいました。


進真はまた部屋に閉じこもっています。


パパが帰ってきたのですが、相変わらず陰気臭くて、息が詰まりそうです。


ママが倒れてしまった以上、あの人と過ごすことが多くなるでしょうが…


無理ですね。


いろいろと不安でたまりません、、、どうかお助けを。


Yumeka}





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