(5)
イジメを受ける日々は、とてつもなく辛かった。
しかし、最もショックだったのは、
友達だと思っていた燿が、裏でイジメに加担していたことだった。
一年生の頃は、あんなに仲良くしていたのにな…。
長谷川灯の告白に、もっと真摯に向き合っていれば、
こうはならなかったのかもしれない。
俺だって、夢ちゃんをあんな風に適当に扱われたら、怒るかもしれないのに。
阿部奏志なんかに怯えて、なんて臆病だったんだろう。
――最低だ、俺は。
ああすれば良かった、こうすれば良かったと、後悔に後悔を重ねる日々が続き、
そんな中でイジメは続けられた。
同じクラスの生徒たちは、全員、俺がイジメられている事実を知っていたはずだ。
だけど、誰一人として、
かばおうとはしてくれなかったし、目を背けているようだった。
先生たちも、問題児の俺のことなんか、見捨てたも同然だった。
…そうか、俺は誰からも必要とされていないんだ。
そう思うようになったのは、そうした状況からだった。
学校へ行かなくなる前日、
いつも通りに教室へ入ると、阿部とその協力者たちが黒板の前に集まっていた。
ビクビクしながら自分の席へ着くと、阿部たちがこちらを向いた。
『あっ、おはよう、原口くん!今日もあんま元気ないね!』
『原口くんを元気づけたくて、俺たちみんなで書いたんだ。ほら、見ろよ!』
そうして、黒板に書かれた、たくさんの文字が目に入った。
「デブ」、「地味」、「デブ」、「オタク」、「デブ」、「陰キャ」、「デブ」、
「クソ」、「デブ」、「バカ」、「デブ」、「死ね」、「デブ」…などなど。
これが、俺を元気づけるための言葉なのかぁ……
なんだか、笑いが込み上げてきた。
『アッハッハッハ、ハハハハハ!!』
大声で笑う俺を見て、阿部が勢いよく迫ってきた。
『お前!何がおかしいんだよ、このイカれ野郎!』
そう言うと、
バチーン!!
俺の顔を、もの凄い勢いで、ぶっ叩いてきた。
俺は、ガシャーンと、イスごと床の上に倒れる。
けど、笑いが止まることはなかった……
もう、どうでもいい気分だったのだ。
俺は、その日、昼前に学校を早退すると、近くの小さな公園に寄った。
その頃には笑いも止まっていて、
ベンチに座るなり、何粒もの涙が目から零れ落ちた。
そうして、独りで虚しく泣いた後、家へと帰った。
母さんは、もうとっくに俺の異変を感じ取っていたに違いない。
俺があり得ない時間帯に帰ってきても、責めることなく、迎え入れてくれた。
そして、その翌日から…、俺は不登校になった。
二年生の一学期から、三年生まで……
ずっと暗い部屋の中に閉じこもり、ただゲームをしたりしていた。
おかげでゲームの腕は上がったけど、
もちろん、それ以外に良いことなどなく…――暗く陰鬱な日々の繰り返しだった。
~~
…思っていたよりも、説明が長くなってしまったけど―――
以上が、中学生の頃の事実だ。
イジメが始まってから不登校になるまで、俺はずっと独りだった。
あの経験をして以来、
自分が孤独でいるのも、
誰かが孤独でいるのを見るのも、嫌だと思うようになった。
もしかすると、夢ちゃんのように独りでいる方が、
人間関係の問題に直面しなくて済むから楽なのかもしれない。
だけど、俺は――
そりゃあ、本当は高校へ行くかも迷った。けど――
これまでの自分と決別したいという思いもあり、人と関わる方を選んだ。
そして、身分不相応ながらも、学級長になった。
新しい環境に入り、勇気を出したことによって、
たくさんの友達や、クラスメートからの信頼を得られた……
そう思い、調子に乗っていた部分があったのかもしれない。
だけど、これだけは分かってほしい…。
俺は、中学での経験から、「イジメ」というワード自体がトラウマだった。
だから、自分の周りでそれが起きるのを、何としても防ぎたかったのだ。
気がかりだった二人の生徒―副島と竹田―への対応も、その思いからだった。
『やあ、副島。また来たよ』
もう何度目だっただろう。
生徒指導室へ行った時だ。
『……ああ』
初めて、副島が悪態をついてこなかった。
まさに、奇跡。
だけど、なんだか少し覇気がないように見えた。
『あのさ、元気?』
『…あ?』
『いや…だって、いつもはキレてくるじゃん』
『キレられてぇのか?…マゾか、テメー』
『マゾ……って、何?』
『精神的・肉体的苦痛を喜ぶような奴のことだよ。
その逆が、サドだ。他人に苦痛を与えて喜ぶような異常者って意味だよ』
『へえ…。説明をありがとう』
――それじゃあ、副島はサドの方だね。
なんて、さすがに言えなかった。
けど、心の声が聞こえてしまったらしい。
『テメー、そんな目で見んじゃねーよ。俺はサドじゃねぇ』
『わ、分かってるよ。そんなこと』
俺が慌てて言うと、
副島は机の上で両脚を組んだまま、溜め息を吐いた。
『俺なんて、まだまだだ。お前よりは上だけどな』
『それは、どういう…』
疑問を投げかけようとした、次の瞬間――
『あ、そうだ。学級長、お前に警告する』
突然、副島が言った。
『竹田とは、もう付き合わねぇ方がいいぞ。それだけだ』
一瞬、誰のことを言っているのか分からなかった。
竹田って…。
『同じクラスの、竹田のこと?』
『他にどの竹田がいんだよ』
『でも、なんで?竹田は確かに謎めいてるけど…悪いヤツじゃないよ』
『何も知らねーだろ、お前』
『…え?』
混乱する俺に、副島は言った。
『竹田は、あるヤベぇ奴とつるんでんだよ。
だから、クラスの誰とも一緒にいねーし、あんなに浮いてんだ。
お前ぐらいだろ、アイツに呑気に話しかける奴』
…ヤバい奴?
…浮いてる?
いろいろと尋ねたいことはあったけど、先に言った。
『でも、俺も、最近はそんなに話してないんだ。
関わらないでほしいって言われたから、迷惑だったのかと思って』
言いながら、考えてみた。
もしかして、竹田は、
その「ヤバい奴」とのことを気にして、あんなことを言ったのか…?
『えっと…その、ヤバい奴って?』
尋ねてみると、副島は深刻な様子で答えた。
『さっき話しただろ…サドって。奴はサディストだ』
サディスト、略してサドとは、
精神的・肉体的に人を虐げることに快感を覚える人間を指す言葉だ。
――実際にいたら、マズい。
まだ何も知らない俺は、そんなことを思ったものだった。
『とにかく、もう関わんなよ。
お前みてーな偽善者でも、あくまで自分の身が優先だろうが』
…そんなことを言われたら、余計に気になってしまうじゃないか。
一体、竹田は、何を抱えているんだ?
問題が、さらに大きくなってしまった。
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