(2)
「麗華と杏奈は、『イケヤン』のファンだから、
今日さっそく、その情報をリサーチしてきたみたいでね。
タカハシライトの捜してる人が、原口さんなんじゃないかって言うの」
……へぇ?
呆然とするあたしを見て、松木さくらは困ったような顔をした。
「大丈夫?原口さん。
また顔色が悪いみたい…。
やっぱり、昨日、保健室へ連れて行けばよかった。
きっと昨日から良くなってないんだよ」
「いや……だ、大丈夫」
「…本当に?」
「う…うん」
「ごめんね。わたしが、お昼を邪魔しちゃったからだよね…」
「いやいや、そんなことないよ…!」
「本当に、ごめんね。今さっき話した件は…もう、忘れて!」
「え?」
「絶対、原口さんじゃないと思うから。
きっと、麗華と杏奈の勘違いだと思う…だから、忘れて!ごめんね!」
そう言うと、松木さくらは、桐島麗華と岡本杏奈のところへと帰っていった。
「……」
松木さくらの言っていたことが、頭から離れない。
「●タカハシライトが捜している人間の特徴●
・女子
・一つ結び
・赤いフレームのメガネ」
この三つの特徴に、当てはまる人物がいないか、周囲を見渡してみる。
けれど、
高校生にもなると、女子は特に、メガネをかけていること自体、珍しくて…
とりあえず、この教室に、該当する人物はいないようだ。
だから、桐島麗華と岡本杏奈は、あたしを怪しんだのだろう。
自分でも、
”え、それ、あたし?”
って思ったくらいなので、無理もない。
だけど、普通に考えて、
タカハシライトの捜している人物が、あたしなわけない。
そう、そんなはずはない。
昨日の今日ではあるけど……絶対にない!
松木さくらだって、
桐島麗華と岡本杏奈に言われて、逆らえず、聞いてはみたものの、
やっぱり「なわけ」と思って、引き返していったではないか。
そう、常識的に考えて、絶対に「そんなわけない」のだ。
でも、何だろう……胸騒ぎのようなものを感じる。
あたしは、一瞬だけメガネを外して、
じっと、このいつも付けている”体の一部”を見つめた。
…赤というより、あずき色じゃないか!
やっぱり、あたしじゃないに決まっている。
安心したあたしは、猛スピードで、お弁当をかき込んだ。
……
お昼休みが終わり、五時間目と六時間目の授業も終わり、
あとは掃除と帰りのホームルームだけ。
――あれから、結局、
「やっぱり、あたしだったらどうしよう」
という不安に苛まれ、少しでも変化をつけようと、前髪をピンで分けた。
絶対に違うはずなのだけど、
やっぱり、昨日の今日なので、不安を拭い去れず、こんなことをしてしまった。
あたしはこれでも、意外と勘が強いところがあるので、
この胸騒ぎは……という恐怖もあるのだ。
やっぱり、あたし、立派なPTSDだ……そんなことを考え、
どうか、あたしじゃありませんように……と天に祈りを捧げつつ、
掃除に向けて、教室にある机とイスを運びはじめた。
―――すると。
いきなり、廊下が、いつにも増して騒がしくなった。
女子たちの声が聞こえる。
これは、歓声だ。
……まさか。
「キャ―――ッ!ライトくん!」
「いや~ん、ライトくんだ―――!!」
「こっち見て~!ライトくーん!」
気分が悪くなるような、大きな歓声が、廊下の方から聞こえてくる。
……やはり。
恐れていた事態だ。
タカハシライトが、すぐ近くまで来ている!
…どうしよう。
とりあえず、廊下の方から離れて、反対の窓側にいよう。
そう思って、移動しようとした時―――
「……あっ!いた!」
背後から、突然、大きな声が聞こえ、あたしの心臓はドクンと跳ねた。
……まさか、タカハシライトの声?
嫌な予感しかしないので、無視して、そのまま窓際の方へと移動した。
―――しかし。
「原口さん…?」
後ろから、誰かに呼び止められた。
一旦、無視。
「…原口さん」
もう一度呼ばれたので、振り返ると、
そこには、青い顔をした松木さくらがいた。
その表情は、「信じられない。ウソでしょ」と言っているようで、
静かに、その指が廊下の方に向けられた。
恐る恐る、目を向けると―――
そこには、
フワフワの茶髪をなびかせた、すらりと細い、一人の男子生徒……
タカハシライトがいた。
「いた、いた~!」
大きな声で、そう言ったかと思えば、
廊下側の窓から身を乗り出すように、こちらに向かって大きく手を振ってきた。
……は。
驚きのあまり、自分の周囲を見回す。
すると…
「違うって!お前だよ、お前!」
またもや、大きな声で、何やら言ってきた。
再び廊下の方に向き直ると、
「そっ!お前、お前!」
今度は、あたしに向かって、しっかりと人差し指を向けてきた。
「……あたし?」
思わず、呆然として呟くと。
彼―――タカハシライトは、ニコッと弾けるような笑顔を浮かべた。
「そうだよ!!」
まるで、それが当たり前のことでもあるかのように、平然と頷いてみせた。
三年八組の教室中が、いや、三年生のフロア中が、一気に驚愕の空気に包まれた。
「…ウ、ウソ…」
桐島麗華と岡本杏奈は、震えている。
「は、原口さん…」
すぐ隣にいる松木さくらも、驚きを隠せない様子だ。
けれど、彼女が青ざめているのは、桐島麗華と岡本杏奈に怯えているせいだろう。
しかし、そんなことより、どうしたら良いものか……―――。
「早く、こっち来いよ!ちょっと用事があるだけだから!」
無神経に大きな声で呼んでくる、タカハシライト。
さきほどから、あたしに注がれる、周囲からの突き刺すような視線。
もう、すでに、周りからの殺気を感じるのだが……。
「頼む!来て!」
まるで一生のお願いをするかのように、顔の前で両手を合わせている、
学校一のスター。
ここまでされて行かなかったら、逆に反感を買うことになりかねないかもしれない。
恐怖心を抱きはじめた時、
「…何か、原口さんと、すごく話したいことがあるみたい」
横から、松木さくらが囁いてきた。
……話したいこと、とは?
昨日のことは、もう終わったではないか。
だとしたら、他に何がある?
考えていると……一つだけ、予想できる可能性が見つかった。
意を決して、少しずつ、廊下側の窓へと近寄っていく。
周囲からの無数の視線を感じながら、ようやく……辿り着いた。
「……ど、どうしましたかね?」
目の前には、タカハシライト。
その顔を見ることすら出来ずに、質問を投げかけてみると……
「――良かった」
いきなり、謎の発言。
「やっと…見つけた」
――はい?
反射的に顔を上げると、そこには、太陽のような笑顔が…――。
見ていられず、すぐに目を伏せた。
…けれど。
「お前のこと、捜してたんだ」
勝手に話しはじめる、タカハシライト。
「三年だったんだ?それすら知らなかったから、けっこう大変だったんだよ」
「…な、なぜ―――」
「三年の皆さん、ありがとう~!おかげで捜してた人が見つかった、それじゃ!」
あたしの言葉を遮って、
周囲の三年生たちに対し、(謎の)挨拶をしたかと思えば、
「ちょっと、来て」
いきなり、手招きしてきた。
「ちょっとだけだから」
……
まさかの展開。
あたしの勘は、当たっていた。
タカハシライトが捜していたのは、このあたしだったのだ!
……だけど。
「な、なぜ…」
一体、何の目的があって、あたしを……??
「まさか……昨日のことで、何かしらの恨みがあって、攻撃しに来たとか?」
…それくらいしか、思い浮かぶことはない。
相変わらず、周囲の生徒たちから、たくさんの視線を浴びながら、
考えを巡らせる。
―――今、あたしは、
タカハシライトに連れられて、
三年八組の教室から少し離れた、廊下の窓際にいる。
「――攻撃って、何のこと?」
突然、正面から、タカハシライトの声が降りかかってきた。
「あ」
まずい。
思わず、心の中の予想を口に出してしまっていた。
…殴られる?
それとも…、殺される?
肩を震わせていると―――
「デカい独り言。ウケる」
予想外なことに、
タカハシライトは、何もしてこないどころか、クスッと小さな笑いをこぼした。
……「イケヤン」の人間も、こんな風に笑うんですね。
こんなことで人を驚かせることが出来るなんて、
さすがは「イケヤン」のメンバーだ。
普段、どれだけ恐ろしいイメージを抱かれているか、改めて分かる…
なんて、感心している段ではない。
今、あたしの目の前には、タカハシライトがいるのだッ!!!
「…恨んでるなんて、そんなことあるわけねーじゃん」
急に、タカハシライトが言い出した。
「昨日のこと…
俺、めっちゃ感謝してるんだ。今日は、そのことで話があって来たんだよ」
「…感謝?」
思わず、反応してしまった。
タカハシライトは、こくんと頷いた。
「お前がいなかったら、俺は今ごろ、この世にいなかったかもしれない」
…何それ、こわ。
こんなに元気そうなのに、やっぱり何か病気を持っているのだろうか。
「…あの、もう大丈夫なんですか?」
急に不安になり、尋ねてみると…
「大丈夫、大丈夫。
てか、三年なんだろ?
俺、二年だから。そんなに丁寧な口調じゃなくていいよ」
そう言われましても…
いくら年下でも、あなたは「イケヤン」の一人でしょ。
気を使わないって方が、不可能です。
「そういえば、俺のこと知ってる?
特別科・二年の、タカハシライトっていうんだけど」
知ってます。
ていうか、この学校に、あなた方のことを知らない人間なんて、一人もいません。
その思いを込めて、精いっぱい大きく頷いた。
「お前の名前は?昨日、聞けなかったからさ」
「えぇっ」
つい、間抜けな反応を見せてしまった。
「名前聞いただけじゃん。大げさだな」
そうは言っても…「イケヤン」なんかに、自己紹介などしたくない。
いくらタカハシライトが、わりとフレンドリーな人物だとしても、
彼は「イケヤン」の一人に違いないのだし、
「イケヤン」なんか、あたしは大嫌いだ。
元々嫌いだったのが、昨日、より嫌いになったのだ!
それに、彼らに、あたしの名前を教えたところで…
あたしみたいな地味子の名前を聞いたって、何にもならないだろう。
「……」
でも、結局、タカハシライトの圧に負けた。
さすがはタカハシケイゴの弟…何も言わなくても、威圧を感じさせる力がある。
もしも、機嫌を損ねて、殴られたりしたらヤバいし…仕方がない。
「あたしの名前は…」
「ウ○コ――ッ!!」
言おうとした瞬間、何者かの大声が、あたしの言葉をかき消した。
「…ウ○コ、か」
タカハシライトが呟いた。
「気の毒な名前だな。でも、そう呼ぶしかねーか」
「違います。あたしの名前は…」
「ウ○コね」
「違うってば…」
――ダメだ。
くだらないやり取りに、反応してしまった。
チラッと、正面に立つタカハシライトの方を見てみると…
「…ウケる」
顔を少し赤くして、必死に笑いを堪えていた。
「あたしの名前は、原口夢果です」
今度こそ、ちゃんと言えたけど、
どうやら、タカハシライトの耳には入らなかったようだ。
「ちょっと…
そう言って、「フ~」と深呼吸する。
でも。
「フッ…ハハハ。なかなか抜けねーな」
まだ笑っている、タカハシライト。
…「イケヤン」の人間も、こんなに笑うことあるんですね。
知らなかった(本日、二度目の驚き)。
ていうか、また発作みたいなのを、起こさないといいのだけど…。
心配になっていると―――
「はぁ、もう大丈夫!で、名前、何だって?」
「えっと…、原口夢果です」
「ハラグチ、ユメカ?」
「はい」
タカハシライトは、「へぇー」と言った。
「三年八組の、ハラグチユメカ。おっけー!」
ああ…これで、「イケヤン」に、あたしの素性がバレてしまった。
なんてこと…――OMG(オーマイゴッド)!!
「ハラグチユメカ」
「…は、い?」
内心、パニックを起こしていると、
不意打ちにフルネームで呼ばれ、顔を上げた。
「…昨日は、ありがとう。あと、ごめん」
思わぬ言葉が、掛かってきた。
「何の…こと、ですか?」
尋ねてみると。
「いや。
昨日、せっかく助けてくれたのに、
兄貴たちが、すげー威圧で接してたから」
タカハシライトは、少し元気のない声で答えた。
「マジで、悪かった。あんな大男たちに囲まれて、ビビっただろ?」
まあね。
おかげで、ちょっとしたPTSD状態…とは言えないか。
「まあ……なんとか、大丈夫かな?みたいな」
精いっぱい、抑え気味に答えた。
タカハシライトは、まだ申し訳なさそうにしている。
「たぶん、アイツら…
俺が死んだと思って、焦ってたんだと思う。
いつもは、もうちょっとマシな奴らなんだ」
…タカハシライトの言葉を聞きながら、考える。
――彼は、本当に、昨日のことを悪かったと思っているのだろうか?
それで、わざわざ謝りに来たというのか?
…まさか。
「イケヤン」に限って、そんなこと…――あるわけがない。
「…―やっぱ、すぐには許してもらえないよな」
いや、そもそも、あなたの言葉を信じていないのだ。
皆に恐れられるヤンキーが、
こんな地味子のために、はるばる謝りに来るなんて……誰が考える――?
「…分かった」
急に、タカハシライトが言った。
「何か、頼みたいこととかない?
許してもらえるんだったら、何でもするぜ!」
…なぬ?
空耳かな??
「俺がお前の頼みを聞いたら、助けてもらった礼にもなるよな。
うっわ、我ながらイイ考え♪」
…いいや、空耳ではないらしい。
――タカハシライト。
この人、頭のネジ、外れてるのかな?
「ハラグチユメカ」
正面に立つ人影が、ほんの少し近づいてきた。
「俺で良ければ、力になりた…」
「あ―――ッ!お前!!!」
…え?
突然、タカハシライトの声が、
耳の鼓膜を破くほどの大声によって、かき消された。
そういえば、さきほどから、やたらと周囲が静まり返っている。
ふと、タカハシライトの方を見上げると…
その横に、もう一人の人物がいた。
息が、止まった。
「テメー…」
燃えるような赤い髪。
ギャング同然の、悪すぎる口調。
―――トラオだ。
「…昨日は、よくもやってくれやがったな。
自分が何したか、分かってんだろうな?あぁ?」
昨日……
「あ」
思い当たることが、一つだけ。
声を出してしまった瞬間、
「はっ、分かったみてーだな」
トラオが、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。
「テメーは、昨日、俺様の足を踏みつけたんだ。
それでいて、テメーは走って逃げていった。そんなことが許されると思うか?」
―――『命狙われることになるぞ』
去り際に聞こえた言葉が、頭をよぎった。
…こ、こ、殺される。
死を覚悟した、その時だ。
「どうしたんだよ、お前。今は掃除時間中だろ?早く教室に戻れ」
タカハシライトが、間に入ってきた。
「あぁ?」
トラオの眉間にしわが寄る。
「ライト。お前こそ、掃除時間中に何してんだよ。
この女に用があるのは、俺の方だぞ」
「ハァ?俺の方が先だっての」
そう言って、あたしの前に立ちはだかった。
あたしの目の前は、タカハシライトの背中に覆われた。
顔は見えないけど、
「…あ??」
トラオも戸惑っているのが分かる。
「ライト…お前、どうしたんだよ?その女をかばって、俺を悪者扱いか?」
タカハシライトは首を横に振った。
「違う。ただ、お前が一方的に、ハラグチユメカを責めるからだよ。
昨日と同じだ――これじゃ、マトモに話し合いも出来ない」
「…んだと?」
「ちゃんと話し合おうぜ。な?」
そして、やっと、トラオの姿や、他の風景が見えるようになった。
「そうだ、お前も手伝えよ」
「あ?何を」
急に何かを言い出すタカハシライトと、困惑しながらも応じようとするトラオ。
そんな二名を、あたしは、不安と恐怖を抱きながら眺めた。
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