7・ありえない展開〈2部〉
(1)
―――えらいことになった。
今は、帰りのホームルームの最中。
タカハシライトから呼び出され、掃除をサボってしまった後だ。
「みんな、進路のことは、おいおい考えておくようにな。はい、終わり~」
林田先生のユルい言葉と共に、ホームルームは終了。
途端に、生徒たちのほとんどが、教室から姿を消していく。
あたしも、机の上にカバンを置いて、教室を出る準備を始めた。
その時。
「はじけた、原口」
ギクッとして顔を上げると、
ちょうど教室を出ようとしている、林田先生の姿が。
…やっぱり、こうなったか。
昨日から引き続き、今日の掃除までサボったのだから、
林田先生に嫌味を言われるはずだと、覚悟はしていた。
でも。
「いやぁー、真面目そうな子は要注意だっていうけど、その通りなんだね~」
…想像以上に、腹が立つ(カッチーン!)。
人を、「清楚な見た目でありながら腹黒い悪女」みたいな言い方して!
(※勝手な見解)
「そんなんじゃないんです」
せめてもの抵抗のつもりで言うと、
「まあ、ハメを外したい年頃なのかね~」
あたしの言葉なんか無視で、林田先生は上機嫌に教室を出ていった。
…なぜ、そういう話になるんだろう。
どっかの誰かのせいで、一気に問題児扱いだ。
真面目な生徒として生きてきた、これまでの日々が、
ガタガタと崩れ去っていく……。
ショックを受けていると、誰かがこちらに近づいてきた。
見ると、桐島麗華と岡本杏奈、そして、松木さくらだった。
明らかに怒っている桐島麗華と、それと同様、不機嫌そうな岡本杏奈。
そんな二人の後ろで小さくなっている、松木さくら。
なぜ、彼女たちが、あたしのところへ来たのか、理由は分かっている。
「…どういうこと」
桐島麗華が、口を開いた。
とても低い声だ。
「なんで、あなたが、タカハシライトに捜されてたの?絶対おかしいでしょ」
桐島麗華、マジギレのようだ。
その隣で、岡本杏奈が頷く。
「ありえない。どういうことなのか、説明してよ」
桐島麗華と岡本杏奈とは、なんだかんだで初めて話す。
そんなことを思いながら、
この二日の間に起きた出来事を、どう説明したら良いのか、
頭の中をぐるぐると回転させた。
でも―――
「…自分でも、よく分からなくて」
それが、本音だ。
けれど、桐島麗華と岡本杏奈の顔は、ますます怒りに満ちていく。
「分からないって、どういう意味?バカなの?」
桐島麗華が、キレながら笑った。
「あなたみたいな、お世辞でもブスな地味子が、
どうしてタカハシライトと知り合ったのか、それを聞いてるだけでしょ。
答えられないの?」
「麗華…!」
桐島麗華の言葉に、今まで黙り込んでいた松木さくらが反応した。
その顔は、青…いや、赤と青が混じったような、変な色に染まっている。
「…なに?」
桐島麗華が、松木さくらを睨んだ。
松木さくらは、明らかに怯えている。
「言いたいことがあるなら、言えばいいんだよ。さくら」
そう言った岡本杏奈に対しても、松木さくらは怯えている。
…もう、彼女には何も言えないのだろう。
あたしは、そう感じた。
「何か言いなよ、さくら」
岡本杏奈が、また言った。
「原口さんと、よく話してるじゃん。友達なんでしょ?」
「…え」
松木さくらが、あたしを見た。
あたしは、松木さくらに向かって、首を横に振った。
――あたしたちは、友達なんかじゃない。
そう言って、という意味だ。
ところが、
「……」
松木さくらは、何も言わない。
どういう心境で、黙っているのか。
「…ふーん」
桐島麗華が、笑いながら言った。
「さくらが、麗華と杏奈よりも、原口さんを選ぶなら、
それはそれでいいんじゃない?
だって、今日、さくらウソついたよね」
松木さくらの表情から、彼女がどんどん追い詰められていっているのが分かる。
「タカハシライトが捜してるのが、原口さんじゃないって。
…結局、ウソだったんじゃない。
さくらは、親友にウソついたんだよ。それがどういうことか、分かってる?」
桐島麗華が、松木さくらを見つめながら言った。
松木さくらは、震えている。
そこへ、岡本杏奈が追い打ちをかける。
「親友を裏切るなんて、最低。
麗華と杏奈は、さくらを助けてあげたのに。恩を仇で返すんだね」
「ほんと、ほんと~」
桐島麗華がニヤリと笑みを浮かべた。
「中学の時、さくらってば、イジメられてたでしょー?
それを麗華と杏奈が助けて、三人一緒になったんじゃない。
麗華たちがいなくなったら、またあの頃に逆戻りだよ?」
「や、やめて…!そんなこと言わないで!」
松木さくらは、今にも泣き出しそうだ。
それを見て、桐島麗華と岡本杏奈は、顔を見合わせて吹きだした。
「やだ~~。冗談に決まってるでしょ、さくら!
麗華と杏奈は、ずっと、さくらの親友だよ」
「そうだよ、なに本気にしてんの~」
散々脅すようなことを言って、最後には冗談で済ませる、桐島麗華と岡本杏奈。
松木さくらは、さすがに笑うことも出来ない様子で固まっている。
けれど、一番固まっているのは、あたしだ。
…なんて恐ろしいものを見てしまったのだろう。
松木さくらは、いつも、こんな目に遭っているのか。
分かっているつもりで、分かっていなかった…。
人間なんて、所詮、他人のことなど見ていないものなのだ。
過去に、何度か、
あたしは松木さくらに対して、怒りのようなものを感じたことがあった。
あたしが中谷美蝶にパシられているのを知っていながら、
どうして何も言ってくれないのだろう、と。
だけど、それは、あたしも同じだったのだ。
何となく、相手の状況は知っていながら、
深いことは分からないからって、「あってないもの」にしていた。
それは、差別やイジメが悪化する原因の一つ…「無関心」ということでもある。
進真たちの件だって、そうだ。
一年二組の生徒たち、いや、一年生の全員が、
中谷王我の行っていることについて、知っているにも関わらず、
見て見ぬフリを続けている。
今も、中谷王我によって、どれだけの生徒が被害に遭っているのか。
――心がずしんと重くなった。
改めて思う。
あたしも、なかなかの勝手な人間だ。
そして、あたしと、松木さくらは、やはり友達なんかではない。
松木さくらも、きっと、そう思っているに違いない。
彼女のためにも、言わなくては―――。
「……違うよ」
あたしの言葉に、桐島麗華と岡本杏奈、松木さくらの全員が、こちらを見た。
「あたしと松木さくらは、友達とかじゃないよ。
松木さくらは、ただ、あたしを気にかけてくれてただけ。
今日の一件も、松木さくらがウソをついたんじゃなくて、
あたしがウソを言ったんだ」
「原口さん……!」
松木さくらが、驚いたような表情で、あたしを見つめる。
「どういうこと?」
桐島麗華が近寄ってきた。
「あなたが、さくらにウソを言ったってこと?」
「そう」
あたしは頷いた。
「じゃあ、タカハシライトが捜してるのが、自分だって分かってたの?」
「…まあね」
再び、あたしは頷いた。
まあ、実際に、嫌な予感はしていたわけだし。
「…地味な見た目のわりに、嫌な女ね」
桐島麗華は呟いた。
そして、松木さくらの方を振り返る。
「そうだったのね、さくら。許してあげるわよ」
「でも、麗華…」
「いいのよ、杏奈。
原口さんが、そう言ってるんだから。
原口さんがウソを言うわけないでしょ。原口さんはウソつきなのよ」
一体どういうことなのか分からないけど、
桐島麗華は、あたしの言うことを信じたらしい。
一方、岡本杏奈は、まだ怪しむつもりだったようだけど、
桐島麗華に媚びを売っている人物らしく、それに同調した。
改めて、一番のクセ者は、岡本杏奈だと確信した。
松木さくらは、いつにも増して真っ白な顔をしている。
けれど、あたしは、彼女のために言ったのだ。
あたしと彼女は、友達ではないけど、ちょくちょく会話を交わす関係だった。
それに、彼女と妹のおかげで、進真の件も発覚した。
一応、彼女には借りがあるのだ。
あたしが反対したところで、
桐島麗華と岡本杏奈が、彼女にとっての友達なのは変わらない。
だから、桐島麗華と岡本杏奈の、彼女への誤解を解こうと思ったのだ。
とりあえずは、上手くいったらしい。
「それで?原口さん」
すると、いきなり、桐島麗華が言った。
「なんで、タカハシライトと知り合いになったの?いつから?どういう経緯なの?」
…しまった。
まだ、その件があった。
ウソを言ったら、余計に事態が悪い方向へ行くだろうけど、
タカハシライトが倒れたことについては、言ってはならない。
『命はなくなると思え』
タカハシケイゴに、思い切り口止めされたのだから。
いくら希望のない人生でも、まだ死に急ぎたくはない。
――というわけで。
「……実は、昨日。
たまたま、『イケヤン』が溜まっていたところに居合わせて、
トラオの足を踏んじゃって…それで恨まれて、その――」
「たまたま『イケヤン』の溜まり場に居合わせるなんて、そんなことある?」
半分以上が、実話だ。
思いつきで話していると、桐島麗華に遮られてしまい、あたしは咄嗟に考えた。
「中谷美蝶に…、購買でパンやら何やらを買ってくるよう頼まれて。
それで、二階を通った時、『イケヤン』と通りすがって」
咄嗟に出てきたのは、中谷美蝶の名前。
あたしが、あの女に、しょっちゅういろいろ頼まれていることは、
公然のことなのだから。
怪しまれることもないはずだ、と思ったのである。
「ふーん。たまたま、だったんだ」
桐島麗華も、この反応だ。
あたしって、意外と、ウソが上手なのかも。
調子に乗ってきていると――
「で、なんで、タカハシライトに捜されることになったの?」
桐島麗華は、ただのバカ女ではなかった。
またも、あたしは考えた。
★ここまでの考えたストーリー★
①中谷美蝶に購買(一階)で買い物をしてくるよう頼まれた
②その途中で、二階にて「イケヤン」と居合わせた
※トラオの足を踏んだ
「それで…通り過ぎようとした時に、トラオの足を踏んで――」
ここから、どうやって、タカハシライトから捜されるまでに繋げるかだ。
「あたしに足を踏まれたせいで、トラオがふらついて、
後ろにいたタカハシライトが、それに巻き込まれて…
二人揃って、バタバタって倒れちゃったの。まるでドミノ倒しみたいに」
「えっ」
桐島麗華と岡本杏奈が、驚いたような声をもらした。
「絶対、ウソ!
『イケヤン』は、みんな、運動神経抜群なんだから。
ドミノ倒しなんてバカなこと、あるわけないじゃない」
「そうよ!
ヤンキーってところが問題なだけで、
顔良し・高身長・運動神経抜群・金持ち、全てが完璧な五人なんだから」
「イケヤン」を擁護しようとする、桐島麗華と岡本杏奈。
あたしは、二人に向かって、首をブンブン振り回した。
「そう思うだろうけど、本当なんだ。
そういうわけで、あたしは、トラオとタカハシライトに恨まれてしまったの…」
あたしは、悲劇のヒロインの如く続けた。
「タカハシライトは、あんな笑顔でいながら、あたしをもの凄く恨んでる。
呼ばれた後も、”ぶっ潰してやる”って言われた」
―――ここは、完全なウソ。
タカハシライト本人によれば、彼はあたしを恨んでなどいない。
それどころか、昨日のことを謝ってきたり、
許してもらうために、何か頼みごとを聞くと言ってきたり…
逆に謎だらけの人物だ。
「トラオは、あたしを”殺して血祭りにする”んだって。
今日、途中からトラオも来たのは、そのせい」
―――脅されたのは事実だけど、かなり話を盛った。
実際のところ、
タカハシライトが介入してくれたおかげで、全く何もされずに済んだ。
でも、タカハシライトがいなかったら、どうなっていたか分からない…。
トラオの話を聞いて、桐島麗華と岡本杏奈は、あたしの言うことを信じたようだ。
「確かに…あれだったら、そういうこと言いかねないかも」
「うわぁ…怖いねー」
タカハシライトやトラオには悪い気もするけど、
まあ、「終わり良ければ全て良し」だ。
信じてもらえたのだから。
これで、変に恨みを買うこともない。
この後、彼らのところへ行かねばならないことも…。
「実は…これから、また呼ばれてて。行かなくちゃいけないんだ」
あたしは言った。
―――実は、あの後。
タカハシライトが、こんなことを言いだした。
『もう時間ねーから、あとは放課後にするか!
ハラグチユメカ、今日の放課後、何か予定ある?
ないなら、俺たちのとこに来てほしい』
…は?
ほ、放課後?
来てほしい??
『なに勝手に誘ってんだよ、お前』
トラオも呆れた様子だった。
あたしは、もちろん、
「今日の放課後…あ、無理ですねー」
とか言って、きちんと断るつもりだった。
…しかし。
『あ、でもな。俺もコイツには用があるし、来てもらえりゃ都合がいい。
つーことで、セキグチユメコ。放課後は空けておけ。いいな』
トラオの発言によって、状況が変わってしまった。
…なんてこと!!
抗議しようと思ったのだけど、タカハシライトは、もう乗り気になっていた。
『そうこなくっちゃなッ!
じゃ、今日の放課後、三年九組の教室に集まろうぜ!
ハラグチユメカ、よろしく頼んだ☆』
…ということに、なってしまったわけである。
もはや、返事を言う間も与えられなかった。
なんて強引な男たちだろう…でも、こうなったら行くしかない。
そして、言うしかない。
直接、彼ら(特にタカハシライト)に言ってやるのだ。
「もう二度と、関わらないでくれ」と。
だって、今、こうして、桐島麗華と岡本杏奈に追い詰められているのは、
タカハシライトが、あたしを捜したりなんかしたからだ。
マンガや映画などでよく見る、アレ…
女子たちの「嫉妬の対象」にされているのである。
こんな経験をすることになるなんて、思いもしなかった。
あたしは誰の目から見ても明らかな、地味で冴えないメガネ女子で、
本来、嫉妬とは無縁の人間なのに。
それが、「イケヤン」という集団との、偶然の出会いによって、
覆されてしまっている…。
こんなこと、あってはならないはずだ。
あたしの目標は、このまま何の問題もなく、ただ静かに卒業の日を迎えること。
誰にも、それを邪魔させはしない!
たとえ相手が、皆が恐れおののく「イケヤン」だとしても。
あたしの意志は変わらない。
だから、これから、直接、タカハシライトたちに言ってやる。
「もう二度と、関わらないでくれ」って。
そう言えば、全てが終わるはずだから。
「――本当に、これが最初で最後。
みんなのアイドルである『イケヤン』とは、もう関わらない。
今日きちんと切り上げてくるから」
あたしは、桐島麗華と岡本杏奈に言った。
正式には、この学校の全女子に約束した。
もう、今日を最後に、絶対、「イケヤン」とは関わりをなくします。
いや、今までずっとなかったのに、最近、どういうわけか、
あたしの周りにある歯車が狂ってきているのだ。
歯車の動きを変えることなんて、やろうと思えば、すぐに出来るはず。
そう信じて、あたしは、隣の三年九組に行く(心の)準備を始めた。
桐島麗華と岡本杏奈と松木さくらは、帰っていった。
教室を出る時、桐島麗華は、あたしに念を押した。
『今日で、「イケヤン」との関係を断ち切るわけね。約束は絶対よ』
『もちろん』
『まあ、自ら切らなくても、どうせすぐに切れるだろうけどね。
ただ単に目をつけられているだけなんだし』
『そうそう。原口さんなんかが、「イケヤン」に相手にされるわけないもん』
ゲラゲラとガサツな笑い声を上げながら、
桐島麗華と岡本杏奈が先に教室を出ていった後、
松木さくらだけが、じっと、あたしを見つめてきた。
少しの間、無言で見つめ合った後、松木さくらは走り去っていった。
彼女の足音が遠のいていくのを聞きながら、思った。
…松木さくらとは、もう二度と話すことはないだろう。
でも、これでいいんだ。
あたしは、「アナの日記」を胸に抱きしめた。
「…どうか、勇気をください」
今から、隣の教室――特別科・三年九組――へ行かなければならない。
「イケヤン」と接するのは、これが最後だ。
PTSDを乗り越えたわけではないけど、覚悟を決めているせいか、
背筋が凍りつく感覚も、震えも感じない。
さあ、今のうちに行こう。
さっさと終わらせてしまおう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます