《特別エピソード》ほっとけない…(1)




(※これは、夢果と高橋兄弟が体育館で遭遇するまでのお話です)





ボン、と何か塊が地面に叩きつけられた。




俺と純成がじっとそれを見下ろしていると、




その塊を持ってきた張本人である来登が口を開いた。





『これ、何だと思う?』





俺と純成は、ほぼ同時に首を傾げた。




こんな汚い謎の物体、見ただけでは何かなんて分かるか。




すると、来登は言った。





『俺も分かんねーよ。バーカ』




『バカはお前だろ』





すかさずツッコんだ純成の隣で、俺は来登と塊を交互に見た。





『一体何なんだ、これは…


汚れてボロボロで、しかも濡れてるじゃねーか。


来登、お前、意味の分からねぇモンを取ってくるんじゃねぇ』





俺が言うと、来登は不満そうな顔をした。




案の定、また反抗的な調子で口を開いたかと思えば…





『これはな、原口夢果が落としてったモンなんだよ』





…意味不明なことを言いだした。




純成の眉がピクリと小さな動きを見せ、直後、地に響き渡るような声で呟いた。





『また、あの女の話か』





俺も同感だった。




あの女の名前すら、もう聞きたくないほどにウンザリしていたのだ。




なぜなら……。




水曜日の昼休み中のことだ。




屋上で昼飯を食っていると、




それまでずっと笑顔で楽しそうだった来登が急に真顔になり、




こんなことを言いだした。





『でも、結局…


来登には黙っとこう、来登には内緒にしよう、ってなるんだろ?』





俺と純成と亜輝は、




キレているような落ち込んでいるような様子の来登と、




それを横で心配そうに見ている虎男とを見比べた。




通常、来登がらしくない言動を取れば、虎男が何らかの反応を見せるはずなんだが。




その時の虎男は、来登の方に目をやりつつも弁当を食い続けていた。




ということで、代わりに反応したのは亜輝だった。





『どうしたー、来登。なんで急にテンション下がっちゃったの』





来登はそれには答えず、大きな独り言のように言いはじめた。





『一番年下だから?病気持ちだから?弱いから?可哀想だから?


心配してくれてんのは分かるけど、別に頼んでねーんだよ。


いつも俺にだけ大事なこと伏せやがって…』





ドン!




拳で地面を殴りつけた来登は、次の瞬間、





『ざっけんじゃねぇ!!』





飛んでいる鳥も驚くほどの、怒鳴り声を上げた。





『……』





生ぬるい風と沈黙が、俺ら五人を包み込んだ。




純成も亜輝も虎男も、驚いて目を見開いている。




来登がこんなに声を荒げるなんて、珍しいことだからだ。




俺も、少ししてから、やっと口を開いた。





『おい、どうした。食事中だろうが』





すると、来登は、キッと鋭い目つきで睨んできた。





『うるせぇ。どうせ、お前が根源なんだろ』




『何のことだ』




『とぼけんな。お前が、俺には黙っとこうって言いだしたんだろ!』




『おい、だから何の…』




『いっつもそうだよな。俺には内緒に、俺には秘密にって。


もうウンザリなんだよ!』




『待て。俺がお前に、何を秘密にしたっていうんだ』





情けねぇことに、初めは分からなかった。




何故なぜコイツが、こんなに辛そうなのか。




俺らが秘密にしたこととは何なのか。




だが、虎男の引きつったような顔を見た途端、なんとなくピンときた。




…言ったな、来登に。




俺の心の声を感じ取ったのか、





『ああ…俺が言ったよ』





虎男は自分から打ち明けてきた。





『来登がいねぇ時に、四人で原口夢果と話した、ってな。


事実を言って何が悪い、俺は真っ当なことをしただけだぞ』





ハア、と深い溜め息を吐いた瞬間。




『裏切り者』という言葉が発された。




見ると、亜輝が虎男に鋭い眼差しを向けていて。





『何でも事実を言えばいいってことではねぇだろ?ほんっとバカだなぁ』





言いながら立ち上がると、虎男の胸ぐらを掴んだ。




虎男は一瞬、動揺したように瞳を揺らしはしたものの、




その目は真っ直ぐ亜輝を捉えていた。





『放せや、チャラ男』




『放すか、猿人。お前は約束を破ったんだからなー』





亜輝と虎男の争い自体は日常茶飯事だ。




というわけで、俺も純成も来登も止めようとはしなかった。




虎男が『おい、止めろや』と言ってきたのも無視した。




それでイラついたらしく、虎男はまくし立てるように言いだした。





『つーか、約束破ったのはテメーの方だろ、亜輝。


来登がもう関わらねぇっつってんのに、


強行で原口夢果ともう一度話そうなんて言い出したのはどこの誰だコラ。


約束を破る奴は、約束を破られる運命なんだよ』




『舌もつれて死ね、バカ』




『ハハン、珍しく口数少ねぇじゃねーか。


俺様の言ったことがごもっともだったんだろ、ざまぁみやがれ』




『笑い方気色悪りーんだよ。一旦黙れ、石頭の赤頭』





亜輝は虎男を乱暴に突き放すと、来登の方に向き直った。




虎男に対してとは打って変わって、申し訳なさそうな表情を浮かべている。




『なあ、来登』と亜輝は始めた。





『ごめんな。全ては俺の提案がきっかけだったんだ、マジでごめん。


どんな結果になったかも、虎男から聞いたんだろ?』





来登は、ゆっくりと亜輝の方を向いた。




そして、答えた。





『…余計に溝が深まった、ってな』





亜輝はしみじみと頷き、来登の傍にしゃがみ込んだ。




その動作は同情を引こうとするかのようで、許しを乞う人間の姿だった。





『来登、俺は…お前を元気づけたくて、自分なりに計画を練った。


でも、大抵の女には効いたであろうその計画が、原口夢果には通じなかったんだ。


女なら誰でも扱えると思い込んでた自分を相当恥じたぜ。


お前が言ってたことを無視するようなことして、ほんとに悪かった……


許してくんねぇかな?』





来登は、珍しく真剣な表情でいる亜輝をじっと見た。




しばらく二人の見つめ合う時間が続き、





『…来登。キスする?』




『しねーわ、バカ!!』





ブハッと吹き出して、来登は亜輝の首に抱きついた…




いや正確には、締め上げた。





『変な計画立てんな、女好き!


とうとう女だけでは物足りず、俺にキスしようってか?マジありえねー!』




『いやいや、俺の恋愛対象は女のみだから。


どんだけ頼まれても、お前とは付き合えねーわ。ごめんな☆』




『なんで俺、断られてんの?意味わかめー!』





亜輝と来登は、いつも通りの、




俺と純成と虎男がついていけねぇノリに戻ったようだった。




亜輝の首から手を離した来登は、こんなことを口にした。





『てか、亜輝の計画も通じねーってなかなかだよな。


やっぱ原口夢果って面白い』





俺と純成と亜輝と虎男は、呆れながらも聞き流すことにした。




来登の奴、もう機嫌は直ったのだろうか。




そして…何だ、もう立ち直ったのか?




あれだけあの女(原口夢果)とのことで沈んでいたくせに、




今ではもう笑って話せるほどになったというのか。




何故だ…何故、あの女を「面白い」なんて楽しそうに語れるんだ。




もう過去のこととして受け入れたということか?




それとも、まだあの女のことが…。




考えを巡らせていると、来登が俺と純成と虎男を指差した。





『おい、お前ら!亜輝の計画だったからって、亜輝だけのせいじゃねーだろ。


俺に黙って原口夢果と話した罪は、お前ら全員の連帯責任だ。


てことで、俺に謝りなさぁい』




『そうだそうだ、謝りなさ~い』





来登に便乗して同様に謝罪を求める亜輝を睨んでから、純成が一言。





『嫌だね』





その刺すような言い方に、一瞬全員が黙り込んだ。




が、来登は、それくらいで挫けるようなヤツじゃない。





『純成。俺に黙ってたこと、悪いと思ってねーの?』





そう尋ねれば、純成は静かに首を捻った。




やはり来登に言われれば思うところがあるらしい…、




しばらく考えた末にこう答えた。





『お前に黙ってたことについては、自分なりに反省してる。


でも分かってほしい…俺らはお前に無駄な傷をつけさせたくなかった。


あの女のことなんか、さっさと忘れてほしかったんだ』





来登はじっと純成を見て、『キスはしねぇからな』と宣言した。




そして、まるで見透かしたように言った。





『純成、お前、原口夢果にいろいろ文句言っただろ』





兄の俺から見ても、その顔には一人前の不良らしい威圧的な表情が浮かんでいた。




が、相手は泣く子も黙る氷のような男だ。




純成と来登による無言の睨み合いを遮ろうと、亜輝が行動に出た。





『いてっ。テメー、何や!』




『あ、めんご、虎男。


お前の顔見たらイラッときて、ついつい手が出ちまった☆』




『出ちまった☆じゃねーよ!


急に横から頭殴りつけてくるとか喧嘩売ってんのか…いや確実に売ってんな、殺す』




『キャー、怖ーい。物騒~!』




『キャーとか言いながら目ぇ死んでんじゃねーか、クソ。


一番物騒なのはテメーなんだよ!』





亜輝の幼稚な作戦は成功したらしく、




こうしたくだらないやり取りが繰り広げられているうちに、




純成と来登の間には平和が取り戻されたようだった。





『ありがとな、二人とも。


くだらなすぎて思わず笑ってたら、言おうとしたこと飛んだわ』





来登は笑いながら言って、純成の方に向き直るなり首を傾げた。





『えっと…俺、何言おうとしてたんだっけなー』





いきなり記憶喪失になった来登の様子を見て、純成が口を開いた。





『ほら見ろ。お前らのせいで来登がバカになっただろうが』





その言葉は亜輝と虎男に向けられており、二人は不服そうに顔を見合わせた。




その末に、虎男は拗ねた様子でこう言った。





『おい。結局、ダメージ負ったのは俺だけじゃねぇか』





ギャハハと笑う亜輝を蹴飛ばし、




『これで、おあいこだ』と虎男が吐き捨てたところで、




ようやく記憶が戻った来登がまた口を開いた。





『純成の気持ちは分かったよ…でもさ。


声掛けたのはこっちで、しかもそれがきっかけで多大な迷惑が掛かってんだから、


それで責め立てるとかあんまりじゃん?


純成は特に、お前らのことだから、


俺の友達にならなかったって理由で原口夢果を追い詰めたって分かるし…』





俺も純成も亜輝も虎男も、無言でいることを選んだ。




来登の言葉を否定は出来なかったが、自分たちが間違っていたとも思えなかった。




そんな俺らを一瞥いちべつして、来登は溜め息を吐いた。





『そりゃあ、お前らが俺に黙ってたのはムカつくよ、マジでムカつく。


でも、それと同じくらいかそれ以上に、もっとムカついてることがあんだ。


お前らが俺の意志を無視して勝手に行動して、


その行動によって状況が悪化したらしいってことだ…意味分かるか?』





俺らの無言を「NOノー」と捉えたらしく、来登は続けて言った。





『原口夢果は、イジメを受けてる。


原因は俺らと関わったからっていう理不尽な嫉妬だ』





若干冷えたような風が、俺らの前を通り過ぎていった。




”イジメ”、”嫉妬”……




少し前にも聞いたその単語は、俺らの空気に多少の変化を与えた。




まず最初に口を開いたのは亜輝だった。





『…やっぱり。俺の勘は当たってたってわけね』





来登はそれにツッコんだりすることなく、自分の見解について語りだした。





『俺、今さらながら理解したんだけど…


原口夢果は最初からこうなることを分かってたんだな、


だから俺らと関わりたがらなかったんだよ。


それなのに、まず俺が押しかけて、ついにはお前らまで声を掛けた』





周囲の生徒たちから見て、原口夢果は得体の知れない女に映っただろうし、




俺らの行動も異常だと思われたに違いない。




だが、特別科以外の生徒で、俺らに面と向かって尋ねられる者などいない。




そうして誤解が大きくなり、ありもしない話が噂として流され…――




被害をこうむったのは一般生徒の原口夢果。




来登の口から聞いたあの女の状況は、実に気の毒で不運なものだった。




ついでに言うと、俺らはほぼ悪役状態だった。




原口夢果の不運のきっかけは俺らだと言っても過言ではない。





『俺、分かってなかった……俺らが周りから注目されてるってこと』





悔やんでいる様子で、来登は言った。





『俺が学校中を捜し回って教室に押しかけた時点で、


原口夢果への目は厳しくなってた。


それが、岩倉の勘違いから始まった噂、


お前ら四人が話しかけたことで確実なものになったんだ。


今や原口夢果は総スカン状態、イジメまで受けてる』





来登はまだ口を動かし続ける勢いだったが、




突然、純成が口を挟んだ。





『来登。お前は、あの女がイジメを受けてる現場を見たわけじゃねぇんだろう』





来登は首を横に振った。





『見てはない。でも、近い人間から聞いた』




『近い人間?』




『萌娘だ、萌娘。アイツは現場を見たらしいぜ』





答えたのは来登じゃなく、虎男だった。




亜輝が『なるほど』と呟き、俺と純成に視線を送りながら言いだした。





『今朝、俺らが教室入ろうとしてたら原口夢果と遭遇してよー。


萌娘と希美と麻里乃と愛蘭と椿が、原口夢果を囲んで脅してて、


俺たちちょいとそれを様子見してたりしたんだよなぁ』




『ああ、そうだったな』





俺が相槌あいづちを打つと、亜輝は続けた。





『まあ、あの女たちが人をイジメたりすることはねぇって分かってるけど、


あの光景見たら誤解されかねねーな。


金髪茶髪の派手女たちが、メガネの地味子を取り囲んでんだぜ?


何事かと思えば「敬悟と来登どっちが好き?」なんて聞いてるしさ、


まじカオスよ~』




『へぇ、そういう状況だったのか。


つーか思うんだけどよ、原口夢果の急浮上はいつになったら止まんだ』




『知らねーよ、そんなの。


でも、いつまであの地味女に縛られないといけねぇのかなー…


俺にはカワイ子ちゃんたちが山ほどいるのによぉ』




『テメーはとりあえずどっか行けや、クソチャラ男』





心なしか亜輝と虎男の掛け合いに気を取られていた俺は、




自分に向けられた鋭い視線に気が付かずにいたらしい。





『おい、敬悟!』





そう呼ばれ、顔を向けると――




悪っぽい笑みを浮かべた来登と目が合った。





『どうした。何か言ってやろうという顔だな』




『別にそんなんじゃねーよ。ただ…』





来登は一瞬、俺から視線を外し、少し気まずそうな表情を浮かべた。




俺に比べると、よくコロコロ表情を変える男だ。




そんな来登は、再び『おい、敬悟』と言ってきた。





『学校中で流れてる噂について、どれくらい知ってる?


俺ら勝手に恋のライバルなんて設定になっててさ、マジ不本意なんだけど』




『俺だって不本意だ。


お前はあの女が気になってるのかもしれねぇが、


俺はそういうわけでもないからな。


どちらにしろ、お前と俺にとっても原口夢果にとっても、良くねぇ噂しかない』




『俺に黙って原口夢果と話したのは、俺と仲直りさせたかったから?


それだけなんだな?』




『当たり前だろう。なんでそんなこと聞くんだ』




『いや、別に、ただ確認しときたかったから。


…でな、俺とお前との噂が原因で原口夢果は別人みたいに扱われ、


しまいには嫉妬されてイジメられてんだよ。


すげー申し訳ないし、俺としては納得がいってないわけだ』




『…ああ、』




『敬悟は、申し訳ねーとか気の毒だとか思わねぇの?


俺は自分のしたこと後悔してんだ……


原口夢果の反応が気になったからって、


あんな後先考えず行動するべきじゃなかったって』




『来登。それはもう過ぎたこと、終わったことだ』





来登が何も返してこないので、俺は少々焦りを覚えながらも言葉を再開させた。





『いいか、来登。お前も言ってたが、あの女…原口夢果とのことはもう終わった。


今さら後悔しても遅いし、どうにもならない。


…本当に悪かったと思ってるんだが、俺らはお前に黙ってあの女と話をした挙げ句、


完全に絶縁することになっちまったんだ。


俺が言ったんだ、”二度と関わらない”と。


すまない、来登……お前の言う通り、俺は本当に馬鹿な兄貴だ』





来登の肩を掴みながら言えば、いつの間にか周りがシーンと静まっていた。




純成と亜輝と虎男が、俺ら兄弟のやり取りを黙って眺める。




そんなのお構いなしに、来登は真正面から俺に質問を浴びせてきた。





『自分が”二度と関わらない”って言ったから、


もう何があっても関わりを持たないということか。


でもそれって、敬悟のプライドなんじゃねーの?


自分のプライドを守るためだったら、イジメられてる子のことも放置できんの?』




『来登、お前は一体何を言っ…』




『俺の知ってる兄貴は、バカだけど、イジメなんか絶対許さない。


弱虫だった俺をいつも守ってくれたのは誰だ、


弱い者イジメが嫌いで悪ガキと戦いまくってたのは誰だ、


見事戦いで勝利して正義のヒーローと呼ばれたのは誰…』




『来登、もうやめとけ。…敬悟が泣く』





純成の制止によって、来登は一旦黙ったものの…。




俺が睨みつけると、純成はヘラリと笑った。





『オイ。俺は泣いてねぇぞ。泣きそうになってもいない』





俺が言うと、





『強がりやがって…、騙されんなよ』





純成は警告してきた。





『そいつ、感動系で上手く持っていこうとしてやがる。


くれぐれも気を付けろ』





…なるほど、な。




俺は、間抜け面で舌を出している我が弟に目をやった。




さすがは純成…、コイツの計算高い部分をよく分かっている。




危うくまんまと騙されるところだった(馬鹿)。




ふざけ調子で目をクリクリさせていた来登は、




そのうち純成を恨めしそうに見上げた。





『オイ!この俺が恥も外聞も無しに、兄貴を褒めちぎってやったのに…


ただ恥ずかしいだけに終わったじゃねぇかよ!


余計なこと言いやがって、コロシテヤル』




『最後が片言になってんぞ。やれるもんならやってみろ』





純成が人間らしい顔をし、亜輝と虎男が爆笑したところで、




また話し合いが再開することになった。





『…で?結局、来登は何が言いたいわけ』





いつの間にか司会進行役になったらしい亜輝が尋ねると、




来登は少し考えてから答えた。





『友達になれるかもしれないなんて期待してないし、


こうなった以上、許してもらおうとも思ってない。


ただ…俺の、俺らのせいでイジメが起きたのは間違いねぇから、


なんとかして助けてやりたいと思ってる』





純成が『…ハアー』と大きな溜め息を吐き、




亜輝は頭部に手を当てて困ったという仕草をした。




俺も、思わず天を仰いだ。




…来登は、原口夢果を助けようと意気込んでいるからこそ、あんな風に笑ったのだ。




決して過去のこととして受け入れたのではなかった。




むしろその逆で…、まだあの女に何かしらの思いがあるらしい。




予想以上にしぶといヤツだ、と思った。




と同時に、コイツの思い通りにさせるわけにはいかないと心を鬼にした。




なぜなら――、




俺はあの女が言ったことも、あの女に言ったことも忘れていなかった。





――『あたしは、今まで、ずっとあなたたちが嫌いでした。


今もそれは変わりません。


あなたたちのせいで、平和な学校生活が乱れた。


友達になるくらいなら…死ぬ方がマシかもしれません。


それくらい、嫌なんです』




――『いいか…”死ぬ”なんて、簡単に言うな。


でも、そこまで言うなら――、俺らにだってプライドがある。


これ以上、どうしようもねぇと判断した。


もう本当に、二度と、お前とは接点を持たない』





……確かに、あの時の原口夢果はなんだか様子が変だった。




最初に話した時と比べると、顔色が悪く、心も荒んでいるように見えた。




メガネの奥にある目も、不信感でいっぱいだったような…。




あの様子は、イジメを受けているが故だったのかもしれない。




しかし…だ。





『来登、悪いがそれは認められない』





俺は言った。





『俺らの言動が無神経だったにせよ、


あの女は言っちゃいけねぇことを連発したんだ。


そんな女とは親しくなるべきじゃねぇと俺は思う…、


お前の幸福を願っているからこそだ。


そりゃあイジメは許せねぇが……


助けるということは、仲良くしたいということだろう』





すると、来登は首を横に振った。





『仲良くなろうなんて、もう思ってねーって。不可能だろうし。


てか、そんなこと考えるより、


イジメられてる人がいたら助けるって当然のことだろ』





俺が返答するより先に、純成が言った。





『来登、お前はイジメ撲滅運動でもする気か?


だったら俺は反対だ。


悲しいことにイジメってもんはあちこちで存在して消えることはねぇからな。


イジメられてる人間をゼロにしようと思っても無駄だ、きりがない』





純成の言ったこと自体は的を射てる。




だが、来登の顔を見ると、他に言い方は無かったのだろうかとも思えてきた。




案の定、見兼ねた様子で亜輝が割って入ってきた。





『敬悟の言う通り、原口夢果はかなりの失言をした…例えば”存在が迷惑”とか。


だから俺も来登の考えにイェスとは言えねーけど、


純成の意見はちょっと論点がずれてる気がするぜ?


あくまで来登は、原口夢果を助けたいんだもんなあ?』





亜輝の助け舟には一言多く、来登は衝撃を受けたように目を丸くした。





『…存在が迷惑、って?原口夢果がそう言った?』





純成が亜輝の脇腹を肘で突き、




亜輝は『いてて…』と言いつつも開き直ることにしたようだ。





『そ、あの女が言ったの。


扱いづらい上に失礼極まりない奴だから、本当はもう関わりたくねぇんだよね。


でもイジメられてると知った以上、


無視するのは罪っぽく感じるっつーかなんつーか…』





結局は良心との狭間で苦しんでいるのか、迷っている様子で首を捻る。




その正面では、来登がダメージを克服しようと努めていた。





『…ショックだけど、まあそう思うのも仕方ない。


俺らのせいで状況が悪くなったんだもんな…、うんうん分かるよ。


やむを得なかったんだよな?』




『来登、ここに原口夢果はいねぇぞ。そして心の声が無さすぎだ』





しかしながら、我が弟は切り替えが早い。




早々ショックから立ち直ったらしく、確信を持ったように言いだした。





『原口夢果は、辛くて心が荒んでんだよ……だからそんなこと言ったんだ。


まあ少しは本音の部分もあるかもだけど…。


アイツが人にそんなことを言うほどの状況になったのは俺らのせいなんだから、


手を差し伸べてやるべきと俺は思う』





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あたしと弟と不良たち 彼杵あいな @ainafrank

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