14・地獄の日々〈2部〉

(1)




このあたしが、体育祭の応援団の副組長を務めることになった…!!!




きっと、誰もが首を傾げているはず。




あたし自身も未だに整理がつかないこの事態が、どのようにして起こったか。




これから、その絶望的な経緯について説明するとしよう――。




すでに言った通り、




あたしは魔女たちと松木さくらと共に、白組の集会へ向かった。




とは言っても、もちろん三人とは別行動で、




あたしは独りとぼとぼと集会場所である体育館まで歩いていった。




松木さくらは、あんなことがあっても、魔女たちと一緒に行動しているんだろうか。




そんなことが頭をよぎったけれど、




他人のことなど気にしていられる状況ではなかった。




生まれて初めての応援団、そしてその集会――




緊張しない理由はなかった。




体育祭シーズンって、いざ来ると展開がスピーディーなんだよな……




なんて、呑気に考えていた去年までとは大違い。




大きく鼓動する心臓を押さえるようにして、あたしは歩を進めた。




体育館に集められたのは、白組だけではなかった。




赤組、青組、黄組の団員たちも同様に集められていて、




想像以上の賑やかな光景が目の前に広がっていた。




あたしは安定の挙動不審スイッチが入り、




出来るだけ誰にも見られないよう影を潜めながら周囲を見回した。




周りにいる生徒たちは皆、楽しそうで、生き生きしていて……




やっぱり陽キャの集まりだ、と確信した。




そう、応援団とは、陽キャにしか出来ないものなのだ。




そんな分かり切ったことを、あたしはなぜか覆そうとしている。




改めて、なんという過ちを犯してしまったんだろう、と感じた。




陰キャは陰キャらしく、陽キャの陰に潜んで生きれば良いものを…!




出過ぎた真似をすると、痛い目を見ることになるんだ。




進真だって、学級長なんかやって表に出なければ、




まだ少しはマシだったかもしれない。




学級長という立場だったからこそ、あんな最悪の結果に繋がったんだろう。




…ああ、この時間が早く終わりますように。




そう切に願っていると、近くにいた教師が指示を出しはじめた。





『赤組、青組、黄組、白組、それぞれ分かれて集まりなさい!


で、組長と副組長、その他の役割を決めること!


決め方や流れについては、担当の先生と相談してね!』





騒いでいた生徒たちが、四つの色組に分かれだした。




あたしも、白組の団員たちが集まる方へ行き、その中に紛れ込んだ。





『―よし、そろそろ全員集まったかな。


白組の担当は、本当は林田先生なんだけど、用事があっていらっしゃらないので、


代わりに僕が担当したいと思います。


白組応援団のみんな、よろしくね☆』





アンタ、誰よ。




多分、去年か今年に入ってきた、若僧教員の一人だ。




林田先生が白組の担当になったことも、




用事があってこの場にいないということも不満だったけど、




こんな体育とは無縁そうなメガネ男に代理をやらせるなんて、




やっぱりこの高校は欠陥に違いないと思った。




…あ、この場に適していないという意味では、あたしも同類か。




あー、やだやだ。




まったく、林田先生ときたら、どこに行ってるんだろう?





『まずは、一応、クラス順に並んでおこうか!』





メガネ先生の言葉によって、




あたしは魔女たちとくっついて座る羽目になった。




正確に言うと、あたしが一番前で、その後ろに魔女一号、




さらにその後ろに魔女二号と松木さくらが座ったという感じだ。




なぜ、あたしが、やる気満々そうな先頭!?




と思ったけど、そんなことで魔女たちと争うのも釈然としなかった。




というわけで、おとなしく座っていると…。





『では、今から、いろいろな役割を決めていきたいと思います』





メガネ先生が言った。





『主に決めなきゃならないのは、組長と副組長、パネル長です。


みんなも知っての通り、組長は各色組のリーダー、


副組長はそんな組長を支える重要なサポーター、


そしてパネル長は応援団の演技を全体的にまとめる役割だ。


どれも重要な役目なので、ぜひ熱意を持って立候補していただきたい!』





…おー、わりと頑張ってるな、メガネ先生。




ていうか、副組長やパネル長なんていたんだ?




組長が圧倒的な存在感だから、もはやサブ的存在なのかも。




こうして応援団の集会になんか来なければ、




きっと知らずに今年も終えていたことだろう。




…なんて、呑気に思っていた。





『まずは、あえて副組長から決めたいと思います』





なぜ!




疑問を抱いた者は少なくなかったようで、





『俺、組長になりたいっす!』




『組長を先に決めましょうよー』




『副組長は後からでいいじゃないですか』





続々と批判の声が上がった。




すると、メガネ先生は――





『実はね、組長になる人は大体決まってるらしいんだよ』





意外なことを口にした。




批判していた生徒たちは、ますます食いついた。





『どういうことっすか!?』




『決まってるって、誰がー?』




『ここにいる中から決めるんじゃないんですか?』





話題が組長なだけに、周囲がザワつきはじめた。




あたしも、確かに変だと思った。




応援団のことなんか知りもせずにここまできたけれど、




恐らく組長もこういった集まりの場で決められるはずだ。




なのに、すでに決まっているとは、一体どういうことなんだろう。





『その決まった人って、この中にいます?』





不意に、誰かが質問した。




メガネ先生は、こう答えた。





『いいや。


僕も詳しいことは分かりかねるんだけども、


まだ完全には決まっていないという話だった。


だから、この場にはいないんだ』





なんだか腑に落ちない答えだったけども、そういうことだった。




一体、組長候補になっているのは誰なのか。




その謎がまだ辺りを包む中、副組長決めが始められた。





『さあ、副組長になりたい人は手を挙げてー』





この光景…、応援団員決めの時とデジャヴだ。




絶対、何があっても手なんか挙げんぞ。




ここで急に中谷美蝶が現れて、またあたしを嘲笑ってきたとしても…絶対に。




応援団員決めでの大失態で痛い目を見た(現在進行中)あたしは、




そう固く心に誓った。




…が、今のところ静かな魔女たちが、何をしてくるか分かったもんじゃない。




魔女たちは恐らく、いや絶対、




応援団というものを利用して、あたしをイジメてやろうと目論んでいるんだから。




警戒心は常に持っていないと―、そう自分に言い聞かせている間に、




周囲では組長候補の人物についての予想が囁かれていた。





『ここに来なくてもいいってことは、絶対的権限のある奴なんじゃね?


特別科の誰かだったりして~』




『まさかのイケヤン、とか?


ないないない、特別科が応援団やったとか聞いたことないもん!』




『もしや、アイツじゃない?


去年の体育祭で喧嘩チャンピオンになった、あのバカ男。


一応、チャンピオンってことで一目置かれてはいるじゃん』




『えーっ、だったらマジで嫌なんすけど!


アイツ、チャンピオンなってからというもの偉そうにしてっからさ』




『絶対、副組長とかなったら大変そうー。ヤバ、本気で尻込みする』




『権限でいうと、あとは生徒会長のアイツぐらいか?


まあないと思うけど、アイツはアイツでめんどくせーよなー』




『真面目な分、融通利かないし、あれは組長に向かないな。


チャンピオンも生徒会長もパスだわ』




『まあ、一番パスなのはイケヤンだけどな。怖すぎて一緒にやるとか無理』





このやり取りに出てきた「イケヤン」はもちろん、




「チャンピオン」と「生徒会長」というのが誰のことを指しているか、




珍しくあたしは知っている。




なぜなら、「チャンピオン」も「生徒会長」も、同じ中学出身だからだ。




「チャンピオン」に関しては、小学校も同じだった。




あたしの出身中学―星野ヶ丘第一中学校―は、




周辺の地域の中でもかなり優秀な学校だったので、




その中から日ノ出学園高校に流れる生徒というのはごく少数だ。




だから、さすがのあたしでも、同中出身者のことは把握しているのである。




去年の体育祭で、




喧嘩チャンピオン決定戦にて見事勝利をおさめた桑原大眩くわはらだいげんは、




小学五年生の頃、あたしの帽子を奪ったことで印象的な人物だ。




結局、ちゃんと帽子は返してもらえたのだけど、




あたしの帽子を下校中に突然奪い去ったくらい、




彼はどうしようもない腕白男子だったということだ。




それが、高校まで同じ学校に通い、まさか喧嘩チャンピオンにまでなるとは――




想像力豊かなあたしでも、さすがに発想が及ばなかった。




チャンピオンとなった去年の体育祭以来、




桑原大眩はチャンピオン面で偉そうな態度を取るようになった。




元々お調子者だった覚えがあるので、無理もないと思うんだけど……




チャンピオン面をしはじめてから、彼は同学年の皆に嫌われるようになった。




今では、「あのバカ男」と陰口を叩かれるまでに。




とはいえ、喧嘩チャンピオンの存在も、イケヤンなどと比べれば微々たるもの。




だから、あたしも、今の今まで桑原大眩について触れなかったのだ。




現在、生徒会長の金子友晴かねこともはるについても同様である。




中学校三年間、あたしは美術部に所属していて、




美術部にとって数少ない繁忙期である生徒会選挙前、




あたしは金子友晴の宣伝ポスターを描いてあげた。




もう一人、友達の分もあったので、本当に必死だったのを覚えている。




完成したポスターを渡した時、金子友晴は凄く喜んでくれたけど、




選挙の結果が落選だったので、あたしはむしろ申し訳ないような気持ちだった。




まあ、高校に入ってから、ついに生徒会長になれたんだから結果オーライなのかな?




…て、そうそう、あたしは中学時代、美術部だったんです。




わりと真面目に取り組んでいたから、評価をもらえたこともあって、




一度は造形芸術科を目指したりもしたんだけど…。




ご存知の通り、成績の問題で、あたしには行ける高校が相当限られていた。




芸術面での評価よりも、結局は勉強の方が大事なのだと思い知ったんだ。




――こんなに絵を描いてきた意味は、何だったんだろう。




プツン、と糸が切れたような感覚を味わった。




それからというもの、




あたしにとって美術部時代は、やや暗い思い出となった。




美術部での活動は、ほとんど身にならなかったから。




…あ、ついつい、また過去の気持ちを思い出してしまった。




過去も悪いことばかりだけど、一番最悪なのは今現在だ。




ということで、話を戻そう――




桑原大眩とも金子友晴とも、高校に入学してから一度も話していない。




そもそも、彼らがあたしの存在を知っているのかも謎だ。




組長候補の人物が、それなりの権限を持っていると仮定した上で、




あの二人の名前が出たわけだけど。




もう何年も話していない同中出身者と一緒に応援団を取り締まるなんて、




そんな地獄はないと思う。




考えただけで恐ろしい……




無駄な想像を巡らせて、一人、気持ち悪くなっていると。




周りで、複数の手が挙がった。




チャンピオンと生徒会長の説が出ても、副組長の立候補者はいるようだ。




メガネ先生が、その人数を数えはじめる。





『一、二、三、四、五……。


副組長は一人でいいから、どうにかして絞らないとな』




『あみだくじ!』




『グリコ!』




『あっち向いてホイ!』




『まわりくどい方法ばかりだなぁ。普通にじゃんけんでいいんじゃない?』





メガネ先生が懸命に提案する姿を眺めていると、




後ろから『ねぇ』と声を掛けられた。




…うぎゃあ!




警戒してはいたものの、心の中で悲鳴を上げた。





『何よ、その顔。はっ倒すわよ』





魔女一号はキレ気味にそう言って、何やら自らのジャケットを探りだした。




なになに、一体その中に何があるっていうの。




危険を感じつつ見ていると、魔女一号がジャケットの内側から手を出した。




その手には、なんと……『アナの日記』が握られていた!





『―はっ…』





衝撃のあまり、しばらく言葉が出なかった。




…な、なんで。




この女が、『アナの日記』を――?




パニック状態に陥りながらも、




自分が『アナの日記』をどういう状態にしていたか思い起こした。




魔女たちが、机の引き出しに入れていた『アナの日記』を投げつけてきた時、




あたしは危険を察して、




『アナの日記』を誰の手にも触れさせないよう隠すことにした。




本当は学校自体に持ってくるべきではなかったんだろうけど…、




今まで肌身離さず持っていたものだから、それは無理だと判断した。




その結果、自分のロッカーに隠そうと決めたのだけど。




休み時間中などには読みたくて、ロッカーから出すこともちょくちょくあり…。




今日に限って、ロッカーの中に戻し忘れていたってこと?




そんなバカな!!




目を白黒させるあたしに、魔女一号は言った。





『ロッカーの鍵を掛け忘れるなんて、本当に馬鹿ね。


まあ、こんな物をロッカーにまで入れるなんて気が知れないけど』





腹が立つより先に、驚いた。




やっぱり、あたしの動き一つ一つに目を光らせているんだ!




そして、あたしはちゃんとロッカーに入れていた、なのに…





『…勝手に開けて、取ったってこと?』





信じられない。




家柄は悪くないだろうけど、なんて素行の悪さだ。




魔女一号は満足そうに笑みを浮かべ、




その汚れた手で『アナの日記』をチラつかせた。




何がしたいの…、人質ってこと?




沸々と湧いてくる怒りを抑え込んで、出来るだけ小さな声で言った。





『頼むから…返して』





魔女一号は一瞬、二号の方を振り返り、それはそれは楽しげに笑った。





『返してください、でしょ?』




『……』





ド定番だけど、実際に言われるとブチ切れそうだ!




でも、愛するアナのためなら…。





『……返して、ください』




『嫌だよーん』




『は?』





我が耳を疑った。




魔女一号は、壊れたように大笑いしだした。





『ほんっと馬鹿ねぇ!それだけで返してやるわけないでしょ!


麗華を甘く見ないでくれるぅ?』





後ろで、魔女二号も肩を揺らして笑っているのが分かった。




松木さくらは、魔女たちが『アナの日記』を持ってきているとは知らなかったのか、




驚いた顔をしていた。





『この…大嘘つきの盗っ人、卑怯な魔女』





あたしが言うと、





『盗んでないじゃない、ただ借りてるだけ』





魔女一号はまだ笑いながら言った。





『返してほしければ、副組長に立候補しなさいよ』





時が止まったかのような、最悪の瞬間だった。




…そうきたか。




応援団員にするだけでは物足りず、ついには副組長にまでさせようと。




あたしを不安と緊張と恐怖とプレッシャーで死なせる気ね。




その目的の為に、『アナの日記』にまで手を出したというわけか。




憎い…、憎いわ、魔女たち。




これまでの人生で一番の睨みをぶつけていると…。





『怖ーい、原口さん!』





それまでずっと小声で話していたくせに、そこだけ大きな声で言われた。




数人がこちらを白い目で見てきたけど、




副組長決めに集中していた周囲のほとんどは、




あたしたちのことなど気にもしていないようだった。




その隙を見て、『アナの日記』を取り返そうと、手を伸ばしたあたし。




魔女一号は、そんなあたしに見せつけるように『アナの日記』を開くと、




指で数ページをつまんだ。





『破くわよ。そこから動いたら、ビリッといくから』





ああ、神様…と思った。




こんな残酷な仕打ちって、あるのでしょうか。




あたしは、こんなにもアナと彼女の日記を愛してきたというのに、




その日記が今、こんな形で他人の手に触れている。




しかも、その他人は、あたしを日々苦しめようとする残酷な魔女。




人生に希望なんてありゃしない、そう思った。





『今までで一番、打ちひしがれてるみたいね』





魔女一号は面白そうに言った。





『どんどん追い込まれて、もっと苦しめばいい。


もうとっくに気力なんか無くなってるだろうに…踏ん張るわねぇ』





腹が立って死にそうだったけど、魔女一号の言ったことは正しかった。




あたしはもう、とっくに限界がきていたんだと思う。




元々、争いが苦手な性質たちで、




出来るだけ平穏に過ごせる方法を探しながらの人生だったんだ。




これでも、自分なりに闘った方だと思う。




イジメられながらも、自分がこんなに頑張れるなんて…思いもしなかった。





『立候補したって、絶対なるとは限らない。


だって、あと他に何人も立候補者がいるんだから。


とりあえず立候補すれば、この本を返してあげる。


でも言うことを聞かないなら…破って、燃やしてやる』





如何にも魔女らしいその言葉を聞きながら、あたしは考えた。




『アナの日記』を人質にされている以上、こちらに手段は無い。




こうなることを予想したなんて…、魔女たちにしては賢いじゃないか。




やはり一番馬鹿なのは、このあたしみたい。




大事なものが入ったロッカーの鍵を掛け忘れるなんて、注意欠陥もいいとこだ。




自分の無能さに、改めてもの凄く腹が立った。




イジメられると、自分のことが憎くなるって…本当なんだな。




絶望と自己嫌悪からくる脱力感により、あたしは反発する気力を失っていった。




とうとう口を開きかけた時――、





『卑怯よ…!』





突然の、松木さくらだった。




魔女二号を押しのけて、魔女一号が持っている『アナの日記』に手を伸ばす。





『原口さんの大切な物を勝手に取るなんて、ほんとにひどい…!


早く返してあげて!』





松木さくらのポジションって、非常に微妙だけど…。




その声と表情には、怒りが滲み出ていた。




じっと見ていると、目が合って……





『聞かないで、』





松木さくらは、あたしに向かって言った。





『この人たちの言うこと、聞かないで』





ところが、次の瞬間、




魔女二号が無理矢理、松木さくらの口を押さえ込んだ。




松木さくらが苦しそうに唸っているのを横目に、




魔女一号は『アナの日記』をさらに強く掴み直した。




そして、言った。





『早く、立候補してったら!』





あたしは、『アナの日記』と松木さくらを交互に見て、一つ頷いた。




何もかもが冴えない、こんな日々なんか――クソ食らえ。




そう思いながら……





『最後に確認。副組長の立候補者は、他にいないか?』





サッと、手を挙げた。




周囲の注目が、一気にあたしへ集まる。




『おっ』と、メガネ先生。





『立候補者が一人増えたぞ。


よーし、今からじゃんけんで決めるから、立候補者は全員集まれ!』





あたしは重い腰を上げた。




そして、メガネ先生の立っている方へ進み出ていく。




もの凄い鼓動だ…、吐血しそう。




なんでこんなことに……




何があっても手を挙げないって、自分に誓ったのに。




ちょっと前の自分を思い出して、赤面しそうになった。




中谷美蝶が現れる以上に、




『アナの日記』を人質にされる方が致命的だったってわけだ。




なんて情けない…。




未だかつてないほど、自分が大嫌いになった。





『じゃんけんで勝った人が、副組長になる。それでいいね?』





ニコニコ笑っているメガネ先生が、悪魔に見えた。




あたしの他に、あと五、六人の立候補者がいて、




全員が輪を作るようにして向き合っている状態だった。




…今から、運命のじゃんけんだ。




負ければ救われるが、もしも勝ってしまえば――副組長になっておしまい。




まあもう、応援団になった時点で終わってるんだけど。




まだ少しでも運が残っているとすれば、あたしはこのじゃんけんで負けるはず。




いや、普通にいけば、負けるだろう。




これまで、あたしはじゃんけんにおいて、かなりの負けを味わってきたんだから。




こんな時に限って勝てば、よほどの悪運ということだろう。




ていうか、多分、今年自体が厄年だよね…!!??




そんなことを思ったから、ダメだったんだろうか。





『最初はグー、』





始まった。




大丈夫、大丈夫。




自分を信じていれば、きっと…





『じゃんけん、』





大丈夫だから。





『ポン!』





そして、終わった。




円の形に並んだ手を、一つずつ見ていくと。




あたしだけがグーを出していて、他は全員……チョキを出していた。




まさかの、一人勝ち。




呆然と立ち尽くすあたしの耳に、あくどい笑い声が入ってきた。




魔女たちが腹を抱えて大笑いしていて、




その後ろの松木さくらは今にも泣き出しそうな顔をしていた。




なぜ、そんな顔を…。





『スゴイ、一発で決まったね!


副組長に決まった君、名前を教えてくれるかな?』





メガネ先生に言われ、あたしはまだ呆然としたまま答えた。





『原口です』




『原口さんか!よし…』





そして、こうなったのだ。





『それじゃあ…副組長は、原口さんね。みんな拍手!』





パチパチと、活気のない拍手を送られた。




あたしと同じくらい、みんな目が死んでいた。




そのみんなの言いたいことは分かった(以下参照)。





「え、コイツが?つか誰?」





あまりの冷え切った雰囲気に、少しだけ意識が戻った。




…あたし、じゃんけんに勝ってしまったんだ。




しかも、一人勝ち。




こんなに嘆かわしい勝利は、他に無いはずだ。




やっぱり今年は厄年で間違いない…というか。




もはや、あたしには邪神しかいないのでは?




だって、あまりにも災いが多すぎる!




しかも一気にきてるし!!




このままだとあたし、今年中に死ぬんじゃないか??





『…あれ?原口さん、具合でも悪い?』





横を見ると、メガネ先生が心配そうにこちらを見ていた。





『緊張してるのかな?顔が真っ青で、目もウルウルしてる…』





メガネ先生、具体的に言い過ぎじゃないですか。




でも、確かに…気分は悪いし、視界もぼやけているようだった。




松木さくらは、あたしの動揺した顔につられて、




あんな表情をしていたのかもしれない。




そんなことを考えつつ、溢れてきそうな涙を堪え、歯を食いしばった。




精神的ショックを受けているからって、人前で泣いても良いことにはならない。




何より、魔女たちの前で泣くなんて、あたしの底意地が許さない。




大切な『アナの日記』を守ろうとして、副組長に立候補し、




不本意にもじゃんけんで一人勝ちして決まっちゃっただけじゃん!?




自分で自分を励まそうとしたけれど、結局は悲しみと怒りに襲われるだけだった。





『……』




『原口さん、本当に大丈夫かい?保健室で休んでくる?』




『…いえ。大丈夫、です』





名前も知らないメガネ先生の親切心にすら、ウルッときた自分がいた。




…あたしのメンタル、だいぶヤバいな。




ああ、それにしても、副組長にまでなっちゃって――




これからどうすればいいんだろう?




アナ、助けて。




ジイ…。




誰か、お願いだから助けてください。




ぼんやりしているうち、いつの間にかパネル長決めが始まっていた。





『…ん?パネル長の立候補者はいないのか?』





メガネ先生が意外そうに言った後、こんな囁きが聞こえてきた。





『だってねー…副組長があれじゃ、やる気になれないよねぇ』




『絶対、あのメガネじゃ務まらねぇだろー。見た目的に出来なさそう』




『組長が誰かも分かってないし、今パネル長に立候補するのはリスクだよ』





横から見ても、メガネ先生が引きつっているのが分かった。




まあ若僧教師なんだし、無理もないか。




胸の中がチクチク痛んでいたけど、みんなの意見は妥当だとも思った。




だって、あたしに、応援団はおろか副組長なんて務まるはずがない。




ショックの上にショックって感じだったけど、納得は出来た。




と、その時だ。




突然、一人が手を挙げた。





『お、君は…』





メガネ先生が嬉しそうに言いかけると、





『松木です』





手を挙げたまま、その人物は答えた。




そう、その人物は、松木さくらだった!




おずおずと前に出てくると、驚きを隠せないあたしの隣に並んだ。




…魔女たちに命令されて?




疑ったあたしは、魔女たちの方に目をやった。




そして、悟った……魔女たちが命令したわけではなさそうだ、と。




ということは、自分の意思で?




でも、なぜ?




怯えているような、意志が固まっているような…




あたしは少しの間、松木さくらのその何とも表現し難い横顔を見つめていた。





『う、うん。副組長とパネル長は決まったね』





メガネ先生の言葉と共に、一応、副組長決めとパネル長決めは終了した。




松木さくらの急な行動で、ただでさえ驚いていたあたし。




この後、さらなる衝撃にぶち当たることとなる。




副組長決めとパネル長決めが終わった、直後のことだった。




それまで比較的騒がしかった体育館の中が、一気に静まりかえったのだ。




肌で感じる、この緊張感…。




まさかのまさか、と思っていたら、そのまさかだった。




体育館の中に、長身で派手な髪色の二名が入ってきた。




片方は明るい茶髪で、もう片方は輝く金髪……




高橋敬悟と、高橋来登!!!???





(※次は特別エピソードです。このエピソードは、再び敬悟目線となっています)





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