5・最悪の出会い

(1)




――というわけで、とんでもない事実が発覚してしまった。




弟の進真を不登校にまで追い詰めた人物は、




なんと、約三年間あたしをこき使い続けてきた女の弟だったのだ(復習)。




姉弟揃って、同じ姉弟に翻弄されているなんて……なんてこった!




あたしは数年前から、アナ・パンクに影響されたのがきっかけで、




ほぼ毎日欠かさず日記を書いているのだけど、




さすがに、あの日――松木姉妹から衝撃的な事実を知らされた日――は、




何も書く気が起こらなかった。




というわけで、後日、こんな風に書いた。





{日付が少し空いてしまって、ごめんなさい…。


実は先日、とんでもない事実が発覚したのです!


進真が不登校になった理由はイジメで、


しかも、その主犯は、あの有名な性悪パシらせ女の弟だったのです!!!


その名は、中谷王我。


絶対、弟の復讐をしてやります!見ていてください!!}





日記を書きながら、あたしは、あることを誓った。




それは、「復讐」すること。




実は、日記を書いていなかった間、




あたしは、中谷王我や竹田悠太の顔を一目見てやろうと、




一年生のフロアに潜伏したりしていた。




弟が苦しんでいる理由が分かったなら、




次は弟を苦しめた人間を知らなくてはならない――




そう思い、一年二組の近くをウロウロしていた時。




またもや、松木こうめと出くわした。





『あっ、原口夢果さん!


何してるんですか?


まさか、中谷王我がどんな奴か、見に来たとか?』





「大当たり」と内心思いながら頷くと、松木こうめは不安そうな顔をした。





『いいんですか?


うちのお姉ちゃんが、心配してますよ。


原口さんは弟思いみたいだから、突っ走るんじゃないかって』





心配してもらっているのは、有り難いことだけど、




今のあたしを止められるものなんてない。




松木さくらは、一体、あたしの何を知っているんだろうと思った。




あたしと彼女は、ただのクラスメート。




少し話したことがあるだけで、友達なんかではないし、




心配しているといったって、彼女が教室でそのことを言ってくるなんてこともない。




なぜなら、彼女の背後には、いつも桐島麗華と岡本杏奈がいる。




あたしを嫌っている二人の機嫌を損ねさせないために、




松木さくらは、たとえ思ったとしても、滅多にあたしに話しかけてはこないのだ。




まあ、別にいいんだけど!




あたしは自分で望んで、こうして孤独に過ごしているんだから。




でも……やっぱり、松木さくらの気の弱さには、嫌気を感じずにはいられない。




そんな姉と、外見も中身も似ていない妹は、あたしの気持ちを察したらしく、





『でも、さくらちゃんは、超心配性だから。無視しててもいいと思いますよ』





と笑いながら言った。





『良ければ、あたしがお手伝いしますよ。


何か原口姉弟のお役に立てることがあれば、何なりとお申し付けください』





そう言った、松木こうめは、元気よく二つ結びの髪を揺らした。




黒い髪と目、少し焼けた薄茶色の肌。




その全てが、彼女の活発さを表しているように見える。




スカート丈も靴下も短めで、




そんな彼女と姉のさくらは、それぞれ全く違う印象を与える。




松木こうめは、あたしを、




一年生の「超特進科」、一年一組の教室の近くまで連れて行った。





『中谷王我は、一年一組なんです。


あんな最低な奴なのに、一応、超特進科なんですよ。


ちなみに見た目は、黒髪の、見るからに怪しい感じです』





松木こうめの説明を聞いて、あたしはビックリした。




中谷美蝶の弟が、まさか超特進科の生徒だったとは!




てっきり、どうしようもない大バカだとばかり思い込んでいた。




いや、バカなのには違いないけど…それなりに、書く勉強は出来るのだろう。




中谷王我は教室にはおらず、あたしたちは、しばらく待機することにした。




その間、松木こうめは、中谷王我について、こう言った。





『一年生全員が、中谷王我を恐れています。


暴力、盗み、恐喝。


そういうこと全てが、奴にとっては日常茶飯事なんです』





悪すぎだろ。




こりゃ、姉を超えたレベルかもな。




ドン引きしていると、





『……あっ!』





突然、隣にいる松木こうめが、息をのんだのが分かった。




彼女の視線の方に目を向けると、




そこには、




制服を着崩しまくった、真っ黒な髪の男子生徒が、




こちらに向かって歩いてきている光景があった。




あたしの心臓は、嫌な音を立てた。




…あれが、あたしの弟を傷つけた男。




そう思った瞬間、




頭に血が上ったようになり、胸の中にジワジワと憎しみが広がる感覚がした。




けれど、





『夢果さん、大丈夫ですか?』





という、松木こうめの声で、なんとか我に返った。





『う、うん…大丈夫。ありがとう』




『見てください、夢果さん。


奴の隣にいるのが、竹田悠太です』




『えっ!?』





憎き中谷王我の隣を見ると、




そこには、明らかに気弱そうな男子生徒が一人。




それが、進真を裏切った竹田悠太だった。




自分の身のために進真を裏切ったという竹田悠太だったけど、




どうやら、進真がいなくなった今、




中谷王我のターゲットは、再び彼に戻ってしまったらしく…




一見、友達のように隣を歩いているけど、




本当はイジメのターゲットに戻されただけ――




一年生の誰もが、それを知っているのだという。




中谷王我は、イジメている相手を、相棒のように引き連れて歩く習慣があるので、




それで誰もが実態を悟るのだとか。




しかし、かといって、誰もそれを告発したりはしない。




中谷王我が恐ろしいということも、もちろんあるけど、




何より、みんな他人のことには無関心なのだ。




自分は無関係だから、と見て見ぬフリをするのである。




そうすることによって、




より傷つく人が増えたり、もっとひどいことになりかねないのに。




実際、一年二組の生徒全員が、力を合わせて立ち上がっていれば、




進真まで今の状況に追いやられることはなかっただろう。




一年二組の担任の先生も、なぜ、




『イジメはない』なんて、デタラメを言ったんだろう。




ひょっとして、隠すため?




もしも、そうだとしたら、大問題だ。




ありえない!!




イジメの件は絶対に、ママや、一年二組の担任に報告するつもりだけど、




まず、あたしは、そのための証拠集めをすることにした。




               *




「オイ、無視すんじゃねーよ。ちゃんと耳あんだろー?


このクソ雑魚野郎。


テメーなんか、さっさと死にやがれ」





ドンッ!!





「うっ、ううっ……」




「あぁ?テメー、なに泣いてんだよ。怖くてチビったか?


バカな女みてーな面しやがって」





ドンッ!ドンッ!





「……うぅ、やめて…」




「んだと?ブツブツ言ってねーで、さっさと金出せや」




「……も、もう無い」




「…は?テメー、今なんつった」





ドン、ドン!!




ゴン!!!





「っざけんじゃねーぞ!!死ね!テメーなんか死ね!!」





……




松木こうめの話は、真実に違いないけど、




イジメの事実を訴えるには、




ただ「聞いた」というだけでは、主張が弱すぎるだろう。




そう思ったので、あたしは、イジメの証拠となるものを手に入れようと動き始めた。




けれど、証拠といっても、一体、何が一番良いのだろうか。




素人のあたしには、さっぱり分からなかった。




でも、ニュースなどでよく見たことがあったのは、




現場を隠し撮りした映像とか、実際のやり取りの内容を録音した盗聴器などだ。





――ということで、今、





カメラを回した状態のスマホを、制服のポケットに忍ばせ、




校舎の中のトイレの前に立っている。




―――しかし。




松木こうめに、中谷王我がよくイジメを行う場所を教えてもらい、




このトイレに来たのはいいけど……




トイレから聞こえてくる声と音が、あまりにも酷くて、




あたしはついカメラを止めてしまった。




中谷王我と思しき人物の威圧的な声、それに怯えきった震える声、




そして、たびたび聞こえてくる物凄い衝撃音。




まるで、映画か何かのシーンのようだ。




…イジメは、実際に存在する。




今、あたしのすぐ目の前で、それは起きている。




その事実を証明するために、今、こうしているというのに、




いざ現場を目の当たりにすると、心や体が凍りつくような感覚に陥っている。




そして、こういう場面を、




カメラを回しながら見ている自分に対して、罪悪感のようなものを感じた。




カメラを止めた今も、




恐ろしさと罪悪感の両方が、あたしの胸の中でざわめいている。




目の前で起きていることが、




頭では現実だと分かっているのに、心では信じられない。




けれど、一方で、




進真もこんな状況にあったのかと、考えずにはいられない。




あたしは、一体、何をしていたんだろう……――。




今度は、無力感と情けなさに襲われた。




しかし、その時、トイレの中から、再び声が聞こえてきた。




あたしは、少しぼんやりした状態で、




トイレの入り口からは見えない裏側へと身を隠した。





「―なあ、分かってんだろ。俺の言うことさえ、おとなしく聞いてればいいんだ。


お前は俺のダチなんだからよ」





そう言って出てきたのは、他でもない中谷王我。




さきほどまでに比べると、ずいぶん柔らかい口調だ。




あれだけ「死ね」と連発しておいて、どこが「友達」なんだろう。




さすがは中谷美蝶の弟……姉弟揃って、なかなかの二重人格だ。




ていうか、「ダチ」だなんて、何十年前のヤンキーだ。




今は、令和だぞ!!




そんな時代遅れな中谷王我の後ろから、トボトボとした足取りで現れたのは、




竹田悠太――では、なかった。




竹田悠太の顔を、しっかりと覚えているわけではないけど、




今、出てきた男子生徒とは、絶対に違う気がする。




てっきり、相手は竹田悠太だとばかり、思い込んでいたのだけど――




これで、二つのことが明らかになった。




まず、中谷王我は、




イジメた相手に「ダチだ」などと言って、自分に依存させようとするタイプらしい。




よくあるDV夫と同じだ。




そして、もう一つ。




中谷王我がイジメているのは、竹田悠太だけではなかったのだ。




無事、彼らに見つかることなく、やり過ごせたのは良かったけど、




歩き去っていく中谷王我の後ろ姿は、まるで悪魔の背中のように見えた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る