《特別エピソード》経緯、そして…(2)




「お前ら、何の用だ?もう少し静かに入ってこれねぇのか」





俺が言うと、やって来た三人――




河野幸太朗、永嶋優流、田中偉知――はニヤリと笑みを浮かべた。




コイツらとは、同じクラス(三年九組)なんだが…




また人をからかいに来たに違いない。





「お前らに報告があって来たんだよ」





河野幸太朗が言った。





「敬悟と来登を巡る〈恋愛ニュース〉が、どんどん広まっていってるぞ。


特別科だけじゃなく、普通科や看護科でも…


”敬悟と来登をそそのかした女が誰なのか”って騒ぎになってるらしい」




「はぁ?」





思わず、間抜けな声が出た。




予想自体は出来ていたのだが…、まさかそこまでの事態になっているとは。




ったく、失態の連続だ……




怒りを抑え込んでいると、今度は田中偉知が言った。





「麻里乃と愛蘭が二の八にも情報流してさ、


坂口百合子について突き止めてやると息巻いてんだよ。


このまま放ってていいのか?」





坂口百合子じゃなく、原口夢果だが…




もう俺らには関係ねぇことだ。




それにも関わらず、周囲から誤解をされちまっている……




俺と来登が原口夢果を取り合っている、と。




実は、今朝、こんなことがあったのだ――




原口夢果と別れた直後、俺と純成と亜輝も教室に入ったのだが…




黒板にある文字が書かれているのが目に入った。




[原口夢果]




昨日、あの女が書いたのを消していなかったのだ。




しまった、と思った時にはもう遅く……




同じクラスの連中が、黒板に書かれている女の名前を見て騒ぎだした。




特に女たちの騒ぎ方が凄まじく、担任の岩倉に向かって質問まで始めた。





『原口夢果って、誰?』





すると、岩倉はこう答えた。





『俺の元教え子でもある女子生徒だ。


敬悟たちと仲が良くてな、とにかくモテモテなんだぞ。


俺は最初、敬悟と付き合ってるのかと思ったんだけどな…


本当は来登と付き合ってるらしい』





オイ!!!




と怒鳴ったら、余計に誤解が大きくなった。




なぜか、話は、




俺と来登が原口夢果を通して恋敵になっているということに……




俺はもちろん、純成と亜輝と虎男も断固否定したが、




誰も聞き入れようとはしなかった。




暴力で解決するという手もあったが、




特別科にはマトモな奴や弱い奴が一人もいねぇから、




校内で大戦争を引き起こす可能性があると見た。




よほどのことがない限り、「平和を保つ」という目標を掲げている俺らは…




とりあえず、大目に見てやることにしたのだ。




それが間違いだったようだが…。





「朝も言ったけどな、俺と来登は恋愛なんかしてねぇよ。


お前らが誤解してるだけだ」





俺は事実を訴えた。




来登のためであり、あの女――原口夢果のためでもある。




もうお互い関わることもねぇのに、誤解をされたままだと……




不快な思いをするだけだろう。





「じゃあ、なんで黒板に名前が書かれてたんだ?」




「それは…昨日、放課後に少し話をしたからだ。


別に怪しいことはない」




「でも、今日の朝も一緒にいたんだろ?」




「…まあ。もう二度と関わらねぇがな」





俺の言葉に、三人は驚いたようだ。





「まさか、数日で別れたのか!?」




「俺や来登が、そんな奴に見えるか?


最初から付き合ってもねぇし、たまたま少し話をしただけの関係だ。


いい加減、分かれ」





純成と亜輝と虎男は頷いた。




俺ら四人による、無言の威圧だ。





「まあまあ、そんなに怒らなくても」





永嶋優流が言った。





「俺たちはただ、この珍しいニュースが気になるだけなんだよ。


お前たちは、いつも自分たち以外に心を閉ざしてるし」





別に心を閉ざしているつもりはねぇが…?




純成も亜輝も虎男も、肩をすくめている。




幸太朗が溜め息を吐いた。





「まあ、お前らの言うことは信じるよ。


これ以上、周りに誤解されないようにしないとな。


その…原田、何ちゃんだっけ?その子が大変な目に遭わないように」





…大変な目?




俺ら四人がキョトンとしていると、幸太朗は呆れたような顔をした。





「ほら、お前らって知名度高いだろ?崇拝してる生徒もたくさんいる。


世の中には度を超えた嫉妬心を持つ人間もいるから、


お前らと関わったことで、その子はイジメに遭うかもしれない。


いや、もう遭ってるかもな?」





パンと、亜輝が手を叩いた。





「やっぱ、そうだよな?俺もそう思ったんだ」




「注目度の高い男に関わると、その女は決まって妬まれる…お決まりだろ。


どういうきっかけで知り合ったのか知らねーけど、


お前らが人目を気にせず声を掛けたりしてたら可哀想だな。


その子が目立たないタイプだったら尚更」





亜輝も圧倒されるほどの饒舌じょうぜつ




なぜだか分からねぇが、幸太朗の言葉が鋭く刺さってくる。




俺らは原口夢果に対して、無神経な言動を取っていたというのか?




…今さらながら、引っ掛かる。





「敬悟、気にするなよ」





すかさず、純成が声を掛けてきた。





「もう関わらねぇんだから、関係ない」





亜輝と虎男が、純成をギロッと見る。




純成は二人の方に目をやるも、平然とスルーしてみせた。




…コイツら、ガキの頃に戻ったみたいだ。





「じゃ、最後に一つ教えろよ」





急に、偉知が言った。





「井手口優子って、何年何組?それだけ教えてほしいな」





俺ら四人は、首を横に振った。





「知りたければ、自分で調べろ」





その時だ。




再び、バ――ンとドアが開けられた。





「いた、いた!」





女の声。




優流が手を上げた。





「陽菜、どうした?」





新たにやって来た女の名は、永嶋陽菜ながしまひな




来登と同じ二年の、優流の妹だ。




妹に甘い優流は、不機嫌そうな陽菜の頭を撫でる。





「優流、さっき最悪なことがあったの!」





やはり、陽菜は言い出した。





「何があった?」





優流が尋ねると、何やら話しはじめた。





「わたし、いちごワッフルを買いに売店に行ってたんだけど…


最後の一個を必死で取ったんだよね。


なのに、一瞬にして、狂った女から強引に奪われたんだよ!」




「狂った女?誰のことだ?」




「知らない女!マジで頭おかしかったんだから!


自分には身の危険が迫ってるから、譲ってほしいって言ってきたの!」




「容姿の特徴は?」




「えっとー…」





少し考え、陽菜は言った。





「赤のメガネ!メガネをかけてて、背は小さかった。


あと、リボンの色的に普通科だと思う」





それは…。




見ると、純成と亜輝と虎男も怪しんだ顔をしている。




…いや、もしかすると人違いかもしれない。




他人の空似という可能性もある。





「学年は分かるか?」





優流は、まだ質問を続ける。





「見たことないっていうなら、同じ学年じゃないだろうな。


一年か、三年か…」




「でも、ピカピカの新入生オーラは無かったよ。


どっちかっていうと老けて見えた」




「それじゃあ、三年か。よし」





優流は、妹の肩に手を置いた。





「安心しろ、陽菜。お前に酷いことをする奴には罰を与える。


その頭のおかしい女を見つけ出して、捕まえてやる!」




「ホント?最後の一個を取られて辛かったんだ!」




「可哀想に…兄に任せろ!」





永嶋兄妹以外、全員が呆れている。




相変わらず、優流の兄バカが重症だからだ。




たかが、いちごワッフルで…




と言いたいところだが、今はやめておこう。





「食い物の恨みと、兄バカは怖いなぁ」





幸太朗が言い、俺らは共感して頷いた。




どのみち、関わりたくはない案件だ。




いちごワッフル事件の犯人が、原口夢果だとしても……知ったことか。




俺は言ったのだ――「二度と関わらない」と。




この名に懸けて、自分が言ったことは守ると誓おう。






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