(6)




言っておきたいこと…。




痛みに身をよじらせながら、懸命に頭を動かした。





『…じゃあ、一つだけ、頼みがある』





まさに藁にも縋る思いというもので、俺は言った。





『この三人は、見逃してやってくれないか』





翔弥と礼司と光喜が飛び起きた。





『進真、何言って…』




『こうなった始まりは、俺なんだ…。


”制裁”とかいうのは俺が受けるので、三人は逃がしてください。お願いします』





そう、責任は俺にある。




ここまで、三人を巻き込んでしまったのだから…――





『アホ口進真!バカ言うなって!』




『そうだ。俺たちみんな、お前と一緒なんだから!』




『進真だけが責任を負うなんて、そんなのおかしいよ!』





三人はそう言ったけど、俺は聞き入れなかった。





『お願いだ。これ以上、三人を巻き込みたくないんだ』




『気持ちは分かるけどな、”制裁”を免除するルールはねぇんだよ』




『そこをなんとか…』





頭を下げようとした時、後ろから掴まれた。




翔弥と礼司と光喜が、首を左右に振っていた。





『…進真は好かれてんだな』





中谷王我が言った。





『お前ら、そんなに進真が大事か?


自分らのことも顧みず、守りたいっていうのか?』





翔弥と礼司と光喜は、こくこくと頷いた。





『当たり前だろ、友達なんだから』




『へぇ、ホントかなー』





ニヤリと笑みを浮かべながら、中谷王我は何かを考えた。




そして、思いついたらしい。





『じゃあ、こうしようじゃねぇか――


お前ら三人が俺の言うことを聞けば、お前ら全員を解放してやる。


進真に関しては特に何もしなくていいし、


三人もちょっと俺の言うことを聞くだけでいいんだ。


双方の意見を聞き入れた、最善の策だと思わねぇか?』





最善とは思えないけど…




と、言おうとした時だった。





『俺たちは、何をすればいいんだ?』





礼司が質問した。




すると、中谷王我は首を振った。





『ちょっと時間をくれよ。俺にも考える時間が必要だ』





一体、どんなことを命令する気だろう?




恐ろしくなって、俺は口を挟んだ。





『でも、それじゃ、三人にだけ負担がかかるじゃないか。


もっと平等になる方法を…』




『いや、大丈夫だ、進真。それでいこうぜ、中谷王我』




『え?』





俺の言葉を遮ったのは、翔弥だった。




ボロボロなのにも関わらず、自信満々な様子だ。





『最初らへん、全然お前に協力できなかったからさ。


これでって言うのもなんだけど、俺らに頑張らせろよな』





そう翔弥は言ったけど、全く意味が分からなかった。




だって、彼らはいつも俺の支えになってくれていたから。




どうして、そんなことを言うんだろう?





『進真は、学級長ってこともあって、いつもみんなのために頑張ってたじゃないか』





光喜が、俺に言い聞かせるように言った。





『だから、次は俺たちが進真のために頑張る番だ――


そう言いたいんでしょ?翔弥は』




『珍しく物分かりがいいなぁ、光喜。そう、その通りだ!』




『俺もそう思うよ!進真のために頑張りたい!』




『よっし、それでこそ友達だ!礼司、お前も賛成だろ?』





礼司は中谷王我に対し、もう一度、質問した。





『俺たちが言うことを聞けば、許して、解放してくれるんだな?


進真には何もしないって、守れるか?』




『お前らが、俺の言うことを聞けばな。これで納得か?』




『ああ…、分かった』





そうして、友人たち三人が中谷王我の言うことを聞けば良いということになった。




俺は”これで良いのか”と悩んでいたけど、友人たちは違った。





『進真、安心してよ。大丈夫だから…!』




『俺らに任せとけ。さっさと解決してやるから』




『中谷王我も一応、人間なんだな。思ったよりも話が通じて安心した』





ボロボロで、それでも笑顔でいる俺の友人たちを、




中谷王我たちは死んだような目で眺めていた。




”なにコイツら”とでも言っているようだった。




確かに、こんな状況で笑えるなんて、おかしい。




竹田も、陸斗も、安田も白石も甲斐も大崎も、




こんな風に麻痺していったのかもしれない…。




ふと、そんなことを考えた。





『よし。じゃあ、しばらく待ってろよ、お前ら』





中谷王我が、翔弥と礼司と光喜に向かって言った。




顔には満面の笑みが広がっていた。




…それで、今日は終わり?




違う、まだ言いたいことがあった。





『中谷王我。まだ確認できてないことがあるんだけど…』




『何だ?あ、ちょっと待てよ』





俺に向かって手の平を見せたと思うと、中谷王我は言った。





『俺のことは、王我って呼べよ。陸斗には、陸斗って呼ぶだろ?


俺と俺の仲間のことは呼び捨てでいいから。


もうダチなんだからよ』





「中谷」が付いてるか付いてないかの違いだし、決して友達ではないけど、




まあ本人がそう言うなら。




ということで、俺は言った。





『王我、もう悠太に酷いことするなよ。陸斗たちも、約束してくれ』





王我と、その仲間たちは笑った。





『だから、俺らはイジメてなんか…』




『まだとぼけるのか?目撃証言もちゃんとあるんだぞ』





俺が言うと、翔弥と礼司と光喜は力強く頷いた。




そうだ、俺たちはイジメをなくすために行動してきたんだ。




今言わなくて、いつ言うんだ?




俺は、竹田…悠太の方を見た。





『…今まで、辛かっただろ?もう大丈夫だからね』





悠太は、俺の顔をじっと見た。




その目に浮かんでいるものを、読み取ることは出来なかった。




あまりにも複雑な表情だったからだ。




しかし、その口が微かに動かされるのを、俺は見た。




「助けて」と…、そう言っていた。





『悠太はダチだって言ってんじゃねぇか。


お前らだって、ダチ同士、からかったりすることはあんだろ?』




『からかうでも、やられた相手が不快に思ってたら、それはイジメだ。


お互いに楽しんでる場合以外では、なるべく控えてほしい』




『……はいはい、分かったよ。控えればいいんだろ』





意外にも、王我たちは素直に頷いた。




もしかすると、最初からこうして話せば良かったのかもしれない…。




いろいろなことがあった今、そうも思った。




しかし、先に言っておく…。




王我は、どんなに言い聞かせても、押さえることの出来ない相手だった。




彼の仲間も同様だ。




ウソつきで、卑怯で、残酷。




彼らを少しでも信じようとした俺たちが、馬鹿だったのだ。




王我の案を受け入れたことは、完全なる失敗だったと……




間もなく、俺は知ることになる。




――「悠太に対し、イジメに繋がる行為も行わない」。




そう誓わせたところで、俺たちは武道場を後にした。




翔弥はカバンの中から自分の財布を取り出し、




中身をチェックしながら、『どうせ、金だろ』と呟いた。




一方、礼司は、




『分からないけど、何かのパシリにされるかもな』などと予想していた。




そして、光喜は…





『いつでも暴力を受けていいように、厚着しなくちゃ』





その日の帰り道は、四人一緒だったけど、なんだか落ち着かなかった。




友人たちのことで気を揉んでいたせいなのか、




麻痺していっている自分に違和感があったからなのか。




漠然としていたけど、とにかく憂鬱だった。





『――進くん!その目、どうしたの?』





家に帰ると、母さんがすかさず言ってきた。




ジリジリと痛む瞼を押さえながら、何と答えようか考えた結果…





『多分、”ものもらい”だと思う』





高校に入って初めての、ウソを言った。




けど、母さんは意外にも信じてくれた。





『ちゃんと目薬しなきゃダメよ。あと、鼻も赤いけど、どうかした?』




『…鼻炎だよ。大丈夫だから』





さっそく二度もウソをつき、その日はなんとか誤魔化せた。




これは自分のことなんだから、自分で何とかしなくちゃいけない。




それに、相談したって、きっと解決しない。




絶望的な気分で、次の日を迎えた。




――もしかすると、今日、何か言われるかもしれない!




そう思って登校したけど、友人たちは首を振った。





『何も』





その代わり、こんなことがあった。




珍しいことに、悠太が俺と”話をしたい”と言ってきたのだ。




俺の席へと歩いてくる悠太の姿を見て、




クラスメートたちがコソコソと何か話していた。




それくらい、彼が教室で誰かと話すというのは稀だったのだ。




昨日の今日で、どういう心の変化があったんだろう?




そう思いながら、お互いに向き合った。





『学級長』




『進真でいいよ』




『…進真、』





悠太は深刻な調子で始めた。





『昨日のは、地獄の幕開けに過ぎないんだよ。…分かってる?』




『その地獄を、ずっと耐えてきたんだろ?


ごめんよ、今まで何もしてやれなくて…』




『いや、いいんだ。ただ…』




『良くないよ!ほっとけるわけがない』




『……こうなったこと、後悔してないの?』




『してはないよ。容認したり、傍観したりはしたくなかったから』





悠太は一度黙った。




少しして、再び口を開いた。





『ほとんどの人が、傍観者になるっていうのに……本当に変わってるね。


俺が友達ならまだしも、ただのクラスメートなわけだし…』




『俺たちは友達だよ。…悠太がそう思ってないなら、今からでもなろう?』




『…もう、遅いよ』




『え?』




『王我から目を付けられたんだ……君たち、おしまいだよ。


それに、昨日、俺が君たちを連れて行ったし、助けもしなかったんだ。


そんな奴に、よく友達になろうなんて言えるね?』





悠太の言葉は、俺を非難していたけど、彼自身を非難するものでもあった。




イジメを受けると、心が疲弊すると共に、自尊心が失われていく。




最終的に、自分のことが憎くなるのだ。




そういう気持ちは、誰よりも理解が出来た。





『やりたくて、やったんじゃないんだろ?』





俺は言った。





『分かってるよ。


”関わらないでほしい”って言ったのは、


俺たちを王我と関わらせないためだったんだって。


…気遣ってくれて、ありがとう』




『……分かるって?何が分かるっていうんだ?』




『俺も、イジメを受けたことがあるから。


悠太の気持ち、他の人よりは分かるんだよ』





悠太は驚いた様子だった。




眉をひそめて、じっと俺を見た。





『…じゃあ、もうイジメには関わりたくなかっただろうに』




『関わりたくなかった。だから、解決したかったんだ』





俺が言うと、悠太は悩ましげに首を傾げた。




”理解が出来ない”という雰囲気だった。





『勝手な思いで、いろいろ行動して、ごめん』





俺は謝った。





『でも、どうしても、見て見ぬフリは出来なかったんだ。


余計なお世話かと思いつつ、どんどん深追いして、ここまで来てしまった。


俺はいいとしても、翔弥と礼司と光喜が心配だ。


王我は一体、三人に何を言う気なんだろう?』





悠太は首を横に振った。





『分からない。王我は普通じゃないから、何を考えているのか…。


とにかく、残酷な手を使ってくることは間違いない。


俺は何度も、アイツの悪事を見てきてるから……』




『こうなったら、俺たち、みんなで逃げるしかないかもしれないな。


悠太だって、本当は今すぐ脱け出したいんだろ?』




『…逃げる?そんなこと、無理に決まってるよ。


助かりたければ、おとなしくアイツに従うのが一番なんだ』





悠太の諦めきった様子を見て、気分が落ち込んだ。




今の自分では助けようがないと分かっていたけど、




彼が”助けて”と言ったのを見た瞬間、身体の中に熱が戻ってきた感覚がしたのに。




…俺はやっぱり、”正義の味方”気取りの弱虫なのか。





『とにかく、覚悟はしておいた方がいいよ。それしか言えない』





そう言い残して、悠太は自分の席へと戻っていった。




…残酷な手とは、一体?




想像も出来ないまま、さらに次の日となった。




――今日こそ、何か言われるかもしれない!




しかし、やはり友人たちは首を振った。




その後、おかしな出来事があった。




提出したノートをクラスメートたちに返していた時だ。




机の上にノートを置こうとすると、ちょうど陸斗の手と俺の手が当たった。





『あっ、ごめ…』





言いかけた時。





『…気を付けろよ!クソがッ!』





想像以上に、キレられてしまった。




もう一度謝ろうとすると、こちらを見ようともしないで言ってきた。





『いいから、さっさと行けってんだ!!』





前よりも短気になった気がする…。




そんなことを考えながら、よく見てみると――




陸斗の肩は、なぜか小刻みに震えていた。




肩を震わすほど、怒っているのか?




けど、今まで、こんな風に震えているところは見たことがなかった。




不自然だとは思いつつ、




これ以上怒らせてはということで、俺はその場を後にしたのだった。




それから、何日も、俺たちは待った。




けど、王我は姿を現さなかった。




友人たちの顔色は、日増しに悪くなっていった。




ただでさえ不安なのに、待つ時間がいつまで続くかも分からないのだ。




漂う緊張感に気が付いたらしく、松木が声を掛けてきた。





『…ねえ、大丈夫?』




『…もちろん』





俺たちは四人で、親指を立ててみせた。




松木は、彼女にしては珍しいほどの不安そうな表情を浮かべていた。




しかし、俺たちの”何も聞くな”オーラを感じ取ったのだろう…、




深く掘り下げようとすることなく去っていった。




――松木、君を巻き込むわけにはいかないんだ。




心の中で謝りながら、王我がやって来るのを待った。




…そんな中、ある日の朝。





『おはよう。今日は、どうかな…?』





友人たちが全員揃ったところで、いつも通りに話しかけると――




誰からも何の反応もない。




聞こえなかったのかと思い、俺はもう一度言った。





『今日こそ…、来るかな?


あんまり来ないようだったら、こっちから言いに行くしかないかもしれないね』





しかし…、それでも何の反応もなかった。




おかしいと思った。





『翔弥、どうしたんだよ?そんな暗い顔して』




『……』




『礼司、翔弥の様子が変だよ。どうすればいいと思う?』




『……』




『光喜、何かあった?みんな、元気ないみたいだけど…』




『……』





三人とも、全くの無反応だった。




なんだか、まるで俺のことが見えていないかのような素振りで――




一瞬にして、透明人間になってしまったような心地だった。




…どうして、三人とも無視なんかするんだろう?




これまで、三人が俺の話を無視したことは一度もなかった。




それなのに、なぜ…。




急に泣きそうになった。





『ねえ、何かあった?もしかして、もう何か言われたのか?』





尋ねても、三人は答えてくれない。




俺の顔を見ようともしない。





『頼むから…、聞こえないフリしないで。何か答えてよ』





そう言っても、三人は頑なに俺と目を合わせようとしない。




俺はもう、尋ねることもキツくて…。





『俺…何かした?言ってくれれば、謝るし、直せるように努力するよ』





早く解決したいという思いで、縋るように言った。





『だから…、もう無視しないで。お願いだよ』





すると、チラッとだけ、光喜と目が合った。




その目は潤んでいるようで、キラキラと光って見えた。





『光喜…』





俺は、助けを求めるように、手を伸ばした。




しかし、光喜はそれを払いのけた。





『触るな!あっちに行け!』





と、彼は言った。





『…?』





ショックのあまり、言葉が出なかった。




光喜は、素早く教室を出ていってしまった。




残された二人も、ドアの方へと歩いていく。





『…待って。二人とも』





喉から声を絞り出して言ったけど、立ち止まる気配はなく…――





『待って!』





急いで駆け寄り、二人の腕を掴んだ。




礼司が、俺を突き放した。





『…お前が、余計なことをしなければ』





彼は言った。





『こんなことにはならなかったんだ。全部、お前のせいだ』





翔弥が、俺を強く押してきた。




その勢いで、俺はドスンと床に尻もちをついた。





『……』





見上げると、そこには翔弥ではない翔弥がいた。




怒りなのか、憎しみの表情なのか…。




赤い顔をして、こちらを睨みつけながら、彼は言った。





『イジメられてたような奴と、仲良くなんか出来ねーわ。


やっぱ間違いだった』





しばらくの間、ドクンドクンという心臓の音が鳴り止まなかった。




なんとか自分の席へ戻り、何が起きたのか考えようとしたけど……




ショック状態のせいか、全く頭が働かなかった。




一部始終を見ていたクラスメートの何人かが、そんな俺に声を掛けてきた。





『進真、大丈夫か?アイツら、なんてひどいことを言うんだ』



『喧嘩でもしたのか?もしあれなら、俺らと一緒にいようぜ』



『大丈夫だから、元気出せよ』





みんな、俺のことを心配してくれているようだった。




頭の中はグチャグチャだったけど、彼らにお礼を言った。





『ハハ…ありがとう。ごめん、心配かけて』





友達は、翔弥と礼司と光喜だけじゃない。




味方はまだいるんだし、




こんなトラブル、友人関係の中では珍しいことでもないはずだ。




そう思おうとしたけど、やっぱり…。





『……』





――『触るな!あっちに行け!』



――『全部、お前のせいだ』



――『やっぱ間違いだった』




三人の言葉が、ずっと頭の中で響いていた。




あれは、彼らの本心なんだろうか。




以前から思っていたことなんだろうか。




でも、どうして、こんなに急に…。





『……』





涙が出てきそうなのを堪えて、必死に考えた。




あの言葉が彼らの本音であるかは置いておいて、




今日までは至って変わらなかったんだから、きっと…。




中谷王我だ、と思った。




それしかない。




きっと、三人は、俺の知らないところで何かを言われたんだ。




それで、ああいうことを…。




言わされたんだ、王我に言わされたんだと、自分に言い聞かせた。




三人は、言いたくて、俺にあんなことを言ったんじゃないはずだ。




そうであってくれと、願っている部分もあった。





『……』





三人に何を言ったのか、王我のところへ確かめに行かないと。




そう思った、矢先。





『…進真!!』





いきなり、教室の中に飛び込んできた人物…




悠太だった。




今にも泣き出しそうな顔をして、俺に飛びついてきた。





『…悠太!?』




『進真、助けて…、助けてくれ!!』





悠太は叫んだ。




教室はおろか、廊下までもがザワザワしていた。




俺は、悠太の、周囲の生徒たちの視線の先に目をやった。




そこには…――





『おい、悠太。何してんだよ』





他でもない、王我がいた。




一年二組の教室に迷いもなく足を踏み入れると、俺たちの方へ歩いてきた。




そして、目の前で立ち止まった。





『おはよう、進真。元気か?』





俺に向かって感じ良く挨拶したと思うと、




悠太の襟元を強く掴んだ。





『進真が唯一の頼りだからって、甘えちゃダメだろ。なあ、進真』





王我が俺に向かって親しげに話すのを見て、周囲がどよめきだした。




みんなが言いたいことは、伝わってきた。




――進真の奴、中谷王我と仲良かったのか?




俺は首を横に振り回した。




――違う、違う、違うんだ!




俺の肩に、王我の手が乗せられた。





『俺らみんな、ダチだもんな』





意を決して、その手を振り払った。




辺りを覆う沈黙を突き破るように、俺は言った。





『友達だって?俺たちは、友達なんかじゃない!』





王我は笑った。





『なんで、そんなこと言うんだ?前は何も言い返さなかっただろ』




『悠太を放せよ。今すぐ』




『俺に命令する気か?このクラスだって、俺の支配下も同然なのによ』




『支配なんてさせない!絶対に!』





つい正義感を振りかざしてしまった。




けど、二組はまだ支配されていない自信があった。




同じ学級長でも、俺は安田十詩央とは違うから。




簡単に支配させてたまるか、という思いがあった。




この時点では、まだそういう気力があったのである。





『…いい度胸だなぁ』





王我はニヤニヤしながら呟き、悠太を乱暴に放した。




悠太は、バタンと床の上に倒れた。





『お前はほんとに面白ぇな、進真。


この学年のどんな学級長より、個性と正義感が強くて、


さぞかし人気なことだろう!』





王我は言った。





『進真と親しいって奴は、手を上げろ!きっとたくさんいるだろ!』





一年二組の教室だけでなく、一年生のフロア中が静まり返っていた。




誰一人として、手を上げはしなかった。




ついさっき励ましてくれた彼らも、気まずそうな表情を浮かべながら、




無言で立っているだけだった。




分かっていた…、みんな怖がっているのだと。




中谷王我の目に留まるようなことは、何もしたくなかったのだ。





『…ありゃ?』





中谷王我は大袈裟に言った。





『意外だなぁ、誰もいねぇなんて。


このクラスで進真と仲いいのは、小野翔弥と吉川礼司と佐藤光喜ぐらいか?


あの三人はどこ行ったかなー?』





すると――、





『呼んだか?王我』





ドアの向こうから、翔弥と礼司と光喜が現れた。




俺たちの目の前まで来ると、まず翔弥が言った。





『俺らは、もうコイツの友達じゃない。誤解はやめてくれよ』





礼司が、俺を指差した。





『俺たちは、コイツに従っただけだ。


ありもしないイジメについて、教師たちに告発するよう指示された』





目の前で起きていることが、現実とは信じられなかった。




これは、とても悪い夢なんじゃないか……




そう信じたかったけど、次の瞬間、やはり現実なのだと思い知らされた。




光喜が…、俺を殴ってきたのだ。





『…ッ!』





それほど強くはなかったけど、頬がジンジン痛んだ。




な、なんで…?




そう思った瞬間、光喜はふらつきだし、床に膝をついた。





『光喜…、大丈夫?』




『……』





光喜の目は、相変わらず潤んでいた。




…泣いているように見えた。




翔弥と礼司の方を見てみると、二人の目も潤んで光っていた。




翔弥の口元は、ガクガクと震えているように見えた。




やっぱり…。




俺が立ち上がろうとすると――





『お前ら、やるなら今のうちだぞ』





王我が静かに言った。




途端に、翔弥、礼司、光喜の三人が、俺を一斉に蹴りだした。




俺はその場に丸まって、痛みに耐えた。




三人の人間に蹴られる苦痛はとてつもなく、同時に凄まじい絶望感に襲われた。




今、俺を蹴っている三人は、俺の友達なのだ。




この激痛が、蹴られているせいだけでないことは明らかだった。





『……』





周囲は静かなままだった。




誰も、声を上げもしなかった。




その時、俺は理解した。




王我は、俺を孤立させようとしているのだ。




人間にとって、孤独は耐え難いものだから。




そして、全てはウソだったのだろう。




王我は、俺たちを許そうなんて思っていなかった。





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