(5)




もの凄い緊張感だった。




中谷王我は、まるで親しい友人のように俺の名前を呼んだ。




俺が頷いてみせると、




その場の雰囲気に気が付いたのか、ニヤリと笑った。





『ちょ、お前ら!硬いなぁ、緊張してんの?』





誰も返事をしなかった。




何が面白いのか、中谷王我はガハハと笑いだした。




悪役がよく笑うというのは、本当のことらしい。




武道場中に響き渡る笑い声を聞きながら、そんなことを思っていると。




中谷王我の目が、いきなりこちらに向けられた。





『今日はわざわざ来てもらって、ありがとな。


ちょっと話せば済むから、まあ付き合ってくれよ』





その視線は、俺たちの背後へ移された。





『悠太も、ありがとな。俺が希望した通り、コイツらを連れて来てくれて。


やっぱり、最高のダチは違うな!』





途端に、ワッと複数の笑い声が上がった。




陸斗と一緒に並んで立つ四人の男たちが、腹を抱えていた。




陸斗も笑っていたけど、声を出しはしなかった。




不快な笑い声に包まれる中、




竹田は俺たちの後ろで力なく微笑んでいた。




彼の心情を掴めないでいると、中谷王我が言った。





『そうだ、まずは自己紹介しねぇとな。


まあ、お前ら、座りでもして楽にしろよ』





そう促され、俺と礼司と光喜はその場に腰を下ろした。




けど、翔弥だけはそうしなかった。





『長居するつもりはないから、このままでいい』





立ったまま、彼は言った。




そうか、と中谷王我は笑った。




一瞬、光喜と目が合って、共に恐怖を分かち合った。




長いこと使われていない床が、余計に冷たく感じられた。




中谷王我は、陸斗たちにも座るよう促し、自らもストンと腰を下ろした。




立っているのは、翔弥と、何も言われていない竹田のみになった。





『一緒に立ってようぜ』





翔弥が、竹田に声を掛けた。




間もなく、中谷王我が話しだした。





『さて、さて。


俺は中谷王我ってんだけど、下の名前は「我は王様だ」って意味なんだ。


とんだキラキラネームだって思わねぇ?』





陸斗たちが笑った。




中谷王我といる時は、陸斗もこうして笑うんだな…なんて思った。




相当、媚びているのかもしれない。




一体、二人はどういう関係なんだろう?




そう思った次の瞬間、





『コイツは、副島陸斗。まあ同じクラスだから知ってっか』





陸斗の肩に手を置いて、中谷王我が言った。





『でも、これは知らねぇよな――陸斗と俺は、昔からダチなんだよ。


親父同士が仕事仲間で、


中学までは違う学校だったんだけど、定期的に親子で会ったりしてたんだ。


だよな、陸斗!』




『ああ、そうだな』





頷く陸斗を見ながら、頭の中を整理した。




中谷王我と副島陸斗が、以前から友人だったって?




父親同士が仕事仲間ってことは、中谷王我の父親も……警察!?




なんとか平静を保ちながら、静かに思った。




…社会は、終わったな。





『コイツは、安田十詩央やすだとしお


名前の響きは昭和っぽいけど、字は令和、でも生まれは平成』





中谷王我が、陸斗の隣にいる人物を指して言った。





『十詩央は、三組の学級長なんだ』





三組の学級長、安田十詩央。




確かに、多目的ホールで見た顔だった。




メガネの奥にある目が、俺を捉えた。





『二組の学級長だろ?よろしく!』




『よろしく』





俺が挨拶を返すと、安田はニッコリと笑った。




こんな状況で隣のクラスの学級長と顔を合わせることになるなんて、




思ってもみなかった。




中谷王我は、もう次へ進んでいた。





『コイツは、白石和哉しらいしかずや


中学ん時からのダチなんだ。ちなみに、十詩央と同じ三組だ』





三組の白石和哉。




安田十詩央とは正反対に、無表情な顔を崩さない男だ。




中学の頃から中谷王我と友人だなんて、どんな人物なのだろう。




中谷王我は、さらに紹介を進めていった。





『コイツは、甲斐蒼汰かいそうた


大体、全員から甲斐って呼ばれてる。普通科、四組の体育委員だ』





普通科、四組の甲斐蒼汰。




紹介が終わった瞬間、こちらに向かって大声で言った。





『よろしくぅ!!』




『よろしく…』





あまりの勢いに圧倒され、俺たちが挨拶を返した時だ。





『クソ野郎、静かにしろよ!』





まだ紹介されていない一名が怒鳴り、甲斐の頭を横殴りにした。




ボコン、と鈍い音が聞こえ、




俺と翔弥と礼司と光喜は思わず肩を揺らした。




けど、驚いたのは俺たち四人だけらしく、




陸斗も安田も白石も、そして竹田も、




殴られた甲斐本人ですら、平気な顔をしていた。




中谷王我が、笑いながら言った。





『おいおい、よせよ、四人ともビックリしてるじゃねぇか』





そして、俺たちの方を向いた。





『悪りぃな、最初っから暴力で。でもまあ、俺らなりに仲良くはしてんのよ。


で、この暴力男は、大崎銃之助おおさきじゅうのすけ


名前からして危険だろ?クラスは普通科、七組だ』





普通科、七組の大崎銃之助。




見るからに危険そうだ。




それ以外には、何も思い浮かばなかった。





『…で、最後に――』





中谷王我は、立っている二人のうちの片方に注目した。





『竹田悠太。俺の心の友だ。


悠太とも中学で出会ったんだけど、以来ずっと変わらずダチなんだ』





…ひっくり返るかと思った。




一瞬、耳を疑った。




中谷王我と竹田悠太が、中学から?




ということは、竹田は中学から今まで…。




ふと、陸斗と目が合った。




すぐに逸らされたけど。




自分を含める全メンバーの紹介を終えた中谷王我は、満足げに締めくくった。





『以上が、俺と俺の仲間の紹介だ!』





”ダチ”とか、”心の友”とか、”仲間”とか……




この男は本気で言っているのだろうか?




実際に接してみると、想像していたより明るくて、




それなだけに中谷王我という人物の人間性が掴めなかった。




間違いがないのは、人当たりが良いということ。




一瞬、”根は悪くないのかもしれない”なんて錯覚しそうになったほどだ。




翔弥と礼司と光喜も、俺と同じように戸惑っている様子だった。




中谷王我による人物紹介が終わった後、俺たちはしばらく普通に話した。




この高校についてや、学年やクラスのこと、先生たちのことなど…。




中谷王我があまりにも普通に接してくるので、




俺たちはそのペースに呑まれたかのようだった。




今、思えば、この瞬間に俺たちは何らかの魔術にかかってしまったのかもしれない。




けど、一旦、あることがきっかけで我に返った。





『おい、見ろって』





中谷王我が、自分のスマホの画面を強制的に見せてきた。




そこには…、下着姿の女の写真があった。




その写真の女が”誰か当ててみろ”と言われたけど、俺たちは全員分からなかった。





辻舞子つじまいこだよ。三組の学級長の』





聞いてもあまりピンとこなかったけど、つまりは安田十詩央の相方ということだ。




どういう顔をしているかと思えば、安田は笑っていた。





『さすがは王我!辻とも寝れるなんて、尊敬に値する!』





ワケが分からずボーッとしていると、甲斐が言ってきた。





『王我は、たくさんの女とヤッたことがあるんだ!


しかも、その時に写真撮って、それを見せびらかすんだぜ。マジで最悪だよな?』





中谷王我は悪びれもせず、またスマホの画面を見せてきた。




次の写真も辻舞子らしいけど、今度は下着も身に着けていない姿だった。




俺は驚いて、目を閉じた。




中谷王我と、その仲間たちがギャハハと笑った。





『マジかよ、見ねぇの?お前ら四人とも、童貞確定だな!』





それを聞いて、友人たちも俺と同様の反応をしたんだと分かった。




…当たり前だ。




女子の裸なんて直視できないし、第一、辻舞子に申し訳なくて仕方ない!




なんてことをするんだ…と、罪悪感を抱きながら思った。




しかし、中谷王我はやめなかった。




俺たちが拒否しているのも構わず、写真を見ることを強要してきた。




中谷王我のスマホのアルバムは、ほぼ肌色で埋め尽くされていた。




どの写真も、肌を露出した女ばかりだった。





『世の中、馬鹿な女が多いんだよ』





暇そうにアルバムを見ながら、中谷王我は言った。





『声掛けただけで喜んで、ちょっと優しくしたら乗り気になって…


しまいには自分から股開くんだぜ。


で、ちょっとだけよーっつって、全裸の写真まで撮らせてくれんの。


つまり、コイツらは全員、ただのビッチなんだよ。だからいいんだって』





そして、さらにスマホの画面を見せつけてきた。




安田と甲斐が、品の無い笑い声を上げた。




俺たちが拒否し続けていると、急に白石が口を開いた。





『悠太は、俺らみたいに平気だよな?』





それを聞いて、中谷王我がスマホを竹田に向けた。





『悠太、お前にも見せてやるよ。来い』





竹田は、おずおずとスマホの方へ近寄った。




そして、無言で画面を見つめ続けた。





『ほらな、こうやって見るのが普通なんだよ』





中谷王我は言った。




ゆっくりと下がっていく竹田に、甲斐が尋ねた。





『興奮を隠してんだろ。勃ったか?』





竹田は弱々しく笑って、何も答えなかった。




すると、甲斐は小さく舌打ちした。




その横で、大崎が言った。





『お前のチ〇コ、もうしおれて機能しねーんじゃね?』





安田と甲斐がまた笑いだした。




一方、俺と翔弥と礼司と光喜は、ここまで一度も笑っていなかった。




ただただ、不快で仕方なかったのだ。




そんな俺たちの様子に気が付いたらしく、中谷王我が言った。





『おい、ダチをバカにすんじゃねぇよ。せっかくの時間が台無しじゃねぇか』





元はといえば、お前が原因だけどな…




とは、もちろん言わなかった。




すでに中谷王我にはとてつもない威圧感があって、




仲間たちですら何も言い返せない様子だった。




しかし、そんな中、翔弥が言いだした。





『それで、今日、俺らを呼んだ理由は?特に用がないなら帰るぞ』





…翔弥!




俺も礼司も光喜も、安堵と恐怖の狭間で勇気のある友人を見た。





『……』





中谷王我は、急に無言になった。




何を考えているのか、誰にも分からなかった。




…その時だ。





『用もねぇのに、わざわざ呼ぶわけねぇじゃん』





さきほどまでとは別人のような、とても低い声。




――ついに、本性が出てきたぞ!




心の中で、そう叫んでいると…





『お前らが一番分かってんだろ。なぜ自分たちが呼ばれたのか。


お前らがしたことを、俺は許さねぇ……


覚悟は出来てんだろうな?』





急にきた、脅し。




俺たちはみんな、必殺技をかけられたように固まった。




安田や甲斐ですら笑えないほど…――




張り詰めた空気が、俺たちを包み込んだ。





『…まあ、無駄なことをしたとしか言いようがねぇけどな』





そう言って、中谷王我はまたアルバムを見た。




そして、ある写真を選択すると、有無も言わせないようにして突き出してきた。




また拒否するつもりが、反射的に見てしまった。




その写真は、やっぱり裸の女のものだった。




けど、他のと違って、なんだか見覚えがある気がした。





『……清水、先生?』





中谷王我と、その仲間たちが笑った。




俺と翔弥と礼司と光喜は、啞然とした。





『お前らが相談した相手は、俺の女なんだよ』





中谷王我は得意げに言った。




――まさか、そんな!




ショックと絶望が、同時に襲いかかってきた。




相談をした日、翔弥の言っていたことが頭に浮かんだ。





『”中谷王我の女かよ”ってツッコみたくなるぐらい、妙にかばってたよなー』



『男と女の怪しい臭いだよ』





翔弥の予想が当たっていたなんて…




信じられないと思ったけど、信じるしかなかった。




清水先生は、自分のクラスの生徒である中谷王我と付き合っていたのだ。




だから、嫌われることを恐れてか、俺たちのことを話したりしたのだ。





『あの女、勝手に清純なイメージ付いてるけど…』





中谷王我は笑いながら言った。





『ほんとは、ただのやり〇ンなんだぜ。信じて損したな』





それから、もう一つ暴露話を聞かされることになった。




中谷王我曰く、三組の担任・市川先生は清水先生に想いを寄せていて、




自分と清水先生の関係に嫉妬しており、それで集会を開くことにしたのだという。





『市川は、俺たちが話してるのを聞いてやがった。


俺は黙ってろって言ったんだけど、清水って女は男の前だと優柔不断だから、


市川に全部話しちまった。


そしたら、市川の奴、俺が問題のイジメの主犯だって分かると、


集会をして生徒に指導しようなんて言いだしたんだ。


個人的な嫉妬の対象だった俺を、蹴落とそうと思ったんだろうな』





これも信じられないような話だけど、一応、理屈は通っている気がした。




多目的ホールで話していた時、市川先生はいつもと比べ感情的で、




イジメを行った生徒(中谷王我)をかなり批判していたし……




正直、あの集会には何の意味もなかったから。




個人的な感情も入り混じって、急遽、あんな風に生徒たちを集めたのだろう。




そう頭では理解したけど、心では全く納得できなかった。




ショックを通り越して、悲しみに襲われた。




あんなに勇気を出して相談したのに…、無駄どころか、逆効果だったのだ。




ウソ、身勝手、色恋…




この状況を生んだものを考えただけで、頭が痛くなった。





『まあ、さぞ想定外だったことだろうな』





中谷王我が言った。





『周りに誰一人、マトモな教師がいねぇんだもんな。


正義と思って行動したんだろうに…、それは同情するよ。


ただ…』





少し間をおいて、中谷王我は続けた。





『許すことは、どうしても出来ねぇよ。


ほとんど接点もねぇのに、勝手にイジメの主犯と仕立て上げられて、


悪者扱いされちまったんだからな。


まずは、ちょっとした”制裁”を受けてもらおうか』





……”制裁”?




あまり聞き慣れないその言葉に、恐怖を覚えた。




警察の息子が言う、”お仕置き”の意味だろうか。




しかし、それよりも。





『ちょっと、待ってくれ!』





俺が素早く立ち上がると、中谷王我とその仲間たちがこちらを見上げた。




翔弥と礼司と光喜、そして竹田は、驚いた表情で俺を見た。





『確かに、俺たちにも間違いがあった。


先生たちに相談して、そのせいで集会が開かれたこととか…


判断を間違ったんだと思う、それはごめん。


でも、こんなことになるなんて思わなかったんだ。


俺たちは、誰かを悪者に仕立て上げようなんて、今も思ってない』





いろいろなことが重なって、こうなったんだと伝えたかった。




それから…。





『仕立て上げるも何も、中谷王我、お前は悪者じゃないか。


イジメはないなんて、ウソを言うなよ!


みんな知ってるんだからな、お前が竹田を苦しめてるってこと』





指差した先には、中谷王我のキョトンとした顔。




その周りで、陸斗も安田も白石も甲斐も大崎も固まっている。




簡潔に言うと、空気が凍りついていた。




中谷王我本人に「悪者」と言ったのは俺が初めてだったらしく――





『……』





その悪者の無になった顔を見て、俺はようやく自分の失態に気が付いた。




焦って友人たちの方を見ると、三人とも魂が抜けたみたいになっていた。




そのすぐ横に、顔を強張らせた竹田がいて、





『…見たら分かるさ!』





後に引けないということもあり、彼を指差しながら続けた。





『竹田の顔、酷くやつれてるだろ。


お前たちから精神的・肉体的な暴力を受けているからさ。


日増しに顔色が悪くなっていく竹田を、毎日、黙って見ろっていうのか?


イジメはあるんだよ、ないわけがない!』





言いだしたら止まらなくなり、さらに言ってやった。





『言っておくけど、さっきからのやり取りもイジメだからな。


お前たちだけが大笑いして、イジられた竹田は全く楽しそうじゃないんだから。


殴るや蹴るの暴力だけがイジメじゃない、言葉でも十分なイジメなんだ。


少しは相手の気持ちを考えたらどうなんだ!』





…フウ、少しスッキリした。




しかし、それも束の間、気が付いたら殴り飛ばされていた。




バターン!!




激しく床の上に叩きつけられ、朦朧としながら見ると。




怒り狂った顔をして、こちらに拳を向けている陸斗がいた。




辺りがシーンとしていたので、ハアハアという荒い息が聞こえてきた。





『…進真ッ!!』





友人たちの大声が響き、




真っ先に駆け寄ってきた光喜が陸斗に捕まった。





『…離せ!』





光喜が怒鳴ると、陸斗は感心したように言った。





『へぇ、お前にもそんな態度が出来んだな。弱虫小僧め』





そして、光喜の襟元を強く掴み直すと、そのまま投げ飛ばしてしまった。





『ああ!!』





光喜の悲鳴が響き渡り、クククと笑い声が聞こえてきた。




安田と甲斐が、手を叩きながら煽った。





『いいぞぉ、陸斗!その調子でやれ!』





甲斐にもだけど、特に安田に対して思った。




――それでも、責任ある立場の人間か?




きっと、学級長がこれだから、三組は支配されたんだ。





『副島!またやってくれたな!?』





翔弥が激怒して言った。




蹴飛ばされたトラウマなど、もうどうでもいいようだった。




勢いよく陸斗の方へ駆け出すと、素早く腕を振り上げた。




それと同時に、陸斗も拳を握り…――




強力な一発を受けるかと思いきや、奇跡的に翔弥は陸斗の攻撃をかわした。




ところが、次の瞬間、別の人物が翔弥を殴った。





『…コイツ、反抗的でウゼぇから』





フラフラとよろめく翔弥を見ながら、白石が言った。




しかし、翔弥は倒れはしていなかった。




口から赤い血を流して、彼は言った。





『進真の言った通りだ!お前らは、すぐ人に暴力を振るう最悪な連中だ!


イジメの事実を訴えて何が悪い!


誰にでも分かるぐらい露骨にしといて、なにとぼけてんだ!』





その言葉に、礼司が付け加えた。





『暴力で何でも解決できると思ってるなら、それは大間違いだ!


どうして、話し合おうともしないで、こんなことするんだ?


友達への暴力と、竹田へのイジメと、


個人のプライバシーを侵害する写真を見せてきたこと。


全部、まとめて報告してやるぞ!』





礼司も、未だかつてないほど怒っていた。




しかし、その言葉は、誰にも響かなかったようだ。




陸斗が笑いながら言った。





『報告するって、誰にだよ?


この高校にはマトモに請け合ってくれる先公なんかいねぇし、


俺も王我も警察の息子だぞ』




『どうにでもなるさ!最近は相談窓口なんかもあるし、いろいろ方法はある』




『じゃあ、どこにも相談できねぇようにしてやるよ』





そこで、大崎が立ち上がった。




スタスタと礼司の方へ進んでいくと、素早く捕まえて、拳を振り上げた。




その瞬間…





『銃之助、下手に怪我させるなよ』





中谷王我が指示した。





『顔に傷作ったら、すぐバレるからな。見えねぇところをやれ』





なんて陰湿なんだ!




大崎は頷き、礼司のみぞおちを思い切り殴りつけた。





『うっ!!』





苦しげな声が聞こえ、礼司はその場に倒れた。




が、それだけでは済まされなかった。




大崎は倒れている礼司の腹や背中を何度も蹴り、罵声を浴びせた。




礼司は一度も叫び声を出さず、黙って苦痛に耐えた。





『意外と我慢強いな』





安田が感心したように言い、




その横で甲斐がさらに煽った。





『もっとやれ!もっとやれ!』





中谷王我が遮らないのを見ると、陸斗と白石は動き出した。




白石は少し青い顔をしていて、今度はきちんと”見えないところ”を攻撃した。




胸元を強く蹴られた翔弥は、




床の上に倒れてからも、ゼーゼーと苦しそうに呼吸した。





『そうだ。お前ら、冷静さを失うんじゃねぇぞ』





中谷王我が満足そうに言った直後、




俺は再び陸斗から殴られた。





『…う、』





ズキズキと痛む肩や腹を押さえながら、陸斗の方を見上げた。




結局、陸斗は中谷王我の仲間の一人で、イジメに加担していた。




自分なりに伝えたつもりだったけど…、コイツの心には何も届かなかったのだろう。





『…残念だよ、陸斗』





俺が言うと、陸斗は中谷王我の言いつけを破った。




俺の顔…




つまり、”見えるところ”に手を出したのだ。




もの凄い衝撃を顔面に食らった俺は、激しく倒れ込んだ。




目が開けられないくらい痛くて、鼻から血が噴き出てきた。





『おいおい、陸斗。何やってんだよ』





呆れた様子で、中谷王我は言った。




陸斗の口からは、荒々しい呼吸の音だけが聞こえていた。





『やけに荒れてんなぁ、お前。ちょっと落ち着けよ。


さっきから、こっちの不利になることしかしてねぇだろ。


まさか、進真を守ろうとしてるわけじゃあねぇよな?』





白石と大崎、安田と甲斐の四人が陸斗に注目した。





『なわけねぇよな、陸斗』





陸斗は大きく頷いた。





『当たり前だ。何言いだすんだよ、王我』




『じゃあ、もうこっちの不利になるようなことすんなよ。いいな?』




『…分かったよ』





陸斗は悔しそうな顔で、俺を睨みつけてきた。




でも、俺にはもう睨み返すほどの力は残っていなかった。




止まらない鼻血を手で拭いながら、立ち上がることも出来ずにいた。




三人の友人たちも、床の上に転がっている状態だった。





『もう終わりか?口のわりに弱えーな、お前ら。つまんねぇ』





中谷王我の言葉に、ワッハッハと笑い声が沸いた。




俺と友人たちは、お互いに目を合わせた。




友人たちの目にも、痛みと悔しさが浮かんでいて…――




俺はグッと床の上で拳を握りしめた。




――このまま終わるなんて、悔しい。



――間違っているのは、アイツらのはずなのに。





『お前ら、もうこの辺にしろよ。まだこれは”制裁”じゃねぇんだから!』





…え?




思わず、中谷王我を見た。




”制裁”じゃないのなら、これは何のための暴力なんだ?





『今のは、俺が指示したわけじゃねぇから。


これはただの陸斗が始めた暴力だ。恨むなら、陸斗を恨めよ』





そういうわけで、中谷王我は仲間たちを呼び集めた。




今から、”制裁”が始められるというのか。




そう思うと、最後の力が湧いてきて、なんとか立ち上がった。




そして、友人たちの方へ行き、手を貸して立ち上がらせた。





『進真、血が…』





ポタポタと滴り落ちる、赤い血。




俺は鼻を拭って、”大丈夫”という意味で頷いた。




そして、言った。





『どうせ暴力を受けることになるなら、抵抗してみよう。


今のうちに、みんなで襲いかかるんだ…!』





集まった中谷王我たちは、こちらを見ていなかった。




その隙を見て、俺たちは一斉に駆け出した。





『うわあああああ!!!!』





叫び声を上げながら迫ってきた俺たちを見て、




中谷王我たちは少しギョッとした。




その瞬間、乱闘が始まった。





『もしテメーらが勝ったら、”制裁”をナシにしてやってもいいぞ!!』





中谷王我が叫んだ。




もちろん、俺たちが勝つことはないという前提だった。




そもそも、こちらの方が人数も少ないし、すでにボロボロだったのだから。




短時間の戦いだったけど、ちょっとした奇跡が起こった。




俺の適当に振り回した腕が、陸斗の顔面に直撃し、




一瞬だけダメージを与えられたのだ。




しかし、それ以外は、全部やられただけだった。





『――やっぱ、お前ら、つまんねぇな』





数分後、俺たちは四人とも死体のように横たわっていた。




…見事、完敗。




さらに怪我が増えるという結果になった。





『もうちょっと楽しいかと思ったのになぁ。


進真が俺を悪者呼ばわりした時が、一番面白かったわ。


さてさて、これからどうしようかなー』





…楽しい?面白い?




まるで、サイコパスだと思った。




悪魔のような微笑みを浮かべている中谷王我は、阿部奏志よりも狂気的だった。




阿部奏志の方が、”まだ人間らしかった”とさえ思えた。




こんな日が訪れるなんて…、思ってもみなかった。





『今から、正式な”制裁”を始める。


進真、何か言っておきたいことはあるか?』





中谷王我が尋ねてきた。





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