(7)




翔弥と礼司と光喜が言うことを聞けば、




俺には何の危害も加えずに解放してやるなんて…――ウソに決まっていた。




今では王我の操り人形のようになってしまった友人たち、




そんな彼らから暴力を受けている俺、




俺の無様な姿を楽しそうに見ている王我、




石のように固まって座っている悠太、




それら全てを無言で見物している周囲の生徒たち。




この地獄のような時間は、チャイムが鳴ったのと同時に終わった。




生徒たちは何もなかったように立ち去っていき、




翔弥と礼司と光喜は自分の席へと戻っていった。




ぼんやりと三人の後ろ姿を見つめていると、




王我が俺の肩に手を置いてきた。





『じゃあ、またな』





俺の手は、自然とヤツの腕を掴んでいた。




そして、言った。





『…後で、話せるか?聞きたいことがある』





王我は頷いた。





『ああ。じゃあ、昼休みにまた会おう』





王我が去っていった後、いつも通りホームルームが始まった。




教壇には田代先生が立っていたけど、誰も何も言わなかった。




その代わり、たくさんの視線を感じた。




周囲から、ちょこちょこ話し声も聞こえた。





『進真だったんだ、先生にイジメの相談したの』



『アイツのせいで、問題が悪化したな』



『中谷王我、ついにうちの教室にも来たし…』



『かばいたくもあるけど、無理だよなぁ』





田代先生が、ドンと黒板を殴った。





『静かにしろ!高校生にもなって、おとなしく話も聞けんのか!


学級長、きちんと注意しなさい!』





田代先生は、俺を見ていた。




俺は力なく言った。





『みんな、静かに…』





ホームルームが終わってから昼休みまで、どう過ごしていたか覚えていない。




意識がぼんやりしていて、誰かに話しかける力も無かった。




――三人が何を言われたのか、突き止めなくては。




そのことしか考えていなかった。




ようやく昼休みになると、翔弥と礼司と光喜は三人でお弁当を食べ始めた。




俺には声を掛けてもくれなかった。




けど、王我と話をするのが最優先だった。




教室を飛び出すように出て行くと、隣の一組へ向かった。




けど、王我の姿は見当たらなかった。




どうしようもなく、辺りをキョロキョロと見回していると…。





『あ、進真!』





振り返ると――、そこには姉の夢ちゃんがいた。




トコトコとこちらにやって来ると、何かを差し出してくる。





『ママが渡しといてって。入れ忘れた、お箸!』





そういうわけで、




ケースにも入れられていないお箸がそのまま俺の手に渡ってきた。




――今日は、気分的にも、お弁当は食べないつもりなんだけどな。




そう思いながら、笑顔を作った。





『ありがとう!』





だけど、夢ちゃんは何かに気が付いたようだ。




俺の顔を見ながら、こんなことを言ってきた。





『お箸が無いの、気付かなかった?てっきり自分から来ると思ったけど。


仕方ないから、挙動不審を乗り越えて来てあげたよ』




『だから、ありがとうって』




『なに、その言い方。言われない方がマシ』




『ありがとう。お姉様…』





言いかけた瞬間、思った。




――もしも、王我が夢ちゃんの存在を知って、目を付けたりしたら?




鳥肌が立った。




俺は無理矢理、夢ちゃんを階段の方へ押しやった。





『ちょ、ちょ、ちょ…!何すんの、アンタ!』



『いいから、戻って!早く!』



『アンタ、大丈夫?学校は上手くいってるんでしょうね?』



『そんなこといいから!お箸、ありがとう。じゃあね!』





夢ちゃんはアヒルのように唇を尖らせて、不服そうに帰っていった。




その直後、誰かの手が肩の上に乗せられた。





『進真、悪りぃな。待たせて』





…王我!!!




まさか、今の…、全て見られていたのだろうか?




ビビりながらも、通常を装って頷いた。





『いや。それで、聞きたいことなんだけど…』





王我が、手の平を向けてきた。





『ここじゃなくて、別の場所で話そうぜ。な?』





しばらく、王我と並んで歩き、自販機のあるスペースに場所を取った。




それまで気が付かなかったけど、王我はおにぎりを持ってきていた。




俺は裸のお箸しか持っていなかった。




テーブルの周りに粗雑に置いてあったイスに腰掛けると、




王我はさっそくおにぎりを食べ始めた。





『やっぱ、味はかつお節に限るよなぁ』





もう二度と、かつお節入りのおにぎりを食べられなくなりそうだ。




そんなことを思いながら、俺もイスに腰を下ろした。




王我の目が、俺の手元に留まった。





『箸だけ持ってどうすんだよ。わざわざ届けてもらえて良かったな』




『え?あ…う、うん』





やっぱり、見ていたんだ!!




これ以上、何も言ってこないことを願った。




しかし…。





『見てたぞ、女から箸もらってるとこ。同じ一年じゃねぇだろ?


確か上靴のラインが緑だったな…てことは、三年か』




『……』




『あれ、まさか…姉ちゃん?』




『どうだっていいだろ?こういうことを話しに来たんじゃない』





王我はゲラゲラと笑った。





『図星かよ!マジか~』





俺の方は、全然笑えなかった。




どうしよう、夢ちゃんまで巻き込んでしまったら…。




不安で堪らないでいると。





『まさか、俺が、お前の姉ちゃんを襲うとでも思ってんのか?


見た限りじゃデブでブスなメガネだったから、そんなことはしねぇよ』




『…何だと?』





血が上りそうになった。




元々、他人から姉を悪く言われると、もの凄く腹が立つ。




相手が中谷王我だったら、尚更だ。





『訂正しろ!そんな風に言うな!』





その時、ガッと凄い勢いで胸ぐらを掴まれた。




ムシャムシャとおにぎりを食べながら、王我は低い声で言った。





『食事中だ。ワーワー騒ぐんじゃねぇ』





掴まれただけだったけど、もの凄いパワーだった。




きっと、殴られるとなると、陸斗どころじゃ済まないはずだ。




俺は渋々、黙った。





『――毎日、弁当?親から作ってもらってんのか?』





おにぎりを食べ終えた王我が、急に尋ねてきた。




俺は戸惑いながらも、首を縦に振った。





『へぇー。たまには食堂も使えばいいのによ』




『確かに、そうだけど…。


食堂って、どちらかというと陽キャの行くところだろ?』




『は?』




『俺は陰キャ中の陰キャだから、食堂へ行くなんて無理だよ』




『お前、よくそれで学級長になったな。


その考えが正しいんだとしたら、俺は陽キャってことか?』




『……』





ある意味ね。




…とは言えないので、笑って誤魔化した。




王我はテーブルの上に肘を置いて、ボーッと何かを考えていた。




さっさと話を聞いて戻りたいところだったけど、




なんだか邪魔をしてはいけないような雰囲気が漂っていた。




もう少し、聞くタイミングを待ってみよう。




そう思い、黙っていると…





『俺にも、この高校に姉貴がいるんだ』





王我は話しだした。




…一体、何の話をする気だろう?




そう思いながら、語られる話に耳を傾けた。





『美蝶っていうんだけど、すげぇ美人なんだ。


今はもうダメになっちまったけど…、昔は仲良くやってた。


でも、俺はまだ諦めてなかった……だから姉貴と同じ高校を選んだんだ。


それなのに――』





”美蝶は、俺を突き放した”。




王我はそう言った。




”俺は、美蝶を信じてたのに”。





『…もう何年も前、俺らの親は離婚した。


親父にもお袋にも不倫相手がいて、親父がお袋にDVしてたからだ。


親の離婚後、俺は親父に引き取られ、美蝶はお袋に引き取られた』





俺が聞かずとも、王我は姉弟間の溝の原因について語りだした。




その壮絶な内容に、俺は言葉を失った。




ウソつきな王我だけど、この話ばかりは本当のように思えた。





『家族がみんな一緒だった頃…。


アル中で暴力的な親父から、美蝶はよく俺を助けてくれた。


可愛くて、優しい姉貴だったんだ。


それが、親の離婚で離れて以来、変わっちまった。


どうやら、お袋の男が最低な奴で、いろいろあったらしいんだけど…』





王我は悲しそうな顔をしていた。




けど、口元は笑っていた。





『俺だって、大変だったんだ。


親父はすぐ不倫相手の女と再婚して、新しい子どもまで作って…、


俺は単なる邪魔者だった。


親父からは度々、暴力を受け続けた。お袋は俺に連絡もくれなかった。


孤独な俺を支えてくれたのは、美蝶だけだったんだ』





王我は何度か、姉と電話で話したという。




最初に話した時、二人の姉弟はお互いを思って涙した。




その後、また話した時、王我は姉からこんなことを言われたらしい。




”気分がムシャクシャして、どうしようもない時の対処法、知ってる?


特別に教えてあげる――それはね、人をイジメることよ。


気分がスッキリしてくるから、とりあえずやってみなさい”。




…いやいや、なんてアドバイスだ!!




頭を振る俺に向かって、王我は笑いながら言った。





『最初は俺も不安だったよ…そんなんでスッキリすんのかって。


でも、美蝶の言うことは正しかった。


人をイジメたら、親父や継母のことなんか忘れて、爽快な気分になれた。


それが始まりだったんだ』





王我の目には、狂気が滲んでいた。




俺は何も言えず、黙ってヤツの言葉を聞いていた。





『俺はもう、何もかも手に入れた。


でも、ただ一つ、手に入れられてないものがある。


それは、温かい家庭…姉からの愛情だ。


俺から見ると、進真、お前はそれを持ってるみてぇだな』





王我は続けた。





『美蝶は…親父と俺に捨てられたせいで、自分は酷い目に遭ったんだと。


一方的に、俺を恨んでるんだ。


今じゃ、同じ学校の中にいても、ガン無視だぜ。


俺は唯一の心の支えまで失ったんだ。


だから、ちゃんと愛されてる奴を見たら、殺したくなる。消してやりたくなる。


俺は、お前のこと、今すぐ潰してやりてぇんだよ』





目の前から、真っ黒な”色”が見えてきた。




実は、たまにこうして、




人の心の色を感じ取ることが出来るんだけど(カミングアウト)…――、




こんなに真っ黒なのは、生まれて初めて見た。




あの阿部奏志ですら、黒寄りの紫だったのに…




何なんだ、この邪悪なオーラは!





『…で?何だよ、聞きたいことって』





突然、尋ねられた。




黒すぎるオーラを振り払おうとしながら、俺は質問返しに出た。





『翔弥と礼司と光喜に、何を言ったんだ?』





すると、王我は鼻で笑った。





『あの、ろくでもねぇ三人組のことか』




『何を言ったのかって聞いてるんだ!』




『まさか、まだダチだと思ってんのか?


俺の目から見りゃ、アイツらは最初からお前のダチなんかじゃなかったはずだ。


お前が一人で信じてただけだと思うね』




『…何だって?そんなことは―』




『だって、アイツら、すぐ俺の言うこと聞いたぞ。


”自分たちに最悪なことが起きてほしくなければ、進真を全員で攻撃しろ”、


そう言ったら、すーぐ頷いてよ。


お前らの絆なんて、その程度だったんだな』




『…でも、それは、解放されるためにしたことだろ?


お前の言うことを聞くって、約束だったから』




『だとしても、お前は以前と同じようにアイツらを信じれるのか?


あんなに酷でぇことをされといて。


全部が全部、俺の命令したことじゃねぇからな。


お前に言った言葉は、アイツらの本音なんじゃねぇのか。


だって、こういう状況にしたのは、お前だろ。


お前の言った通り、お前はあの三人を巻き込んじまったんだから』




『……』




『お前らの友情を利用してやろうと思ったのは否定できねぇ。


アイツらのお前に対する思いがどの程度か、試してみたかったんだ。


でも、想像以上に脆くて、ややウケだったぜ。


アイツらはもう、俺の仲間になったも同然だ。アイツらがそう望んだんだよ。


”進真には申し訳ないけど、仕方ない”って言ってたっけな』




『……』




『真の悪役は、俺じゃなくて、他にいるってことだよ。


分かったか?原口進真』





…気が付くと、真っ黒なオーラに囲まれていた。




俺の友人たちは、中谷王我に屈した。




つまり、俺をどん底に突き落とそうとしている悪魔に協力するというわけだ。




そうか…と、自分を納得させた。




どちらにしろ、今、友人たちを以前のように信じることは出来ない。




王我の言っていることが本当なら、受け入れるしかない。




そう思った瞬間、全身から力が抜けた。




――三人がいたから、何とかここまでやってこれたんだ。




そのことを痛感した。




あの三人がいなければ、俺は……何も出来ない、ただの弱虫でしかないんだ。





『諦めろよ、進真。お前はよく頑張った』





王我はそう言って、微笑んだ。




黒い、黒い、微笑み。





『……』





もう諦めたよ、と心の中で言った。




これ以上、闘えない。




自分の中で熱く燃えていたものが、消えてしまった気分だった。




竹田悠太の言っていたこと…





『残酷な手を使ってくることは間違いない』





あれは、こういうことだったのか。




王我の思う”残酷なこと”が、




俺から友人たちを奪うということだったのだとしたら……




それは大正解だ。




ここから先は、成り行きに任せよう…と、俺は思った。





――ここからだ、地獄の日々が始まったのは。





イジメの問題を告発した上、自分と正反対に温かい家庭で育った……




そんな俺をターゲットに定めた瞬間、中谷王我は豹変した。




俺という人間を、精神的にも肉体的にも破壊し尽くすこと。




それがヤツの目的だった。





『進真、これからは俺が仲良くしてやるからな。


逃げようとしたり、反抗したりだけはするなよ』





ウワサは本当だった。




王我はただのイジメっ子ではなく、犯罪行為にも手を染める大不良だったのだ。




それどころか、もはや独裁者のようだった。




朝、学校で会ったら、お辞儀をして挨拶しなければならないとか。




王我様の命令は絶対だ、などと頭に叩き込まれた。




完全に洗脳されてはいなかったと思うけど、




俺は従順になるということを覚えざるを得なかった。




なぜなら、竹田悠太を人質にされていたので……





『お前がちゃんと従わねぇと、コイツはどうなるかな?』





自分のためだけには行動できなかったのだ。




そして…、次々と出される命令に従っていった。




決められた時間内に、自販機や近所のコンビニで飲み物・食べ物を買ってくる。




(※もちろん、金は俺が払い、


時間に間に合わなかったり、商品を間違ったりすれば、暴力の罰を与えられる)




王我と仲間たちの課題を、全て一人でやらなければならない。




王我と仲間たちが何か忘れ物をすれば、(永遠に)貸さなければならない。




王我が望むことには、何があっても取り組むこと。




もしも、これらのことを守れなかった場合は、死刑もしくはそれに値する刑に処す。




そうした数多くの命令に加え、さまざまな没収もあった。




俺は財布を取り上げられ、手持ちの金を全て奪われた。




そして、カバンに付けていたお気に入りのキーホルダーをちぎられ、




粉々に壊されてしまった。




ショックで声も出ない俺を見て、王我たちは大爆笑した。





『これが望みだったんだろ!』





と、ヤツらは言ってきた。





『悠太を守るために、自分から関わってきたんじゃねぇか!


こうなって、本望だろ!』





一緒にイジメを受ける中で、俺と悠太の間には奇妙な絆が芽生えたかに思えた。




悠太は少しずつ、俺にも話してくれるようになった。




好きな漫画の話題などで、盛り上がったこともあった。




けど、もちろん、その背景にはいつも黒い影が潜んでいて――




悠太はそれに完全支配されているのだと分かっていた。




王我の手に掛かれば、悠太の意思なんて存在しないも同然だったのだ。




そういうわけで、ある日、こんなことを言われた。





『助けなんか求めてない、最初から!


勝手に心配されて、こっちは逆に迷惑だったんだよ!』




『悠太、』




『君たちが先生に言ったことで、俺はもっと酷い目に遭ったんだぞ!』





その時、初めて知った。




どうやら、悠太は、




俺たちが清水先生に相談した後、王我から酷い暴力を受けたようなのだ。




先生たちにイジメの話が伝わったと分かって、イラついていたのだろう。




いつにも増して激しい暴行だったと、悠太は言った。





『……』





なんてことをしたんだろう、と思った。




俺の行動は全て、最悪の事態を招いてしまった。




なぜ、俺はこんなに馬鹿なんだろう…。




だけど――





『助けは、求めてたはずだ』





最後の力を振り絞って、言った。




しかし、悠太は首を横に振った。





『求めてない。俺はこのままで良かった。…これでいいんだ』





最後の力も、そうして失くしてしまった。




悠太がそう言うのなら――、何もかもが無駄だったということだ。




全てが根底から覆されたようで、何かが壊れた感覚がした。




俺は……自分からイジメられに行っただけだったんだ。





『くだらない』





思わず、口から出た言葉。




それは、俺の本心だった…。





救いの無い日々が続いた。





翔弥と礼司と光喜は、もう俺の友達ではなくなった。




そればかりか、時にはイジメの現場にいることもあった。




王我は、三人が俺を痛めつけるのを面白がっていた。




そんな中、光喜が学校に来なくなった。




それに続くように、翔弥までもが休みがちになり、ついには来なくなってしまった。




礼司だけは、”最後”までいた。




今どうなっているかは分からないけど、




俺にとって決定打となった日まで、彼だけは学校に来ていた。




翔弥と光喜に何があったのかはともかく――、




友人たちだけでなく、俺はクラスの中でも除け者だった。




学級長の俺がイジメのターゲットになったことで、




二組は王我の支配下となり、クラスメートたちの恨みは俺に向けられたのだ。





『アイツが無駄に介入なんかしなければ、こうはならなかったのに』



『学級長として、最悪だよね』



『進真のせいで、平和な学校生活が終わったんだ』





そういう声が、ひしひしと伝わってきた。




俺は、身も心もボロボロだった。




自分の無力さを思い知り、全てが間違いだったのだと感じた。




自分のことだけで辛かったんじゃない。




俺のせいで、同じ学級長である松木こうめにまで風当たりが強くなったのだ。




俺がいない時は、彼女が俺の分まで責任を負ってくれていたんだと思う。




ときどき、松木がクラスメートと言い合っているところを見かけた。




学級長の俺は支配され、翔弥と光喜はいなくなり…、




クラスの雰囲気は最悪だった。




クラスどころか、一年生の学年全体が、




未だかつてないほどの劣悪な雰囲気に包まれていた。




王我は途中で作戦を変えたらしく、俺へのイジメの形態は変化した。




ついに、悠太までもが俺をイジメるようになったのだ。




寸前まで一緒にイジメられていたというのに…、




彼にとっては王我からの命令の方が重要ということだろう。




彼から蹴られた瞬間、そう思った。





『……』





ずっとイジメられていると、こんなことになってしまうのか。




俺もいつか、心を失った動物のようになるんだろうか?




そうなってしまう前に、何とかしたいけど…。




その思いは届かず、俺の人生において一番の最悪なことが起きた。




例の、決定打となった出来事だ。




…けど、それは、言いたくない。




思い出すだけでも、おぞましくて、とても言えそうにない。




あの時、俺は人間としての尊厳を奪われ、




自分なりの誇りも、保っていた心も、すっかり破壊されてしまった。




ついに耐えられなくなって、再び不登校になった――。








自分が情けなくて、何度も死を考えた。




だけど、死ぬ勇気も無かった。




こんな俺を誇りに思ってくれる人なんて、きっといない。




母さんや父さん、夢ちゃんでさえも…




俺の全てを受け入れることなんて、出来ないに決まっている。




だから…あの出来事については、誰にも話していないんだ。




恥ずかしくて、辛くて、死にそうだ。




けど、大体のことは、全部話した。




これが、俺を巡る真実だ。




後半は粗い説明となってしまったけど、どうか分かってほしい…。




王我たちから受けたイジメを表現する言葉なんて、




正直、見つけられない。




それに、話そうとしただけで、フラッシュバックしてしまうんだ。




だから、あとは…夢ちゃんから聞いてほしい。




きっと、今ごろ、母さんから全て聞いただろうな。




夜が明けようとしているけど、俺の気分はずっと真っ暗闇の中だ。




きっと、脱け出すことは出来ない。




俺はこの暗闇の中で、ずっと謝り続けるのだ。




ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。




申し訳ない思いで、いっぱいだ…。




俺は一体、いつまで、こうして生きていくんだろう?





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る