(3)
その後、俺は友人たちと話し合った。
俺がある程度のことを話し終えると、小野翔弥が大声で言った。
『田代め…あのキモ教師!進真をバカにしすぎだろ!』
俺は打ち明けたことを少し後悔した。
別に担任を批判したくて話したわけではなかったから。
『それでも担任かよ。泣くを通り越して、逆に笑えてくるわ』
『翔弥。もしかしたら、俺の伝え方が悪かったのかもしれないから』
『いやいや。それはねーよ、進真。
なんたって、教師は、相談してる生徒の話を聞くべきなんだからさ』
翔弥の意見に、他の二人も同意のようだった。
『元から良くは思ってなかったけど、まさかそんな対応をするとは…』
吉川礼司が失望した様子で言い、
『俺、あんな先生、大嫌いだ。
”お前は知恵が遅れてる”って言われた時から、ずっと苦手だったんだ』
と、佐藤光喜までもが怒りを露わにして言った。
光喜が人のことをそんな風に言うのは珍しく、俺たちはみんな驚いた。
『知恵が遅れてるって?そんなこと言われたのか?』
『ちょっと前のことだけどね』
『…信じらんねぇ』
『生徒にそんなことを言うなんて…』
俺たち四人の中で、田代先生に対する不信感は募るばかりだった。
竹田悠太がイジメを受けているという件について、俺たちはみんな同意見で、
その問題を解決するためには、
早めに行動を起こすことが大事だという考えも一致していた。
けど、俺の話から、翔弥と礼司は田代先生を信用ならないと判断したらしく…――
『何なら、清水にちょいと相談してみるか?中谷王我は一組なんだし』
という話になった。
女性の先生に相談するというのは、ちょっと気が引けたけど、
清水先生に悪いイメージは無かったし、
中谷王我の担任に直接話す方が手っ取り早いようにも思えた。
翔弥と礼司は、俺一人に任せるわけにはいかないということで、
一緒について来ると言った。
やっぱり持つべきものは友達だと、俺は心の中で呟いたものだ。
光喜だけは、弱腰だったけど。
『でも、副島に言われたんだろ?中谷王我には近づくなって…。
俺たち、殺されるかもよ』
『光喜、お前はいつも大袈裟なんだよ。
中谷王我だって、俺らと同じ平凡な高校生に決まってるだろ』
『そうそう。それに、明らかにイジメを受けているであろう竹田悠太を、
放っておくわけにはいかないだろう?』
翔弥と礼司に言いくるめられ、光喜は最終的に頷くしかなかった。
でも、光喜の気持ちもよく分かった…
俺だって心の中では怖がっていたから。
このまま知らないフリをして過ごせば良いのだと分かっていた。
だけど、友人たちも俺と同じ考えだと分かったんだし、
もう一度、行動してみよう。
まさか、これが最悪の事態を招くことになるとは思いもせず……
俺たちはさっそく、放課後になってから体育館へと向かったのだった。
日ノ学では、部活動をしている生徒は少数中の少数しかいないけど、
一応、活動自体は行われている。
一年一組の担任である清水先生は、女子バスケットボール部の顧問だ。
(夢ちゃん曰く、陽キャの集まりである)活発なバスケ部員の女子たちに囲まれ、
何かを指示している清水先生のところへ、俺たちは向かっていった。
『――二組の四人組ね。翔弥、礼司くん、原口、佐藤くん』
俺たちのところへ来るなり、清水先生は言った。
先生は授業で二組にも来ていたので、俺たちのことを把握していたのだ。
お調子者の翔弥が、いかにも彼らしい調子で返事をした。
『よおーっす。ちょっと話したいことがあって来た』
生意気とも取れるその態度に怒るかと思いきや、先生は笑って言った。
『いいよ。なに?』
教師だからって、全く威張っていない。
まだ若いということもあり、生徒たちに近い距離から寄り添っている。
これだからウケがいいのかな、なんて思ったりした。
『一組に、ヤバい奴がいるんすよ。知ってます?』
翔弥があっさりと切り出した。
俺と礼司と光喜は、目の前にいる先生の顔に注目した。
『ヤバい奴?』
先生の高い声が響いた。
『分からない。誰のこと?』
俺と礼司と光喜は、顔を見合わせた。
ヤバい奴といえば、中谷王我しかいないだろ!
本当に分かっていないのだろうか?
『一年の全員が知ってますよ、悪い意味で。担任なのに知らないんだ?』
そう翔弥が言ったところで、礼司が割って入った。
俺たちの目的は、清水先生を責めることではなかったからだ。
『先生。これから俺たちが言うこと、あくまで秘密にしてくれますか?
いや…、出来るだけ俺たちの名前は伏せて、
どうにかこの問題を解決できるよう協力してくれますか?』
礼司が、清水先生に尋ねた。
そう、その時、俺たちは、
自分たちの名前は伏せてもらった上で、
中谷王我に何らかの指導が入ることを望んでいた。
俺たちがイジメの疑いについて話したと分かったら、
きっと中谷王我は激怒するだろう。
そうなったら、最後……
俺たちみんな、ターゲット(=餌食)にされるかもしれない。
翔弥と礼司は勇敢な精神の持ち主だけど、体力的にはそれほど強くはない。
光喜は副島陸斗の言いなりになっていたくらいだし…――、
俺なんか、話にならない弱虫だ。
つまり、俺たち四人の中に、中谷王我に反逆できるような奴はいない。
そのことを全員が分かっていたので、
自分たちのことが伝わらないように願いつつ、訴えることにしたのだった。
そんな俺たちの思いを、先生たちは考慮してくれるはずだと、
俺たちは信じ切っていた。
『いいけど。どんな問題?』
清水先生は言った。
『うちのクラスの誰が、そんなにヤバいっていうの?』
翔弥と礼司と光喜の目が、俺に向けられた。
俺は答えた。
『中谷王我です。同じクラスの竹田悠太が、イジメを受けているようで…。
担任の田代先生にも相談してみたんですけど、聞き入れてもらえなくて。
迷ったんですけど…、清水先生にも話してみようと思いました』
中谷王我と言った瞬間、清水先生の目が妙に揺れた気がした。
俺の答えに付け加えるように、
『カッコ悪いんですけど…、俺たちだけじゃ手に負えなそうな相手なんです』
光喜が恥ずかしそうに言った。
正直、俺たちみんな、恥ずかしいのを堪えていた。
若い女の先生に相談するのではなく、
出来れば本人の面と向かって不満をぶつけ、何発かお見舞いしてやりたかった。
だけど、一番気が強い翔弥でも自信が無かったのだ。
”副島にも勝てなかったんだから、中谷王我なんかに勝てるわけがねぇよ”
と、彼はぼやいていた。
大抵のことには自信満々の翔弥だったけど、
陸斗から蹴飛ばされた時以来、力にはすっかり自信喪失してしまったのだ。
唯一の頼みの綱がそれでは、俺たち残りの三人がどうにか出来るはずもなく――
”俺たち、雑魚集団だな”、
そう言って礼司は苦笑していた。
そして、こうも言った。
”俺たちなりに、出来ることをしよう”。
それが、先生に伝えるということだったのだ。
『…王我が?』
清水先生は、動揺しているようだった。
どういう心境なのか、その時点では分からなかったけど。
中谷王我の名前を聞いた瞬間から、様子が変だった。
『王我が、竹田くんをイジメてるって?…実際に見たの?』
俺は首を横に振った。
『俺たちは現場を直接見たわけじゃありません。でも、確信しているんです。
竹田の首にアザがあるのを、俺は見ました。
竹田と中谷王我が友達というわけでもないのに一緒にいるってことも知ってます』
次の瞬間、俺は勇気を振り絞った。
伝えなくてはならないという思いから、
これまで周囲に黙っていたことを打ち明けることにしたのだ。
『実は、俺…、中学の頃にイジメを受けたことがあって。
そういうことに関しては他の人よりも分かる気がしてて…、
絶対に傍観したり、許したりしちゃいけないと思ってるんです。
だから、勝手な気もするんですけど、こうして伝えに来ました』
清水先生は無言だった。
両脇から翔弥や礼司や光喜の視線を感じたけど、
俺は真っ直ぐに前を向いたままでいた。
俺が初めて口にした事実に、三人が驚いていることは察しがついたけど……
なんとなく隠していたようなところがあった過去を打ち明けられて、
少しスッキリした気持ちだった。
『……』
しばらくして、体育館を後にした俺たちは、無言で廊下を歩いていた。
清水先生は、途中まで俺たちの言うことを聞き入れない、
いや、聞き入れたくないというような様子だったけど、
最終的には理解を示してくれた。
『わたしなりに指導してみる。
あ、安心して、あなたたちの名前は一切出さないから。
もしまた何かあったら、悩まずに相談してね』
初めはどうなることかと思ったけど、清水先生はやっぱり良い先生だった。
中谷王我が人をイジメていると聞いて、間違いなく動揺していたけど、
それはきっと自分のクラスの生徒の名前が出てきて驚いたからだろう。
いつも爽やかなあの先生にとって、イジメなんて知らない世界のことのはずだ。
ただ、理解を示してくれるようになるまで、おかしな発言が多かった。
『確かに王我は行儀が良くないタイプだから、疑われるのも無理ないよね』
『あなたたち、王我とちゃんと付き合ったことある?意外と優しいんだよ』
『王我はいろいろな人と仲良くしたがるから、竹田くんとも友達なんだと思う』
…ハァー??
って思ったけど、なんとか最後まで我慢できた。
”行儀が良くないとかいうレベルの話じゃないし、
中谷王我が優しいなんて有り得ないし、
だから竹田とはマトモな関係じゃないって言ってるだろ!”、
そう言ってしまわなくて良かった…。
そういうわけで、清水先生のクレイジーな部分が垣間見えたけど、
まあ終わり良ければ全て良しだ。
先生は言ってくれたのだ。
『大丈夫、わたしに任せといて。きっと上手くいくから』
よく分からないけど、その言葉を信じた。
みんなに好かれている清水先生のことだから、絶対に下手なことはしないはずだ。
田代先生と比べて信頼も出来るし、自分なりに伝えられたのだから、
あとは信じてみるしかない…――そう思った。
けど。
『なーんかなぁ、モヤモヤするな』
急に翔弥が言いだした。
『”中谷王我の女かよ”ってツッコみたくなるぐらい、妙にかばってたよなー。
途中、”え、俺たちが間違ってるって言いたいんですか”って言いそうだったわ。
んー、なんか臭うなぁ…』
俺と礼司と光喜は同時に反応した。
『何が』
翔弥は前を進みながら、俺たちの方を振り返った。
『男と女の怪しい臭いだよ』
男と女?怪しい?
さっぱり分からなかった。
『まあ、常識人でイイ子ちゃんのお前らには分からないだろうな~。
でも気にすんな、あくまで俺の想像だから』
『良からぬことを想像するなよ』
翔弥の言わんとすることが分かったのか、礼司が言った。
俺と光喜は、二人してポカーンとしていた。
『これで良かったのかね?礼司くんよ』
『うーん…、俺たちなりに伝えたからな。やれるだけのことをやったと思うよ』
『清水、ちゃんと指導してくれんのかな?…ウソだったりして』
『それはないだろ、教師なんだから。
ある程度の資質があってなってる人たちだろうよ、田代先生以外は』
礼司が翔弥に言い聞かせるのを、俺と光喜は聞いていた。
礼司は、俺たち四人の中で一番頼りになる人物だった。
『清水先生、言ってただろ、”任せて”って。
あの様子だと中谷王我と仲がいいみたいだし、きっと上手く話してくれるよ。
俺たちのプライバシーも守ってくれるって言ってたし、安心していいと思う』
礼司の言葉には説得力があって、俺はさらに納得した。
教師になる人たちは、生徒たちのことを第一に考えていて、正義感が強い――
そのイメージは本当なのだと、俺たちは信じることにした。
そう、きっと状況は良くなっていく。
問題は解決の方へ進んでいくのだ!
『…それはそうと、進真』
いきなり名前を呼ばれ、顔を上げると。
礼司が深刻な表情で、こちらを見ていた。
『え、なに?』
『あ、いや、その…』
珍しく口ごもりながら、礼司は言った。
『中学で、大変だったんだな…。本当は言いたくなかったんじゃないか?』
気が付くと、友人たち三人から注目されていた。
見返そうとすると、三人とも俺から目を逸らしてしまった。
心臓がドクンと鳴った。
『ああ…、ごめん、ずっと黙ってて。そのうち言おうと思ってたんだけど』
言いながら、不安と恐怖に襲われた。
もしかすると、三人は、
イジメを受けていたような奴とは仲良くしたくないと思っているのかもしれない。
実際、そのことが怖くて、なかなか言いだせなかったのだ。
『…イジメを受けてたなんて言ったら、みんなから避けられるんじゃないかって。
怖い気持ちもあって、今まで言えなかったんだ』
『…え?』
翔弥と礼司と光喜の声が重なった。
見ると、三人とも悲しそうな顔をしていた。
『何言ってんだよ、このアホ』
翔弥が言いながら、俺の肩に手を置いてきた。
そして、ニヤッと笑った。
『正直、ビックリはしたけどさ。
それで避けたりするとか、そんなの友達じゃねーじゃん。
お前みたいに正義感が強くてイイ奴、他にいねーって。自信持てよ、マジで』
『…あ、ありがとう』
翔弥なりの励ましの言葉だった。
いつもふざけてばかりで口の悪い彼からそんな言葉をかけられるのは、
なんだか照れ臭かった。
けど、俺よりも、言った本人の方が照れ臭かったようだ。
『よっし…、行くぞ。早く来いよ、お前ら』
そう言って、一人でさっさと歩いて行ってしまった。
その後ろ姿を見送りながら笑いを堪えていると、光喜が口を開いた。
『俺、進真のこと尊敬してるよ。
学級長として頑張ってるし、俺みたいな弱い奴のことも見捨てないでくれるから…
あと、最初に声掛けてくれたことも嬉しかった。ありがとね、進真』
恥ずかしそうに微笑む光喜を見ながら、だいぶ前のことを思い出した。
高校生活が始まったばかりの時期、
まだ慣れない教室で、俺はまず初めに光喜に声を掛けたのだ。
俺と同じで緊張している様子だった光喜は、話せば話すほど笑顔が増えていき――
俺たちは、すぐに意気投合した。
そこへ、とにかく明るい翔弥と、しっかり者でノリも良い礼司が加わり…――
俺たちは仲の良い四人組になったのだった。
『いや、俺の方こそ。ありがとう、光喜』
『本当にありがとう、進真』
『一生の別れでもする気か。ところで、翔弥はどこ行った?』
気が付くと、翔弥の姿が見えなくなっていた。
光喜が駆け出した。
『俺、先行って捜してくるよ!二人はゆっくり来てていいから』
光喜がいなくなって、俺と礼司の二人だけになった。
『俺、凄いと思うよ』
突然、礼司が言った。
『誰かを助けようとして、自分の辛い過去を打ち明けるなんて…
誰にでも出来ることじゃない』
『ハハ、そうかな?』
『うん。人の痛みが分かる学級長って、カッコいいよな』
『そんな良いもんじゃないよ。まあ、そう言ってもらえて嬉しいけどさ』
『お世辞とか抜きで、進真はリーダーに向いてると思うよ!本当に!』
『いやいや、大袈裟だって。俺よりも礼司の方が向いてると思う』
『俺なんか、ただ勉強が出来るだけだから』
『急に、イヤミ?』
『ごめんごめん、無意識なんだ。
でも本当に、機会があれば上の立場に立った方がいいと思うよ。
全力で応援するから、頑張れよ!』
ありがたいけど意味不明なエールを送られ、思わず苦笑いを浮かべていると。
『アイツ(小野翔弥)も言ってただろ、自信持てって。
光喜だって、すごくお前に感謝してるし。
お前に酷いことをした奴らがおかしいだけで、
お前を信頼してる人の方が圧倒的に多いんだから。前向きにいけよ、進真』
礼司が穏やかに言った。
その大きな励ましに、俺の心は明るくなった。
閉ざされていた何かが、少し開けたような気持ちだった。
『ありがとう、礼司。…嬉しいよ』
俺が言うと、礼司は優しく微笑んだ。
『翔弥と光喜が待ってるかもな。急いで行こう!』
『うん!』
靴箱の方へ行くと、翔弥と光喜が待っていた。
四人揃ったところで、みんなで一緒に校舎を出た。
そして、日が暮れはじめた空の下を、賑やかに歩いていった。
聞いたことがない歌を口ずさむ翔弥、
『明日は晴れそうだな』と空を見上げながら言う礼司、
ニコニコと俺に笑顔を向けてくる光喜。
三人とも、それまでと全く変わらず……
イジメを受けていた過去も含めて、俺のことを受け入れてくれたのだと分かった。
嬉しさのあまり、俺は自然と歌いだしていた。
今は亡き祖父と、よく歌っていた曲…「ボルドー色のワイン」だ。
祖父はどちらかというと夢ちゃんの方を溺愛していたけど、
俺とはよく一緒に歌ってくれたっけ…。
昔のことに思いを馳せながら、翔弥と歌唱力の勝負をしていると……
ふと、隣からの歌声が消えた。
次の瞬間、友人たちの足が止まり、俺もそれにつられて立ち止まった。
無意識のうちに、歌うのもやめていた。
『ん?どうしたん…』
言いかけた時、三人から”静かに”と指で合図された。
どういうことかと混乱していると、光喜が目で何かを示した。
それは、ちょうど、俺たちから見て真っ直ぐ先に――
…あった。
校門前に、ある集団が集まっていたのだ。
まあ、集団といっても、人数は五名なのだけど、
その一人ひとりのキャラが濃すぎた。
金髪の男と、
銀髪の男と、
ピンク髪の男と、
赤髪の男と、
茶髪の男。
この高校の生徒であることは間違いないけど、
そうだとは一瞬分からないくらい、制服を完全オリジナルに着こなしていた。
しかも、その背景には、
彼らの物らしきバイクの影が威圧たっぷりに潜んでいた。
『……』
危険を察知した俺たちは、無言で校舎の陰へと隠れた。
そして、色鮮やかな頭をしたその集団を、注意深く眺めた。
『…あれ、イケヤンとかいう先輩たちだよな?』
礼司が小声で言った。
その時、初めて、目の前にいる集団があの有名な五人組なのだと確信した。
『へぇ…イケヤンって、ああいう感じの人たちなんだね』
俺が素直な感想を述べると、
『なに呑気なこと言ってんだよ、アホ口進真』
翔弥が言った。
『イケヤンには、良からぬウワサが山ほどあるんだぜ。
まずは、あの赤髪のエンドウトラオ。
喧嘩が命で、ウワサでは殺した人間の血で髪が赤く染まったそうだ。
それから、あのピンク髪のカネシロアキ。
無類の女好きで、高校生にして隠し子がいるらしいんだ』
礼司が見るからに不快そうな顔をして言った。
『事実だとすれば、終わりだな』
翔弥の情報量は豊富で、まだ言いたいことがあるらしかった。
『特に悪名高いのは、エンドウさんとカネシロさんだけど。
残りのお三方も、ウワサがないわけじゃないんだ。
あの銀髪のアラキジュンセイは、実はヴァンパイアだってウワサがある。
あまりにも冷血で、どこか謎めいてて神秘的だからとさ。
まあ、これはファンタジーすぎるけど、
茶髪のタカハシライトに関しては、リアルにヤバそうな話があるぜ。
誰かがタカハシライトがぶっ倒れたところを見たらしくて、
それは麻薬常習犯だからって話だ。
でも、兄貴に比べると、まだ序の口ってところだな』
『もういいよ、翔弥。お腹いっぱいだ!』
光喜が堪りかねた様子で声を上げた。
俺と礼司は少しビクビクしながら、彼ら―イケヤン―の方を見た。
赤髪とピンク髪が何やら言い争っていて、
残りの三名はそれを呆れた様子で見ているようだ。
見たところ、それなりに仲良さそうだけど……
もしかすると、今から殴り合いでも始めるのかもしれない。
恐ろしい想像が次々と浮かんできて、俺は目を閉じた。
『最後に―、金髪のタカハシケイゴは』
翔弥が勝手に説明を再開した。
『裏で殺し屋として働いてるってウワサだ。以上』
俺たちはみんな、凍りついたように固まっていた。
光喜なんか、怯える子犬のように震えていた。
翔弥は笑いを堪えた顔で、イケヤンの方を指差した。
見ると、五人がそれぞれのバイクに跨っているところだった。
ヘルメットを被るはずだと思っていたけど、
なんと彼らは頭からつま先まで生身のままで乗るようだった。
まず最初に出発したのは銀髪で、驚くほどのスピードで校門を出ていった。
それに続いて、ピンク髪と赤髪が。
その後、茶髪が出発し、
最後に、金髪が猛スピードで出ていったのだった。
漫画やアニメのような下校シーンを目撃した俺たちは、同時に呟いた。
『…すげぇ』
イケヤンについて、知ってはいた。
けど、実際に、こんなに近くで見たのは初めてだった。
想像以上に、迫力が凄くて…かなり圧倒されたのを覚えている。
『全員、一八〇前後はあるぞ。筋肉もあるし、スタイル良すぎじゃね?
やっぱ金持ちだから、いいもん食ってんだろうなぁ。
喧嘩もめちゃくちゃ強いって話だし、羨ましいとしか言えねーわ』
『背が高くて、イケメンで、富裕層。しかも、強い。
英語も話せるって聞いたし、文句のつけようがないな。
あとは、罪を犯してなければいいけど』
翔弥と礼司のコメントを聞いて、思った。
いや、いくらなんでも二次元的すぎるだろ。
もはや、”住む世界の違う人間”ってやつだ。
背が高いのも、顔がイケてるのも、裕福なのも、全てが羨ましいけど。
やっぱり、俺は…「強い」ということが一番羨ましい。
どんなに憧れても無駄だってことは分かってるけど、
俺も彼らみたいに強くなれたらいいのにな。
もしも強かったら、あんな中学校生活を送らずに済んだかもしれない。
もっと違う形で、竹田悠太を助けようとしたかもしれない。
けど、分かっていた…そんなことを思っても、無駄なのだと。
強い人は生まれ持って強いのだろうし、
弱い人は自分の弱さを受け入れて生きるしかないのだ。
『――進真?早く帰ろうよ』
ハッとして顔を上げると、翔弥と礼司と光喜が前方からこちらを見ていた。
慌てて駆け寄っていくと、三人とも笑って歩き出した。
…この三人は、俺の大切な友達だった。
俺の暗い過去を知っても、変わらず一緒にいてくれた、良い友達。
この楽しい時間が続くはずだと、信じていたけど…――
沈みゆく太陽のように、それは暗闇の中へと消えていってしまった。
良かれと思ってしたことが、逆に最悪の事態を招くことになるとは……
この時、俺たちの中の誰もが思っていなかった。
これまでのことは、全て序章に過ぎなかったのだと…、
後から思い知ったものだ。
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