第13話『曇り』
「お♡」
戦闘の火蓋は当然――――、サヤの速攻――。
屈めた姿勢から一歩大きく飛ぶ、縮地にも似た独特の歩法で一息に距離を詰める。
狙うはアオの右こめかみ上部。
威力はないが速度に重きを置いた一振りを――しかしアオは躱す。
まるで来ることがわかっていたかのように、急接近したサヤを的確に視界で捉え、速さに特化した振りを見てから躱す。
この一連の動きだけでも常人のそれではないのだが、おそらくこの速度に着いて来れているのは当事者の二人とアキハルだけだろう。
「キミは刀を使うタイプなんだね。いいよね刀って。ぼくも刀好きなんだ」
「だったら、早くその刀を抜けばいい。まさか、何にも持たないで戦うわけじゃないでしょ」
最初の一撃と共に言葉を交わす二人は、神速の間合いから一旦抜け、お互い距離をとる。
「あは。ごめんごめん。ぼく、自分の刀って持ってないんだ」
「は?」
側から見れば
コイツは常に、本気で巫山戯ているだけなのだ。
「あー……っと、キミ、そこのキミ。その足元のやつ放ってくれないかい?」
「こ、これのことでござるか? しかしこれは……」
指名されたのはヨリアキは二人のあまりに次元の違いすぎる戦いに常の悪ふざけも忘れ、指示の通りのものを拾い上げる。
「それそれ。いいから早く投げて〜。ぼくこの子に怒られちゃうよ」
「では……」
ヨリアキに投げられたそれは、軽く回転しながらアオの元まで飛んでいく。
「よし。これで、もう素手じゃない」
それは、木の棒だった。
ゲームでよく初期装備などに用いられる『木の棒』。ひのきの棒などいいものではなく、本当にただの、真っ直ぐな『木の棒』だ。
それを見たサヤも、思わず目つきが鋭くなる。
「……巫山戯てるの?」
「ふざけてないよ。ぼくのスタイルはいつもこうさ。ボクは刀は好きだし、刀を使って戦うのも大好きさ。でも、自分の刀にこだわりはないんだよね」
言いながらアオは、まるで調子でも確かめるようにぺしぺしと『木の棒』を何度か叩いてみる。
「うん。いい感じの棒だ。こういうの見ると、未だにテンション上がるよね〜」
わからなくはない。小学生の時分、無駄にいい感じの棒を見つけるとテンションを上げて振り回していたものだ。
だが相対するサヤは、お世辞にも気分が良さそうには見えない。
「ねえ、後輩くん」
スグリが戦場の二人から視線を離さず話しかけてくる。
「ぶっちゃけ、サヤくんの勝率はどのくらいだい?」
「それは……」
俺はすぐに答えない。おそらく、この質問をしているということは、スグリもおおよそ察しているということだ。
「……そうかい」
無言の回答を汲み取ってか、スグリは苦そうに声を漏らす。
「さぁ、やろうか」
ス――と、アオは構える。その落ち着きようは、手に持っているのがただの木の棒だと忘れてしまうほどで。まるで名刀でも
「来ないのかい? キミは先の先をとるタイプなんだろ?」
「……――ッ」
速攻。先と同様に、サヤの姿が消えると同時にアオの目の前へと刃が迫る。アオは木の棒を構えてそれを防ごうとするが――、
「フ――」
刃はいつの間にか、サヤの体と共にアオの背後へと移動している。
フェイント。しかし光速と見紛う速度の牽制は、もはや一人が同時に存在しているが如し虚像を相手に見せ付ける。
「うん、速いね」
だが、そんな常軌を逸したフェイントさえ、アオは難なく反応してみせる。
「それに鋭い。いいね。同じ剣士だけど、キミヒロとは違って速さと精度に重きを置いているタイプだ」
「……――」
だがその程度でサヤが動揺するわけもなく。小手先が通じないとわかるや否や、すぐさまアオの足元を蹴り払い、体勢を崩しにかかる。
「その上機転も効く」
しかし、体勢が崩れたと見えたアオは倒れるどころか、まるで羽が生えたかのように体を宙へと浮かせ、その身を一回転させる。
否、アオは体勢を崩されてなどいない。足を払われる直前、自らその身を翻していたのだ。
そしてその狙いは、真上方向からのサヤへの一撃――――。
「――――ッ」
瞬間――、焔が巻き上がる。
「へぇ……」
完全に不意を突いたアオの一撃を、サヤは焔の放射と共に加速させた剣で防ぎ切る。
「炎の剣か。なるほど、かっこいいね」
「……っ」
「でも、それじゃあ視界が塞がれちゃうよ?」
サヤの焔がアオを呑み込まんとしたと同時に、アオがサヤの背後へと現れる。
さきほど、サヤがアオにやったのと同じように。
「――っ!」
「……それは、お前も同じ――」
しかしサヤは、流れるような動作でアオへ刃を走らせる。まるで、そこにアオが現れるのを知っていたかのように。
「選択肢が狭まるのは、キミも同じだよ――」
「――――っ!?」
しかし剣撃は、アオとまったく違う方向からサヤを強襲する。
かろうじて一撃は防いだものの、サヤが振り抜いた一撃は当然手応えなどなく。そこにはアオの姿も何も存在しない。そしてアオは、今サヤから十メートルは離れた場所にいる。
どういうことだ? 今の一瞬であそこまで移動した? 自分と同じ光速に近い移動方を? それにしても速すぎる。それに最後の一撃も今いる場所とは違う方向から放たれていた。
疑問がサヤの脳内を駆け巡る。
しかしアオはそんなサヤの面持ちとは裏腹に、愉快に手を叩く。
「ははっ。すごいね。キミは多才だ。これほどの対応力を持った相手もなかなかいないんじゃないかな。まさか今のを防がれるなんて思ってもみなかったしね」
きっと、それは本心なのだろう。本当に心からサヤの芸当に感心しているのだろう。
「でも、それだけだね」
そして当然、これも本心。
「キミは器用だね。なんでもできるし何にでもなれる。どんな劣勢でも冷静で、どんな状況でも即応できる。実に理想的だ。きっと、キミに対応できる人間はそう多くないと思うよ」
事実。全て事実。厨二病を始めたばかりの人間が、たった一月でこの域にまで来るのは、それ相応の才能を持ち合わせていないと辿り着くことはできないだろう。だが、
「普通レベルまでは、だけどね」
そしてこれも、事実。
「自慢の速さも、自慢の鋭さも、全部普通レベルだ。即応できる判断力も、キミのは全部常識に囚われてる。
「っ――――」
サヤが目を見開く。怒りを覚えたから、ではない。当然の事実を突きつけられたから、だ。
そしてそれは、俺も思っていたこと。思っていて、言えなかった事実。
「速さなら光よりも速く。鋭さなら星すら斬りとる。そのくらいの荒唐無稽さじゃないと、キミはいつまで経っても――
こんな木の棒すら斬れないよ?」
「っ――――」
それは、焔の奔流だった。
激しく焔を撒き散らしながら、サヤは自らの背中に翼を顕現させ、宙へと舞い上がる。
その背には、ちょうど雲間から陽の光が差し込みサヤを照らし出す。さながら、後光を背負う日輪の使徒だ。
「炎の翼、かっこいいね。でも、せっかく飛ぶことができるのに、キミはそこまでしか飛ばないのかい?」
「…………」
サヤは答えず、地上に立つアオへと、蛇行を重ねながら飛翔する。
それはあの試合で最後に見せた、【白銀の騎士王】の鎧にすら風穴を空けた一撃。
「なら少しだけ見せてあげるよ。ぼくの斬り方を」
それを受けて立つとばかりに、初めてアオはまともに構えを取る。
それは、居合のような構えだった。
「……俺はですね、先輩。俺は昔、『三強』なんて呼ばれ方をしていたことが不服だったんですよ」
「我流・斬り方その一『
「だってそうでしょう? 俺とアイツが同等レベルで語られるなんて、そんな可笑しな話あるわけないじゃないですか。俺はアイツに、ただの一度も勝てていないのに」
「ッ!?」
異変に、サヤは目を剥く。
「キミは斬りたいものを目で見過ぎてる。何を斬るかなんて、最初から決まってるのに」
まだ、二人が接触するまで間合いはあった。
だというのに、何故アオはサヤの後ろに立っているのか。何故サヤは地に足を着けているのか。
何故その小さな背中から、焔の翼がもがれているのか。
あれだけ開いていたはずの二人の距離は、今はまるで空間でも斬り裂いたかのようにすっぽりなくなっている。
「あ――」
「ダメだよ。キミはもう、飛べないんだから」
そんな答えなど知らぬとばかりに、サヤは翼を羽撃かせようと意識を巡らせる。だが、その翼は、まるでむしられたかのように歪なまでに散っていた。
それを自覚した途端、サヤの膝から力が抜ける。
が――、
「…………っ、……まだ、まだ……ッッ」
ほとんど無意識だったのだろう。サヤは力の抜けた足に無理矢理力を込め、倒れかけていた体を意地と執念だけで踏み止まらせる。
「すごいね、キミは」
それを見て、アオが呟く。
そして、燃え盛る焔の瞳と交差する。
しかし常ならば希望にも見える焔の瞳は、今は燃え尽きる寸前の灯火にさえ思えてしまうほどに、その揺めきは不確かなものだった。
「でもだからこそキミは、ここでぼくに敗けなきゃいけない」
刀を持つサヤの手が震える。既に刀を振るう気力すら残ってはいないだろうに。それでも離すまいと、手に力が込められる。
しかし無情に、世界は進む。
「手向けてあげるよ。我流・斬り方その一……『絶』」
ただ音もなく、アオは刀を振るった。ただそれだけで、世界が斬れた。音も、空気も、色も、空も、大地も。あらゆるものは全てアオの前で斬り伏され、そして選ばれる。何を斬らずして、何を斬ったのかを。
アオはただの木の棒を血振りのように払うと。
同時に、サヤの刀が半ばから折れ、サヤの体が事切れたように地面へ倒れ伏す。
世界には音もなく、ただ結果だけが残っていた。
「キミは強いね」
倒れたサヤの元に、厨二部の面々が駆け寄っていく。
「でも、キミはまだ産まれたばかりの雛だから。これからまだまだ成長する余地はあると思うよ。それこそ、ぼくやアキなんかよりもずっと、ね。だからこそ、雛が空を飛ぶもんじゃない。キミはもうしばらくの間、ちゃんと地面を走っていた方がいいと、そう思うよ」
それだけを言い残すと、アオはサヤに背を向け去っていく。
オトミとスグリが駆け寄り、ヨリアキが眼鏡をかけ直して目を見張る。
そんな様子を、マキは少し離れたところから眺めていた。
そのときのマキの表情がどういった類のものだったのか、俺は理解していなかった。
ただ俺は、いずれ来るとわかっていたこの日があまりにも早すぎたその事実に、動揺を隠せずにいた。
この日、陽乃下サヤは厨二病において初めて、完全敗北を喫したのだった。
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