第7話『初戦』


「で」


 入部に関するちょっとした話し合いを終え、入部届をサヤが淡々と、アキハルが渋々書き終えたすぐ後。

 そのままお開きな雰囲気漂う部室に、アキハルが平仮名一文字を呟いた。


「「で」――とは何かな、新入部員くん」


 新入部員という肩書きに昇格(?)したことに一抹の悔しさを噛み締めながら、しかしできるだけ無視して質問に答える。


「何でこの部、「部」じゃないんです?」


 素朴な質問。一応「部」という名前を賜っているのだから元々は部活動だったのだろう。しかし何かの理由で「部』から同好会に降格された。そう考えるのが自然だろう。


「はははぁ。まぁ気になるのも仕方ないよねぇ」


 その単なる知的好奇心を、部の先輩であるスグリは申し訳なさそうに笑って答える。


「まぁ要はあれだ。昔はそれなりに人はいたんだけど、先輩の卒業と共に年々人は減り、ついにボクの代で定員を下回ってしまった。そこを部の存在を快く思わない生徒会の連中にイチャモンつけられ同好会へ降格、というわけだ。いやはや、生徒会の横暴にも困ったものだよ、まったく」


 やれやれと言わんばかりにスグリは両手を挙げる。


「部の存続に、生徒会が出した条件は二つ。部としての最低人員である部員五人を揃えること。そしてもう一つが、部として何か実績を残すこと」

「実績……。なるほど、それで」


 あの無理矢理な部員勧誘も納得だ。納得できるようなものではなかったが。


「まぁとにもかくにも、これで部員は四人揃ったわけだ。あと一人集めることができれば、一つ目のミッションはクリアということだ」


 鼻高々に、エヘンとでも言いたげに腰に手を当て胸を張るスグリ。


「これはもう達成したも同然だ。あと一人ならば見つけることも容易だろう」


 何かフラグのようなことを言っているが、今はまぁいいだろう。それよりも……。


「それじゃあ二つ目の条件、実績を残すってのが、つまり大会のことなんですよね」

「ああ、そうさ。他の実績はさすがに思いつかなかったんでね。よもや、厨二病であるボクらが地域の清掃活動をしても、相手さんは納得しないだろうからね」


 厨二病が清掃活動。それでは、普通に優等生である。


「ま、ぱぱっと大会優勝でもすればあの性格の悪い生徒会長も納得するだろうさ。だから頼むよ、後輩くん」


 妙に熟れたウインクをアキハルに飛ばしてそんなことを言ってくる。

 簡単に言ってくれるものだ。そんなに、簡単なわけがないというに。


「……はぁ。まぁいいです。それじゃあ、大会の日程はいつなんです?」

「ん……、ああ、いつだったかな?」


 そう言って取り出したのは、妙に古い型のガラケーだ。時代錯誤にもほどがある。

 メールを確認しているのかサイトを確認しているのか、今時小さすぎる液晶に目を泳がせていたスグリは、目的の項目を見つけて顔を上げる。


「そうだそうだ。どうせすぐ部員が見つかると思って事前に大会に登録していたんだった。安心したまえ。気になる大会の日程はー、と…………………………、今日だ――――」



 途端、世界が弾けた。



 いや。正確に言えば、部室の窓側の壁が弾けた。天井諸共、全部。

 と同時に、何か大きなものが室内へと侵入してくる。

 それは巨大な、鉄の塊。アキハルの見間違いでなければ、巨大な巨大な鉄の拳だ。



「おーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっほっほっほっほ!!」



 そしてさらに、メンバーに動揺する暇を与えず、次なる音が舞い込んでくる。

 今度は高らかに響く、笑い声。


「まさかとは思ったが、君か」


 土煙が晴れ、頬に汗を流しながらスグリが言う。

 そこにあったのは、巨大な影。アキハルたちが今いる校舎三階より遙か上。地上約二十メートルもの上空より見下ろす巨大なシルエットが、瓦礫と土煙を浴びて這いつくばるアキハルたちを無感動に睥睨していた。


 その姿を、アキハルは知っている。


 人型で、だが人を超える大きさであり、ずんぐりとした丸い巨体。そして重厚に光る鋼色のボディ。まるで鉄人二十八号を思わせるような愚鈍なフォルム。そしてその肩に乗る、場違いなまでに煌びやかな金髪縦ロールのお嬢さま。

 間違いない。【ブリキの人形遣いティンドールマスター】金剛寺絲音だ。



「おーーーーーーーーっほっほっほ! 久しぶりですわねスグリさん。廃部したと聞いていましたが、まさか初戦の相手がアナタだったとは。これは運の良い誤算。これで、前回の借りをお返しできますわ!」


 どうやらこの巨大ロボに駆る場違いなお嬢さまはスグリと因縁があるらしいが、今はそれどころではない。こちとら部室を破壊されているんだ。


「みんな、無事かい!」

「……はい、なんとか」

「だいじょうぶで~~すぅ」


 生存を確認するスグリに答える。もちろん命に別状がないことはわかりきってはいるが、それでも安全の確認は最優先だ。奇襲を受けたのだからなおさらだ。


「さすがはボクの後輩たちだ。……後輩くん、ここから逃げれるかい?」


 スグリはアキハルを見ずに聞く。


「逃げるだけなら大丈夫だと思いますけど」


 質問の意図を読み取れず、語尾を濁す。


「そうかい。なら、後ろは君に任せた。どうか二人を逃がしてほしい」


 だが返ってきたのは、予想外の答え。


「……先輩は?」

「ボクかい。ボクは、やれるだけやってみるさ」


 何を? とは言わない。そんなことわかりきっている。

 つまり、戦うのだ。


「…………」


 アキハルは立ち上がり、辺りを見回す。

 未だ土埃は舞い、さっきまでそこにあったはずの天井は今はなく、少し日の傾いた春の青空がはっきりと顔を覗かせている。そしてその見晴らしの良い景色を邪魔するように立つ巨大な鉄の影。

 とても現実とは思えない光景。大事故。はたまた大災害かのようなその現状に、アキハルは落ち着いた面持ちで向き合えていた。


 当然。これも、慣れた光景だ。


 これは現実ではない。厨二病によって共有された、一種の心象風景。攻撃されたのだからこうなっているはずだ、という妄想によって作られた景色に過ぎない。

 一段落つけば部室も元通りになるし、怪我などを負っても何の後遺症もありはしない。なにせこれは全て、厨二病によるただの妄想なのだから。


 だからこそ、命の危機として慌てる必要はない。

 問題は、既に大会が始まっているということ。


 自分の手のひらを見る。

 いけるの、だろうか? 昨日はいけた。何故いけたのかは、わからない。無意識だったからなのだろうか。それとも、何か別の要因が。たとえば、今まで見たことのないものを見たとか。

 試しに、手にチカラを込めてみる。





『『『『『 きもちわるい 』』』』』





「うっ……」


 咄嗟に手のひらから目を離す。

 やはり、ダメだ。


「すみません、先輩」

「なーに。日程すら確認してなかったボクの落ち度さ。どうも昔から、細かいことは苦手でねぇ。いきなりこんなことに巻き込んで悪かったね。また次の機会に協力してくれれば問題はないさ」

「……すみません」


 二度謝って、顔上げる。自分の不甲斐なさがイヤになる。


「そこの……えっと、君、逃げるぞ! とりあえずこっちに! それから陽乃――」


 呼んだこともない少女の名字に躊躇いを感じた、というわけではない。

 今の今まで返事一つしなかったサヤの姿を認め、そちらに声を掛けようとした瞬間、息を呑む。




 ――焔が、そこにあったからだ。




「ねえ、師匠」


 風に揺蕩う黒髪を紅く焦がし、呟く。


「すごいね」


 こちらは向かず、ただ一点、巨人を見つめる。


「厨二病って、すごい」


 巨人が一歩歩みを進めるたびに、地響きが鳴る。


「厨二病なんて言葉、ずっと知らなかったけど」


 ぱらぱらと残った壁から埃が落ち、床に亀裂が入る。


「ここは、あたしがいた場所よりも、ずっとずっと……スゴい」


 サヤは窮地にも関わらず、ゆっくりとした動作で何も刺さっていない鞘に手を伸ばし。



「ここでならあたし、もっと強くなれる気がする」



 刀を、引き抜く。



 次の瞬間、サヤは地面へ飛び降りる。


「っ――――――――おい!」

「サヤくんっ!?」


 二人が呼び止めるも、声は既に間に合わない。

 飛び降りたサヤの体は地面を目指し、十メートル以上の高さを着地する。

 途端、紅が閃く。

 同時に巨人の体が歪む。


「っな、なんですの!」


 肩に乗るお嬢さまは高笑いを止め、異変の先を見る。そこには膝から先をなくし、まるで片膝をつくかのように地面に脛を差す左足があった。


 そしてすぐ傍を、大太刀を手に持つ一人の少女が立っていた。


「貴女ですの……、わたくしのグランにこのような仕打ちをしたのは」

「……」


 サヤは答えない。


「そう。スグリさん以外はただの雑魚だと思っていましたが、とんだくせ者がいたようですわね。いいですわ。貴女、名前は?」


 そこに一際強い風が吹く。丈の合っていない黒の外套は音を立ててはためいて、黒髪は火の粉を散らして烈火に色付く。




「サヤ。あたしの名前はサヤ! 『紅蓮の夜叉』の化身にして、いずれ【魔王】を討ち滅ぼす者!!」




「そう。覚えておきますわ。ただし、わたくしに勝つことができたのならっ!ですわ!」


 金剛寺絲音が扇子を振るう。その動きに応じて、巨人が拳を振り下ろす。

 緩慢な動き。しかしそれは巨大すぎるが故に感じる錯覚。実際は超大な質量を伴った高速の一撃。掠るだけで致命傷となり得る、大質量の鉄槌だ。


 そんな一撃必殺の拳に、サヤは避けるどころか自ら突っ込んでいく。それも、巨人の体を昇って。

 何がどうなっているのか。サヤは巨人の体を走り登り、密着することによってその拳を躱しているのだ。


「――っふ」


 ついでに、刀を振るう。

 すれ違いざまに放たれた斬撃は隕石のように落ちていく巨人の腕を輪切りに斬り落とし、ついでのかのように炎で燃やし消失させる。


「っ……、なんて強引な」


 言いながら絲音は扇子を振るう。今度は斬られたのとは逆の腕。まるで蠅でも払うかのような繊細な動きで、自らの体を這わせ登るサヤを追い縋る。


「――――ハッ」


 閃光が閃く。あまりにも大質量の斬撃に火花が世界を覆う。

 今度の一撃は胴への薙ぎ払い。周囲二百メートルはあろうかという巨人の胴を、たったの一振りで切り裂いてしまう。


「なっ――――グランっ……」


 それはさながら、大雨のあとの土砂崩れのようにズルリと斜めに崩れ、広いグラウンドへと滑り落ちていく。ビルの爆破の如き地響きを辺り一帯に木霊させ、校舎に影を落としていた巨人の姿はあっという間にその姿を崩壊させる。


 数十秒が経った頃だろうか。


「…………~~っ、なんて品のない攻撃ですの」


 瓦礫の中から、陽の光を反射させる豪奢な金髪が現れる。金剛寺絲音だ。


「この日のために新調したドレスが台無しですわ――」


 ふと、埃を払っていた絲音の視線が上を向く。

 そこには、夕日を反射させ茜色に染まる大太刀の刃が、絲音の汚れない首筋に向けられていた。


 そしてその大太刀を握るのは、傷一つ付くことなく立つ孤高の少女。


「…………、参りましたわ」


 絲音は観念したかのように両手を上げ、降参する。


「……はぁ、……はぁ」


 少し息を乱すサヤはそれを見て刀を降ろす。



 それはさきほどまでの怒号とはうらはらな静寂の中、しかし誰しもの胸に興奮の音を鳴らして、決着する。




 『セカンドイルネス』団体の部、一回戦第一試合。勝者、『紅蓮のサヤ』。



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