第二幕『ようこそ、厨二部へ!』
第6話『入部(仮)』
厨二病。そう呼ばれる病がある。
もともとは中学二年生頃の思春期に見られる、背伸びした奇妙な言動などを指す俗語なのだが。近年発見されたその病の発症者の特徴が酷似していることから、この名前が通称として使われるようになった。
精神病の一種に分類されるその病気は主な特徴として、発症者が十代の青少年であること。年齢に釣り合わない大人びた言動の頻発。周囲に対する、自身が設定したキャラクターの押しつけ。そしてもっとも顕著なのが、中間期における発光現象だ。
中間期における発光現象。原因、原理ともに不明。初期では手のひらが光る程度にしか見られないそれは、症状が進行していくにつれ肥大化、様々な部位でも症状が視られるようになる。より症状が進行した例では、患者から数十メートル離れた位置での発光現象も確認されている。
しかしそれらの発光現象は、発症者たちから言わせれば全く別の現象なのだと言う。
曰く、それは妄想の具現化。頭の中にあるイメージをそのまま現実へと表現する。まるで魔法であるかのような現象が、彼らの目には見えているのだという。
そしてそれらの現象は視覚効果だけに止まらない。彼らが炎を受ければ熱いと感じ、水を浴びれば冷たいと感じる。もちろん厨二病患者以外がその炎や水を受けても何の変化も視られない。これは痛覚・触覚・嗅覚・聴覚など、すべての感覚器官で共通する現象だ。
この異常な現象を様々な分野の専門家が研究し、探求する一方、厨二病患者と呼ばれた彼らは自身に発生したその現象を違うものへと昇華していった。
すなわち、病気ではなく、新たなる可能性へと。
彼らにしか見えない彼らだけの世界。
『セカンド・イルネス』。厨二病の名を冠する、彼らに相応しい闘いの舞台。
「そして、その頂点を極めるべく立ち上げたのが我が部。厨二病の厨二病による厨二病のための部活動。その名も『中二部!』。部員大絶賛募集中だ。よろしく頼むよ」
***
「い・や・で・す!」
開口一番、アキハルそう告げる。
開口一番というのは比喩ではなく、本当に口が開けられるようになって一番最初発した、という意味である。つまるところ、アキハルはさっきまで口が開けなかった。この妙な先輩(年上にはとても見えない)に突如体の自由を封じられ、おまけに猿ぐつわまで科せられたおかげだ。
対して犯人である先輩は、
「つれないじゃないか~後輩くん。キミとボクとの仲じゃないか~」
この様子である。
「さっき始めて会ったばっかじゃないですか! それも、名前聞くなり「一緒に来てくれ」で足枷にお縄ですよ。もしも俺と先輩に仲があるってんなら、最悪の仲ですよ!」
「いやぁ、照れるなぁ~」
にへへへへ。と悪びれた様子など一切なく自分の頭を撫でる。
まったく、頭が痛くなる。
「そもそも、俺は厨二病じゃないですから。まったくもってなぜここに呼ばれたのか皆目見当もつきません」
ぷいっと、とりあえずシラを切ってみる。昨日はいろいろあって忘れかけていたが、一応アキハルは厨二病じゃない(ということになっている)のだ。そう易々と口車に乗せられてはたまらない。それも、こんなよくわからない部活動に。
「そもそも、何ですか厨二部って。ネーミングセンス悪いですよ」
「ネーミングについては否定しておこう。付けたのはボクじゃない。だが、活動自体は本気も本気。大真面目さ。さっき説明しただろ?」
「……『セカンド・イルネス』、ですか」
「その通り」
意地の悪い笑みを浮かべて肯定する。
『セカンド・イルネス』。
それは、厨二病となった者たちによって行われる大会の総称。厨二病エンターテインメントを謳い文句に掲げる、厨二病のスポーツの祭典だ。厨二病の性質上、学生を中心に行われるそれらは、ここ数年でにわかに活発化してきた今世代注目のジャンルでもある。
のだが――、
「部活って、普通はないですよね?」
厨二病の絶対数は少ない。いても学年に一人か二人で、この『セカンド・イルネス』において厨二病であることは絶対条件。部活動として成り立つには少々数が少なすぎる。
無論団体で活動しているチームは存在している。だがそれは決して学校という狭き区切りで存在しているものではない。中には存在しているのかもしれないが、アキハルの知る限りでは存在し得なかった。
「おやおや~~? 随分と詳しいんだねぇ後輩くんは。厨二病じゃないというに」
「うっ」
しまった。
だが先輩はそれ以上は追求してこず。
「うん、そうだね。後輩くんの言う通り、部活動として成立しているものは非常に少ない。そもそも誰しもができるものではないからね、厨二病は」
と説明を続ける。
そう。厨二病は誰しもにできるものではない。
金を積めば。練習すれば。環境さえれば。大抵のスポーツはそれでどうにかなるかもしれないが、厨二病に関してはそれではだめだ。金を積んでも、練習をしようと、環境を整えても。本人が厨二病でない限り行えない。才能よりもよっぽど希有な、後天的才能。それが『セカンド・イルネス』に参加する者の絶対条件。
「だけどね」
その瞬間、先輩の眼が光る。
「何の因果か、今年の新入生にはその数少ない才能を持った者が二人も現れてくれた。厨二病という発掘の難しい才能を持つ者が、二人も……っ。ボクはそのチャンスを逃したくはない」
先輩は意外なほど熱く、その眼鏡の奥を光らせる。
「ボクの名前は
先輩の圧倒的な演説に、終盤アキハルは呑まれてしまう。
どんな理由があるかは知らないが、この先輩が厨二部などというふざけた名前の部をちゃんと活動させようとしているのは事実らしい。
そんな先輩の本気な姿勢に、辛くもアキハルの心を打たれてしまう。
「あ。ちなみに、今うちの部は部ではなく同好会。人数と実績を稼げなければこのまま廃部になりかねない崖っぷちの部さ」
「……」
前言撤回。心など打たれてはいないし、少し協力しようなどとは決して思ってはいない。
「いいよ、入る」
「え」
「お、ホントかい!?」
内心落胆するアキハルを他所に、ずっと黙秘を決めていたサヤが口を開き同意する。
「お前……、マジか」
「うん。よくわかんないけど、なんか面白そうだし」
なんかって……。
「それに、魔王もいるんでしょ?」
ドキリと、胸を打つ。その言葉には裏も打算も一切ない。純粋に、当然とばかりに聞いてくるその言葉に、アキハルは一瞬たじろいでしまう。
「そうだそうだ。魔王くんもいるんだからさぁ~」
だけどこのニヤニヤの止まらない先輩の顔で、すぐに現実に引き戻される。
「入らないって言ってるでしょ」
「んー、そうかい? 実際、君が入ってくれると心強いってのは本当なんだけどね、【魔王】くん?」
「……あんた、まさか知って――」
しかしそこで先輩は踵を返し「ふふん」と笑う。
「さぁね。何のことだろうねぇ、後輩くん? ただ、わたしはお願いしているだけさぁ。この窮地に立たされている我が部を僅かでも救ってほしいとね。君がこの部に入ってくれれば、ボクは助かる。君を慕っている可愛い彼女くんも喜ぶことだろう。ついでに、我が部のアイドル兼可愛い乙女も喜んでくれる」
急に呼ばれ「ふぇえ~」と鳴き声を上げて涙目になる女の子。非常にかわいい。
いや、そうじゃなくてだ。
「別にコイツは彼女じゃない」
「おや、そうなのかい? 仲睦まじいからてっきりそうなのかと。まぁいい。どっちにしろ、君が部に入ってくれれば彼女が喜ぶのは間違いない」
ふんふんと頷くサヤ。お前は今黙っていてくれ。
「あと、ボクも喜ぶ」
「あ、それはいいです」
ここはきっちり手を上げて制する。
「冗談のつもりだったんだが、そう軽く拒否られると腹が立つなぁ」
そうは言われても、出逢ったばかりの先輩のことまで気にしてはいられない。
「それじゃ、もういいですか? 俺、放課後は勉強したいんで。その「厨二部」とやらは皆さんで勝手にやっててください」
と、さっさと背を向ける。
「師匠……」
「悪いな。昨日も言ったけど、やっぱり俺は厨二病を続けることはできない。話くらいなら付き合うから、お前はこの部で先輩たちと仲良く――」
「成績」
アキハルが話していると、急に先輩が話を割ってくる。
「――を、上げたいんだったね、君は」
「な、何ですか藪から棒に。そうですよ。成績を上げたいから勉強するんですよ。勉強する理由なんて、大抵は皆そうでしょう」
「うんうん。その通りだね、その通りだ。良い大学へ行きたい。良い会社へ就職したい。だからこそ人は勉学に励み、他人の評価という名の成績を上げるんだ。うんうん、わかる、わかるよその気持ち」
何かトゲのある言い方にムッとするが、ここは冷静に対処する。
「そうですよ。良い大学に行って良いとこへ就職したい。何か問題でもあるんですか?」
「いいや? 勉学に対して真の意味での学びを得たいと考えている者はおそらく少数派だろう。むしろ君のような考えこそが大多数を占めていることは否定できない事実だ。こと、この日本という国においてはね。無論ボクは否定しないさ。学びに対する姿勢も理由も目的も、それは人それぞれであるべきなのだからね」
先輩のご高説は続く。
「ただ、物事というものはその意志の強さや目的意識に必ずしも直結するものではない。勉学に意欲を唱え、必死に努力しようとなかなか身につかない者もいれば、何かの片手間にしか勉強せぬ者の方が成績をより上げる。世の中とは往々にして理不尽なものさ」
「……何が言いたいんです?」
「最近、あまり勉強が上手くいっていないね、君?」
「っ……」
「勉強は進む。捗りもする。それでも結果にはイマイチ結びつかない。この学園への受験も、それなりに苦労したようだね」
ニヤッと、まるで全てを見透かしているかのような瞳が、眼鏡の奥で光る。
「成績の伸び悩み。つまるところ、君が今抱えている問題の一つはそれだ。いくら勉強しても成果として現れない。実に嘆かわしいことだ。ああ、嘆かわしいとも。若人の努力が実を結ばない。これほど哀しいことはない。そうは思わないかね、後輩くん?」
「……嫌味ですか?」
「嫌味じゃないさ。ボクは純粋に君を心配しているんだ。この世には、どうしても自分の壁を乗り越えられず、挫折する者が後を絶たない。あと一歩のところで手が届かない。そういった者を、ボクは既に多く見てきた」
先輩の話はぐるぐると部室内を歩きながら続く。
「きっかけさ。何かきっかけさえあればその壁を乗り越えられるものを、そのたった一つのきっかけが掴めず夢潰える。何と惜しいことだろうか」
「……だから、何が言いた――」
「ボクが、そのきっかけになってあげよう」
「…………は?」
突然の、その申し出に思考が一瞬停止する。
「ボクが君に勉強を教えて上げようと言ってるんだ」
「……べ、別にそんな、先輩に勉強見てもらわなくても――」
「ボクの成績だ」
そこには何故準備されているのか、いくつもの赤い丸が並んだ答案用紙と、最高評価が羅列される成績表がバッと差し出されていた。
「いやまぁ、去年の期末テストは凡ミスが少し多くてね。満点を取れなかった教科が二つも出てしまった。確かに、この程度の成績じゃあ君は納得してはくれないかもしれないが、一応ボクは君の先輩だ。後輩である君の勉強を、ある程度だが見てあげられると思うんだが、どうかな?」
ぐっ……と、息を呑む。
この成績を見せられてこの程度などと、ここまでいくと謙遜というよりはただの嫌味にしか感じられない。実質その通りなのかもしれないが、それでもこの全国模試でも上位に位置するだろう成績を有する先輩に勉強を見てもらえる。それだけでも、この先輩がどんなイヤな性格だろうとお釣りがくる事実だ。
「……………………か、考えさせてください」
声が震えていたかもしれない。目は当然合わせられず、アキハルはせめてもの抵抗として精一杯の返事を返す。
「うん。ゆっくりと待つとしよう」
しかし先輩の笑顔がこれまでのにやけていた顔以上の笑顔だったことは、この先も忘れることはできないかもしれない。そして同時に、アキハルがこの先輩には一生適わないと悟った瞬間でもあった。
こうしてアキハルとサヤは、『厨二部』(部活未満同好会以上)に仮ながら入部することと相成った。
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