第18話『初陣』


 そんな経緯があって、


 月末に近い日曜日。天気は雲一つない快晴。時間は、正午ちょうど。


 試合、開始。


 


 怒号が鳴る。


 試合の舞台となったのは、互いのギルドに地の利のない他県の一市内。そこは数十年前に切り開かれた山を利用して作られた広大なベッドタウン。国内でも有数の広さを有する住宅街が、今日の試合の舞台だった。


 その中央公園から、の手が上がった。

 火の手ではない。それはまさしく、太陽を凝縮した神の腕の如き一撃。




「『焼滅せし、……日輪の咆哮ガラ……ティーン』!!」




 ビームやレザーなど、そんなちゃちな言い方では表現しきれない。

 まさしくそれは太陽から放射される熱波の如く、容易く星々を分子にまで分解可能な凄烈なる一撃だった。

 そんな星の終わりのような攻撃が、噴水を挟んだ反対側に立つ三人へと殺到する。

 字の如く、殺し倒さんとするように。


 数秒後、太陽の一撃はレンガ作りの石畳を焼き抉り、三人の立っていた場所をものの見事に焼失させていた。

 立ち昇る焼け焦げる臭いはおそらく石や土が焼け焦げる臭いなのだろう。そうでなければ、この臭いは一体何の臭いなのだろうか。


「ふんっ」


 少し離れた場所で、しかめっ面の太陽が鼻を鳴らす。

 一瞬にしてこの惨状を作り出した張本人。

 容姿を一言で表現するのであれば、それは美少年だった。活発に、しかし丁寧に切り揃えられた蜜柑色の髪。騎士を連想させる礼服に勇者の証であるマント。そして重心の乗った大きめのブーツ。なにより、その腰に帯びた剣が、彼を『円卓の騎士団』の一人であることを証明している。


 二つ名を【黄金の忠騎士】ガウェイン。最強ギルド『円卓の騎士団』の精鋭『円卓』において、厨二病一年目にして選ばれた天才と評される少年であり。同時に、上半期の総決算『碧海あおみ大祭』にて、イベントの花形であるラスボスの『魔王』抜擢に異を唱えた人物でもある。

 そんな彼が、自身が招いたとも言える戦いの、その火蓋を切って落としたのは必然とも言える。……その火蓋は、少々熱過ぎたようだが。

 

「あーあ。もう終わっちゃったよ〜。ひなひなすーぐ必殺技撃っちゃうんだから。あたしも戦いたかったのに〜〜」


 口を横に伸ばして「イ〜〜ッ」と不満を表明するのは、栗色の長い髪をしたスレンダーな少女。ここが厨二病の戦場でさえなければ、十分モデルと言っても信じてしまうような見目麗しい容姿をしている。のだが、その子供のような態度と表情がその美しさを半減している。


「ひなひなじゃない。陽光ひのみつ日向ひなただ。それに、試合中は二つ名で呼べといつも言っているだろう、ヒカリ」


 ヒカリ。そう呼ばれた栗毛の少女に二つ名はまだない。『円卓の騎士団』で二つ名を名乗るには、それ相応の実力を示さなければならない。だからこそ少女は、この場がそのチャンスであると認識していたのだ。だが、そうはならなかったらしい。


「ブ〜〜〜〜。ひなひなす〜ぐ怒る〜。それに、試合なんてもう終わっちゃったじゃない。ひなひながみーんな溶かしちゃったんだからさ〜」


 ヒカリの言う通り、焼け焦げた地面は未だ炎が燻っており、そこには生命の痕跡その一切が残っていない。


 だが、厨二病を患う強者ならば理解している。敵の姿が見えない状態での勝利判定は、敗北のフラグなのだと――――。


「っ――――」


 咄嗟に、ヒナタは腰を九十度前方へと傾ける。

 途端、さっきまでヒナタの首があった場所に剣閃が走る。


「ちっ」


 小さな舌打ちが背後に聞こえ、ヒナタは体を回転させるように剣を振るう。

 鋼同士がかち合う金属音が響き、自分の剣撃が防御されたこと理解する。

 自身が扱う西洋剣に対して金属音が高い。そのことから相手の得物を日本刀と当たりをつけ、すぐさま相手の刀を弾くため剣を下段から斬り上げる。だが――、


「……?」


 手応えが消えた。当然斬り上げたはずの刀はなく、当然相手も目の前に存在しない。では相手はどこに……。


 そこではたと気付く。コンマ二秒前、唐突に打ち合っていたはずの金属音が消失したことに。それは自身が相手の刀を斬り上げるため剣を持ち替える一瞬前のこと。自分が気付くよりも前に、相手は自分がどうするのかを気付き対応してきたのだ。金属音はなかったが重さはあった。であるならば、相手は回転する自分の剣の勢いにそのまま乗り、一瞬にして視界から逃れたのだ。斬り上げる剣閃の影――すなわち、自らの真下へと――。


「くっ……」

「遅い――――」


 影の言う通り、相手は自分よりも一瞬速く剣を振るう。一撃の重さにこそ自信はあるが、剣の速さにおいてヒナタはまだまだ他に遠く及ばないと考えている。

 そう、自分よりも遥かに速いやつが、身近にいるのだから――。


「――――――――」


 瞬間、サヤの視界の端に光が閃いた。平時ならば、その光はどこか遠くを走る車のライトのように気にはならなかっただろう。だがここは戦場で、自分は戦いの真っ只中にいるのだ。

 そしてサヤは頭の片隅で思い出してた。最近読んだ漫画に、こんな概念があったことを。


 『得物を狙う瞬間こそが、もっとも大きな隙となる』


 その言葉が頭をよぎった瞬間、自分でも気付かないうちに体を反転させていた。

 次に視界に映ったのは、今さっき自分のいた場所に閃光が走っていたこと。

 否、閃光ではない。閃光のように速い剣撃――細剣レイピアによる光速の一突きだった。


「あ〜、外しちゃったか〜」


 剣撃の放った本人――ヒカリはレイピアを血振るいのように振るうと、言動とは真逆の騎士らしい構えを取る。


「っ……、すまないヒカリ」

「別にいいっていいって〜。あたしたちってば仲間なんだしさ〜。でも、ここからはちゃんとあたしにも手伝わしてほしいな」

「……ああ、そうだな」


 ヒカリは可愛く言うと、ヒナタも渋々承諾する。


「…………」


 そんな二人を、サヤは無言で見つめる。

 一対二。戦闘において、数での不利は勝敗を決定付けるもの。相手が格下ならばまだどうにかなるが、相手が同格以上ならば言うに及ばない。そして何より、今一撃交わしたことで相手が自分と同格以上の実力であることサヤは感じ取る。

 つまり、


「あ、逃げた」


 脱兎の如く、サヤは二人に背を向け走り出す。


「馬鹿が。今度こそ撃ち落としてやる」


 ヒナタが剣を振り上げる。剣はまるで天にあり陽光を吸い込むように発光し、一定の輝きに達した瞬間溢れんばかりに輝きを増す。


「『融解せしガラ……」



「あら、また同じ技だなんて単純なのね」



 陽光の一撃を放つ瞬間、さっきまでなかった人影がそこに逃げたサヤとの間に立っていることに気付く。


(だが、もう遅い)


 我らが主【白銀の騎士王】が持つ必殺技『エクスカリバー』に次ぐ威力を持つ自らの必殺技。それを超えることなど出来ようはずもない。

 その絶対的な自信から、ヒナタは不穏分子など気にせず最強の切り札を放つ。


「……日輪の咆哮ティーーン』ーーーー!!」


 陽光の一撃は空気すらも融解しながら目の前の敵二人を呑み込まんと迫る。

 そして次の瞬間には、音もなく全てのものがさきほどと同様に消失する。


 ――かに思えた。




「我が光よ、我が同胞、我が民草を護りたまえ……」




 人影が何かを振るう。それは旗だ。かつて存在した故国の旗。童話で語られる戦乙女が、その元となった男装の姫が先陣を切り携えていたとされる国の旗印。

 それをパレード演奏のカラーガードのように大仰かつ鮮やかに振るっている。

 そして振われた旗は硬いレンガ作りの石畳へと突き刺さり、辺り一帯を光で包み込む。




「――――――――『久遠の輝きをリヒト・エーヴィヒカイト』!!」



 

 人影がそう唱えた途端、光に陽光が激突する。

 陽光は大気を焼き、周辺を濃い土煙で覆う。

 そして土煙が晴れたときには、サヤも人影も、どちらの姿も消え去っていた。

 ただ、開幕の一撃を放ったときと違うのは、旗が刺された場所より後ろの景色は、何事もなかったかのように存在し続けているということ。

 つまるところ、これらの事実が指し示すこととは――。


「逃げられたか」


 二人を逃したという事実だった。



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