第19話『不親切』


 パリリと、植栽の影に雷光が走る。

 次の瞬間、雷光の走った場所に三人の男女が現れる。

 ヨリアキとサヤ、そしてマキである。


「ありがと、ヨシアキ。助かった」

「いえいえ、礼など結構でありますぞ、サヤ氏。吾輩としましては、サヤ氏のようなロ……低身長美少女に頼ってもらえて雷神冥利につきますぞ。……ただ、我輩の名はヨリアキですぞ」


 デュフデュフと、絶妙な気持ちの悪さで体をクネらせるヨリアキ。気持ち悪いと思うのも本音だが、一方で助かったというのも本当だ。


 今のサヤは、空を飛ぶことができない。

 先日のアオとの一戦。アオの一刀により、サヤの炎の翼は文字通り両断されてしまった。それからというもの、サヤはあれほど得意としていた炎の翼を発現できないでいた。何度試そうと、サヤの炎の翼は戻ってくることがなく、出るのは途切れ途切れに噴出する翼の欠片のみ。

 高速での移動が制限されたサヤだが、サヤの戦闘力は必要不可欠。そこでサヤの足の代わりとなったのが――、


「我が雷神の走法『雷光石火』。雷の速度には、いくら太陽とて追いつけはしないのですゾ」


 ドヤっと、眼鏡をクイクイして自慢げにヨリアキは語る。

 常ならウザイと一蹴していたが、助かったのも事実。近距離での移動なら小回りの利くサヤの足で十分だが、遠距離での移動は今後もヨリアキ頼りになるだろう。

 しかし今はそれより、気になることがあった。


「…………」


 さっきから黙ったままの、もう一人。マキ。

 いつもならサヤよりも早くヨリアキに腹パンの一つでも食らわしているはずなのだが、マキは草の影に身を潜ませてからというもの、顔を伏せたまま上げる気配がない。

 さすがのヨリアキも不思議に思ったのか、声をかける。


「マキ氏、さすがでありましたぞ。ぶっつけ本番にも近いというのに、見事相手方の必殺技を止めて見せたであります。さすがの吾輩も、これには惚れ直すばかりで――」

「さっきのはカッコ良かった。今まで使えないやつだと思ってたけど、少しは褒めてやってもいい」


 素直に喜んでいいのかわからない二人の賞賛を受けるマキだが、やはり顔を上げようとしない。

 もしやどこか体調が優れないのだろうか。お互い顔を見合わすサヤとヨリアキ。だが、


「…………しいわよ」


 マキがなにやら、ぼそりと呟く。

 二人が何かと耳をそばたてると。


「どう考えてもおかしいわよ!!」


 そんなことを、叫び出した。


「おかしいわよ! どう考えてもおかしいわよ!! 何よ、あれ。なんで剣を一回振っただけであんな炎が飛び出してんの!? もう炎とかそういう域ですらなかったわ! あんなの、バックドラフトよ!」

「あいつのは焔じゃなくて太陽。陽の光の具現」

「こんな緑豊かな公園であんな炎出しまくってるってのに、なんで何一つ燃えてないのよ! あんなの公園丸ごと全焼ものよ!!」

「それはあれですぞ。厨二病で起こったことは全て妄想の産物ですので、現実には影響は及ぼそないのですぞ」


 頭を抱え混乱しているらしいマキ。

 無理もない……のかもしれない。あまりにも現実とは乖離かいりした光景ではあったのだから。

 だが今は、そんなこと言っている場合ではない。既にここは戦場。いくら実践経験ゼロの新米だとしても、戦場に出た以上はきっちりとその役割はこなしてもらわないと。

 その点で言えば、マキはしっかりと役割をこなしたと言える。

 おそらく相手の必殺技であろうあの熱波の奔流を見事抑えて見せたのだ。既に十分すぎる戦果と言ってもいいだろう。


 それに何より、今の一戦でわかったことも多くあった。


「見て、これ」


 サヤが見せたのはスマホの画面。そこには試合を行っている両ギルドの名前と、その下にいくつかの数字が並んでいる。

 気になるのは、『高天原たかまがはら高校厨二部』の下には不動の0が一つあるだけなのだが、『円卓の騎士団』の方には20の数字が表示されていた。


「これが、ルールで言ってた『ポイント』なんだと思う」


 そう言って、一同はルール説明のことを思い出す。








 *****








 ――――数分前。


 試合開始を直前に控えて、両ギルドそれぞれ三人、計六人の男女が対面して並び立つ。


 サヤら三人から数メートルの距離をおいて立つのは、男一人女二人の男女。

 今回の試合はそれぞれ、ギルドの新人のみを起用しての試合と聞いている。つまり、いくら音に聞いた最強ギルド『円卓の騎士団』であろうとも、相手は厨二病を初めて一年未満の、自分たちと同等の人間であるということ。

 何も恐れる必要はない。

 ないが、初めての試合に臨むこの二人はやはり違うようだ。


「ほ、ほほほほほほら見てくださいお二人ともももももも……。や、やはりさっき会ったお二人が対戦相手でしてございまするよろろろおおおおおお……………………」

「ああああああアンタにしてはせ、せせせせせセクハラがたた足りないわねぇ…………………………。キンチョーでもシってるのかしらぁぁぁぁ????????」

「そーいうマキ氏も???? 緊張なさっているようでござるがぁああああ????」

「あ、あーたしがきーんちょうなーんてすーるわけないでしょうがああああ????」


 見た目は何もないように堂々と立っているが、口を開けばこの通り。

 ……それも、無理もないのかもしれない。聞けば、二人とも部活の経験もまともにないと聞く。見るからに文化系のヨリアキは言うに及ばず、マキも運動部に所属していたことはあっても、公式戦の経験は多くないと言う。

 つまるところ、厨二病以外の経験においても、サヤがどうにかするしかないらしい。

 だが、サヤとてチームを引っ張るリーダーの経験などない。これまでサヤは常に孤高に、一人で戦場で駆けてきた。


「大丈夫」


 だからこそ、


「心配いらない。わたしたちは、強いから」


 できることなど、たった一言、真実を告げることしかできない。


 ただ、


「…………」

「…………」


 この少女の言葉に嘘はないと知っているから、たったそれだけで事足りる。

 遠くの観客席からそれを見ていたアキハルは、少なからず残っていた不安が杞憂だったことを知る。


「大丈夫そうだね」

「はい」

「う〜……、三人とも怪我だけはしないでね〜〜……」


 それはスグリも同じだったようで、隣で必死に目を瞑って祈っているオトミを笑って肩を叩く。


「も〜。ボクの乙女は心配性なんだから〜」

「だ、だって〜〜」




 そんな和やかな雰囲気がチームを包む中――、


「そこの……刀の女」


 対面していた美形の少年――ヒナタが声を掛ける。


「あたし?」


 名指しされたサヤは思わず首を捻る。


「ああ。……この間の『ギルド対抗戦』で『魔王』と共に戦っていた女だな?」

「うん、そう」

「このような試合の直前にすまない。だが、これだけは言っておきたかった」


 ヒナタは言葉を選ぶように一度瞼を閉じてから、


「『魔王』は俺が倒す」


 そんなことを、宣った。


「……」

「『魔王』などという自ら悪を標榜ひょうぼうするような連中に、年度代表選手の栄誉は相応しくない。運営側はその辺りをまるで理解していないらしい。だからこそ、俺手ずからその間違いを正すためここへ来た。……手始めに、貴様ら『魔王』の配下を倒すことでそれを証明してやる」


 場が静まる。うまく緊張の解けていたマキとヨリアキも、今はまた別の緊張が走っている。それは相手の方も同じようで、ヒナタの仲間である二人の少女も「あちゃー」と苦笑いしていたりアワアワと周囲に助けの視線を投げていたりしている。


 そんな中、その言葉を向けられたサヤはというと、


「うん。そう」


 いつもと変わらぬ――いや、すこしだけ笑っているようにも見える――顔と声で、そう答える。


「楽しみにしてるね」


 何の動揺も、何の憤りもなくただそう告げる。

 それを見て、聞いて、ヒナタの目つきが変わる。


「貴様……」



 だがその怒りの感情に水を差すように――、異変が起こる。



 対面した両チームの中心に、夜が開く。



「げ」


 その能力に見覚えがあったアキハルは、つい声を漏らす。


「おや、後輩くん。もしかして知り合いかい?」

「ええ、まぁ……」


 厨二病から距離を置いていた一年半。一度も会うことがなかったが、この場に現れたということは、運営お抱えの選手になったということ。


「……【星月夜ほしつきよの司書魔女】。彼女が審判を担当するとなると――」


 以前アキハルを中心に集まって生まれた幻のギルド『七十二の悪魔』。その三十六番目に座した夜の魔女。

 黒髪を抱いた一見清廉に見える彼女。しかし彼女を知る者がその姿を見たのなら、きっと覚悟したはずだ。


 この試合は――、荒れるのだと。



「お待たせしました〜。わたくし、今回の審判を担当させていただきます、【星月夜の司書魔女】と申します〜。以後お見知り置きを〜」


 全身夜色の衣装に身を包んだ、ゆるい印象を感じさせる女性が突如、なんの前触れもなく六人の前に現れた。

 数人が驚きに目を丸くするが、魔女はそんなこと気にした様子もなく、目を開けているのかすら判別できない細い目をさらに細め、にこやかに進行する。


「え〜っとですね〜、それでは時間もありませんし、早速ルール説明と行きましょうか〜。な〜にむずかしいことは何もありませんよ〜? ル〜ルは簡単。ポイントを多く獲得した方の勝ち、で〜す」


 …………。


「え……、えっと、それで、終わり、ですか……?」


 相手チームの一人、不安そうに胸の前で手を抱く少女がおずおずと手を挙げ質問する。


「はい〜。なにかおかしいでしょうか〜?」

「っ……」


 声は緩やか。しかしそこには、決して有無を許さぬ凄みとでも呼べるものが宿っていた。


「い、いえ……」


「そうですよね〜。あ、試合の範囲はこの市内全域で行いますので、敷地面積など気にせず、思う存分ころ……、潰しあってくださいね〜〜。それでは一分後に試合開始いたします〜。制限時間は一時間ですので、わたくしはこれで戻りますね〜」


 にこやかにゆるやかに、とても物騒なことを言って、魔女は現れたときと同様に、開いた夜の中へと消えていった。






 *****






「ほう、なるほど? 『セカンド・イルネス』の公式サイトでこのような……。これはなんとも不親切ですな。何の説明もなく、こんなアクセス数の少ないサイトで試合に関わる内容を記しているなど」

「ううん。一応、わかりにくいけどこの公園内にもポイントは見える」


 言ってサヤが指し示したのは、公園中央に設置された時計塔。公園のモニュメントなのだろうか、独特な形状をしたその時計塔は、上部に針時計、下部にデジタル時計という形となっている。

 しかし指摘されたヨリアキは首を傾げる。


「あれが何か?」

「よく見て」


 言われよくよく観察すれば、違和感に気付く。

 試合開始は正午ちょうど。つい今しがた開始したばかりで時間はそれほど経ってはいない。せいぜい五分といったところで、その感覚を裏付けるように針時計は十二時五分を刺し示していた。

 ただ、その下にあったデジタル時計には《003:020》と、針時計とは違う時間を表し、その上時間を知らせるには少し多い三桁の数字を表示できるようになっていた。


「なるほど……」


 ヨリアキは納得する。デジタル時計、そこに示された数字は今しがたサヤに見せてもらった公式サイトのポイントと同様のものだ。これは間違いないのだろう。


「たぶん、似たような表示がこの市内の至る所にあるんだと思う。いつでも誰でも、お互いにポイントを確認できるように」


 たとえスマホなどという文明の力を利用せずとも、フェアに現在の状況を確認できるようにとの運営からの措置。

 しかし重要なのは、ポイントの確認方法ではない。ここから理解できるのは、『ポイントを獲得した方が勝ち』という怠惰たいだとも取れるあの説明不足なまでのルール説明。あれは裏を返せば『用意したヒントから、自分たちでルールを理解しろ』ということなのだろう。……やはり不親切という他ない。


「ポイントの確認方法は理解できましたが、重要なのはそこではなくこのポイントが何で付与されているのか、でありますな。今しがたの交錯ではお互い脱落者なし。こちらの負傷もないとなると……」

「あ、それはもうわかってる」


 サヤはそう言うと、黒の外套から腕を出し。


「相手のポイントはきっとこれ」


 痛々しく焼けたかすり傷も、二人に見せてきた。


「アンタ……、それ」

「違う。これは一度目の熱波のとき。お前が防ぎ損ねたわけじゃない」

「っ…………」


 考えていたことを一瞬で見抜かれ、マキは歯噛みする。

 いやそもそも、最初から相手の攻撃を防ぐことができていればこんなことにはならなかったのだ。相手が開幕から大技を使ってくることなど、予想できていたはずなのだから。


「お前のせいじゃない。それに、ルールの内容を知ることができたんだから、これはこれでよかった」

「怪我の功名というやつでありますな」

「うん。それ」


 意外にもサヤとヨリアキは息が合っている様子で。マキを元気づけようと明るく振る舞っているのかもしれないが、当のマキはやはり不安が拭えない。


「では、こちらの3ポイントの方は?」

「こっちはたぶん、わたしの攻撃があの男に掠ったから」

「なるほど。わずかな手傷でもきっちりとカウントされるんでござるな……。では、このポイントの差は」

「きっと、攻撃の質。それがダメージの差なのか、それとも技巧の問題なのかはわからないけど」

「技巧……ですか?」

「うん。より派手に、より巧妙に攻撃を与えたら得点が大きい可能性もある」

「なるほど。そういうことでしたら、確かに一撃必殺に近い相手の攻撃は得点が高くても不思議ではありませんな。ですがそういう意味でしたら、掠っただけとはいえ華麗な剣技で攻め立てたサヤ氏の攻撃も高得点につながるはずでは?」

「うん。だから今のところ、攻撃力と派手さの総合点だと思う。まだ何度か試さないとわからないけど」

「そこはトライアンドエラーでありますな」

「うん」


 未だ不安が残るマキを他所に、サヤとヨリアキの話し合いはどこか楽しそうに進んでいく。


「あ。でも、少し問題もあった」

「何でござるか?」


 切り出したサヤは再びスマホの画面を見せ、


「これ、継続スリップダメージみたい」


 デジタル時計の数字が、20から21へと増えていた。



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