第20話『攻防』
少し時間は飛んで。
スタート地点の市立公園から遥か遠く。住宅街の中心に建設された市庁舎屋上に、彼女はいた。
試合開始直後、太陽の騎士ヒナタが陽光の一撃を放ち、サヤが奇襲を行ったときも姿を現さなかった三人目の少女である。
少女は名を、
古代の銅鏡のような鏡を持ち、衣服は巫女服を思わせる和装。大和撫子と形容したくなる切り揃えられた長い黒髪に、履物は足袋と草鞋。どこからどう見ても日本の巫女さんをイメージさせるその様相に、一つだけ違和感を覚える箇所がある。それは頭部。長い黒髪を覆うのは、西洋の魔女が被るような深緑色のとんがり帽子。和という巫女の親和性が、その帽子によってメタメタに崩されていた。
そんなどこか不可思議な彼女は今戦場となっている公園から遠く離れ、なおかつ市内をある程度一望できるこの場所に試合開始直後から陣取り、仲間の二人へと
すなわち、敵がどこにいるのかの、報告を。
彼女はアナログテレビのように砂嵐が走る手元の鏡を、今か今かと待ち続けている。
今彼女が待っているのは、三度目の陽光が無事相手を仕留めたかどうか。
彼女の能力と太陽の騎士の能力は相性が悪いらしい。
彼女の能力の一つに、『
なのだが、ヒナタの陽光が生み出す強すぎる力の奔流は彼女の能力を一時的に乱すらしく、彼が攻撃を放ったあとは常にこうして鏡が乱されてしまう。
今すぐにでも敵の現状を把握したいというのに……。
彼女の能力は重宝される類のものだが、決して戦闘向きとは言えない。
それがわかっているからこそ、チームのリーダーであるヒナタは彼女を遠く離れたこの場所へ移動を命じ、観測手として戦闘に特化した二人を支援するよう求めたのだ。
正直、歯痒く感じている。立場は同じはずなのに、力になれない自分の弱さを。
だからこそ、任された命令くらいは確実にこなした。
生来真面目な性格である彼女は、一刻も早く自分の力を発揮するのだと、鏡の前に前のめりになっていた。
だからこそ、気付くのが遅れた――――。
「ふッ――――」
突如現れた少女――サヤが一息に刀を振るう。
狙うは――首。
完全なる奇襲。その上死角からの攻撃。避けられる理由は存在しない。
しかし見えていないはずの攻撃をナガムは――――、
「ッ――――!?」
「っ――――――――」
しかし鋭いサヤの一閃は彼女の腕をわずかに斬りつけ、チームに2ポイントが加算される。
だが、これで止まるわけはない。
サヤの斬撃は二度、三度、四度、さまざまな角度からナガムを襲う。
だがそれら全ては、ことごとくナガムに躱される。
まるで――、
「予知?」
「っ…………」
一瞬で自分の能力を看破したサヤに、ナガムは動揺を隠せない。
ナガムは驚きに見開いた瞳が、自分の能力がそうなのだと如実に物語っている事実に気付きもしない。
「(だったら……)」
だが、それがわかったとて、サヤのやることは変わらない。
サヤは動く。速く、速く。
しかしサヤの動きなど見向きもせず、ナガムは斬撃を次々と躱していく。
ナガムにとって、速さなど関係ない。次に刀がどこに来るのか、それさえ知っていれば避けられない攻撃など存在しない。あらかじめ、刀の来ない場所に体を逸らしておく。それだけで、自分へ攻撃は当たらない。
……当たらない、はずなのだが――――、
「――――――――はぁぁぁぁぁぁぁぁ……」
一、二、三、四、五、六、七撃。いや違う、八連撃くる――――!
ナガムは必死でサヤの連撃を躱す。しかし、もとより身体能力の高くないナガムが本物の剣術を体得しているサヤに敵うはずもなく。
「くっ――――、う――――」
回数が重なるごとに、少しづつ斬撃がナガムの身を削る。
「(ま、まずい……っ)」
ことの重大さを今理解したナガムだが、この状況において彼女から逃げ
どこに逃げようと、重い一撃を受けなければ脱出は不可能。そして、その一撃を受けた時自分はあっさりと再起不能となるだろう。
全ての可能性を見た予知によってその未来を見てしまったからこそ、この状況が如何に積んでいるかを理解させられる。
「っ……だけど、まだ――――ッ」
ナガムは鏡を放る。
「何を――――」
サヤからすれば、それは彼女が唯一使える戦闘手段。投げ捨てる理由が見当たらない。
サヤがナガムの意図を理解しかねていると。
鏡が、ナガムを映す。
「――――――――」
同時に、ナガムを鏡の場所へと移す。
「そういう――――」
鏡がナガムの姿を映した瞬間、ナガムは鏡に映った場所へと移動する。
すなわち、市庁舎ビルの、外側へと――。
ナガムは落下していく。これならば、すぐには追っては来れない。
落下のダメージは再び鏡の反射を利用すれば受け流せる。
すぐに追いつかれてしまうだろうが、今はこの場を離脱するのが最優先。
そう考えること一秒。
自由落下するナガムの瞳に映ったのは、急速に青空を灰色に変えていく、暗雲の群れだった。
「さすがでありますッ、サヤ氏!!」
ナガムの視界からは見えないが、背後から、男の声が響いてきた。
声はでかいのに、とにかく不快に思ってしまう声。そして、
目の前の暗雲に立ち込めていく眩い雷光が、目の前に響いてくる。
そして――――、
「――――『雷光一閃』ッ!!」
その声と共に、紫電がナガムを光の速さで貫き刺す。
音が遅れてき届いてきたときには、彼女の体は黒煙を上げ、再び地面へ落ちていく。
「よ、よし! やりましt――――」
喜び勇むヨリアキの声は、しかし途中でかき消える。
暗雲の晴れ間から垣間見た、太陽の輝きによって――――。
「ヨミアキ――――!!」
宙空にいたヨリアキは庁舎ごと焼き払わんとする陽光の放射をモロに浴び、口から黒煙を吐いて事切れたかのように堕ちていく。
「間に合わなかったッ……」
後からやってきた敵方、ヒナタとヒカリが現状を見て歯噛みする。
「後悔はあとだ。今は――」
チラリと、ヒナタは一瞬サヤの方へと視線を向けたかと思うと、
「……この場を離脱する」
「……了解」
二人は短くそれだけを交わすと、路上の倒れるナガムを抱きかかえ、言葉の通りその場から離れていく。
「
そして遅れて、マキがようやく現場へと辿り着き、黒焦げのヨリアキの元へと駆け寄っていく。
よほどのダメージが入ったのだろう。たったの一撃だというのに、ヨリアキに反応はない。
「っ…………」
あまりの惨状に言葉が出ないマキ。そこへ、庁舎屋上からサヤが降りてくる。
その視線は、相手チームが逃げ去った方角へ向けられていた。
「……追うの?」
ヨリアキがこうなった以上、このチームでまともに戦うことができるのはサヤしかいない。だからこそ、サヤが敵を追うというのなら止める理由はない。
たとえ、仲間が瀕死の状態だったとしても。
(もっとも、今のあたしにはアンタを責める権利なんてないけど……)
何も決定権のないマキは、自責の念と共にそう心の中で呟く。
だが、サヤから返ってきたのは、
「ううん。追わない。それよりも、わたしたちも早くここから離れた方がいい」
意外にも、戦線離脱の意思だった。
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