第21話『ルール』
住宅街からは見えない路地の裏手に、一同は腰を落ち着ける。
しかし、その表情には落ち着くなどという安心感のあるものはなく、疲労と焦燥、そして苛立ちが見て取れる。
ただ一人その場で立ち、呼吸を整えるように深呼吸を繰り返すサヤ。
相手の必殺技をその身に受け、意識なくその場に寝かされるヨリアキ。
しかしこの中でもっとも重症なのは、意外にも最後の一人、マキなのかもしれない。マキは落ち着かないように視線を路地とヨリアキで行ったり来たりさせ、その余裕のなさが伺える。キツく噛み締められた奥歯からはキリリと音が聞こえるくらいで。これほどまでに焦っているマキを、サヤは当然初めて目にする。
「……あたしの、所為よ」
ポツリと、マキがそんなことを呟き始める。
「あたしが、アイツを引き止めていられなかったから。だからコイツが、こんな目に……」
意外なくらい弱気なマキの独白。
さきほどの奇襲は、ずっと姿を現さない敵方最後の一人の居場所を、ヨリアキがこの市内全域を見渡せる場所にいるのではとアタリをつけたことから実行された。いくつかの候補地を敵二人に気付かれる前に最速で攻める予定だったが、最初の一つでヒットしたのは嬉しい誤算だっと言える。
奇襲役は雷速で移動ができるヨリアキと、奇襲を得手とするサヤの二人。攻撃力と範囲がとにかく高い相手の必殺技だが、相手の視界もろとも奪うことに目をつけ、マキが絶対防御の能力で身動きが取れないと相手に錯覚させる囮役。という強行作戦だった。
のだが、攻撃を仕掛けてこないこちらを訝しんだ相手が早々に囮に気が付き、奇襲するサヤとヨリアキに追いつかれてしまった。というのが事の真相なのだが。
囮役を十分に行えなかったことをマキは悔いているらしい。
普段は軽口なマキだが、その実、責任感も生真面目さも部員の中では最も高い。そのことを知っているのは奇しくも、この場にいないアキハルなのだが。
「あたしがもっと……、ちゃんとできてれば……」
「お前のせいじゃない」
今にも泣きそうに声を震わすマキに、サヤはいつもの口調で返す。
「今回のは相手が上手だった。お前も、ヨミアキも、あたしも、誰にも落ち度はない。失敗じゃない。全員、まだまだ未熟だっただけ」
淡々と、事実だけを述べていく。
サヤの言葉に嘘はない。それは、部員全員の共通認識だ。
「それに、ポイントはわたしたちが上回ってる」
それが今回、唯一の暁光だった。ギリギリだが、わずかに相手のポイントを上回った。
さきほどはポイント不利に加え、火傷の継続ダメージでいち早くの打開が求められたが、今はある程度の余裕はできた。やはり継続ダメージは気になるものの、負け越していたさっきまでとは状況が違う。
「……それが、飛山を見捨てなかった理由」
どこか冷たく、マキは言う。
そう。このポイント制一時間制限のルールには、大きな落とし穴がある。
*****
住宅群を、二つの影が飛び交う。
一つは、露出の多い西洋風の衣装をその女性らしい身体に纏う、長い栗毛の女騎士・ヒカリ。
もう一つは、身に余る大剣を背負うしかめっ面の少年騎士、【黄金の忠騎士】ガウェイン・ヒナタ。
しかし今のヒナタは、常ある煩わしそうなしかめっ面とは違い、どこか余裕のなさからくる険しい表情をしているように、隣を跳ぶヒカリは感じる。
それも当然か。なぜなら今のヒナタの腕の中には、さきほどの奇襲で傷つき行動不能となった仲間の少女が抱き抱えられているのだから。
「……ヒナちゃん、もう、いいよ」
腕の中で、傷ついた少女・ナガムが消え入る声で呟く。
「……いいわけ、あるか」
奥歯をキツく噛み締めて、ヒナタが答える。
「……。……あたし、もう戦えない……から……」
から――。だから、なんだというのか。よもや、置いて行けとでも言うのか。
「あたしを置いていけない理由は、わかってる、から……」
感情ではなく、戦術的に置いていけない理由。
それは、この戦いは脱落者が出ない点にある。
制限時間一時間。ポイント制ルール。時間内により多くのポイントを獲得したチームの勝利。
ポイントの獲得方法は、攻撃有効打における、攻撃力と技術度の総合点。幾度かの交戦から、より威力が高く、よりテクニカルな攻撃には高得点が追加される仕様なのだと三人はアタリをつけていた。
そして問題なのは、もう一つのルール。制限時間一時間。
至極単純な時間制限のルールに思えるが、審判役のあの魔女はこの制限時間以外に試合を終了、または退場する条件を言ってなかった。
ルール説明の不親切さから気付かなかったが、退場する条件を言わなかったのではない。なかったのだ。初めから、退場する条件なんて。
つまり、普段の試合なら敗北扱いになるほどのダメージを受ければ
たとえ相手にタコ殴りにされようとも。
そしてこの試合には、そうするだけの理由がある。
ポイント制。相手に有効打が決まれば得点が加算される。つまり、行動不能となった相手を捕らえて攻撃し続ければ、無限に得点が加算されるということ。
相手を打倒することを目的としない非情なルール。それが、今回の試合の全様だ。
(極悪にもほどがある。……だが、元『魔王』の配下が考えたルールだとするならば納得か)
つまるとこ、この試合で試されているのは、善悪のあり様だ。
本当に善で、本当に悪かどうかはどうでもいい。
この試合を見ている観客に、どちらが悪でどちらが善かを知らしめられればそれでいい。
もしもどちらかのチームがこのルールを利用し、戦えなくなった味方を囮としたならば、その瞬間そのチームは打倒すべき悪となる。勝敗など関係はない。悪を成したのが『魔王』側ならば『碧海大祭』で打倒すべき『悪』としての名目が立つ。悪を成したのが『騎士』側ならば、次の大会で非難され、『魔王』のラスボス起用の妥当性を認めてしまう形となる。どちらも悪を成さず、普通に試合を甘んじるのであればそれはそれでもいい。
なるほど。この試合、どちらが勝つかに運営はさほど興味がなく、そのあり様を世間に知らしめるための広告塔。結果
どこまでも、人を馬鹿にしている。
このルールの非人道さに、ヒナタは人知れず怒りを燃やす。
これが人の
そしてやはり、このルールの如何に関わらず、ナガムを置いていくことはできない。
勝敗に関してもそうだが、己の理念においても、自分の心情においても。なにより、自分がそうしたくないと、そう叫んでいる。
「捨てんぞ、絶対に…………っ」
自然と、少女を抱く手に力が入る。
それはまるで、絶対に離さないと誓っているかのように。
ナガムは思う。自分とほとんど変わらない身長だというのに、なんて力強いのだろうと。この男の子はいつもそうだ。昔から、誰よりも劣っているのに、誰よりも強かった。憧れに対して常に真っ直ぐで、常に諦めなかった。だからこそ、この最強のギルドで、誰よりも最初に選ばれた。最強の場所で、可能性を見出された。やっと、この子が認められたのだ。だからこそ、足手まといにはなりたくなかった。
「でも、どうするの? 今あたしたち負け越してるのに」
不安そうな目でヒカリは言う。
確かにそうだ。ナガムを置いていくことなどできない。それはヒナタとヒカリ二人の共通認識として。ではどうするかだ。
綺麗事を言っているだけでは勝てはしない。
既に試合終了まで二十分を切った。もう考えている時間はない。
今すぐにでも、相手を追って探し出さなくては負けてしまうのはこちらの方だ。
「…………なら」
覚悟を決めたように、ヒナタは住宅の屋根に立ち止まる。
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