第22話『ため』
「「!!」」
住宅街に突如鳴り響く怒号に、サヤとマキは顔を上げる。
「やっぱり」
予想していたかのように、サヤはそう呟く。
「なに、どういうことよ!?」
何が起きているのかは路地をつんざくこの音で理解できる。
わからないのは、なぜ今このようなことを始めたのか。
「簡単な話、相手が一番効率的にポイントを稼げる攻撃は、あの男の必殺技。それをなりふり構わず撃ちまくってる。それだけ」
単純、かつ効果的な策。火力、効果範囲、ともに申し分ない必殺技。掠るだけでも十分な威力を持つこの攻撃を終盤の今、力の消耗度外視の連続使用。実に理にかなった手法と言える。
ただ一つ言うのであれば、この全てを焦土に変える戦法は、とても騎士とは呼べるものではない。
『魔王』を否定し、『騎士道』を説いていた少年がする行動とはとても思えない。
なりふり構わず。それは一体何のためか。騎士の
「っ――――――――!」
わずか十数メートル向こうの路地に陽光が閃き、思わずマキは両手で己を庇う。
数秒後、目を開いたそこには全てが吹き飛び、瓦礫と化した住宅街が広がっていた。
へたりと、マキは腰が抜けたように地面に座り込む。
無理だ。こんなの。
こんなの、無理に決まっている。
逃げ場などない。対抗手段もない。やぶれかぶれで飛び出しても、その瞬間太陽の一撃によって炙られ終わる。
舐められていたのだ、今まで。やろうと思えば、相手は最初から自分たちをいとも簡単に葬ることができていた。それを、自分のルールで禁じていただけに過ぎない。だが今、追い詰められた騎士は何の躊躇もなく全力の一撃を振るってきている。最強の軍団の、最強の一人。
そんなこと、最初から知っていたはずなのに、なぜ勝てると思ってしまったのだろうか。なぜ自分でも頑張ればどうにかなるなどと勘違いしてしまったのだろうか。最初から、答えなど出ていたというのに。
勉強と同じだ。ビギナーズラックなどこの世の中には存在せず、あるのはコツコツと積み上げてきた努力の結果のみ。昨日今日必死に努力しただけの人間が、ずっと前から努力し続けてきた人間に敵う道理などあるはずもない。もしあるのだとすれば、それは理不尽な摂理だ。同じ努力なら、長くやってきた人間が報われることの方が、圧倒的にいいことのはずだ。理想とされるのは、まさにそちらのはずなのだから。
だからこそ、ここで自分たちが勝つのは理不尽と言える。
少し頑張った人間よりも、ずっと頑張ってきた人間が報われる。なんと素晴らしいことなのだろうか。なんと当たり前のことなのだろうか。それが現実で、今ここで起こっていることが現実。
自分たちは負ける。そんな当たり前の現実を見せつけられ、マキはどうしようもなく地面にうずくまる。
自分が見た夢に意味などなかったのだと、理解らされる。
だというのに。
「…………」
目の前の少女は、どうして未だ立っていられるのだろうか。
「行ってくる」
ただ一点、陽光の差す方角だけを見て、サヤは短く告げる。
「――――ま、待って!」
その意味を遅れて理解して、マキは止める。
「あ、あたしのためなら辞めて! あたしのこと、アイツから聞いてるんでしょ! だったら、そんなことアンタには関係ない! あたしの事情にアンタまで傷つく必要なんて――」
「関係ないッ!」
「っ…………!」
「お前のためなんかじゃ、ない。わたしはわたしのために戦ってる。誰のためなんかでもない。わたしが戦う理由は、常にあたしだけのもの。あたしが勝った喜びも、あたしが傷ついた責任も、全部全部あたしだけのもの。誰にだって……渡してなんかやるものかっ!!」
ただ吐き捨てるように叫ぶサヤは、ようやくマキに視線を向ける。
「お前はどうなの。お前は、何のために戦ってるの」
「あ……あたしは……」
言葉に詰まる。自分は、何のために戦っていたんだっけ。
「あたしは……お母さんのために――」
「違う」
「え」
「違う。違う違う違う! お前は、お前が戦う理由を、自分が傷つく理由を他人に擦りつけているだけだ。何をどうしようと、お前が戦う理由はお前自身のためでないといけない」
サヤの長刀は、マキへと向ける。向けられた刃はマキの髪に撫で、ハラリと前髪を数本散らす。
「他人の所為にするからすぐに立てなくなる。誰かのために頑張りたいのも、誰かのために傷つくのも、それを決めるのは全部お前自身だ。どんな理由があろうと、お前がお前の責任を取らないで、誰が責任をとってくれる」
「ッ…………」
「…………行ってくる」
「ま…………、」
再び背を向けたサヤに、しかしマキの口から言葉は出ない。
母を助けたい。その一心でここまで来たつもりだった。だけどそれは幻想だった。自分には覚悟も何もなかった。何も成せない自分の言い訳に、母を使っていた。その事実を突きつけられて。その事実が真実なのだと気付いて。それでも誰かに傷ついてほしくなくて。それでも自分の足は前に進まない。それがどうしても、歯痒くて……。「待ってくれ」と、一歩踏み出して言うことさえ、自分は
その事実が、一番自分を失望させる。
「……」
マキの心情を知ってか知らずか、サヤは少しだけ視線を下へやると、
「大丈夫。わたしは、勝つから」
そう言い残して、走り去っていく。
こちらへは、二度と振り返らずに。
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