第23話『紅蓮 VS 陽光』


「はぁ…………、はぁ…………、っ…………」


 滝のように汗が流れる。

 動悸が止まらず、視界は揺れる。自分が立っているのかどうなのかも曖昧になってくる平衡感覚。呼吸は乱れ、肺が酸素を拒絶する。


 自分が得意とする必殺技・陽光の放射ガラティーンは諸刃の剣だ。他人が扱うそれらと同様、使用に多大な体力を消費する。だからこそ、連続使用にはある程度の制限を設けている。本来なら一撃のみ。連続で使用しても最大に二撃のみと決めている。一度の試合で数発撃つにしても、必ず十分程度の間隔インターバルは空けている。

 だが、今回の試合は既に七発も使用している上に、今は三発連続での使用だ。デメリットを受けるには十分過ぎる使用回数だ。

 だが、ここで止めるわけにはいかない。

 

 ヒナタはちらりと、装飾の派手な居酒屋の前に置かれた電光掲示板を見る。

 そこには地味なドット文字でさきほどから何一つ変わらぬ数字が二つ表示されている。

 

(もう一度だ……)


 早く、しなければ。

 でなければ、せっかくこんな試合に付き合ってくれた二人の仲間に顔向けできない。


 無差別砲撃。本来ならば、このような力の使い方は己の騎士道に反しているため、決して行うことはない。これは厨二病の妄想で、本来はこのような破壊は起こってはいない。しかし、だとしても、妄想だからといってこのような蛮行は許されていい道理はない。


 そんな自分の理念を呑み込んでまで押して通しているのは一重に、己を信じてくれた仲間に報いるためだ。仲間さえ守れないで、一体どのような道理で他者を裁くというのか。


 だからこそ、これは仲間のためと同時に、己のための行為でもある。

 己の理念のため、己の理念に反することをする。

 その矛盾はいつか自分に返ってくると理解していても、それは今ではない。

 だからこそ今は、こんな愚かな己に付き合ってくれた仲間のため、少しでもいいから早くアイツら『魔王』の手下を討たなければ。


 ヒナタは息を深く吸い込んでから少し吐き出し、剣に力を込める。


「ガラ……」


「――――――――――――ッ」


 そこへ、真紅の影が跳んでくる――――。

 閃く剣閃は跳躍するサヤの運動エネルギーと共に加速し、空気摩擦によって自然発火する。

 

「…………」


 だが、その奇襲はヒナタによって簡単に受け止められる。


「来ると思っていたぞ……、紅蓮の女……」


 ヒナタは刃を籠手ガントレットで掴み取り、怒りの形相でサヤへと睨む。


 使えなくなった仲間を囮として使わせる今試合のルール。囮を正道とするのならば、騎士である自分は己を囮とする他道はなかった。

 その考え通り、相手最大戦力であるサヤが釣れた。

 これで、逃げた二人の元へ危険が及ぶことはない。


「で、あるならば――」


 あと、この作戦で必要なのは――、


「あとは貴様を倒すだけだッ!!」


 背中の憂いは既にない。

 だというのなら、あとは一対一の純粋な決闘で相手を打破すればいい。

 それだけの、単純な話。


「っ…………」


 グイッと、ヒナタの小さな体躯からは想像できない膂力りょりょくで刀が引っ張られ、一瞬、サヤの体が宙へ浮く。

 そこへ剣を持ったままのヒナタの拳が飛んでくる。距離もなく威力は半減するが、胴が伸びた状態の薄いサヤの体を手折るには、十分すぎる威力のはずだ。

 だが、ヒナタの拳は空を切る。

 サヤは刀を支点に器用に下半身を持ち上げると、そのまま掴んだ腕へと絡みつく。


「腕十時――っ」


 腕十字固め。総合格闘技などで多く用いられる関節技だ。ただ、空中から技を決めるのは見たことないが。

 慣れた様子のサヤはあっという間に技を決めてしまう。


「…………っ」


 が、決めきれない。

 力の込められた腕は関節が伸びきらず、完全に技がハマらない。


「……バカがッ」


 ヒナタは腕に絡んだサヤをそのまま持ち上げ、瓦割りの要領で腕を振り下ろす。


「くっ…………」


 それが功を奏したのか。手刀チョップの形になった手のひらから刀を奪い返し、地面へと高速落下する腕の上で器用に逆立ちすると、


「っ――――」


 跳ね上がる力を利用し旋回、捻りで速度の増した横薙ぎがヒナタの頭部を斬り裂いた。


「ぐぅ…………」


 血が、宙を舞う。浅く斬り開かれた頭部からは大量の血がヒナタの顔面を覆う。

 ようやく地に足のついたサヤは、だがヒナタの大剣が燃えるのを見るや否や、間髪入れずに再び刀を振るう。


(ダメだ、引くな、畳みかけろ。少しでも離れればあの高威力の技が飛んでくる。あれをまともに食らえば、わたしもきっと堪えられない。そうなった瞬間……終わる――――)


 幸い、手数はこちらに部がある。このまま残り十分、攻撃をいなしつつ手数で押し留めておければ、相手は大技を繰り出す暇がないはず。

 一撃を貰えば終わりだが、逆に言えば一撃さえもらわなければ終わらない。

 得点はこちらが有利。相手を討ち倒すことが絶対命題ではない以上、勝機はこちらにある。

 何より――――、


「貴様…………っ」


 相手の疲労は予想以上。それにより、冷静な判断力が欠如している。

 このまま堪え続けていれば、いずれ隙も生まれる。


 そしてその隙を、サヤが見逃すはずもない。


「……っ、ガラ――――」


 ヒナタの踏み込みが通常よりも重く入り、剣に陽光が灯る。


(ここ――――っ)


 瞬間、サヤは落としていた速度を爆発的に上げる。その速度の緩急は、目の前にいるヒナタにとっては仙道における縮地しゅくちのそれ。

 消えたようにしか見えないヒナタに、烈火の如く接近するサヤに気付けるはずもなく。


 気付いた時には、サヤの刃はヒナタの目の前。


「ッッ――――――――」


 だが、サヤが感じたのは違う手応え。


 閃光の如く鋭い剣撃が、サヤの連撃その全てを受け止める。

 そして――――、


「ヒナちゃん!」


 ヒナタとサヤ、そして声の主。その場にいる全員の位置が入れ替わる。

 鏡のように。



「ナガム、何故…………」

「あたしもいますよっと――」


 突然の増員と宙へ投げ出されたことに驚くサヤだが、その程度のことで剣撃が鈍るわけもない。

 光速の連撃によって防がれるというのなら、その上で全てを焼き尽くせば問題はない。


「『炎雷風烈えんらいふうれつ』――――!!」


 炎と剣撃の驟雨しゅううに、同じく速度と手数を得意とする細剣の使い手、ヒカリは呑み込まれる。

 しかし、崩れ落ちていくヒカリを待たずして、サヤを鏡が取り囲む。


「『星は真実の鏡アステリア』――――」


 星が鏡に反射し、その度に速度を上げる。縦横無尽に駆ける星の軌道は取り囲む鏡の角度とは関係なく進み、その行く末を読み解くことができない。

 で、あるならば――、


「ふッ――――」


 鏡の一つを、サヤが蹴る。コンマ一秒。たったそれだけの重心で、サヤは自身を睨む巫女の少女ナガムへと迫り――、斬る。


 光速の星など関係はない。悠長に舌なめずりをしているのなら、その間に斬ってしまえばいい。


「っ……」


 だがこちらは、星ほど悠長にはしてられない。

 たった数秒。しかしそのたった数秒のいとまは、彼にとって力を溜めるには十分すぎる。

 時間も距離も。

 その、【黄金の忠騎士】にとっては。


「『照らし出すガラ――――」


 歯噛みする少年の元に、サヤは駆け出す。

 だが、


(間に合わな――――)


「――――陽光の放射ティーーーーン』!!!!」


 陽光が、サヤを差し照らす。




 *****




 走った。

 今までに人生、こんなにも走ったことはないくらいに。


 手を伸ばした。

 どうにか少しでも、間に合ってほしいと願って。


 あたしにも、何ができるのだと信じたくて。


 旗を回す。

 あたしの好きなゲームでは、あたしの好きなキャラはこうして技を使っていたから。


 だからきっとあたしにもできるはずなのだと、そう信じたかった。


 遠くて、太陽が光る。


 一人で闘うアイツを、呑み込まんとして。


「り、『久遠のリヒト…………」


 唱えると、光の壁が形成される。

 だが光の壁は作られた端から陽光に呑まれ、いとも簡単に割れていく。


「――え、輝きエーヴィヒ…………」


 壁は完成しないまま、全てが陽光に包まれる。


 あたしも、アイツも。街も何もかもを呑み込んで、太陽は全てを照らしていく。



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