第24話『名前』


「名前?」


 思い返していたのは、前日の夜のこと。


「そ、名前」


 夏に近づいてきた星空の下、隣を歩く少年はあたしに問い返す。


「そう言えば、まだ決めてなかったな」


 聞いたのは、名前の話。彼らから『二つ名』と呼ばれている、その界隈で用いられる通り名のようなもの。芸能人で言う『芸名』に近いのかもしれない。


「そ。そういえばあたし、まだ決めてなかったなって思って」


 試合を明日に控えているというのにコンビニバイトをすると言うあたしに、この少年は今夜も律儀に送り迎えをしに来てくれている。ついでに自然と荷物も持ってくれるているのは、素直に好感の持てるこの少年の長所だ。

 少年は少し「うーん」と唸るが、


「別にいいじゃね?」


 と意外にも軽く言ってくる。


「え。いいの?」


 確かにこちらも軽く聞いたのだが、それにしてもそんなものでいいのだろうか。

 一応名前というのだから、試合に出るには必須なものなのだとばかり思っていたのだが。


「ああ。『二つ名』はノリみたいなもんだし。「自分でこう名乗ればかっこいいだろ!」みたいな?」

「えぇ……」


 この部に入ってまだ数週間だが、適当な要素が多すぎてときどきマジで引く。


「自分でテンションが上がるならなんでもいいわけだからなぁ。自分でこう名乗りたい、他人からこう呼ばれたい! ってのが『二つ名』なわけ。だから興味ないヤツは普通に本名で登録してたりするよ。部長とかがいい例」


 そういえば身近な人間がそうだと言われて気付く。


「なーんだ。何か拍子抜けね。せっかくいろいろと考えてたのに」


 少しホッとした気持ちを持ってそう呟く。その所為で、うっかり口を滑らせたことに気が付く。


「ほう!」


 しまったと思ったが、時既に遅し。


「参考までに聞くけど、それってどんな『二つ名』?」


 頭上の星よりも瞳を輝かせ、この男は身を乗り出して聞いてくる。

 この二週間の付き合いでわかったがこの男、実は厨二病チックなことにとんと目がない。いや、厨二病なのだからそういうものが好きなのは理解しているが、それにしても食いつきが違う。普段は抑えているのだろうが、距離が近づくにつれ食いつく態度が露骨になってきている。

 今もそうだ。これでも本人的には隠しているつもりなのだ。なのだが、どう考えても露骨に溢れ出ている。

 正直、キモい。


「ちょ、近い!」

「あ、ごめん……」


 あたしに怒られシュンとする。

 そんな顔をするな。犬か、お前は。


「………………………………………………………………………はぁ……、……………ステラとか」


「!」


 あぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………。

 だから言いたくなかったのに〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…………。


「『ステラ』……、いいじゃん! シンプルイズベスト!」

「な、なんかそれ……、褒められてる感じしないんだけど」

「ん、そうか? 俺は素直に褒めてるんだが」

「シンプルってなんか……、捻りがないって言われるみたいでちょっと……」

「うーん、確かに? 読みは単語だけど筆記だと短文にする『二つ名』は割とメジャーだし、別にいいと思うけど」

「……確かに、アンタの二つ名も【漆黒の魔王神ダークネス】とかいう超絶恥ずかしい名前だったわね」

「は、恥ずかしいって言うな……」

「じゃあ顔を手で覆い隠すな」

「名前考えたのガチ中二のときだし別にいいだろ……」


 若干顔を赤くしてそんなことを言う。

 やはり、これが黒歴史というものか。こっちまで恥ずかしくなってくる。


「で、でもね……、なんかこう……しっくりこないのよ」

「しっくりこない?」


 アキハルはあたしの言い分に首を捻る。

 それはそうだろう。あくまでこれは、あたしの感覚の話なのだから。


「うーん……、しっくりこないかぁ……。そもそも『星』ってあれだよな、星夜せいやの星」


 言われた途端、動悸が走る。


「っ……なんでアンタがあたしの名前知ってんのよ!」


 あまりに驚きすぎてつい胸ぐらを掴んでしまった。


「っなんでってそりゃ……同じクラスだし……、それに……」

「それに、なに!」

「いい名前だったし……」


 ハッと、あたしはつい掴んだ胸ぐらを離してしまう。


「ごほっごほっ……」


 咳き込むアキハルを他所に、あたしは内心驚いていた。

 自分の名前をいい名前と言ったのは、こいつで二人目だったから。


「……どこが、いい名前なのよ」

「……? 普通にいい名前じゃん。星の夜なんて、こんなシンプルで綺麗な名前もそうないと思うけど」

「で、でも…………、男みたいな名前だし……」

「んん? あぁ、『せいや』って読みがか? 確かに男に多い読みだけど、『かおる』とか『あきら』みたいに女っぽい読みの名前もあるんだし、普通に女の名前でもおかしくないだろ?」


 あぁ、そうだ。あたしも、そう思う。


「で、でも……、あたしには、綺麗すぎる名前だし……」

「大好きな親が綺麗な名前つけてくれたんだろ? それの何が不満なんだよ。それに綺麗だってんならお前にぴったり……じゃん、か……」


 最後の方は何故か声が小さくなる。


「ああもう、照れんな! 照れるくらいならそんな恥ずかしいこと言わないでくれるかしら!」


 まったくこの男は……。普段は魔王なんて名乗ってるくせに。厨二病だってんなら普段からキャラ通しなさいよ。

 とそんなことを思うが、それはそれでとてつもなくウザいので口に出さず、話を元に戻す。


「あたしって……、十二月二十五日生まれなの」

「ああ、それで」


 語り始めたのは、少しイヤな思い出。


「お母さんは単純だから、聖夜に生まれたから『星夜』。星の夜と書いて『星夜』。『星矢』にしなかったのは、せめてもの救いかもね」


 お母さんは全然知らないのに、そのとき流行ってたって理由でつけられそうになった話を思い出してあたしは内心で笑う。


「あたしはこの綺麗な名前が好きだったけど、やっぱ小学生男子ってガキよね。すーぐバカにしてくるやつとかいるわけよ。『星夜』だからあたしのことを『クリスマス』とか『サンタ』とかって言ってきたわけ」

「あー……」


 アキハルも理解できたらしく、自重する声が聞こえてくる。


「だからそんなこと言ってきた男は、一人残らず殴ってやったわ」

「殴ったのか……」

「ええ!」


 あたしは自慢げに胸を張る。


「名前でイジメられてた女の子は他にもいたけど、あたしは全員まとめてぶっ飛ばしてきた。男みたいな名前だって言うんなら、女にみたいに泣かしてやるわよ。あたしの名前は、お母さんからもらった立派な名前なんだから」


 名付けの理由は安直かもしれないけど、それでも親からもらった大切な名前。


「世間には気に入らない名前をつけられて大人になってから苦労する人がたくさんいるけど、あたしはこの名前でよかったと思ってる。まともな名前をつけてくれたから、じゃない。そう思えるように育ててくれたお母さんの元に生まれたことが、心底良かったと思ってる」


 何故だろうか。こいつには、今まで誰にも話したことのないことまで話してしまう。

 でもそれは、気恥ずかしさなんかよりも、少し、心地よさの方が上回っている。そんな気がする。


「だからさ、どーせなら、自分の名前に掛けた『二つ名』ってのをつけてみたくて」


 たとえ、それが遊びみたいな、面白半分でつけるような名前なのだとしても。初めてあたしが本気で頑張りたいと思ったものなのだから。それならば、あたしは少しでも自分の名前に掛けたものを名乗りたい。

 それがあたしの、ケジメだと思うから。


「うーん……」


 コイツもそれがわかってくれているのか、さっきは何でもいいみたいなこと言ってたのに、今は真剣に考えてくれている。

 そういうところはホント、魔王らしくないと思う。


「マキってさ……」

「ん?」

「たぶんあれ好きだよな?」


 そして出てきた言葉に、やっぱりあたしは思う。

 やっぱりこいつは、魔王らしくはない。



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