第25話『聖なる炎に薪をくべる』
気が付いたとき、マキは瓦礫の中にいた。
痛みやら
やっぱりお前は何をやっても中途半端なんだな、という自分に対する落胆の思い。
こんなことなら部活になんて入るんじゃなかった。そんなことが脳裏に過ぎる中、
あたしは、それを目にした。
額から血を流し、瓦礫の山から立ち上がる少女の姿を――――。
「なん……で……」
思わず、声が漏れた。
しかしその問いに応える声はない。
あるのは、獣のように漏れ出る吐息のみ。
それだけで、この少女が何のために立ち上がったのか理解できた。
闘うために、立ち上がったのだ。
「なんで……」
どうして、そこまでするのか。
どうして、そこまでできるのか。
何のために、そこまで立ち上がれるのか。
どうして――、
「なんで、そこまでできるのよ…………」
「敗けたくないから……」
それは自分に対する答えだったのか、それとも己に対する自答か。
ただその少女は確かに言った。敗けたくないのだと。
「わたしがもっと強ければ、あの試合は勝てていた……。わたしが強ければ、師匠もスグリも、あんなに困りはしなかった。あたしが強ければ、悲しい思いも、悔しい思いも、誰もそんな思いはしなくていい。あたしがもっともっと強ければ、師匠も笑って送り出してくれたはずなんだ。だから……、だからあたしは、もっともっと強くならなければいけない。誰にも心配されないくらい強く、強くならないと、あたしが師匠に――『魔王』に勝つことなんてできないんだから。だから――――」
立ち上がった少女はその細い足を一歩、踏み出す。
あまりにも力強く、焔をその瞳に宿らせて。
「――だから、あたしは、敗けるわけにはいかない。――ううん、違う。勝つ。勝つんだ、今度こそ。そうでないと、最強の頂になんて、届きはしないッッ」
あまりにも鮮烈で。あまりにも眩しくて。
思わず視界を覆いたくなるような、そんな太陽のような全てを焼きつく眩しさとは違う。
思わず目を向けてしまう。太陽よりも小さくて、儚く消えてしまいそうなのに、それでも、どこにあっても目を引かれる。ほんのり揺れて、しかし決して消えはしない真っ赤な
そんな焔が、その少女の中には灯っていた。
「お前は、どうなの」
その焔が、あたしに問う。
「お前は、何のためにそこにいる。何のためにここにいる。何のために、お前はあたしたちとここに来た!?」
「あたしは……」
何のため……。お母さんのため。頑張れば、少しでもお母さんを楽にさせてあげられると思ったから。
「…………」
でも、たぶん違うんだ。たぶんあたしは、あたしが楽になりたかっただけなんだ。いろんなバイト掛け持ちしてたのも、夜遅くまで働いてたのも、全部全部、あたしはあたしを楽にするため。そうしないと、少しでも自分を傷つけないと、あたしが苦しかったから。お母さんに甘えて、優しくしてくれる周りに甘えて、そんな風に生きてる方があたしはよっぽど苦しかったから。何もできない自分が、形だけでも何かをしていないと、そうしていないと自分が何もない空っぽな人間なんだと気付いてしまいそうで、怖かったから。
だから
その、はずだった。
あの日。お母さんに言われ、何の部活に入ろうか悩んでたあの日。
あたしは、衝撃を受けた。
たかが部活に、必死になるそいつらに。
野球やサッカーなんかはまだ理解できる。頑張れば、将来プロになってお金を稼げる。他のスポーツも、世界やら何やら、その先も未来もあるものばかり。
でも、そいつらのそれには今しかない。それ以上頑張っても、それ以上努力しても、それ以上勝ち進んでも、名誉すら今にしか存在しない。
でもそんなものに。そんな何も残らないものなのに。
あたしが今まで見たものの中で、それが、そいつらが、もっとも必死だった。
後にも先にも、何にもならないものなのに。
そいつらは今を必死で戦っていた。
傷つきながら。苦しみながら。叫びながら。
だから。
だから思ってしまったのかもしれない。
空っぽで空虚な何かだから。
空っぽで空虚なあたしでも、もしかしたら何かできるのかもしれないと。
空っぽで空虚じゃない。そこには何か、あるのかもしれないと。
だから。
だから。あたしは――――。
*****
「得点は……」
ヒナタは集会所らしき建物の前に転がった黒板を確認する。
得点は、自分たちがギリギリリードというところか。
「…………」
このまま残りの時間を待っても勝てるだろうが。
「何があるかわからない」
死体蹴りは好きではないが、傷ついてまで勝利に導いてくれたあの二人に報いるためだ。
完全なる勝利を。
何より、
「『
これで、栄光は我らが『円卓の騎士団』のもの。
「
陽光が、消しとばされた住宅街へと再度飛ぶ。
圧倒的な熱量を孕んだ光の放射は視界に映る景色を歪ませる。
だからこそ、気付くのが遅れた。
瓦礫の中から立ち上がる二つの影が、あることに。
*****
昔、憧れた物語があった。
お姫さまは
悪魔との戦争でも矢面に立って戦い、人々を勝利へと導いた。
しかしお姫さまは人々に裏切られた。
魔女として断罪されたお姫さまはそれでも、最後まで国民を愛して死んでいった。
そんなお姫さまは、国が再び悪魔の脅威に晒された時、再び国民のため立ち上がることを決意する。
「ああ魔王よ。わたくしが討ち果たした悲しき魔王よ。それでもわたしは人々のために戦います。たとえ彼らに、何度と裏切られようと」
かくして姫は魔王によって魔女として復活を遂げ、再び国のため人のために戦いました。
たとえその身が魔女へと成り代わろうと、依然魂は清廉なまま。
そんな。そんなおとぎ話に、憧れた。
ああ、あたしも、そんな風になれたのなら。
ああ、あたしも、あんな風に戦えたのなら。
たとえその身炎に焼かれようと、魂は潔白のまま、何かのために戦い続ける。
あたしが抱いた、強い女性の姿。
そんなお姫さまにあたしもなれたら。
そんな聖女にあたしもなれたら。
そんな魔女にあたしもなれたら。
いや、違う。ここは、そういう場所だ。
ここはそんなことを願う場所じゃない。
ここは憧れを願う場所なんかじゃなく。
ここは憧れを実現させる、そんな場所だ。
なれたらいい、じゃない。
成るんだ。あたしも、あいつらみたいに。
憧れたお姫様に。
憧れた聖女に。
憧れた魔女に。
憧れたあいつらに。
あたしも、なるんだ。
昨晩の会話を思い出す。
『マキってさ、たぶんあれ好きだよな』
『何よ藪から棒に』
『ほら、メイド喫茶行ったときにオススメしてくれてたのあっただろ?』
『……別にあそこはメイド喫茶じゃ……、ああ、あれ』
それはあたしが何気なくオススメしていた、あたしの好きなケーキ。
『あれは……お母さんが、誕生日になったら必ず買ってきてくれるケーキだから』
お母さんはあそこのケーキが好きだから。
だから初めてのバイトはあの店で始めた。
『あのケーキはあたしなんだって、お母さんが言ってたから。特別な日だけに作られる、特別なケーキ』
お母さんにとっての特別な贈り物。それが、あたしなんだって。
『なら、それでいいんじゃないか?』
『……は?』
『自分の好きなものに成り切るのが厨二病。だったら、何も間違ってないだろ』
『……真面目に言ってるのよね?』
『ち、ちゃんと真面目です、はい……。だから、胸ぐらを掴まないでください』
『……はぁ。そんな安直でいいわけないでしょう。……でもまぁ、候補には入れといてあげます』
あたしが好きなケーキの名前。
そんな名前を自分につけるなんて、ホント、おかしな話。
でも、そうやってつけられたのがあたしの名前だった。
だったのなら、何もおかしくないのかもしれない。
クリスマスの
光の祝福を薪に
炎が灰銀のドレスを覆い、黒く、衣服全体を燃やしていく。
炎が消えた後に清廉の姫の姿は既になく、あるのは不敵な笑みで口元を歪める
「そう言えば、まだあたしは名乗ってなかったわよね」
「…………お前」
隣で焔の少女が目を見開く。
アンタのそんな顔、初めて見た気がするわ。
存外、気分のいいものね。
「我が名はノエル。【
祝福に生まれ、業火に焼かれた姫の意を注ぐ災厄の魔女。
たとえこの身が幾百、幾万の炎に焦がされようと、それでもなお人々の道を照らす灯火となりましょう。
さしせまっては……。アンタのための道を、作ってやろうじゃないッッ」
魔女は獣の如く笑む。
焼け落ちた旗を魔杖の如く振りかざして。
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