第17話『試合前』


 前哨戦当日。


「わ。わ。わ。わ。わ!」


 試合の舞台となるのは、互いのギルドに地の利のない他県の一市内。そこは数十年前に切り開かれた山を利用して作られた広大なベッドタウン。国内でも有数の広さを有する住宅街が、今日の試合の舞台だ。


 そしてその中央公園に、関係者一同は会していた。

 厨二病歴一年目同士の試合とは言え、相手はあの最強ギルド『円卓の騎士団』。会場に到着した『厨二部』一同にはややひり付いた空気が漂っていた。

 のだが。


「すごいすごーい! 他のギルドの人始めて見た!!」


 聞こえてきたのは、意外にも姦しい声。


「ひ、ヒカリちゃん落ち着いて……」

「だってだって! みんな強そうだよ、なーちゃん!」


 荷物を仮設テントに置いて準備を始める俺たちを、遠くからでも聴こえる甲高い声で指差してくる長い栗毛の女の子と、それをおっかなびっくりいさめようとしているこれまた長い黒髪の女の子。

 男所帯なイメージの強い『騎士団』には似つかない、女子女子とした空間だった。

 一応白桜はくおう学園特有の高そうな白のジャージを着ていることから、『騎士団』の関係者なことは間違いないが。


「ほう、女子おなごですか……。たいしたものですね」

「知っているのかい、ヨリアキくん……!?」

「うむ」


 おいおいおいおい。

 うむ……、じゃあないよ。何いきなり小芝居を始めているんだこの二人は?


「こちらを見て騒いでいる彼女。可愛らしい栗毛ロングの髪に明るい色の瞳……、おそらくカラコンでしょうが、試合だというのに化粧もきっちりとしており、それでいて自身の可愛らしさを理解したナチュラルメイク。白桜学院などという名門校生にも関わらず、着崩された白ジャージ。そしてあの明るいキャラ……。間違いありません! あの方は、『ヲタクに優しいギャル』!!」

「おー」

「そしてそして! その彼女を甲斐甲斐しくも止めていらっしゃる彼女は黒髪ロングの姫ぱっつん。一国の姫と言われても由緒正しき神社の巫女と言われても納得の愛らしさ! そしてなにより注目したいのが、腰を曲げ腕で体の前面を覆っているあの奇妙な姿勢。一見姿勢が悪いだけのように見えますが、吾輩にはちゃんと理解できますぞ……。あれはわざと姿勢を悪くして、その腕で隠した部分を目立たなくしようというありふれた手法! そうすなわち彼女は隠れきょ――――」


「はい、ちょっと邪魔〜〜」

「ッたぁこすっっ!」


 言い終わるよりも前に、マキが興奮するヨリアキを蹴っ飛ばす。

 南無三ヨリアキ。死ぬのは試合が終わったあとにしてくれ。


「……? どうした、サヤ」


 いつものコントを繰り広げるヨリアキなど見向きもせず、サヤは件の女子二人を見つめている。


「師匠、たぶん今日の対戦相手、あの二人」

「……わかるのか?」

「うん。あの二人、だぶん強い」

「…………」


 根拠などないサヤの断言。だが、それが真実だとなぜか確信できた。

 今日の相手だという事実もそうだが、あのただの女の子にしか見えない二人が、サヤに強い言わしめる相手なのだということも。

 





「やあ、アキハル」

「げ」


 試合の準備をしていると、当然ながら声をかけてくる相手がいた。

 【白銀の騎士王】アーサー。俺の旧友、朝日奈あさひな王尋きみひろだ。


「げ、とはご挨拶だな。友人との久し振りの再会だというのに」

「ひと月前に会ったばっかりだ」

「ひと月は十分に長いさ。……まったく、君といいアオイといい、どうしてそう淡白なんだ」


 最近聞いたばかりの名を耳にして、やはりかという思いから仕方なくキミヒロに顔を向ける。


「やっぱり、お前のとこにも来たのか、アオ」

「ああ。君のところにも来たのだろう? アオイが言っていた」


 あの放浪癖のある女はフラッと散歩感覚でえらい距離まで足を伸ばす。俺たちの元を訪れたのがつい先日のことだというに、数日しないうちに遥か南西にある白桜学園まで出向いている。ただ顔を見に行く程度でだ。それもアイツのことだ。どうせ徒歩で行ったに違いない。アイツは歩いて行ける場所は自分の足で行くのが趣味だからな。ホント、そういうところも末恐ろしい部分だ。


 俺がアオのことでげんなりしていると、それを察してかキミヒロが話題を変える。


「今日は一応、僕と君との代理戦争という名目ではあるが」


 キミヒロはどこか困ったようにそう言うと。


「僕自身としては、今日の戦いにそれほど大きな思い入れはないんだ」


 とそう、断言してきた。


「そうなのか? それにしては、反対意見の署名にお前の名前があったらしいが。【社長】も困ってたぞ」

「あぁ……、そうだろうな。【社長】殿には申し訳なかったと思うよ。既に謝罪は済ませたが、彼に気迫に押されてしまってね」

「彼……って――アレのことか?」


 キミヒロの言う彼が誰なのか、知るはずのない俺はなぜか心当たりがあって親指を指す。

 ――さっきから殺意マシマシの視線を飛ばしてくる、"彼"を。


「あー……、気付いた?」

「気付いた? じゃねえよ。そりゃあんだけ露骨に殺意向けられちゃ誰だって気付くだろうよ……」

「まぁそれはそうだね。……ヒナタ、こっちへおいで」


 キミヒロがそう言った瞬間、ザッと呼ばれた少年が現れる。


「お呼びですか、我がきみ


 律儀にも片膝までついている。


「やぁヒナタ。……そうかしまらなくていいから、ほら、楽にして」

「はっ。では我が君のお言葉に甘えて」


 意外にも少年は素直に立ち上がる。

 ……美少年。と、そう形容するのが相応しいだろう。

 活発に、しかし丁寧に切り揃えられた蜜柑色の髪。騎士を連想させる礼服に勇者の証であるマント。そして重心の乗った大きめのブーツ。なにより、その腰に帯びた剣が、彼を『円卓の騎士団』の一人たらしめている。

 美少年騎士が、そこに立っていた。その甘い顔には似つかわしくない、厳しい目付きで。


「紹介するよ、アキハル。彼が今日君達と戦う予定の騎士、陽光ひのみつ日向ひなただ」

「我が君。このような場では真名ではなく騎士名か二つ名で呼ぶよう何度も……」


 毎度のことなのか、説教を笑って躱すキミヒロを諦め、少年騎士はこちらへと視線を移す。

 ……いや、こちらを睨むと言った方がいいのかもしれない。


「初めまして。『円卓の騎士』が一人、『太陽の騎士・ガウェイン』を拝命致しました、陽光日向と申します。二つ名は【黄金の忠騎士】」


 貴族の作法、とでも言うような華麗なお辞儀にて少年は名乗る。

 『円卓の騎士』。【社長】の言っていた、魔王アキハルのラスボス起用に対する反対意見、その代表として名前の上がっていたのが『太陽の騎士』。一年以内に厨二病になったばかりの新人ルーキーでありながら、ギルド『円卓の騎士団』の精鋭『騎士』を名乗ることを許された大物。それが彼らしい。


「君は相変わらず堅苦しいなぁ。もう少し肩の力を抜いた方がいいと何度も言っているだろうに」

「いえ、あくまでこれが私のスタイルですので」

「律儀だねぇ。……それで、彼が――」

「存じております」


 キミヒロが今度は俺の紹介をしようとしたところで、少年騎士がそれを言葉で制する。


黒鉄くろがね晶玄あきはる殿。またの名を【漆黒の魔王神ダークネス】。かつて15歳以下ジュニアの部でその名を轟かせた最強の魔王。その悪名、十二分に存じております」

「…………」


 う、わぁ……。思ったよりも、敵意がハンパないな。

 悪名と――魔王の名が悪なのだと、そうはっきりと断言してきた。これはあからさまなほどの、挑発行為だ。

 大概のことは笑って吹き飛ばすキミヒロも、これには肩をすくめている。


「若輩の身分で差し出がましいとは思いましたが、それでもなお物申さずにはいられませんでした」


 少年騎士は芝居がかった仕草で頭を振る。


「私は『魔王』――貴方が映えあるグランプリのラスボスには相応しくないと考えております。ラスボスとはすなわちその大会で主役。その半年間もっとも我々の世に貢献したとされる者が選ばれる栄誉なのです。……それを一年半もの長期に渡り怠惰を貪っていた貴方が、少しばかり大会を勝ち進んだ程度で選ばれるなど、あってはならないことなのです……ッ」


 つらつらと語る口調その端々には、隠しきれない青色の怒りが沸々と見え隠れしているのがわかる。厨二病による設定や演技などではない、心の底から溢れる本物の怒りが。


「……失礼しました。訊かれてもいないことをベラベラと。如何いかな罰をも受ける覚悟です」

「いいよ。言いたいことをちゃんと伝えるのはいいことだ」


 悪態をついた後も騎士然とした態度は変わることなく、その律儀さには言われた側の俺も思わず感心してしまう。


「君は先に戻りな。試合の準備もあるだろう」

「はっ。では、失礼いたします。我が君」


 そう言うと少年騎士は来た時と同じくザッと姿を消して去っていく。

 ……去り際に、最後の一睨みをされたのは言わないでおこう。


「はは。どうだった?」

「どうって……」

「将来有望そうだったろう」

「まぁそれは……確かに」


 の強さは厨二病の強さに直結する。自身をありのままに表現できるものは、厨二病でも強さをありのまま表現できるものにつながる。

 そう言う意味では、サヤなんかはまさにそうだ。


「それじゃあ、僕ももう行くとするよ。あんまり単独行動していると、他の仲間にも怒られてしまうからね」


 本当に何をしにきたのか、キミヒロも少年騎士の去った方へと足を向ける。

 しかし最後に、


「彼は強いよ」


 いらん一言を残しこの場を後にする。


「はぁ……。そんなん見たらわかるし――」


 【黄金の忠騎士】ガウェイン、陽光日向。おそらく、厨二病一年目ルーキーの中では頭ひとつ抜けた存在だろう。

 だが、それはこちらも同じだ。


「――こっちの方が強い」


 誰にも聞こえない捨て台詞を吐いて、俺も仲間の元へと向かった。



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