第2章第五幕『魔王と並ぶは』
第16話『代理戦争』
『問題が発生した』
歩みを進めながら、スマートフォンの向こうの声に耳を傾ける。
「というと?」
『貴様のラスボスに据える案に対して反対意見が出た』
【社長】は抑揚のない厳かな声で、淡々と現状について説明する。
『普段ならば、数件程度の反対意見などオレの独断で一笑に付すところなのだが、今回は意見を上げているギルドに多少ながら問題がある』
ノータイムでスマホに送られてきたのは、反対意見に関しての公的な文書。その中に、見覚えのある名前が刻まれている。
「『円卓の騎士団』、ですか」
『ああ』
社長は短く肯定する。
説明せずとも理解している。
『円卓の騎士団』。厨二病同士の集まり『ギルド』において、界隈最大の人数と最大の功績を持つ最強ギルド。個々人が勝手気ままに結成するギルドには珍しく、その母体を学校としている稀有なギルドの一つでもある。学校の部として活動している『厨二部』と立場は似ているが、その規模は月とミジンコ並みに差が開いている。国内有数の学園都市『白桜学園』を母体とする『円卓の騎士団』には数百人からなる団員が存在すると言われ、その強さは当然並みのものではなく、【円卓の騎士】を名乗ることが許される団員はその全員が最強クラスに匹敵する。
『なにより問題なのが――』
中でも、現厨二病界最優と言われる騎士にして、『円卓の騎士団』の代表が――、
「キミヒロ……」
【白銀の騎士王】アーサー。『三強世代』と言われた中学時代最強の一人であり、アキハルの昔の友人・
そんなやつの名前が、反対意見の署名一覧の中に記載されてあった。
『厨二病界において奴の意見は無視できん。もし無視を決め込めば、他のギルドからも反対意見が上がりかねん』
厨二病界隈、ひいては『セカンド・イルネス』は未だ発展途上の文化だ。瀬戸内財閥率いる『運営』が現状の『セカンド・イルネス』をまとめあげたとは言え、選手側である厨二病たちがそれに従わなければ意味をなさない。ギルド最大勢力である『円卓の騎士団』が反対を表明したとなれば、それに追随する他のギルドも出てくるだろう。もしこれを放置すれば『運営』への不満は不信感へと変わり、『運営』にとって代わろうとする勢力も現れるかもしれない。
小さな火種ならば無視を決め込むのもアリだが、火種を挙げたのがこともあろうに『円卓の騎士団』、そして最強の騎士【白銀の騎士王】ならば無視することは到底できない。それ相応の対応が『運営』には求められるところだ。
とは言ったものの。アキハルには薄々わかっている。
アイツは他人の意見にいちいち首を突っ込むような人間ではない。騎士と名乗る者として、明らかな悪に対しては情け容赦のないやつだが、『厨二病』においてはその限りではない。遊びや道楽の範疇にある『厨二病』に関して、アイツは自ら水を差すことを嫌っている。求められれば応える人間だが、自身の感情によって動く人間ではないことをアキハルは知っている。
ではなぜ今回名を挙げているのか。
答えは簡単だ。俺の名前があったからだ。
キミヒロはこと俺のことに関してだけは何事も黙っちゃいない。少しでも俺が面白ことになるのなら、アイツはなんだってする。現に、先の試合をアイツ単騎で挑んできたのがいい例だ。本来なら、弱小ギルドのうちを最強ギルドのトップ自ら相手にすることなどありえるはずがない。それも完全勝利を狙ったギルド総出での戦いではなく、【白銀の騎士王】手ずから単騎での出陣だ。
何事も冷静沈着が売りの『騎士王』様だが、『魔王』に関してだけはアイツは冷静でいられないのだ。
だからこそ、今回も余計な茶々を入れてきたというわけだ。
だが一つ気になることがあるとすれば――、
「対応はどうするつもりですか?」
『無論やつらの言いなりになる気はない。だが、無視もできん。であるならば、こちらとしては貴様のラスボス役を彼奴等に認めさせるまで』
「認めさせる、ですか」
『そうだ。今月末、プロモーションも兼ねて『碧海大祭』前哨戦を行う。公式戦ではないが、我が社の機材もフル動員しての生配信を敢行する。前哨戦とは言え、貴様と騎士王の名があるのだ。宣伝としては申し分なかろう』
電話の向こうで怪しい笑いをこぼす【社長】の顔が目に浮かぶ。
「じゃあ、俺とキミヒロで一騎打ちを?」
『いや、それは早計に過ぎる。いくら貴様らの名があろうと、貴様らほどの試合を前座扱いするわけにはいかん。なにより、貴様はラスボスという体で『碧海大祭』に出るのだ。このようなところで軽々しくその力を見せるには惜しかろう』
【社長】は大層な評価で俺の予想を否定してくる。買ってくれているのは嬉しいが、では試合は誰が戦うというのか。
『それに騎士王は署名こそあるものの、反対意見を表明しているのは別の人間だ』
【社長】の指摘に俺は視線をスマホの文書へと走らせる。
俺が気になっていた、文書の一番上にある人物の名。
『【太陽の騎士】ガウェイン。今年正式に『セカンド・イルネス』を始めたばかりの新人にあたるが、その実力は既に二つ名を与えられていることからも押して測れるだろう』
二つ名は厨二病が自身で勝手に名乗るものだが、『円卓の騎士団』においては少々毛色が異なる。『円卓の騎士団』ではそのギルド名が象徴する通り、『円卓』と呼ばれる十数人からなるエースたちが存在する。そのエース一人から推薦され、なおかつ『円卓』の過半数による投票で認められない限り二つ名を名乗ることは許されない。そしてその選ばれた二つ名持ちの中から、さらに選ばれた者だけが『円卓』として【騎士】の二つ名を名乗ることが許される。
であるならば、
「新人でもう『円卓』入り、ですか……」
新人と言うならば立場はサヤやマキと同じということになる。
だがその新人は最強のギルドの中でさらに最強と呼ばれるエースたちに選出されたということになる。
紛れもなく天才だろう。サヤの実力も『円卓』に匹敵すると思ってはいるが、実際に『円卓』に選ばれた者とでは場数が違いすぎる。それほどまでに、厨二病界隈の中で『円卓』の名は大きい。
しかし気になるのはそこではない。
「なんでその新人が、俺の反対表明を?」
『さぁな。文書にはトップの座を一年以上も空席にした者に上半期の顔とも言える『碧海大祭』ラスボスを務めるのは到底不可能だという旨が書いてあるがな』
言われてみればその通りでもある。実際、【社長】にラスボス役を打診されたとき断った理由の一つがそれなのだから。
『兎にも角にもだ。『円卓』とは言え、新人が隠しもせず名を挙げているのだ。こちらも相応の対応を見せるのが礼儀というものだ。そこで、俺は貴様に新人のみの『3on3』を提案する』
「3対3ですか」
『そうだ。新人のみだというのならバランスも良いだろう。体としては『魔王』と『騎士王』両者から推薦された選りすぐりの三人による代理戦争、と言ったところだろう』
「なるほど……」
それならば俺とキミヒロが直接でなくとも問題はない。その上新人同士ということで対等な試合もできる。条件としては十分だろう。
「わかりました。その形で進めてください。こっちの選手に関しては――」
そこでようやく目的地へと辿り着き、扉を開く。
ガラガラと引き戸を開いた途端、鍛錬開始を今か今かと待ち侘びる女の子二人の視線が一斉にこちらに集まるのが見えて、
「もう、とっくに決まってますから」
思わず笑みが溢れるのを感じてしまう。
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