第13話『起源』


「今朝はお楽しみだったようだね」

「…………」


 今日も放課後。いつものように部室の空間で特訓をしていると、いつの間にやらやって来ていたスグリに意味深に声を掛けられる。とても面倒だ。


「何の話で――」

「さすがに一緒に登校したらイヤでも疑ってしまうさ。で、どこまで行ったんだい?」

「だから何の話で――」

「とぼけなくともいいさ。キミとボクとの仲だろ? 若さにかまけて、ボクにぶっちゃけちゃいなっ☆」


 どうやらこの人には話は通じないようだ。


「別にとぼけてな――」

「それよりもサヤくん。あまり調子よく言っていないようだね」


 …………。真面目に答えようとしたのがバカだった。


「……ええ、まあ。昨日と同じですよ」


 今サヤはスグリが作った練習用サンドバッグマシーン『計測くん三号』を相手にしているのだが――。


「…………ふっ、はぁああああああああ!!」


 息を整え、刀へ力を込める。もしも闘気やオーラというものが存在するならば、確実に空気を震わす気合いの発露。

 しかし、それが決して結果に実を結ぶわけではない。


 今サヤが行っているのは『当たり前』からの脱却。刀で相手を斬るという『当たり前』から、現実では起こりえない現象を厨二病で発現させるための特訓。そのため、サヤの強さのイメージである『焔』を発現させようと努力しているのだが。


 刀に発生した焔は、しかし燻るようにチロチロと揺らめくとふとした拍子にフッと消えてしまう。

 本来ならば刀に灯った焔はさらに火力を増し、その溢れた焔だけで相手を焼き尽くすようにならなければならない。ただの燃える刀だけでは、あまりにも弱すぎるからだ。

 だが今のサヤは、その程度にすら届いていない。あれでは少し刀に火の粉が掛かったようなもの。それでは、何の力にもなりはしない。


「くっ……」


 消えていく炎を見て、サヤはギリリと歯噛みする。

 普段高揚したとき以外はあまり感情を見せる方ではないサヤだが、今の表情には誰が見てもわかる悔しさの感情を滲ませている。


「さっきからずっとあの調子です。努力も練習量も人一倍スゴいんですけど」


 それは額に溜まった汗の量からも一目瞭然だ。

 スグリの造り出した空間は窓がなくても空調が自動調整されるというオマケ付きで、夏だろうと冬だろうと快適に過ごせるように設計されてある。しかし今のサヤの熱量はスグリの設計すらも凌駕するらしい。


「……ふむ。これは何か、殻を破るきっかけがいるみたいだね」


 そう言ってスグリはサヤへと近づく。


「やぁやぁサヤくん。なかなかの気合いの入りようじゃないか。部長であるボクが激励に来て上げたよ」

「……………………ふぅ。スグリ」


 いつもの調子で話しかけてくるスグリに、サヤは息と整え静かに反応する。


「しかしながらあまり無理をするのは感心しない。確かに勝利にキミの力は必要不可欠だが、キミが体調を崩してしまっては元も子もないのだからね」

「でも」

「今は少し休憩しよう。なに、適切な休息もまた鍛錬さ」


 そう言ってスグリはどこからともなく出したスポドリとタオルをサヤに手渡す。


「……ん。ありがと」


 サヤは素直にそれを受け取り、スポドリに口をつける。

 一息ついたところでスグリが話し始める。


「厨二病における現象の発露。今サヤくんが行っているような『炎を出現させる』。口にすれば簡単だが、それがなかなかどうしてそう上手くはいかない。あり得ないことを実現させるには、それ相応のイメージが必要だからだ」

「……イメージ」

「ああ。自分の中にあるそれが一体どんなものなのか。どういう形で何故それが発生するのか。もちろん、それが事実である必要はない。「これはこうだからこうなる」という強い意志。言うならば現実さえもねじ伏せる強い『思い込み』が必要となってくる。要は――」

「キャラ設定、ですね」


 そこでアキハルが口を挟む。


「その通りだ。自分の力はこういうものだ、という明確な設定。神様の生まれ変わりだとか、両親に授けられた力だとか、魔法の力だとか。本当では決してないが「そういうものだ」「そうあればいい」という誇大妄想的現実逃避。それが強ければ強いほど、ボクらのこの力は現実味を増す」


 ありえないだとか、嘘だとか、そんな次元の話ではない。そう自分が信じているから現実はこうなんだ。だからこうできるはずだ。そんな妄想の結実がこの厨二病なのだ。


「そしてキミはそれが既にできている」


 そう言ってスグリは視線を落とす。そこにあるのはサヤの持つ刀。


「今一度考えてみるといい。キミが焦がれたその刀。その起源をね」


 それだけを言うとスグリは部室部分へと戻っていく。




「起源……。わたしの、刀の……」


 サヤは自分の刀を見る。


「そう深く考える必要はない。要は、何を思ってお前はその力を選んだのか、だ」


 それは何でもいい。昔読んだ漫画のキャラがカッコ良かっただとか、昨夜見たアニメがスゴかっただとか。要は、今ある厨二病の自分を形成したもの。それこそが起源で、自身の憧れなのだから。


「もちろん能力チカラを発現させる方法は他にもある。たとえば有名なのは、自分に『誓約』を課すこととかな。能力発動によるデメリットを自分に課すことで思い込みを強化したりする方法な」


 とある人気漫画から引用された方法だが、今では厨二病界隈での常識と化した方法だ。デメリットの付与は、自分自身に厨二病の現実感を与える良い材料となるし、発動までのルーティーンとしても最適だ。

 だが、


「だけど今お前に必要なのは、もっと根本的な部分だよな」

「…………」


 サヤは少しの間黙っていると、おもむろに黒の外套を着込み出す。


「ねえ、師匠、聞いてくれる? わたしの起源の……ううん、わたしの好きなアニメの話」

「ああ」


 何を今更と思ったが、そこは素直に答える。


「わたしね。昔、好きだったアニメがあるの。それはね、刀を持った女の子が炎の力で鬼と戦う話なんだけどね」

「ああ、知ってる。『紅蓮のヤシャ』だろ」

「!! な、なんで知ってるの?」

「そりゃあお前、そんな目立つ黒の外套に刀。そんで力が炎って、そんなんもう俺からしたら一つしか考えられんからな」


 それは『夜叉』と呼ばれる神に近い存在に、世を荒らす『鬼』を討滅する使命を与えられた少女の物語。『鬼神』を殺すことしか生きる理由を知らなかった少女に、偶然救った人間の少年が『ヤシャ』という名前を与えたことから話は始まる。

 正直、出会ったときからそれは気付いていた。その姿が、あまりにも作品の中の少女に、似ていたから。


「そ、それじゃあそれじゃあ、アレ、アレ知ってる? ヤシャのライバル!」


 興奮した様子のサヤは瞳を緋色の輝かせ、両手を上下にブンブンと振る。


「ああ。ヤシャを『夜叉』にした神の昔の友だろ。同じ神だけど鬼側についた『鬼神』」


 それを聞いてサヤは大きく首肯する。


「じゃ、じゃあもしかして、師匠の『魔王』って……」

「もちろん、『紅蓮の夜叉』から取ったに決まってんだろ」


 ブワッと、サヤの長い髪が逆立つように感じた。

 ヤシャのライバルであり作品のラスボスである『鬼神』は、最終局面で『魔王』を名乗って現れる。それが当世風の言い方だというのがその理由だったのだが。


「俺も子供の頃観てたからな、そのアニメ。原作の漫画も全部読んだし、DVDも全部持ってる」

「で、でも師匠の部屋なかったよ?」

「ああ。大事なもんだからな。全部実家に置いたままだ。今度持ってきてやるよ」

「う、うん!」


 本当に楽しそうに聞いてくる。それに、興奮のあまり顔が少しずつ近付いてくる。


「師匠……、ううん『魔王』……『魔王』!」

「お、おう。なんだ」

「あたし、ちょっとやってみる」


 そう言うと、サヤはバッとアキハルから顔を話し、『計測くん三号』に向き合う。

 息を深く吸い瞳を閉じ、さっきまでの興奮が嘘のように静かに、刀を構える。

 そして、


「…………っ」


 サヤが瞼を上げたときそこには、当たり前のように焔が刀に灯り、轟々と燃え盛っていた。


「できた」


 サヤは呟く。焔は時間が経っても勢いが衰えることなく、刀になおも在り続けている。


「師匠。あたし、少し勘違いしてたかもしれない」

「勘違い?」

「うん、勘違い。一番最初に強さに憧れたのは、間違いなく『紅蓮のヤシャ』がきっかけだった。でも、いつからかそれじゃ強くなれないと思ってた。だからいつからかあたしはそのことを考えなくなってた。あたしの中にはずっと、ヤシャがいたのに」


 それは、そういうものだとも思う。それが大人になるということ。いつの頃からか人は子供の頃好きだったものを忘れ、大人として別の憧れを持っていく。

 そういう意味ではこの厨二病というものは、子供で在り続けるという、成長に反した行いなのかも知れない。


「だから師匠。ありがと。あたしに、思い出させてくれて」

「……それは、部長に言ってやれ。あの人、あれでも俺らのこと結構考えてくれてんだから」

「うん。知ってる」


 そうしてサヤは刀を払い、鞘に仕舞おうとする。


「おい。いいのか?」

「?」

「せっかく焔が出せるようになったんだ。試していかなくて、いいのか?」

「っ…………」


 アキハルの言葉に、刀の焔はさらに勢いを増して燃え上がる。


「いいの、師匠? 今日であたしに、敗けるかもだよ?」

「ぬかせ。焔が出せるようになった程度で、『魔王』に勝てるつもりなのかよ」


 ニッと、サヤの顔が怪しく笑う。

 それが戦闘の高揚であることは、アキハルの経験から容易にわかる。

 一時のテンションかも知れない。それでも、その感情をこの不出来な弟子に忘れさせたくはない。

 それになにより、


(俺自身も、今のコイツと戦いたい)


 誰にも悟られることはないが、人知れず興奮を内包して、アキハルも構える。




「まったく。ホント期待が止まないよ。ボクの可愛い後輩達には」


 その様子を少し遠くから見ていたスグリだけが、その二人の高揚をひしひしと受け取っていた。



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