第14話『特訓 ② 合間のあれこれ』
「やあやあ、お疲れ後輩くん。そして、サヤくん」
特訓を終えた二人を、スグリは変わらぬ笑顔で出迎える。
「お疲れ様です、部長」
「ん。お疲れ、スグリ」
それを二者二様に返して、二人は息をつく。
アキハルはともかく、いつもは元気を有りに余らせるサヤまで疲れた様子で。こんな小さな身体をしている割に体力お化けなサヤも肩で息をしていた。
「あ、あの、これ……」
そんな二人に、スグリ以外の声が掛けられる。
見れば少し離れたところに背の高いシルエットの女性が立っている。
というのも、彼女の身長はアキハルよりも高い。アキハルも身長は高い方ではないが、それでも高校生男子平均身長である一七〇センチは超えている。そのアキハルよりも目線一つ分は高いのだ。おそらく低くとも一七五センチ。もしかすれば一八〇センチを超えているかもしれない。
そんな男よりも長身の彼女は、ここにいる誰よりも縮こまって二人に話しかけてきた。
入部してまだ一週間も経ってはいないが、アキハルの中でオトミはあまり社交的という印象はない。むしろその真逆。内気、内向的といった印象の方が強いだろう。
そんな、見た目とは随分と裏腹な性格の彼女は、サヤとアキハルへと声を掛けていた。
「……どうぞ」
そして手にしたタオルとスポドリを手渡してくる。
アキハルとサヤが入部してまだ一週間と経っていないが、挨拶以外で彼女の方から話しかけてきたのはこれが初めてのことだ。
アキハルは驚きつつも、その行為自体を嬉しく思い笑顔で差し出された二つに手を伸ばす。
「ああ。ありが――」
「ひ、ひぃいい!」
と、差し出された手が高速で引っ込められてしまう。
「え」
「あ……」
沈黙。突然の出来事に、お互い固まってしまう。
なんとなくわかってはいたことだが、それでもこうも行動として示されてしまうとそれなり傷つくものがある。どうも彼女はアキハルに対して苦手意識を――。
「ああ、すまないね。ボクの乙女はどうも異性というものを苦手らしくてね。男と見ればたとえ子供であっても悲鳴を上げてしまう質なのさ」
「あ、ああ。男ね。男がね」
内心自分が嫌われていたのかとショックを受けていたが、そうではなかったらしくホッと胸を撫で下ろす。
「ん、ありがと」
サヤはそんな双方の様子を気にもせず、淡々とオトミからスポドリとタオルを受け取り、二つのうち一つをアキハルへと渡す。
「悪く思わないでくれよ。彼女も悪気があるわけじゃないのさ」
「大丈夫、わかってますよ先輩。秋月さんもありがとね。タオル助かるよ」
「い、いえ……。こちらこそあの、ごめんなさい」
またもお互い微妙な空気となってしまい、部室に沈黙が広がる。
「うんうん。今はぎこちなくとも、いずれを友情は深めてくれればいい。部活の絆とはそういうものさ」
そんな沈黙を、スグリは部長らしく気を使い和ませる。
「部長」
「スグリちゃん……」
「それにだ。後輩くんは仲良くしてた方がいいと思うぜ。なにせ、ボクの乙女はおっぱいがとてもおっきいからね。ふかふかでめちゃくちゃ気持ちいいんだぜ?」
と、オトミの背後に回り込みその豊満な胸を持ち上げる。いつも腕で隠された胸部は服の上からでもわかるくらいに大きく強調され、もはや暴力的なまでにその存在を世界に知らしめる。
思わず生唾を呑んでしまうアキハルだが、そこは冷静に、かつ紳士的に自制して感情を抑え込む。
「……、はぁ。何をやってんですか部長。秋月さんも嫌がって――」
「ひ、」
「え」
「ひぃいいいい!! 男の人ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「えええええええええええ!?!?」
スグリのその胸を曝されたオトミは、まさかのアキハルに恐怖を覚え、両手を挙げて部室を出て行ってしまう。
「これはこれは。どうも、ボクの乙女に後輩くんの獣のような視線は刺激が強すぎたようだね」
しょうがないと言わんばかりに嘆息をスグリは吐く
「誰の所為だ誰の!」
要らぬ誤解を与えられてしまったアキハルはスグリに憤慨する。
これは、どうも部の絆とやらを深めるには随分と苦労しそうだ。
そんなことを思って、アキハルは疲れた体を無意味に疲れさせ項垂れる。
「変態」
そしてどうも要らぬ誤解を与えてしまったのはオトミだけではないようだった。
「……俺が何をしたってんだよ」
***
「それでだ。キミたちに大事なお知らせがあるんだよ」
少しして。お手洗いに隠れていたらしいオトミをスグリが連れ戻し、一安心しながら汗を拭っていた二人にスグリが切り出す。
オトミの方はさっきまでとは違い部室の隅っこに大人しく座っているが、アキハルが少しでも動く度にビクッと反応するようになってしまった。関係性が始まる前から悪化している気がするが、今はそっとしておくしかないのかもしれない。
「それは、まともなお知らせですか?」
「まとももまとも。まともに決まっているさ。ボクが真面目なお知らせ以外したことがあったかい?」
むしろちゃんとした報告を聞いたことがない気さえする。
「お知らせは二つだ。いい報せとすごくいい報せ。どっちから聞きたい?」
「……いい報せの方で」
「お、いいぜ。後輩くん、キミはあれかい? 美味しいものは後に取っておくタイプかい? ショートケーキの苺は避けて最後に食べるタイプかな?」
「……まぁそうですけど」
「ふっふっふー。そんな面倒くさいタイプのキミの期待には是非とも答えてあげよう」
「そういうのはいいんでさっさと教えてください」
スグリは「せっかちさんめ~」とか言って勿体ぶってくる。ホント、そういうのいいから。
「じゃあご要望にお応えしていい報せの方から。一回戦第三試合の日程が決まった。日時は今週末、明後日の土曜日、午後三時から。試合形式は『総力戦』。場所は、金輪寺学園」
「う……、やっぱりそうなりますか……」
「知ってるの師匠?」
思わず漏れてしまった声にサヤが反応する。
「後輩くんの場合、金輪寺学園を知っているというよりは対戦相手の方を、かな」
「ええ、まあ……」
ズバリ的を射たスグリの指摘に、アキハルは苦笑いをする。
「金輪寺学園。地区内でも知られた私学で、いわゆるお金持ち学校だ。有数の財閥の子息ご令嬢が通う学園で有名だが、そんな学園に『ギルド』が存在することは関係者以外にはあまり知られてはいない」
「ギルド?」
「『セカンド・イルネス』に参加する厨二病団体のことだ。だからうちの『厨二部』も一応ギルドってことになる」
「そういうことだね。で、その金輪寺学園に存在するギルドが、今ボクらが相手にしているギルドってことさ。ギルド名【
「アイツ、そんなに評価されてんのか……」
イトネを知るアキハルはなんとも言える表情で呟く。
アキハルにとって金剛寺絲音は中学時代の知り合いで、幾度も拳を交えた間柄だ。互いに手の内は知り尽くしているし、その性格も人柄ももちろん知っている。それになにより、中学時代のアキハルをイトネは知っているのだ。
「はぁ……。鬱だ……」
特訓中のテンションはどこへやら。試合を目指しての特訓だというのに、既に試合が億劫になってきている。これではいい報せではなく悪い報せだ。
「まぁまぁ、そう言うなよ後輩くん。まだすごくいいお知らせも残っているんだぜ」
「あぁ、そういえばそうでしたね」
もうこの報せに期待するしかない。今の良くないテンションを払拭するための何かを。
妙な期待の仕方をするアキハルを他所に、スグリは口を開く。
「朗報だ。さっきも言った先日のサヤくんの戦いが大きく評価され、運営の公式サイトにその戦闘動画がアップされているんだ」
「おお」
事の意味を理解できるアキハルだけが小さく感嘆の声を上げるが、サヤはよくわからないといった様子で小首を傾げる。
「お前の戦いっぷりがスゲエって御上に評価されたってことだよ」
大会運営は厨二病のイメージ改善と『セカンド・イルネス』の地位向上のため、直近に行われた公式戦でのベストバウトをよく大手動画サイトにアップしている。大抵の場合、そこに上げられるのは名のある選手の動画だが、ドの付く新人であるサヤがあの金剛寺絲音を倒したことで注目されたのだろう。
「これはかなり名誉なことさ。表彰とかはないが、ボクらがこの先活躍することでの大きなアドバンテージに繋がることは間違いない!」
スグリは事の事実を大げさに言うが、この意見にはアキハルも珍しく同意できる。
未だマイナーな『セカンド・イルネス』は大会数も少ない。その少ない大会も当然全て出場できるわけではない。条件やら戦績などの関係で出場自体が不可能なものも多数ある。しかし注目度が上がることによって、招待選手という形での参加もありえるのだ。だからこそ知名度・注目度というのはあって損はない。
「これはボクら『厨二部』躍進の大きな一歩に違いないだろう。というわけで、早速その動画を観てみたいと思う」
言うや否や部室内が暗くなり、当然のようにプロジェクターが天井から降りてくる。もう驚かない。
「えっと、ここをこうしてっと」
スグリが何やらパソコンをカチャカチャ操作すると、部室の壁にでかでかと映像が映し出される。
「おお……」
サヤが口をぽかんと開けて映し出された映像に注目する。
動画は少しすると、サヤの戦闘シーンへと切り替わる。
初戦闘ながら大立ち回りを繰り広げるサヤ。派手さもさることながら、これを新人がやったというのはこれから『セカンド・イルネス』を始める人間にとって夢のある話だろう。
動画は僅か数分で終わり、証明が元の明るさへと戻る。
うんうんとどこから目線で見ているのかわからないスグリと、素直に賞賛の拍手を送っているオトミ。アキハルもやはり先日の興奮が蘇り、落ちていたテンションがほんの少し舞い戻る。
そんな中、当人であるサヤは一人黙ったまま動画が映し出されていた壁をじっと見つめている。
またいつもの無関心なのかと思い、アキハルは声をかける。
「どうだったよ、自分の戦いを客観的に観た感想は。まだまだ荒削りだけど、初戦闘にしては動けてた方だよな」
しかし声は返ってこない。
「? どうした?」
その様子にスグリもオトミも気になってサヤの顔を覗き込む。
そこには――。
「い、今のが……、今のがあたし……」
恥ずかしそうに真っ赤に赤らめた、見たことのないサヤの顔があった。
「え、お前まさか……」
「うぅ……」
試合まであと二日。ようやく本調子となってきた自称の弟子に、また一波乱問題が浮上したようだ。
やはり、スグリの持ってくる報せに、いい報せなんて一つもなかったようだ。
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