第2章第三幕『蒼天は突如として堕ちてくる』

第11話『晴れ』


「なにごとも、一に体力二に体力、三に体力四に体力、だよ! ということで、今日のメニューは厨二部ランニング祭り!!」


 先日の内容がどこから漏れたのか、それともただの自意識過剰なだけなのか。まぁとにかく、本日の厨二部の予定はスグリの独断と偏見で体力作りのランニングと相成った。


「わ、吾輩……、頭脳労働には自信があるのですが……っ、こと体力仕事となると話が変わってくるわけでして……。か、神にすら弱点の一つや二つあるように、神に等しい吾輩にも弱点と呼べるものが存在するわけなのですよ……。そ、それがつまり……体力がないことでしてぇ…………」


 始まったばかりだというのに早くも根を上げ始めている自称神が一名。

 そして、それヨリアキを尻目に白線の上を競い合うように先行する影が、二つ。

 当然ながら、サヤとマキである。


 二人の今日の姿は常の制服姿から一風変わり、当然ながら動きやすい体操服へとその身をやつしていた。

 しかしながら、その変化は服だけに飽き足らず。サヤはその長い黒髪を大きな一つ括りにしてまとめ、活発を絵に描いたようなポニーテールを大きく揺らし。マキは髪の長さこそ短いものの、片側の髪を編み込んだ小さなおさげを作り、これまた可愛らしく左右に振り子運動させている。


 今の二人の姿だけで、多種多様、千差万別、さまざまな需要に応えられるであろう光景だ。……まぁもっとも、その需要の恩恵をもっとも享受したいはずの男は既に後ろでくたばりかけているのだが。


 そんな二人の普段とは違った姿を、気取られない程度に俺は一瞥する。

 どうやら、二人はそれなりに仲良く走っているらしい。


「まったく。いちいち喋らないとリタイアすらできないのかしら。そんな余裕あるならもう少しは気張れって話よね」

「そういうお前も、かなりキツそう。あんまり無理はよくない。無理せずさっさと休めばいい」

「あら、それはお気遣いどうもお嬢さん。そういうアンタはちっさくて軽そうだから楽そうね。だっこでもしてあげましょうか?」

「不要。それに身長は関係ない。持久走に必要なのは日々の鍛錬とペース配分。自分のペースを守っていさえすれば、特段苦しむことはない。それよりもお前の方こそ、その無駄な重りをさっさと外すべき。そんなものぶら下げてると、後半にキツくなるのが目に見えてる」

「おあいにく様〜、これは重りじゃなくてれっきとした女の武器です〜。まぁアンタには一生縁がないものかもしれないけどねー! それに胸ってんなら、オトミの方はどうなのよ。あたしよりもよっぽど立派なもんぶら下げてんじゃない!」


「ひぃ、ひぃ、ひぃ……、みんな、速いよぉ〜……」

「よ、いいよ! さすがは素敵で豊満なボクの乙女! 自分の需要はちゃ〜んと理解しているねッ! そこにシビれる!あこがれるゥ!!」

「お、おとみだよ〜っっ。そ、それに、わたしの体操服だけ、何でかみんなと違うんだけど〜っっ」

「それこそあれさ、需要と供給というやつさ。きっと世の健全な男児諸君はぜひとも見たいだろうからね! キミの艶やかなブルマ姿をねッ!」

「ひ、ひぃ〜〜〜〜っっっ」


 …………。


「オトミは、あれでいいと思う」

「うん、そうね。あたしも珍しくアンタに同意だわ」


 ……うん。何を言っているのかはイマイチ聞こえなかったが、二人が仲良くできたのならよかったよかった。

 ちなみに、ブルマは俺も嫌いではない。


「師匠、遅いよ! なにやってんの!」

「アキハル、あんた! オトミの胸凝視してんじゃないわよ!」

「み、見てねぇから!!」


 後ろめたいものは何もないはずなのだが、何故か言われのないことを指摘されて慌ててしまう。そんな悲しき男のさがを死んだヨリアキの代わりに背負いながら、俺は声をかけられた前方へと必死に追いつこうと足を動かすのだった。


「ま……、まだ死んではおりませんぞ…………」






 予定の時間を走り終えて、厨二部面々は一度休憩をとるためグラウンドの真ん中へと集まっていた。

 走り終えたあとの様子はメンバーそれぞれで。

 息を荒くし呼吸を整えようとする者。早々にリアタイし、なおも地面に倒れ伏している者。同じくリアタイしたが、既に体力も回復し部員にドリンクを配っている者。それぞれだ。

 だが一人、汗の一滴すらかかず、奇妙な二輪の機械に乗っている者もいた。


「いや〜! 走った走ったねえ! さすがのボクも満身創痍だよ〜」


 スグリである。

 スグリはランニング中終始そのセグウェイもどきを駆り、ニヤニヤと必死に走る部員たちを時に励まし時に煽っては笑っていた。

 そんなスグリを見て、サヤとマキはすくりと立ち上がる。


「スグリどいて。そいつ壊せない」

「そうねスグリ。そこにいたら危ないからどいといた方がいいわよ」

「あ、あれ? どうしたんだい二人とも……? ああっここでそんな物騒なモノ出しちゃダメだよ! 待って止まって! うわああああああああ――」

「アンタはいつまでそこで寝てんのよ」

「ひでぶっ!?」


 セグウェイが派手に炎上し、ヨリアキは脇腹を小突かれ、その日のランニング祭りはお開きになった。




「チョーシはどーだい、後輩くん?」


 ランニングは終わったが、まだ部活動を終えるには早すぎる時間帯だ。

 普段の部室とは違い、開放感のある運動場を借りれたことで各々普段とは違うことを試み始めていた。

 そんな面々を――主にサヤとマキを眺めていると、スグリから声がかかる。


「んー、まずまずですね」

「へー?」


 かけられた曖昧な問いに、俺もまた曖昧に返した。


「運動能力は見る限り問題なさそうですし、見ての通り体力も人並み以上には身についてる。肝心の能力開発も、まだまだ発展途上ではありますけど、その才能は十分に見受けられますよ。伸びますよ、マキは」


 それがマキに対する、今の俺の評価だ。

 正直なところ、驚いている。

 マキにはそれなりの才能があることは見込んでいた。厨二病の症状である発光現象を肉眼ではっきりと視認することができる。それでいて自身に厨二病の自覚も、症状の兆候も見られなかった。見事なまでの稀有な例だ。そういった珍しい事例は、得てして大きな才能を秘めているものだ。内に秘められた大きな感情が、自覚のないまま溢れ出したということなのだから。


 しかしスグリはマキの成長に感心する俺とは裏腹に、あはは、と困ったように笑う。


「あはは……。キミの調子を聞いたつもりだったんだけどねぇ。どうやら今の後輩くんは、よっぽどマキくんにご執心のようだ」


 言われてようやく、自分が恥ずかしいことをやらかしたことに気が付いた。

 これではまるで、教え子を自慢しているみたいじゃないか。


「随分と、買ってるんだね。マキくんのこと」

「うう……、そうですね」


 恥ずかしさが込み上げるのを我慢しながら、返事を絞り出す。

 死にたい……。厨二病なんかやってたら大なり小なり羞恥心は捨ててるものだが、自覚のないところに不意打ち気味の指摘はさすがに恥ずかしい。


「ゴメンね、後輩くん」

「部長?」


 俺が羞恥心に震えていると、不意に、スグリが何やら謝罪を口にする。


「ボクはね、てっきりキミがマキくんを使い捨てにするつもりなんじゃないかって、そう思ってたんだ」

「っ――――」


 思いもしない告白に、俺は思わず声を詰まらせる。

 そんな俺の方を見ないで、スグリは告白を続ける。


「サヤくんを成長させるため、少し素養のある程度のマキくんやヨリアキくんを使い捨てにするんじゃないかって、ボクはそう思ってたんだ」

「そんなこと……」

「うん、ごめん。ボクの勘違いだ。でもね、ボクにとっての『魔王』のイメージってそうだったんだよ」


「冷酷無比、悪虐非道。それがボクが『魔王』という記号に対して抱いていたイメージなのさ。それは、まぁあながち間違ってはいなかったんだろうけど、ボクにとって自ら『悪』を名乗ろうなんて輩はみんな一様に同じだったのさ。こんな能力を得てまでなおも『悪』に傾倒する奴に、まともなやつなんていない、ってね」


「だからキミを初めて見つけたときは驚いた。キミはどこからどう見ても普通の一年生で。隣を通り過ぎても気付かない、『魔王』なんて呼ばれてもピンとこない。ただの普通の、どこにでもいるありふれた新入生だったからね」


「最初はボクもキミのことを利用しようとしていた。部の存続さえ叶ってしまえばあとは用済み。キミがどうなろうがどうでもいい、ってね」


「でも、意外にもキミはボクらのために悩んでくれた。妹くんのため、サヤくんのためにいろいろと悩み抜いてくれた。どこにでもいる、青少年のように。そこでボクは思い知ったのさ。キミは『魔王』なんかじゃない。『魔王』を名乗る、ただの『厨二病』だってね。――ボクらと同じ、ね」


「だからボクもキミを信用してみることにしたのさ。ボクらと一緒に悩んでくれるキミをね」


「でもやっぱり不安もあった。キミは厨二部のために頑張ってるんじゃなく、サヤくんのために頑張ってるんじゃないかと思ってね」


「でもその不安も払拭された。キミはマキくんに――まぁついでにヨリアキくんにも真摯に向き合ってくれた。マキくんの中にある厨二病と向き合って、しっかりと方向性を示してくれた」


「だからボクは今一度キミに言いたい。あの二人をよろしく頼むね、後輩くん」


 そこでようやく、スグリは俺の方を向いてニッと、笑ってみせる。


「そこは、三人じゃなくていいんですか?」

「ああ……。まぁ、彼は自分でも立っていけるだろうさ」

「盛大に転がってますけどね」


「アンタなに下から覗こうとしてんのよ!!」

「よくわからないけど、こういうのはさっさと始末するべき。……大丈夫。わたしは苦しませたりしない」

「あっ、あぁっ!! だ、ダメですぞ、お二人ともっっ! そんな上から蔑むような視線を向けられてはッ! そういったシュミの輩がイカガワシイことを考えてしまいますゾ!!!!」

「それはッ」

「お前のことッ」


 マキとサヤの罵倒攻撃に対して、その丸い腹を存分にいかして転がり回るヨリアキ。


「あははは! まだまだ元気は有り余ってるみたいだね!」


 そんな部の様子を見て、少ししおらしかったスグリはすっかりいつもの調子に戻ったようだ。

 チグハグでまとまりはないのかもしれない。俺が今まで過ごしたギルドの雰囲気とは似ても似つかない。

 それでも、決してこのままでいいと思う者はこの部には一人もいない。

 全員が全員、確実に上を目指して足掻いていける。そんな幼くも心強い中二部の雰囲気を見て、俺も再度ここが自分の居場所なんだと認識できる。

 そしてそれはスグリも同じようで。

 

「うんっ! あの様子なら、もう少しハードなトレーニングでも大丈夫そうだね!」


 満足げに部員を見つめては声をあげる。


「それじゃあ次のメニューは――」




「いやーー、賑やかだねえーー!」


 


 そんな雰囲気を、空のように軽い声がぶった斬る。


「……誰?」

「女?」


 マキが呟く通り、それは女性だった。

 動きやすさを重視したヘソ出しシャツとタイトなジーンズ、そして後ろで一つ括りにした長い髪が活発そうな印象をその少女に与えている。

 しかしながら、昭和スターがかけていそうなものゴツいサングラスが、その少女の快活そうなイメージをものの見事にぶち壊していた。


 そしてその少女に、俺は見覚えがあった。


「…………アオ、帰ってたのか」



「やあ、久しぶりだね。アキ」



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