第12話『のち』
数日前。
「ねぇ、師匠」
とある夕暮れの、帰り道。
「スグリが言ってた。師匠の他に、師匠と同じくらい強いやつが二人いるって。それは、本当?」
「ん? ああ、本当だぞ。むしろ、ブランクのある俺の方が一番弱いくらいだ」
「本当!」
俺よりも強い相手の存在を知って、サヤは食いつくように目を輝かせる。
俺からすれば、俺よりも強いヤツなんていて当たり前だが、それでも俺を最強なのだと疑わないのはなんだか気恥ずかしい気もする。
「ああ、本当だ。一応俺らは、中学のときは相手になるやつがいないってんで『三強』なんて呼ばれ方してたくらいだからな」
今思えば、そんな呼ばれ方の方がさらに恥ずかしい。
所詮それは、
「つっても、一人はもう会ってるけどな」
「……あの金髪」
一瞬で察したサヤに、少し影が差す。
「ああ。【白銀の騎士王】アーサー」
本名・
「あいつはきらい。どんだけ技を撃っても、手応えがまるでなかった」
「まぁそうだろうな」
やはりこの前の試合はサヤにとっても苦い思い出なのだろう。こと戦闘面において数少ない饒舌具合を発揮するサヤではあるが、アイツの話になるとやはり少しテンションが下がる。
「仕方ないさ。あいつは俺らの中で一番堅いやつだったからな」
「堅い?」
「ああ。お前も戦った時感じただろ」
「うん、わかる。あいつの防御の硬さは異常。まるで、城を相手にしてるみたいだった」
「そんなあいつに対して俺は、手数の多さで渡り合ってきた」
「それもわかる。師匠の技のバリエーションは普通に考えて多すぎる」
「ははは。まぁ、これは完全に趣味だからなぁ」
「じゃあさ、師匠。もう一人は?」
「ああ、もう一人か……」
「もう一人の名前は『蒼のサムライ』。お前と同じ刀使いだ。……一応な」
「一応?」
「ああ。詳しくは長くなるから省くけど、あいつにも俺やアーサーと同じように絶対的な強みがあってだな」
「あいつは純粋に――
*****
「やあ、久しぶりだね。アキ」
「アオ……。帰ってたのか」
そこに現れたのは、いつしかサヤにも話した友人の姿。
突如現れた往年の友人との再会に、アキハルは驚きと共に相変わらずな友人へと歩み寄る。
「帰ってきてたなら連絡の一つくらい入れろよ。いつ帰ってきたんだ? んでその格好は何だ」
「さっきだよ。ついさっき」
「さっき!? え、だってお前、海外行ってたんだろ?」
「うん、そうだよ。いや〜〜、外国でもいろんなもの食べたけど、やっぱり日本のご飯が一番美味しいね! 日本食が恋しすぎてつい香川まで歩いておうどん食べに行っちゃったよ」
「香川まで?! 歩いて?! ここまでどんだけ距離あると思ってんだよ」
「大丈夫さ。歩くのには慣れてるから」
「お前ってやつは……」
やはり、相変わらずなところは相変わらずのようだ。
コイツが馬鹿なことは今に始まったことではない。中学の頃はそれこそ、さっきまで授業を受けていたと思ったら、昼休みには北海道にいたこともあった。
それを思えば、どこか遠くに行くことくらいはもう驚くことではないのかもしれない。
それよりも今は――、
「おかえり、アオ」
「うん。ただいま、アキ」
無事帰ってきたことを労うとしよう。
「あ、すみません先輩。紹介がまだでしたね。こいつは
「【蒼のサムライ】、だね」
「……はい」
やっぱりと言うか、当然スグリもアオの名前は知っているようだ。
「初めまして宮本さん。ボクのこの『厨二部』の部長、諸星優だ。かの有名人【青のサムライ】に会えるだなんて光栄だね」
「おっと、これはご丁寧にドーモ。でも、僕は言われてるような大した人間じゃないし、苗字はちょっとくすぐったいんで、アキくんと同じように気軽にアオと読んでくれると助かるかな」
「なるほどなるほど。了解したよ、アオくん」
アオとスグリは笑顔で握手を交わす。含みも多少あるのだろうが、どこか二人は意気投合しているように見えた。何かしら通じるものがあるのだろうか。一人称も似ているし。
「それで、アオくんはここにどういった用があったのかな?」
「あー……。それはあれだよ。ただ単に、せっかく日本に帰ってきたんだから、昔馴染みの顔でも見ておこうかと思って」
アオは俺に向かって「ね」などと言いながら、サックから『アメリカせんべえ』と書かれた土産をスグリに手渡す。
「アオはここ半年くらいずっと、海外に武者修行に出てたみたいで……」
「武者修行って……」
さすがのスグリもこの事実には少々引き気味のようだ。
だが、そんなことこのアオが気にするわけもなく。こちらの様子など鑑みること一切なく、当然のように自分の要件を口にする。
「そ〜れ〜で! アキくんはここで何やってるのかな?」
その質問に、俺は多少動揺する。
「【魔王城】は解散したって聞いたけど、もしかしてこの人たちがキミのあたらしいギルドなのかな?」
全員の視線が俺に集まっている。そんな気がする。
「……ああ、そうだよ」
「へえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
何が言いたいのか、アオは俺を覗き込むような視線を向けてくると、
「ふ〜ん……」
唐突に、周りを見回す。
「いい子たちだね。みんなとっても美味しそうなニオイだ。実にアキくんらしいかな」
これがコイツの癖だ。とりあえず他人を強そうかどうかで判断している。
その辺はどこかの誰かさんよりも顕著だ。
「それで、何しに来たんだよ」
「何って……もう釣れないなぁ。アキくんはいつからそんなに冷たくなったのさ」
てへぺろ☆ と舌なんぞ出してくる。
やめろ。お前にそういうのは求めてない。
「お前のことは俺がよく知ってる。お前がただ挨拶のためだけに来るような、そんなやつじゃないことくらいはな」
「……アキくんには誤魔化せないね」
そこで唐突に、空気が変わる。
まるで研がれたばかりの刃が鞘から顔を覗かせたときのように。
「うん、その通りだよ。せっかく日本に帰ってきたんだからさ、アキくんかキミヒロと一戦交えようかと思ってたところなんだ。……でもね、少し気が変わったよ」
そう言うとアオは、散歩でもするかのような歩調で歩んでいき――、
「キミ、ぼくとやらないかい?」
サヤの前で、立ち止まる。
「…………」
「キミがここにいる中で一番いいニオイがしてる気がするんだ。アキくんの次くらいには――ううん、アキくん以上のニオイを秘めてる」
コイツは……アオはふざけたやつだ。いつもふざけたような態度で現れ、いつもふざけたように人を茶化す。
だが、当人はどんなときでも常に本気なのだ。本気でふざけたことを言うし、本気でふざけたことを実行してしまう。
……実行して、常に成功させてきた。
「……ねえ、師匠。もしかして、コイツが師匠の言ってたやつ?」
「……ああ。コイツがこの前言ってた、俺より強いやつだ」
「…………やっぱり」
サヤの表情は変わらない。
だけど、空気は変わった。
おそらく、ここにいる全員が――アオも含めた全員が、それを感じ取ったに違いない。
ただ真顔でアオを見るサヤの表情が、笑っていることを――――。
「うん、いいよ。わたしも、ちょうど戦いたかったとこ」
気付けば、サヤの腰には既に鞘が携えられていた。
刀のない、鞘だけの刀。
「それも模擬練なんかじゃない。本当の本気の、真剣勝負」
しかしサヤがそれに手を掛ければ、当たり前のように刀が抜かれていく。
「相手にとって、不足はない」
「うん。いいね、キミ。とっても……美味しそうだ」
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